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尋ねられた谷繁は慣れたもので、同じ作業でも彼よりずっと要領よく、行っている。赤い頬をしながら振り返って、笑った。
「凄い雪だから、入れるんだよ。一階は完全に締め切られてるからね。二階の窓から入るしか無いんだ。その二階の窓も川の方にしか無いし……だから川の水が凍って、雪が積もってる今しか無いんだよ」
雪深い田舎町の更に町外れ、そこに一軒の木造家屋があった。そしてそこではかつて陰惨な事件があったと言う。しかしその時代の程は確かでなく、事実かどうかも疑わしい、そんな肝試しには持って来いの場所ではあったが、夏には決して入れない、そんな場所でもあったのだ。
「それにしても三人だけで来てよかったのかな」棗が後ろを振り向いて言った。「靖(やすし)君、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫。な、靖」繁は二つ年下の、彼の弟に笑い掛けた。
そうは言っても七歳の、それも小柄な子供だった。大らかな繁に比べると些か引っ込み思案で、棗と会うのも未だこれが二度目だ。
彼に気を遣ってペースを落とそうかと提案し掛けた頃、繁が前方を指差して声を上げた。
「ほら、あれだよ。屋根が見えるだろ?」
正確には屋根しか見えない、だった。
黒く変色した茅葺き屋根。それと二階の外壁の一部がやっと、覗いている位か。
繁がこの辺が窓、と言う辺りを用意してきたスコップで掘る。
やがて現れたのは窓硝子も失われた、黒い口。懐中電灯で照らしてみれば、辛うじて床があるのが見える。
「本当に、大丈夫なの?」棗は不安になって訊いた。
「あれ? 幽霊が出るとでも思ってる?」と、繁。
「そうじゃなくて、この床。畳も随分傷んでるみたいだけど、床抜けたりしない?」
「大丈夫だよ。俺達軽いから」近くの樹に帰りの為のロープをしっかりと結び付けながら、繁は言った。「ま、それでもぎりぎりかなって思ったから、庵さんにも言わずに来たんだけど……」
確かにこの三人に、細身とは言え高校生の庵が加わったら、この床では耐え切れない可能性は高かった。道理で繁が兄を誘わなかった訳だと棗は納得した。尤も、そんな誘いを掛けていたなら、言下に反対されていただろうが。
「兎に角、俺が先に行ってみるから……」それでも顔を引き締めて、繁は窓枠を潜った。彼なりに気を遣っているのだろう。
ぎし……っ、そんな不安な音を立てながらも、床は彼の体重を無事、支えた。
「下に梁があるから……なるべくそれに乗る様にして」指示しながら、棗、靖の順に手を貸して引き入れて行く。
畳の直ぐ下に梁の感触があるっていうのも不安なんだけど――棗はそう思ったが、取り敢えずは大丈夫と判断した。そして周囲を見回し、首を傾げた。
この広い空間は、何に使われていたのだろう、と。
所々に柱が立つ以外、この二階に間仕切りの類は無かった。真ん中辺りに、手摺りで囲われた階下への階段が口を開けているだけだ。
「昔は蚕を飼う為の棚があったとか、機織りの機械が並んでたとか……その辺ももう噂の域だね」視線に気付いたか、繁が言った。
「で? その惨劇っていうのはどこで起こったの?」棗は単刀直入に尋ねた。こうも寒くてはさっさと切り上げて、祖父母宅で炬燵に潜り込みたくもなる。
「下」繁は階段を指差した。
きしっ、きしっ……足の裏で軋む音を聞きながら、棗は階段に近付いた。懐中電灯で照らしてみる。
「……下の方、もう落ちてるみたいだよ?」
「え?」慌てて、それでも慎重に繁がやって来る。「あちゃぁ……」
真っ直ぐ延びた階段の、下から三、四段目が落ちてしまっている。これでは、そこ迄行って飛び降りる位は出来るかも知れないが、戻って来られなくなる公算が高い。ロープは樹に縛ってきた一本きりだった。
「やっぱり帰ろう? ね?」苦笑いして、踵を返した棗の直ぐ前に靖の頭。ちょっとびっくりして棗は後じさる。
と、その隙を突く様に――靖が駆け出した。階段へと。
止める間も無く、靖は下部を失って不安定になった階段へと、足を乗せていた。
「靖! 何やってんだ!」繁が血相を変えた。「戻れよ! 危ないって!」
崩れた四段目から僅か上、そこで彼は立ち止まった。こちらへと向きを変える動きに、ぎしぎしと不気味な音が付随する。小さな彼の体重だから、辛うじて崩れずにいる、そんな感じだった。
「靖君!」棗も降りるに降りられず――彼や繁の体重迄、この階段は支えてはくれなさそうだ――上から呼び掛けた。「どうしたの? もう、帰るよ?」
先程の重労働の時以上に、心臓が大きく拍を打っている。ここから手を伸ばして届く距離でもない。況して彼が手を拒否して暴れでもしたら……。
「来られないんだね」靖がぼそっと、口を利いた。「お兄ちゃんは僕が危なくても来られないんだね?」
「な……!」繁の頬に朱が差した。「何言ってんだよ! 俺を試す心算か?」
一歩足を踏み出そうとした彼を、棗は慌てて止める。
「君が危ないから行けないんだよ!」棗は言った。「この傷んだ階段じゃ、君一人がやっと……。僕か繁君が乗ったら君諸共崩れちゃうよ! 解るだろう?」
「お兄ちゃんは、いつもそうなんだよ。僕を引き摺って……なのに、結局いつも、置いてきぼりで。僕がどうしたいかなんて訊かないんだ」たどたどしい口調ながらも、靖はきっぱりと言う。「だから……もう帰っていいよ」
「置いて帰れる訳無いだろ!?」
「怒られるから?」
「違う!」階段の上に手を突いて、可能な限り弟に身を寄せて、繁は怒鳴った。「弟一人残して帰れないだろうが! お前……いつも引っ込み思案で、引っ張って行ってやらないと友達とも遊べなくて……そんな奴、一人に出来るか!」
「……それが……それが!」目に涙を溜めて、靖は兄を見上げた。
「それが嫌なんだよね?」棗の声が、静かに続きを引き取った。
確かに兄の言う通り引っ込み思案で、何より未だ未だ小さくて頼りない。本人だってそれは解っている。だから、兄が引っ張ってくれるのは有難いし、兄の傍は居心地がいい。でも、いつ迄もこの儘でいたくない、それも本心なのだ。
兄に手を引かれるだけでなく、時には手を引いてみたい。しかし、子供の頃の二年の差は大きく、結局兄には敵わない。
でも大好きだから、せめて並びたい。
そういう事だよね――そう語って、棗は笑った。ちょっとした反抗期だ、と。
「解るもんか……」抗う様に呟いた言葉に、棗は苦笑を返す。
「解るよ。僕も弟だもん」然も兄は八歳上。これに並ぶのは容易ではない。「でも、ここに一人で居たら、ここでお兄ちゃんと仲違いしちゃったら、ずっと並べなくなるよ? それでもいい?」
よくない――ぼそりと、呟いた様だった。
「じゃ、気を付けて、ゆっくり上がって来て。一緒に帰ろう?」棗は手を差し出す代わりに、その足元を照らした。
と、その床板に、黒く変色した染みを見付けて、靖の顔色が変わった。それは丸で飛び散った血痕を思わせて――彼は家に入る前に聞いた噂を思い出していた。
ここでは陰惨な事件が……もしかしてこれは……。
「お兄ちゃん!」悲鳴の様な声を上げて、次の瞬間、靖は駆け出した。棗達の止める声も耳に入らぬ様子で、傷んだ階段に小さな身体で最大限の負荷を掛ける。
ぐらり、階段が傾ぐのを見て、棗は声を上げた。
「跳んで!」電灯を投げ捨て、思い切り手を伸ばす。
それに倣った繁の手と棗の手、それに支えられて靖の身体は間一髪、階段と運命を共にする事を免れた。
ガラガラという音と、もうもうとした土煙が階下から吹き上がってくる。それに噎せながらも、三人は窓際に移動し、ロープを伝って脱出した。
途端――ほっとする間も無く、三人の頭に拳骨が降ってきた。
「兄さん……何でここが解ったの?」きょとんとした顔で、棗は頭上を見上げた。後の二人もそれぞれの頭上を見上げ、駐在である谷兄弟の父に睨まれて小さくなっている。
「駐在所からここ迄、これだけしっかり跡が付いていれば、誰だって解るよ」庵は溜め息と共に言った。「全く……雪が降って跡が消えなくてよかったよ」
姿の見えない弟達を、谷駐在と一緒に探しに来たらしい。
「ここ迄来てみたらあの古家から物騒な音はするし……。心配掛けるんじゃないよ」
「ごめん」棗は――靖を思い出して、ちょっと意地悪しようかと考えたが――庵が雪中行にしてはいやに薄着なのに気付いて、素直に詫びた。それだけ、慌てて出て来てくれたのだろう。手袋……は小さ過ぎるし、とマフラーを外して、ちょっと屈んで貰った首に掛ける。庵は微かに笑って礼を言った。
五人に増えた帰り道、繁が恐る恐る父に尋ねてみると、あの家で陰惨な事件が起こったという事実は無く、只家人が都会へ出て行ってしまっただけだという事が判明した。染みは自然に出来たものだったのだろう。幽霊の正体見たり枯れ尾花――そんなものだと駐在は笑う。そして、来年の春にはもう取り壊されるだろう、と語った。
「な? 今しか来られなかっただろう?」そう言った繁は、もう一発拳骨を食らっていた。
棗は苦笑しつつ兄と並んで、急ぎ足で歩き続けた。
―了―
だから歳の近い兄弟姉妹にちょっと憧れます。ちょっとお互い意識しつつも仲がいい、そんな感じの♪
と言いつつ庵達、結構離れてるな、歳(笑)
何県……何県だろう? 流石に北海道って事は無いと思うけど(適当)
と言うか、田舎の割に……地元民、訛りが無いな(笑)
ライバルか・・・。逆にそんな風に思われたら光栄だなぁ☆
うちは離れ過ぎだからなぁ。
私が小学校六年の時には姉はもう結婚して、中学生で叔母さん……オバサン……(・・。)
もうここ迄離れちゃうと差があって当然って感じですけど、1つ違いだと気になりますよね~。
でも仲がいいのが一番♪
いや、人のせいにするわけじゃないけど。
まあ、庵さんちは仲よさそうでいいですね。
普段疎遠な兄弟も実は仲が良かったり……よく判らないもんです。
靖くんだっけ弟、確か7歳だったよねぇ。
ちょっと言うことが大人過ぎな気も。
確かに、この頃の二年は大きいよね。
なにやっても勝てないもんな。
その代わり上の子は、親にすぐに怒られるけど。(笑)
確かに七歳児、もう少し幼くてもよかったかも? 女の子ならませてるんですけどね(笑)
私が九九とか習う頃には姉は方程式だもんなー☆
イマイチ、話が合わなかったり……(^^;)