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「……行こう」棗が先に立ち、戸を引き開けた。
隠れる事もなく、彼女はピアノの傍に居た。庵と同じ白いドレス、やはり鬘らしいウェーブの掛かった長い髪。長い袖を邪魔そうにしながらも、髪を掻き上げている。
「堀奏(ほり・かなで)さん」庵が子供達に紹介した。
「楡君……ちゃんとお仕事してくれなきゃ……」堅い表情ながら、苦笑を浮かべる。「弟さんだからって、特別扱いしちゃ駄目よ?」
「探し物なら人手が要ると思ったんだけど?」
「……どうして、探し物だと……!?」笑みを含んだ庵の返答に奏は瞠目する。
「態々この小学校を舞台にした事……君もここの卒業生だろうけれど、校内を家捜し出来る機会なんて先ず無いし……。今なら少々痕跡が残ってもスタンプ探しの子供達がやったんだろうで済む。実際にはここに来る子供は殆ど居ない様だけど」
隠し事は無駄と悟ったのだろうか、奏は一つ溜め息をついて、肩の力を抜いた。
「例の女の子の話は半分だけ本当。笙(しょう)ちゃんは、私の友達で……私よりピアノが巧かった。その笙ちゃんがこの町を離れたのはピアノの勉強の為。そう聞いて私、どうかしてたのね……。彼女の指輪、隠しちゃったの」
「指輪……?」棗が訊き返す。「それが探し物?」
「そう。流石楡君の弟君ね。察しがいいわ」
奏が頷いた途端、三人が動いた。三方に分かれて、未だ手が加えられていなさそうな所を探す。
「……貴方達……」奏が目を丸くする。
「肝試し大会は九時迄。早く探さないと集合掛かっちゃうよ」棗が笑う。
「……」奏は言葉が胸に詰まった様子で、只々頷いて、彼等に涙混じりの笑顔を寄越した。そして自らも探索を続けつつ、説明の義務を果たそうとした。「笙ちゃんはその指輪を大事にいつも持ってた――お母さんに貰った物だからって」
棗の手がほんの瞬時、止まった。気付いた庵の眼が僅かに伏せられる。だが、二人共何も無かったかの様に作業を続行する。
「未だぶかぶかだからチェーンに通して首から下げててね。お母さんはピアニストで、いつも町から出てた――そこへ家族揃って行く事になったそうなのね。それで、私……何だろ? 嫉妬かな、やっぱり……。そんなお母さんが居るから笙ちゃんはピアノの勉強だって好きに出来るし、こんな田舎町から出て行けるし……!」
当時の感情がぶり返したか、奏は激した眼で暗い窓に映った自身の――想像上の笙の姿を睨む。
「……でも、馬鹿な事しちゃった……。ほんの悪戯心もあって指輪を音楽室に……でも笙ちゃんが大騒ぎして、言い出せなくなっちゃって……。笙ちゃんも多分無くしたなら学校だからって、一生懸命探してたんだけど……見付からない儘、越してっちゃった」
「そうしたかったわ!」奏は反駁した。「でも……忘れちゃったの……何処に隠したか」
「何で!?」信じられない、という響きがあった。そんな大事な物なのに……。
「……あのね、例の話……混じってるのよ。事故に遭ったのは……私の方」言って、奏は不器用に袖を捲った。一見普通の手だが……動きのぎこちなさは、その手が鍵盤上で踊る事がもう無い事を物語っていた。「その時頭も打って……記憶が一部飛んじゃってるの……。自分がやってしまった事を、覚えていたくない――そんな思いもあったのかもね。音楽室だって事は確かなんだけど……」
「それが……何故今頃?」庵が冷静に尋ねた。
「手紙が届いたの。笙ちゃんから。彼女は私が隠した事なんて知らないし、今迄も時々……。それで、先月、お母さんが亡くなられたって……あれ、形見になっちゃったのよ!」奏は――泣き崩れた。
「なら尚更探し出さなきゃ!」棗の手が加速した。眼が動く、という噂もある壁の絵の後ろ等を次々と覗いていく。
「でも無いよ?」繁が湿り気を帯びた声で言う。「もう誰かが見付けて落し物と思って持ってっちゃったんじゃ……」
奏はもし届け出があれば自分に連絡をくれるように学校に頼んであると言う。だが黙って持って行かれては……。
「当時小六……」庵が呟いて、動きを止めた。「音楽室……指輪の色は?」
「え? 銀……純銀だったけど……」
庵は壁際の硝子入りの棚に展示された各種の楽器に近付いた。
「棗、電気点けて。懐中電灯じゃ色が付いてて……」
肝試し中だけど……と思いつつも、棗は壁のスイッチを入れる。白色光が眩しく部屋を照らした。
と……庵はやや腰を落として、金管楽器を中心に見回し、言った。
「これだ……」と。
棚の硝子戸を開け、一本のフルートをそっと取り出す。
「こういう飾ってあるのって、使う事あるのかなって思ってたけど」庵は苦笑しつつ言う。「やはり只の飾りなんだね」
十数個ある鍵(ケン)の一つを指差し、奏達に見せる。冷たい銀色の中に、ややくすんだ色合いの輪――それが鍵に引っ掛けられていた。鎖は管の中に。
「これ……!」奏が声を上げた。「でも、何でこんな色……あ、酸化した?」
純銀は酸化、変色し易い。硫黄泉などに浸ければ黒色変化を起こす。
「でもこんな所に展示してあるのに何故今迄……」茫然とした奏の呟きに庵は肩を竦める。
「微妙な高さだったんだよね。子供の頃の君は、自分の目に付かない高さに隠した……。でも今の君には正面に見える高さ。そんな所に隠す筈が無い――そんな思い込みが盲点を生んでいたんだ」
電灯を点けた所為で、何かあったのかと実行委員会の一人が様子を見に来てしまった。
庵は子供達が余りに怖がったから、と誤魔化した。指輪を回収したフルートはさっさと戻してある。内心憮然としつつも棗達は調子を合わせた。
「じゃ、これはちゃんと磨けば色も戻るから」委員が去って行くと、庵は奏に指輪を差し出した。
そして、相手が礼を言うのも聞かずに、持ち場に戻ると言って出て行った。棗達にここのは本物じゃないからと吹聴してくれるように言って。
「暗い階段に一人なんてどっちが肝試ししてるのか判らないよ」
その言い様に、くすくす笑いながら奏がスタンプを取り出し、棗達のカードに捺してくれた。
「本当に有難うね。早速送って……ううん、行って、正直に謝るわ。笙ちゃんに」
棗と繁は頷いて、音楽室を後にした。
結局、棗達は終了時間迄にスタンプを七つ集める事は出来なかった。
だが、参加賞の文具セットを貰っての帰り道、棗は終始、笑顔だった。
着替えを終えて共に帰途に付いた庵に、いつも以上に棗はぴったりと寄り添う。繁が羨む程。
「兄さんってやっぱり母さんに似てるよね」くすくす笑いながら、顔を赤らめている兄に、棗は言った。「ああしてると、小さい頃に見た母さんにそっくりだった」
「……ごめん」
「何で謝るの?」
「思い出させた……」
「違うよ。忘れた事無いし……思い出して辛かった訳じゃないもん。でも、見付かって良かったよね! 指輪」
「ん……」庵は頷く。
「父さんの探し物も早く見付かればいいのにね」
「……」庵は、非常に曖昧な笑みを浮かべただけで……街より格段に星の多い夜空を見上げた。
―了―
でもここの学校は普通に七不思議が伝えられている程度なのでご安心(?)
子供は後先考えないからねぇ
でも大半は大ボケです(笑)
表面に表れたのが判りやすい嫉妬心、でも奥底では離れたくなかったんですね。悪戯で指輪を隠したような格好ですが、大好きの裏返しに思えます。
楡兄弟の今後がたのしみです。
奏ちゃんは本当はいい子です。笙ちゃんの事も大好きなんですよ。
多分、再登場(予定)
夜霧は今日も絶好調ですな。
管理人さんはどうなんだろう? 今でも居るのかなぁ。