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「いい加減にしなさい、リョウちゃん」母親にそう言われながらもキーを操作する手は止まらない。夕飯だと呼ばれてもぐずぐずとパソコンの前に居座り続け、やっと食卓に着いてもゲームの続きが気になって、味わう事無く料理を只掻き込むだけ。そしてまたさっさと部屋に戻ってしまう。
背中から追って来る母親の聞こえよがしの愚痴も、その耳には届かない。
「何なのよ、もう!」破損しない程度に乱暴に食器類を洗い片付け、母親はソファにどっかりと座り込んだ。その手が彼女専用のワゴンに収納されたお菓子の袋に伸びる。夕食を食べたばかりだ。空腹な訳はない。只、依然として埋め様のない空間が、彼女の中にあった。それは腹だったのか、胸だったのか……。それを埋める為の、無用な食欲が止まらない。
彼女の視線がちらりとテーブルの上に伸びた。ラップを被せられた一人分の料理が、ゆっくりと冷めていく。今日も夫は遅い様だ。
子供の事を二人で話さなくなって、いや、そもそも二人で話し合う事がなくなって、もうどれ位だろうか?
その苛立ちを噛み砕く様に、彼女は音高く、煎餅に歯を立てた。
「課長、奥さんやお子さんが待ってるんじゃないんですか?」連日の飲み屋の誘いに些か迷惑そうな部下にそう言われても、止まらない。
「いいんだよ、どうせ帰りを待ってやしないんだから」
帰宅しても殆ど会話はなく、息子は顔も見せやしない。小さい頃こそ、寝惚け眼を無理矢理開けて父の帰りを待っていてくれて、そんな様子も可愛らしかったものだが。
妻に教育の為とか何とか言い募られて、個人部屋や専用のパソコンを与えたのが間違いだったのだろうか。確かに、今時の子供なら、小さい頃からパソコンに親しんでいて損はないかも知れないが。
溜息をつくと、彼は部下を無理矢理引き連れて、飲み屋にと姿を消した。
それはごく一般的な家庭の、ごくありふれた不協和音。
それぞれに不満を持ち、ストレスを抱え、それを何かに転嫁せずにいられない彼等。それを止める事の出来ない、弱さを抱えた彼等。
なのに、その不協和音の中に時折表れる美しい旋律や、不協和音を通り越して騒音めいた響きの繰り返しが、何故だか私の耳にこびり付く。
気が付けば私はそのありふれた物語をじっと見詰めているのだ。
見ていても、大抵の出来事は予想通りで、取り分け変わった事など、起きないと言うのに。
「他人の不幸は蜜の味って奴じゃない?」
暗い部屋でじっとテレビに噛り付く私に、妹がそう言った。
ちょっと古いドラマの中、それぞれに不満やストレスを抱えながら、止まらない暮らしを営む彼等――やはり不満やストレスを抱えつつ、私はそれを見るのが止まらない。
―了―
眠気が止まらない……zzz