〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
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独裁者は、辞書からある言葉を抹殺するように命じた。言葉が消えると、実体もなくなる。
その筈だったのだが……。
「昨日の夜、また現れたそうだねぇ」
「ああ、聞いたよ。何でも下町に住む娘が声を聞いたとか。本当かどうかは解らないがね」
「存在しない、と辞書から消されてからもう何年も経つのにねぇ。そりゃ、確かに姿を見たと言う者は居ないけど……」
そんな大人達のひそひそ話に好奇心を刺激されて、幼い男の子がひょいっと割って入った。
「何が? ねぇ、何が出たの?」
と、大人達は立ち話を止め、それぞれに口実を口にしながら散り散りに立ち去って行ってしまった。
後にはきょとんとした顔の男の子が、一人残された。
それでも好奇心が治まらない彼は、自宅に帰ると母親に訊いた。町でこんな話をしていたけれど、何か知ってる? と。
「さ、さあ……。お母さんは知らないわ」どこか困った様な笑みを浮かべ、母親はそう答えた。「それより、今日はお家に居てお母さんのお手伝いしてくれるかな? 後でワッフル焼いてあげるから」
「うん!」元気よく頷き、近所の人に訊いてみようかという思案は一瞬で吹き飛んでしまった。
母親はほっと、息をつく――巧く誤魔化せた、と。
存在しないからと辞書から消された存在――それは実際には、独裁者に取って、存在しないで欲しいものであった。自分の治世を長引かせる為に。
それが居ては民衆は――微かながらも望みを得て――彼の独裁に反旗を翻すかも知れない。彼はそう考えていたのだ。
だからこそ辞書から抹殺し、その言葉の消された新しい辞書の発行以後に生まれた子供達に対して、その言葉を教える事も禁忌とされた。文書から消しても口伝で伝わってしまっては何にもならない、と。
故に男の子に問題の言葉が教えられる事は、終ぞなかったのだが……。
「ねえ、聞いたかい? また現れたそうだよ」
「また? もしかしたら本当に居るのかも……」
「しっ! 滅多な事を言うもんじゃないよ。憲兵の耳にでも入ったら大事だよ」
大人達は今日も噂していた。
男の子は首を傾げるが、やはり誰も教えてはくれない。母親もやはり曖昧な笑みを返しては、他人との接触を防ごうとするだけだ。
彼は自然と夜空を見上げて祈るようになった。色々な事が解るように、賢くなれますように、と。
名前も知らない、居るかどうかも定かでない存在、それでもこうする事で何かしら心を落ち着かせてくれる存在に。それはかつて、辞書に「神」と記されていた。
文字も無い時代から人々の心に住む存在を、辞書から消すだけで抹殺出来る筈もないと独裁者が知るのは未だ少しだけ、先の話だった。
―了―
短めに~。
「昨日の夜、また現れたそうだねぇ」
「ああ、聞いたよ。何でも下町に住む娘が声を聞いたとか。本当かどうかは解らないがね」
「存在しない、と辞書から消されてからもう何年も経つのにねぇ。そりゃ、確かに姿を見たと言う者は居ないけど……」
そんな大人達のひそひそ話に好奇心を刺激されて、幼い男の子がひょいっと割って入った。
「何が? ねぇ、何が出たの?」
と、大人達は立ち話を止め、それぞれに口実を口にしながら散り散りに立ち去って行ってしまった。
後にはきょとんとした顔の男の子が、一人残された。
それでも好奇心が治まらない彼は、自宅に帰ると母親に訊いた。町でこんな話をしていたけれど、何か知ってる? と。
「さ、さあ……。お母さんは知らないわ」どこか困った様な笑みを浮かべ、母親はそう答えた。「それより、今日はお家に居てお母さんのお手伝いしてくれるかな? 後でワッフル焼いてあげるから」
「うん!」元気よく頷き、近所の人に訊いてみようかという思案は一瞬で吹き飛んでしまった。
母親はほっと、息をつく――巧く誤魔化せた、と。
存在しないからと辞書から消された存在――それは実際には、独裁者に取って、存在しないで欲しいものであった。自分の治世を長引かせる為に。
それが居ては民衆は――微かながらも望みを得て――彼の独裁に反旗を翻すかも知れない。彼はそう考えていたのだ。
だからこそ辞書から抹殺し、その言葉の消された新しい辞書の発行以後に生まれた子供達に対して、その言葉を教える事も禁忌とされた。文書から消しても口伝で伝わってしまっては何にもならない、と。
故に男の子に問題の言葉が教えられる事は、終ぞなかったのだが……。
「ねえ、聞いたかい? また現れたそうだよ」
「また? もしかしたら本当に居るのかも……」
「しっ! 滅多な事を言うもんじゃないよ。憲兵の耳にでも入ったら大事だよ」
大人達は今日も噂していた。
男の子は首を傾げるが、やはり誰も教えてはくれない。母親もやはり曖昧な笑みを返しては、他人との接触を防ごうとするだけだ。
彼は自然と夜空を見上げて祈るようになった。色々な事が解るように、賢くなれますように、と。
名前も知らない、居るかどうかも定かでない存在、それでもこうする事で何かしら心を落ち着かせてくれる存在に。それはかつて、辞書に「神」と記されていた。
文字も無い時代から人々の心に住む存在を、辞書から消すだけで抹殺出来る筈もないと独裁者が知るのは未だ少しだけ、先の話だった。
―了―
短めに~。
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おはよう!
この独裁者は、それほど悪いヤツじゃないな。(笑)
神、及び宗教は、古くから逆用されてきた、今も尚、どれほどの争そい、戦争を引き起こしていることやら。
天命を受けたって言うのが、尤も人を誑かすのに、手っ取り早い方法だからね。
神、及び宗教は、古くから逆用されてきた、今も尚、どれほどの争そい、戦争を引き起こしていることやら。
天命を受けたって言うのが、尤も人を誑かすのに、手っ取り早い方法だからね。
Re:おはよう!
確かにね~。戦争の影に宗教あり。
神の御旗を掲げて侵攻するんだから、質悪い☆
神の御旗を掲げて侵攻するんだから、質悪い☆
Re:こんばんわ~
所詮独裁者は独りですからねぇ。部下や民衆に離反される事は怖いかも。
それには自分の下に付いてるのが一番だよって、思わせておかないと(怖)
それには自分の下に付いてるのが一番だよって、思わせておかないと(怖)
Re:無題
別物と言うか、願望からきた幻聴かも知れませんね(^^;)
神という言葉が消されても、自分達を見守り導いてくれる存在は居て欲しい、みたいな。
神という言葉が消されても、自分達を見守り導いてくれる存在は居て欲しい、みたいな。
Re:こんばんは☆
如何に独裁者でも心の中迄は、ねぇ……(^^;)
Re:こんばんは♪
あれ? 独裁者がイマイチ悪い奴になってない(笑)
確かにそういう宗教的独裁者も居るよね~。精神的に支配しようとするだけに厄介だにゃ。
確かにそういう宗教的独裁者も居るよね~。精神的に支配しようとするだけに厄介だにゃ。
無題
言葉を消すと逆に言葉がない形で存在感が浮き立ってしまうんですよね。
だからもう少しいいアイデアを独裁者に売り込もうと思います。たとえば独裁者を神の父と呼ばせるんです。あ、言っちゃった、ゴッドファザー!(笑)
だからもう少しいいアイデアを独裁者に売り込もうと思います。たとえば独裁者を神の父と呼ばせるんです。あ、言っちゃった、ゴッドファザー!(笑)
Re:無題
逆に言葉を足しますか(笑)
因みに今、例のテーマが頭の中を……(爆)
因みに今、例のテーマが頭の中を……(爆)