〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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マッチを擦り、闇に火を灯した。
「何が見える?」
「何が見える?」
「何も見えない……何も見たくない……嫌、火を消して……!」茫洋とした声ながら、彼女は精一杯の拒絶の言葉を口にした。
だが、そうも言ってはいられない。彼女には証言して貰わなくては。
「見るんだ。少しずつでもいいから、ちゃんと――あの夜、何があったのか、只一人見ていた君の記憶を」
辛い記憶だろうという事は想像が付くが。
彼女は閉じた目蓋越しに灯を見詰めつつ、催眠療法士である私の言葉に応え、その意識の更に深い場所へと、潜って行った。
母さんは昔から兄さんの事が嫌いだった――と、彼女はぽつりぽつりと語り出した――それは彼が実の子ではないからなのか、反抗的な性格の所為なのか、そこ迄は解らない、と。
兄が七歳の時、彼の実母は病死した。二年後に実父は再婚し、更に翌年、妹となる彼女が生まれた。反抗的な義理の息子に些かの嫌悪感を抱いていた母は、当然の様に妹の育児にのみ、熱を入れた。
だが、真逆、殺害するに至る程の憎しみを抱いて八年間も共に暮らしていたのだとは、思わなかった。お互い厳しい事も言い、反抗はしても義理の親子として、それなりにやっていると思っていたのにと彼女は涙ぐむ。
「では、一週間前の夜、君のお兄さんを殺害したのは、間違いなくお母さんだったんだね? 詳しい所迄、見られるかい?」
「あの夜、兄さんは酔って帰って来たの。勿論、未成年なのにって、お母さんは叱ったわ。兄はいつもの様に反抗して怒鳴り返して……いつもの様に喧嘩が始まった。私は止めようとしたわ。だって兄は酔っていて、いつも以上に酷い剣幕だったもの。現に私は突き飛ばされて……そして……」
更に追い縋って彼女を蹴ろうとした兄を、母が刺したのだと言う。
「そうして……動かなくなった兄を庭に運び出して、灯油を掛け……火を……!」彼女の喉から嗚咽が漏れる。「私はどうしていいのか解らなくて、こんなの嘘だって、悪い夢だって思いながら見ている事しか出来なくて……!」
その後、野外を照らす大きな火を不審に思った近所の住人から通報があり、事件は発覚した。サイレンの音を聞いた母親は自らも火に飛び込み、重度の火傷で意識不明の儘、義理の息子の後を追った。
「お母さんは何故、態々火を? その、遺体を処分するならもっと目立たない方法もあっただろうに」私は問い質した。
「解らない……」彼女は苦悶の表情を浮かべた。「お母さんは不思議に無表情で……知らない人みたいで怖かったし、私……火が恐ろしくて、近寄る事も……」
「火が恐ろしい?」してみれば先の彼女の拒絶は事件の忌まわしい記憶に対してだけでなく。純粋に火への恐怖でもあったのか。「悪かったね。私はいつもこの方法で行うので……」
「火は嫌……。熱い……熱いよ!」ぼんやりとしていた彼女の口調が激しくなり、呼吸が荒くなり始めた。
拙い、火から繋がって違う記憶にスポットが当たったか? 私は火を遠ざけると、落ち着かせに掛かった。だが、彼女は更に語調激しく、口走った。
「熱い! 火を近付けないで……! 髪が……髪が燃えちゃう……!」催眠状況下で自由に動かない腕で、必死に頭を庇おうとする。「止めて! お兄ちゃん!」
彼女の母が、義理の息子の遺体に火を放った訳が、私には解った気がした。
息子の幼い頃からの反抗的な態度も、きっと新しい母親に構って欲しい子供心からだったのだろう。だが、母がそうと察する前に、彼女自身の子供が生まれ、関心は最早息子には向かなくなってしまった。
そうして彼は自分から関心を奪った妹を憎み――只の脅しの心算だったのか、それ以上の意図があったのか、幼い彼女の髪を燃やした。幸いにも彼女自身は普段は記憶の奥底に沈めていた様だが、母は当然誰の仕業か、解っていたのだろう。
私は溜息をついた。
「それでも表沙汰にはする事なく家族である事を選んだ、その思いが彼に伝わっていれば、そして母がそれをずっと抱き続けていれば……事件は起こらなかったかも知れないのに……」
私は経過を記録していたカメラを止め、彼女の恐怖を再び記憶の淵に沈めた後、催眠を解いたのだった。
―了―
眠い眠い……zzz
だが、そうも言ってはいられない。彼女には証言して貰わなくては。
「見るんだ。少しずつでもいいから、ちゃんと――あの夜、何があったのか、只一人見ていた君の記憶を」
辛い記憶だろうという事は想像が付くが。
彼女は閉じた目蓋越しに灯を見詰めつつ、催眠療法士である私の言葉に応え、その意識の更に深い場所へと、潜って行った。
母さんは昔から兄さんの事が嫌いだった――と、彼女はぽつりぽつりと語り出した――それは彼が実の子ではないからなのか、反抗的な性格の所為なのか、そこ迄は解らない、と。
兄が七歳の時、彼の実母は病死した。二年後に実父は再婚し、更に翌年、妹となる彼女が生まれた。反抗的な義理の息子に些かの嫌悪感を抱いていた母は、当然の様に妹の育児にのみ、熱を入れた。
だが、真逆、殺害するに至る程の憎しみを抱いて八年間も共に暮らしていたのだとは、思わなかった。お互い厳しい事も言い、反抗はしても義理の親子として、それなりにやっていると思っていたのにと彼女は涙ぐむ。
「では、一週間前の夜、君のお兄さんを殺害したのは、間違いなくお母さんだったんだね? 詳しい所迄、見られるかい?」
「あの夜、兄さんは酔って帰って来たの。勿論、未成年なのにって、お母さんは叱ったわ。兄はいつもの様に反抗して怒鳴り返して……いつもの様に喧嘩が始まった。私は止めようとしたわ。だって兄は酔っていて、いつも以上に酷い剣幕だったもの。現に私は突き飛ばされて……そして……」
更に追い縋って彼女を蹴ろうとした兄を、母が刺したのだと言う。
「そうして……動かなくなった兄を庭に運び出して、灯油を掛け……火を……!」彼女の喉から嗚咽が漏れる。「私はどうしていいのか解らなくて、こんなの嘘だって、悪い夢だって思いながら見ている事しか出来なくて……!」
その後、野外を照らす大きな火を不審に思った近所の住人から通報があり、事件は発覚した。サイレンの音を聞いた母親は自らも火に飛び込み、重度の火傷で意識不明の儘、義理の息子の後を追った。
「お母さんは何故、態々火を? その、遺体を処分するならもっと目立たない方法もあっただろうに」私は問い質した。
「解らない……」彼女は苦悶の表情を浮かべた。「お母さんは不思議に無表情で……知らない人みたいで怖かったし、私……火が恐ろしくて、近寄る事も……」
「火が恐ろしい?」してみれば先の彼女の拒絶は事件の忌まわしい記憶に対してだけでなく。純粋に火への恐怖でもあったのか。「悪かったね。私はいつもこの方法で行うので……」
「火は嫌……。熱い……熱いよ!」ぼんやりとしていた彼女の口調が激しくなり、呼吸が荒くなり始めた。
拙い、火から繋がって違う記憶にスポットが当たったか? 私は火を遠ざけると、落ち着かせに掛かった。だが、彼女は更に語調激しく、口走った。
「熱い! 火を近付けないで……! 髪が……髪が燃えちゃう……!」催眠状況下で自由に動かない腕で、必死に頭を庇おうとする。「止めて! お兄ちゃん!」
彼女の母が、義理の息子の遺体に火を放った訳が、私には解った気がした。
息子の幼い頃からの反抗的な態度も、きっと新しい母親に構って欲しい子供心からだったのだろう。だが、母がそうと察する前に、彼女自身の子供が生まれ、関心は最早息子には向かなくなってしまった。
そうして彼は自分から関心を奪った妹を憎み――只の脅しの心算だったのか、それ以上の意図があったのか、幼い彼女の髪を燃やした。幸いにも彼女自身は普段は記憶の奥底に沈めていた様だが、母は当然誰の仕業か、解っていたのだろう。
私は溜息をついた。
「それでも表沙汰にはする事なく家族である事を選んだ、その思いが彼に伝わっていれば、そして母がそれをずっと抱き続けていれば……事件は起こらなかったかも知れないのに……」
私は経過を記録していたカメラを止め、彼女の恐怖を再び記憶の淵に沈めた後、催眠を解いたのだった。
―了―
眠い眠い……zzz
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Re:こんばんは
父親? 仕事人間(^^;)
家庭内の事ももっとよく見てれば防げたかも?
家庭内の事ももっとよく見てれば防げたかも?
こんにちは♪
何だかやりきれないですねぇ、
皆が被害者みたいな感じで・・・・・
娘を庇おうとして咄嗟の事が運悪く殺人事件に
なってしまったのでしょう?
でも、その後火をつけたのは、やはり憎しみかな?ん~殺意はあったのかなぁ・・・・
皆が被害者みたいな感じで・・・・・
娘を庇おうとして咄嗟の事が運悪く殺人事件に
なってしまったのでしょう?
でも、その後火をつけたのは、やはり憎しみかな?ん~殺意はあったのかなぁ・・・・
Re:こんにちは♪
殺意迄は無かったかも。只、娘に手を出すなら……位の覚悟は抱えてたかと。
一応は娘の髪を燃やした事も許そうとしていましたからね。
只、許そうとするのと、本当に許せるかは別物。
一応は娘の髪を燃やした事も許そうとしていましたからね。
只、許そうとするのと、本当に許せるかは別物。
こんにちは
これって、有栖川さんのお題のだよね。
久々じゃない?(笑)
ん~、まぁ、理屈では中々わからんだろうね。
実は、私も髪に火をつけられたこと有る。
高校の時。
障害未遂だよね。
後になって冷静になると解るんだけど、その時は、考える余裕なくなるんだよね。
久々じゃない?(笑)
ん~、まぁ、理屈では中々わからんだろうね。
実は、私も髪に火をつけられたこと有る。
高校の時。
障害未遂だよね。
後になって冷静になると解るんだけど、その時は、考える余裕なくなるんだよね。
Re:こんにちは
お題、月一回更新なので(^^;)
髪に火って……!∑( ̄□ ̄;)
傷害未遂って言うか、私なら未必の故意を適用して殺人未遂に持ち込む!(怒)
髪に火って……!∑( ̄□ ̄;)
傷害未遂って言うか、私なら未必の故意を適用して殺人未遂に持ち込む!(怒)
Re:このお話
ちと暗過ぎましたか?(^^;)ゞ