〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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がらんとした昼下がりの美術館で絵に見入っていると、不意に声をかけられた。
「この絵が気になりますか?」
振り返れば初老の男性。一分の隙も無く背広を着こなし、穏やかに微笑んでいる。だが、その細められた目に、酷く冷静なものを感じたのは、僕の気の所為だろうか?
しかし、僕は彼に向き直り、言った。
「いえ、このモデルの女性が、自分の知り合いに似ていたもので……。でも、五十年も前に描かれた絵なんだから、他人の空似って奴ですね」
意外にシンプルな額に飾られているのは、一人の女性が椅子に座り、こちらを見詰めて微笑んでいる姿。細面の、穏やかな顔付きで、格別に美人という訳ではなかったが、彼女を前に落ち着いて話をするのは楽しかろう――そう思わせる様な笑顔だった。背景はどこかの海辺だろうか。白い砂浜と青空が続いている。他に人は、居ない。
額の下にはプレートが掛けられ、そこには『海』というタイトルと、制作年代が記されていた。二十歳前後に見えるこの女性も、今では老婆になっている事だろう。今でもこの笑顔を保った儘だろうか。そうであって欲しい。
ところでこの男性は何者だろうか? 美術館の関係者なのか、僕と同じく客なのか。
僕がそれを問うと、彼はそのどちらにも首を横に振った。
「私はこの絵に描かれた女性の弟です。因みに、この作者は義兄に当たります」
「そうでしたか」僕は納得した。彼は姉とその夫となった義兄のかつての共同作業の成果を見に来たのか。
すると彼は懐かしそうな顔で絵を見詰め、僕が訊きもしない事迄、語り始めた。
「義兄と姉は、私から見ても本当に仲が良かったんですよ。そして非常にお似合いだった。この笑顔を見て下さい。小さい頃の私には、やんちゃをすれば怒られる怖いお姉ちゃんだったのが……こんな穏やかな表情でこちらを――姉を描く義兄を見詰めているなんて。いや、変われば変わるもんですな。ところが……」
言葉を途切れさせた彼に、こんな所で知りもしない人の昔の恋話を聞かされても困るな、などと内心では思っていた僕は首を傾げる。
「この絵が完成した直後、姉は失踪しました」
「そんな……」僕は思わず絵を振り返る、「こんな笑顔を湛えていた人が何故、ご主人を置いて失踪なんて……」
「ご主人?」今度は彼が首を傾げた。「いえ、姉は結婚などしておりませんでした」
「え? でも、この絵を描いた方と……」僕は狐に摘まれた様な思いだった。
「いえいえ……」彼は幾度も頭を振った。「義兄は……父と前妻との子です。そして私と姉は後添いの連れ子――だからこそ、どれだけ仲が良かろうと、あの二人が結ばれる事は無かったのですよ」
そしてそれを苦に、彼女は家を出たのだろう、と。決して結ばれる事の許されない相手の傍に居るよりは、遠くからその身を案じる事を選んだのだろう、と。
義兄は結局家の為に嫁を取り、家督を継いだ。彼女を想って独身を通す――そんな自由さえ無かった時代の話だと、彼は苦笑した。
「だからこうして探しているのですよ。姉の血を引く人が居ないかと……。姉が今度こそ、想いを果たして幸せになってくれてはいないかと――時に、貴方のお知り合いの方はどの様な方ですか?」
ああ、彼女は――僕はまた、眩しそうに絵を振り仰いだ――こんな風に僕を見詰める、とてもご両親思いな女性ですよ。特に母親とは仲が良く、海さん、と名前で呼んでいるんです。
僕がそう言うと、彼は非常に嬉しそうに、是非紹介して頂きたいと、深く腰を折ったのだった。
―了―
このカテも久し振りだよ~(^^;)
振り返れば初老の男性。一分の隙も無く背広を着こなし、穏やかに微笑んでいる。だが、その細められた目に、酷く冷静なものを感じたのは、僕の気の所為だろうか?
しかし、僕は彼に向き直り、言った。
「いえ、このモデルの女性が、自分の知り合いに似ていたもので……。でも、五十年も前に描かれた絵なんだから、他人の空似って奴ですね」
意外にシンプルな額に飾られているのは、一人の女性が椅子に座り、こちらを見詰めて微笑んでいる姿。細面の、穏やかな顔付きで、格別に美人という訳ではなかったが、彼女を前に落ち着いて話をするのは楽しかろう――そう思わせる様な笑顔だった。背景はどこかの海辺だろうか。白い砂浜と青空が続いている。他に人は、居ない。
額の下にはプレートが掛けられ、そこには『海』というタイトルと、制作年代が記されていた。二十歳前後に見えるこの女性も、今では老婆になっている事だろう。今でもこの笑顔を保った儘だろうか。そうであって欲しい。
ところでこの男性は何者だろうか? 美術館の関係者なのか、僕と同じく客なのか。
僕がそれを問うと、彼はそのどちらにも首を横に振った。
「私はこの絵に描かれた女性の弟です。因みに、この作者は義兄に当たります」
「そうでしたか」僕は納得した。彼は姉とその夫となった義兄のかつての共同作業の成果を見に来たのか。
すると彼は懐かしそうな顔で絵を見詰め、僕が訊きもしない事迄、語り始めた。
「義兄と姉は、私から見ても本当に仲が良かったんですよ。そして非常にお似合いだった。この笑顔を見て下さい。小さい頃の私には、やんちゃをすれば怒られる怖いお姉ちゃんだったのが……こんな穏やかな表情でこちらを――姉を描く義兄を見詰めているなんて。いや、変われば変わるもんですな。ところが……」
言葉を途切れさせた彼に、こんな所で知りもしない人の昔の恋話を聞かされても困るな、などと内心では思っていた僕は首を傾げる。
「この絵が完成した直後、姉は失踪しました」
「そんな……」僕は思わず絵を振り返る、「こんな笑顔を湛えていた人が何故、ご主人を置いて失踪なんて……」
「ご主人?」今度は彼が首を傾げた。「いえ、姉は結婚などしておりませんでした」
「え? でも、この絵を描いた方と……」僕は狐に摘まれた様な思いだった。
「いえいえ……」彼は幾度も頭を振った。「義兄は……父と前妻との子です。そして私と姉は後添いの連れ子――だからこそ、どれだけ仲が良かろうと、あの二人が結ばれる事は無かったのですよ」
そしてそれを苦に、彼女は家を出たのだろう、と。決して結ばれる事の許されない相手の傍に居るよりは、遠くからその身を案じる事を選んだのだろう、と。
義兄は結局家の為に嫁を取り、家督を継いだ。彼女を想って独身を通す――そんな自由さえ無かった時代の話だと、彼は苦笑した。
「だからこうして探しているのですよ。姉の血を引く人が居ないかと……。姉が今度こそ、想いを果たして幸せになってくれてはいないかと――時に、貴方のお知り合いの方はどの様な方ですか?」
ああ、彼女は――僕はまた、眩しそうに絵を振り仰いだ――こんな風に僕を見詰める、とてもご両親思いな女性ですよ。特に母親とは仲が良く、海さん、と名前で呼んでいるんです。
僕がそう言うと、彼は非常に嬉しそうに、是非紹介して頂きたいと、深く腰を折ったのだった。
―了―
このカテも久し振りだよ~(^^;)
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Re:おぉ!!
有難うございます(^^)
感動の再会を想像してやって下さい♪
感動の再会を想像してやって下さい♪
Re:こんばんは♪
どんな展開を想像してたんでしょう?(^^;)
良い方への裏切りになったのなら何より♪
良い方への裏切りになったのなら何より♪
Re:こんにちは
素直~に「うみ」さんで☆
男性だったら「かい」でもいいんだけどね~。
男性だったら「かい」でもいいんだけどね~。
Re:こんばんは
や、流石に熱心に見てる人にしか、声掛けてないです(笑)
幾ら何でも順路巡って来る人全員に声掛けてたら、不審人物だし(爆)
幾ら何でも順路巡って来る人全員に声掛けてたら、不審人物だし(爆)
Re:無題
有難うございます(^^)
出会いと別れは表裏一体ですからねぇ。
でも、時を越えても会えたら……いいですよね♪
出会いと別れは表裏一体ですからねぇ。
でも、時を越えても会えたら……いいですよね♪