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「花見には未だ早いんじゃないか?」友人にそう問われた男は、しかし桜の名所を集めたパンフレットから顔を上げる事もなく、半ば上の空で答えた。
「呼ばれてる、気がするんだ」と。
「呼ばれてる?」友人は眉を顰めた。実直なだけが取り得の男だと思っていたが、意外にもロマンチストな面もあったのだろうか。
しかし、それは比喩ではなく、呼び声が聞こえるのだと、男は宣った。
「おいおい……」眉間の皺が深くなる。「おかしな事言うなよ。桜が呼ぶ訳ないだろ?」
「それはそうなんだが……」
確かにここ数日、ぼうっとしていると聞こえてくるのだと、男は言った。
「だが、何処の桜から呼ばれているのかが判らなくてな……こうして捜しているんだ」却下したのだろうパンフレットを放って寄越して、男は溜息をついた。
この中にその桜があったとして、どうして判ると言うのだろう?――首を捻りつつ、数々の桜の樹の写真を眺める友人。
「それで……その桜が判ったとして、行って見る心算なのか?」
「ああ」
事もなげに頷く男に、友人は頭を抱えた。
「もし、お前の話が本当だとしてだなぁ、人を呼ぶ様な桜、まともじゃないだろう? 絶対樹齢何百年だかで、神木と言うよりも妖木化してるって! それ以前に、空耳だか何だかが聞こえるとして、何でそれが何処のどれとも知れない桜の呼び声だと思うんだ?」
「それは……小さい頃、親に連れられて行った桜の名所で聞いたのと同じ声だから。只、それが何処だったかが思い出せないんだ。親に訊こうにも……」男の両親は既に他界していた。
どこかの境内だったのは確かだと思う、と男は語った。
舞い散る花弁にはしゃぐ彼にふと、頭上遥から老人の声が掛けられた。
「元気な子じゃ……またいつか、此処においで」と。
それが桜の声だと、当時子供だった男は素直に信じ、今に至るのだった。
「兎に角」友人は強引にパンフレットを片付けながら言った。「明日は病院に行こう。耳鼻科がいいのか、脳神経かがいいのか、その……心療内科がいいのかは解らんが。桜の声が聞こえるなんて、尋常じゃない――それは解るだろう?」
頷いた男の目はしかし、一枚の写真に留められていた。
翌日、書置きを残して男は姿を消した。
写真を見て、件の桜の樹の在り処を思い出した事、気遣いは有難いがやはり声は気の迷いや病ではなく、この耳にしっかりと聞こえる事、それらが認められた後に、こう結ばれていた。
「子供の頃、あの声は確か、こうも言っていた――『お前の力が必要になるから』と」
恐らくは老木だろう桜の樹が必要とした男の力、それは生命力ではなかったかと、今では友人は思っている。
―了―
桜続きで!
実際の年齢は勿論、機密事項でございます☆
うん、気を付けましょう(笑)