『追われた記憶』

　前にもこれと同じことがあった。そう思いかけたが、理性は否定する。ありえない。

　だが、理屈は兎も角、僕は逃げた。彼が追って来るから――。

　もう三十年は前だろうか、僕が小学校低学年の当時、ユウちゃんの大事にしていた玩具を隠したのはほんの気紛れだった。これを隠したらどうするだろう、慌てて探し回るだろうか、見付けられるだろうか――そんな幼さゆえの残酷な好奇心もあったのかも知れない。
　そんな僕の、あるいは期待通りにユウちゃんは、先ず判らないだろう所に隠したそれを求めて、懸命に走り回っていた。
　箪笥の裏、椅子の下、縁の下、草むら……徐々に範囲が広がっていく。だが、玩具は見付からない。
　暫くは笑って眺めていた僕だったけど、その様子と悲しげな声に可哀想になったのと、また、見付けられないユウちゃんに少しがっかりして飽きてきた事もあって、玩具を返す事にした。
　改めて振り返ると、酷い子供だったな。僕は。
　だけど当時はそんな事、気付きもせず、仕方ないな、なんてぶつくさ言いながら玩具を隠し場所から取り出す為に脚立（きゃたつ）に上った覚えがある。
　何せ玩具は家の屋根に沿って這う雨樋に隠してあったから。
　
　そして樋に積もった枯葉の中からそれを取り出した時、突然脚立がぐら付いた。
　慌てて樋に取り付きながらバランスを立て直して、足元を見ると、僕の仕業に抗議する様な声を上げながら、ユウちゃんが脚立に足を掛けていた。その勢いに、脚立が揺れたのだ。
　危ないじゃないか、と僕は叱り付けた。勿論、ユウちゃんにしてみれば玩具を取り返したかっただけなんだろう。でもその時は本当に足元の不安定さに恐怖を覚えたんだ。今にも倒されるんじゃないかと。
　だから、怒鳴り声にも脚立を揺らすのを止めないユウちゃんに、僕は咄嗟に手近にあった物――屋根瓦を投げ付けていた。
　一声甲高い声を上げて、ユウちゃんは蹲った。一瞬はっとしたが、その時は傷の具合を見る余裕は無かった。
　慌てて脚立を降りた所を、頭を血に濡らしたユウちゃんに追い掛けられたから。

　丁度、今の様に。ワンワン、吠えられながら。

　我が家の飼い犬、ユウちゃんの怪我は実は大した事はなく、二十年以上生きて大往生を遂げたのだけど、僕は未だに犬を見ると、あの時のユウちゃんに見えて仕方ない。そしてそんな僕は怪しい人に見えるのか、よく犬に追われるのだった。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―了―

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　はーい、悪い子ですねー。何か、自業自得☆