〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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腐葉土に覆われながらも辛うじて認められる石の階段を登って行った先に、その建物はあった。
竹造りの囲いで外界とを区切られた、小さな東屋。
巨大な石の土台の上に長年風雨に晒された木の柱と瓦葺きの屋根。中央には石の丸テーブルと、四脚の籐の椅子――こちらは最早実用に耐えない様だ。
よくもこんな本宅から遠い所に東屋を建てたものだ。息を切らしながら私は先代の酔狂を愚痴る。実際には館からの距離はそれ程でもないのかも知れないが、この階段は年老いたこの身には堪える。然も手入れもされなくなって久しい。
そんな建物にどうしてまた来てしまったのか――妹が死んだ場所に。
紅い色ばかりを誂えた花束を持って。
竹造りの囲いで外界とを区切られた、小さな東屋。
巨大な石の土台の上に長年風雨に晒された木の柱と瓦葺きの屋根。中央には石の丸テーブルと、四脚の籐の椅子――こちらは最早実用に耐えない様だ。
よくもこんな本宅から遠い所に東屋を建てたものだ。息を切らしながら私は先代の酔狂を愚痴る。実際には館からの距離はそれ程でもないのかも知れないが、この階段は年老いたこの身には堪える。然も手入れもされなくなって久しい。
そんな建物にどうしてまた来てしまったのか――妹が死んだ場所に。
紅い色ばかりを誂えた花束を持って。
ひぃ姉ちゃん――あの子は私をそう呼んでいた。久江、だからひぃ姉ちゃんと。
そして私が行く所には何処でも付いて来た。この東屋へも、遊びに来た事がある。七つ、歳の離れた妹には結構きつい道のりだったろうに。
その妹が十歳、私が十七歳の時、此処に私達を伴って来たのは母だった。いつもは急な階段を嫌い、此処には近寄りもしなかった人が、不意に二人の娘を誘ったのだ。
私は何か妙なものを感じたけれど、妹は母様が遊んでくれる、と無邪気にはしゃいでいた。だから私は母が、持って行くフルーツを切る為にしてはやけに大振りなナイフを持っているのに気付いたけれど、言い出せなかった。
母は元々、余り娘達に構ってくれる質ではなく、自分の容色の衰えを必死に止める事にのみ、気を遣っている様な人だったから。気紛れでも、構ってくれるのなら……と。特に妹のはしゃぎ様を見ては。何、ナイフだって丁度いい物が見当たらなかっただけに違いない。いつも家政婦任せの人だったから、キッチンなんて滅多に入らないのだもの。
そんな、項(うなじ)がざわざわする様な不安感を抱えながらも、私はそれを宥め賺し、妹の手を取ってこの階段を登った。
そして此処で当時は健在だった籐椅子に腰掛け、三人はフルーツを食べ、遊び、お喋りした。
母の視線は時折、開いたもう一脚の椅子へと伸びた。どこか寂しげな、そこが埋まるのを待ち望んでいる様な、そんな目だった。
今思えば、あれは父の為の席だったのだろう。父は当時、仕事仕事で、休日にも家に居ない人だった。会社に住んでいる様な人、と母は言っていた。
何不自由ない暮らしをしていても、だから寂しかったのだろうか。母は。
容色の衰えを気にするのも、夫に見詰めて貰いたい、その一心からだったのかも知れない。
けれど、父は余りにもそんな母に対して無頓着過ぎた。
だから、壊れてしまったのだろうか。母は。
足元が危なっかしいから陽が傾く前に帰ろう、と言って片付けを始めた私に対し、そんな物どうでもいいのよ、と母は猫撫で声を出した。
そして私が不安に感じていたナイフを仕舞うよりも早く、それを手に取り……。
止める間さえも無かった。彼女がそれを妹の胸に突き立てるのを。
どうして!?――そんな事を叫んだ記憶がある――私達を殺すの!? と。
それに対しての彼女の答えは、私を憤らせた。
どれ程身を飾ろうと夫は振り向いてくれず、館の中では「奥様」とかしずかれようとも皆腹の中では嘲っているに違いない。そんな自分の生き甲斐を見失った。それでも二人の娘を残していくのは不憫で仕方ない。だから一緒に連れて行く……。
私達は貴女の所有物じゃない!――そう叫び返して、私は階段へと逃れた。
そして、追って来た彼女は足を踏み外し、短い悲鳴で振り返った私は辛うじて、その転落に巻き込まれるのを避けた。
妹の為に救急車を呼びに館に戻る私の耳に、彼女の呻き声が残った。石段で、どこか打ったのだろう。その傍に、妹の血を含んだナイフが転がっていた。
救急隊を率いて戻って来た時、母の胸にはそのナイフが突き立っていた。白いドレスに広がった血痕、そして胸の上で握り締められた両手は、丸で紅い花束を持って眠っている様な錯覚を、見る者に与えた。
妹は、助からなかった。妹の胸にも、真紅の花が咲いていた。
それ以来、私は紅い花束が嫌いになった。
なのに今日、この花束を持って来たのは――やっと母の寂しさが少しは解る様になったからかも知れない。
けれど、私には母のした事は許せない。私も妹も、母の所有物ではない。無理心中で加害者となる親は、残していけば子供が不憫だと言うけれど、残った私はこうして生きている。自己憐憫なんて感じた事は無い。只、命を奪われた妹が憐れなだけだ。命を奪われるという事は、全ての機会を奪われるという事だもの。
私は紅い薔薇を一輪だけ抜き取って、花束を石のテーブルに供えた。妹を思い、祈りを捧げる。
そしてまた冷たい石の階段を降り、降り切った土の地面に、手に残った紅い薔薇を一輪、突き立てた。
あの日、母にそうした様に。
―了―
遅くなったー、暗くなったー(意味不明)
そして私が行く所には何処でも付いて来た。この東屋へも、遊びに来た事がある。七つ、歳の離れた妹には結構きつい道のりだったろうに。
その妹が十歳、私が十七歳の時、此処に私達を伴って来たのは母だった。いつもは急な階段を嫌い、此処には近寄りもしなかった人が、不意に二人の娘を誘ったのだ。
私は何か妙なものを感じたけれど、妹は母様が遊んでくれる、と無邪気にはしゃいでいた。だから私は母が、持って行くフルーツを切る為にしてはやけに大振りなナイフを持っているのに気付いたけれど、言い出せなかった。
母は元々、余り娘達に構ってくれる質ではなく、自分の容色の衰えを必死に止める事にのみ、気を遣っている様な人だったから。気紛れでも、構ってくれるのなら……と。特に妹のはしゃぎ様を見ては。何、ナイフだって丁度いい物が見当たらなかっただけに違いない。いつも家政婦任せの人だったから、キッチンなんて滅多に入らないのだもの。
そんな、項(うなじ)がざわざわする様な不安感を抱えながらも、私はそれを宥め賺し、妹の手を取ってこの階段を登った。
そして此処で当時は健在だった籐椅子に腰掛け、三人はフルーツを食べ、遊び、お喋りした。
母の視線は時折、開いたもう一脚の椅子へと伸びた。どこか寂しげな、そこが埋まるのを待ち望んでいる様な、そんな目だった。
今思えば、あれは父の為の席だったのだろう。父は当時、仕事仕事で、休日にも家に居ない人だった。会社に住んでいる様な人、と母は言っていた。
何不自由ない暮らしをしていても、だから寂しかったのだろうか。母は。
容色の衰えを気にするのも、夫に見詰めて貰いたい、その一心からだったのかも知れない。
けれど、父は余りにもそんな母に対して無頓着過ぎた。
だから、壊れてしまったのだろうか。母は。
足元が危なっかしいから陽が傾く前に帰ろう、と言って片付けを始めた私に対し、そんな物どうでもいいのよ、と母は猫撫で声を出した。
そして私が不安に感じていたナイフを仕舞うよりも早く、それを手に取り……。
止める間さえも無かった。彼女がそれを妹の胸に突き立てるのを。
どうして!?――そんな事を叫んだ記憶がある――私達を殺すの!? と。
それに対しての彼女の答えは、私を憤らせた。
どれ程身を飾ろうと夫は振り向いてくれず、館の中では「奥様」とかしずかれようとも皆腹の中では嘲っているに違いない。そんな自分の生き甲斐を見失った。それでも二人の娘を残していくのは不憫で仕方ない。だから一緒に連れて行く……。
私達は貴女の所有物じゃない!――そう叫び返して、私は階段へと逃れた。
そして、追って来た彼女は足を踏み外し、短い悲鳴で振り返った私は辛うじて、その転落に巻き込まれるのを避けた。
妹の為に救急車を呼びに館に戻る私の耳に、彼女の呻き声が残った。石段で、どこか打ったのだろう。その傍に、妹の血を含んだナイフが転がっていた。
救急隊を率いて戻って来た時、母の胸にはそのナイフが突き立っていた。白いドレスに広がった血痕、そして胸の上で握り締められた両手は、丸で紅い花束を持って眠っている様な錯覚を、見る者に与えた。
妹は、助からなかった。妹の胸にも、真紅の花が咲いていた。
それ以来、私は紅い花束が嫌いになった。
なのに今日、この花束を持って来たのは――やっと母の寂しさが少しは解る様になったからかも知れない。
けれど、私には母のした事は許せない。私も妹も、母の所有物ではない。無理心中で加害者となる親は、残していけば子供が不憫だと言うけれど、残った私はこうして生きている。自己憐憫なんて感じた事は無い。只、命を奪われた妹が憐れなだけだ。命を奪われるという事は、全ての機会を奪われるという事だもの。
私は紅い薔薇を一輪だけ抜き取って、花束を石のテーブルに供えた。妹を思い、祈りを捧げる。
そしてまた冷たい石の階段を降り、降り切った土の地面に、手に残った紅い薔薇を一輪、突き立てた。
あの日、母にそうした様に。
―了―
遅くなったー、暗くなったー(意味不明)
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Re:無題
何と無く怖い話に……(--;)
親の勝手に子供をつき合わせちゃいけません☆
親の勝手に子供をつき合わせちゃいけません☆
わあ!
今日(もう昨日かな)『神国奇譚』の方と、こちらの短編と、二作も書いたんですか!
ひゃーお疲れ様です。お茶でも…
( ^-)_旦~
今日のは少し恐かった~
赤い印象が彼女には強すぎたんだろうな…少し怖くて少し悲しいです。
巽さん、今日はゆっくり休んで下さいね~
ひゃーお疲れ様です。お茶でも…
( ^-)_旦~
今日のは少し恐かった~
赤い印象が彼女には強すぎたんだろうな…少し怖くて少し悲しいです。
巽さん、今日はゆっくり休んで下さいね~
Re:わあ!
有難うございます(^^)
あっちのは昔書いた元の文章はあるので、この辺は未だ殆ど打つだけで大丈夫♪(その間に続き書かないとね・汗)
寧ろ長文の表示をどうするか考え中(--;)
あっちのは昔書いた元の文章はあるので、この辺は未だ殆ど打つだけで大丈夫♪(その間に続き書かないとね・汗)
寧ろ長文の表示をどうするか考え中(--;)
無題
こんばんわ(^o^)丿
お・重い・・・ず~ん
ときたところで、
「遅くなったー、暗くなったー」って~!!
思わず笑っちゃいましたよヾ(@°▽°@)ノ
母上は図らずも愛娘を殺人者にしてしまったのですね・・・
自業自得とはいえ娘さんは気の毒です。
お・重い・・・ず~ん
ときたところで、
「遅くなったー、暗くなったー」って~!!
思わず笑っちゃいましたよヾ(@°▽°@)ノ
母上は図らずも愛娘を殺人者にしてしまったのですね・・・
自業自得とはいえ娘さんは気の毒です。
Re:無題
ついボケでバランスを……(笑)
ひぃ姉ちゃん、名前付けた割には妹との絡みが無くて中途半端になったかも。母上はもっと早く、普通に胸の内を娘達に話していれば結果違ってたかもねー。
ひぃ姉ちゃん、名前付けた割には妹との絡みが無くて中途半端になったかも。母上はもっと早く、普通に胸の内を娘達に話していれば結果違ってたかもねー。
Re:そうか・・・
うん、自殺だけでも残された人が背負う悲しみは大きいのにね。
と言うか、それが解っているからこそ連れて行こうとするんだろうけど、それこそ身勝手な話よね。結局は自己憐憫。
と言うか、それが解っているからこそ連れて行こうとするんだろうけど、それこそ身勝手な話よね。結局は自己憐憫。
無題
無理心中か。やですね。
日本人て曖昧な言葉が好きなんだけど、
その言葉が被害者を増やしてる面もありますね。
無理心中て言葉があるので、キレるという言葉があるので、不登校という言葉があるので、簡単に安心して類型化されてしまう。
……お、今日のコメは格調高いぞ、非常に珍しく(笑)
日本人て曖昧な言葉が好きなんだけど、
その言葉が被害者を増やしてる面もありますね。
無理心中て言葉があるので、キレるという言葉があるので、不登校という言葉があるので、簡単に安心して類型化されてしまう。
……お、今日のコメは格調高いぞ、非常に珍しく(笑)
Re:無題
ああ、変に言葉があるから安心してしまう、というのは確かにありますね。
個別の事情があり、経緯があり、結果があるのだけれど、結果だけを見てそこで終わってしまう、みたいな。病気でも何とか症候群って名前が付くと解った様な気になるけど実際は同じ様な症状が起こるものを症候群と呼んでいるだけで、原因や治療法は様々だったり……。
何にしても望まれない結果ではありますな。
個別の事情があり、経緯があり、結果があるのだけれど、結果だけを見てそこで終わってしまう、みたいな。病気でも何とか症候群って名前が付くと解った様な気になるけど実際は同じ様な症状が起こるものを症候群と呼んでいるだけで、原因や治療法は様々だったり……。
何にしても望まれない結果ではありますな。
Re:全く

やはりそこ迄自らを追い詰める前に誰かに相談するとか、ストレス解消するとかすればよかったのにね(--;)
簡単に解消しない事もあるだろうけどさ。
簡単に解消しない事もあるだろうけどさ。
こんばんは♪
サーバルありがとう!サーベルタイガーとゴッチャになってたぁ!
無理心中って許せないよね!
残していくのが不憫って考え方は、思い上がりだと思うんだぁ・・・・ほんと!所有物じゃないもんね・・・・・
なんか・・・・切ないですね!
無理心中って許せないよね!
残していくのが不憫って考え方は、思い上がりだと思うんだぁ・・・・ほんと!所有物じゃないもんね・・・・・
なんか・・・・切ないですね!
Re:こんばんは♪
サーベルタイガーもいいよね~(猫科なら何でもいい?)
よく無理心中で「残していくのが不憫で」とか言うけど、そんな勝手に巻き込まれる方が不憫だと思う
親が最初っから、その子が真っ当に生きて行く可能性潰してどうするのよ! って。
よく無理心中で「残していくのが不憫で」とか言うけど、そんな勝手に巻き込まれる方が不憫だと思う

親が最初っから、その子が真っ当に生きて行く可能性潰してどうするのよ! って。
Re:無題
あり得そうでやですよねー(--;)
事件に関してはあり得ないのが一番!
事件に関してはあり得ないのが一番!
Re:こんばんはっ
残して行くのが不憫と言っても、何より不憫なのは血の繋がった身内に殺される事じゃないかしらと思ったり。
ああいうニュースは嫌ですねぇ。
ああいうニュースは嫌ですねぇ。
こんばんは
そうか、長女が母親刺しちゃったんだ。
う~ん、どんな気持ちだったんだろうなぁ。
まぁ、確かに父親に子供を育てるぐらいの生活能力があるわけで、この場合は特に腹立たしいものがあるかな。
生活能力の無い親が子供を残していくのは可哀想っていうのは、多少分からないでもないけどね。
う~ん、どんな気持ちだったんだろうなぁ。
まぁ、確かに父親に子供を育てるぐらいの生活能力があるわけで、この場合は特に腹立たしいものがあるかな。
生活能力の無い親が子供を残していくのは可哀想っていうのは、多少分からないでもないけどね。
Re:こんばんは
この場合、完全に母親の問題ですからねぇ。
残して行っても暮らしに不自由は無いし、寧ろ母親の勝手な思い込み。
だからこそ、許せず……
残して行っても暮らしに不自由は無いし、寧ろ母親の勝手な思い込み。
だからこそ、許せず……
