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板壁の所々が破れており、そこから差し込む光の中に浮かび上がったのは数知れぬ人形、人形、人形……。造りも大きさも様々な人形が所狭しと並べられている。人形師等の手によるものではなく、一体一体、手作りの様だ。布で作られたもの、木を彫って作られたもの、どことなく顔に似た形の石に更に目鼻を強調する模様を描いたものなど種々雑多な人形の群れ。
中には吹き込んだ風雨によるものか、獣の仕業か、倒れて傷んだものなどもあるが、殆どは恐らく置かれた時の儘なのだろう、整然と安置されている。
寺が放置された頃からあったものなのだろうか。厚く埃を被り、着物は色褪せ、顔もくすんで紅など落ちてしまった様だ。
青年――至遠の足元の黒猫白陽が恐る恐る手近な人形にちょっかいを出そうとして、至遠の腕に抱き止められる。
「白陽、これは玩具じゃないよ。多分、玩具にしてはいけないものだ」そう言い聞かせつつ、至遠は他に今宵の塒に出来そうな部屋が無いか、視線を走らせる。例によって胡散臭そうに彼を見る村人から、それでも此処ならと教えて貰って来たのだが、流石にこの本堂では落ち着けそうにもない。
脇の廊下から、かつて住職が使っていたのだろう住居に行ける様だった。至遠は白陽を抱いた儘、そちらへ向かった。幸い、行き着いた先の部屋には人形は一切無く、年月による老朽化も、床板が一部歪んではいるものの許容出来る程度のものだった。些か臭いが澱んではいるが。
此処ならもしもの雨露も凌げる、と頷いていると表の本堂の方から声が掛かった。
おや、と思いながら出てみると、この寺を教えてくれた男と、どこか男と似た風貌の若い男。
彼は楊雪と名乗った。
「先程は父がこの寺を教えてしまったそうで……。悪い事は言いません。この寺に泊まるのは止めた方がいいですよ」楊雪は生真面目そうな眼差しで至遠を見据え、そう言った。「此処は……住職が亡くなって以来、人が住める様な場所ではなくなってしまいました。例え、一夜でも」
「本堂の、人形が原因ですか?」至遠は尋ねた。「確かにあれだけの数の人形が居並ぶ様は異様ですが……。そもそも、何故あんなに人形が?」
楊雪は言い澱んだ。通りすがりであろうこの男に話していいものかどうか、暫し黙考している様だ。だが、言わねば伝わらぬと判断した様子で、口を開いた。
「あれは……あれらはかつてこの村で飢饉が起こった際に減らされた……子供等を慰める為のものです」
その類のものではないかと薄々察していた至遠ではあったが、流石に本堂一杯に並んだ様を思い出して一瞬、絶句する。
「あれだけの数の……口減らしを……?」
「本当にどうしようもなかったんでさ」呻いたのは、恐らくその当時を知っているのだろう、父親の方だった。「村の為に、働ける連中が食っていくのがやっとだった。弱い年寄りと、幼い子供は……。翌年にはどうにかましになったが、こいつももう少し早く生まれていたら……」息子を目で示して、また深く俯く。「だからせめての供養にと、この寺に人形を納めるようになったんでさ」
「そして住職が亡くなって以来、夜になるとその本堂から子供の泣き声が聞こえるようになったんです」と、楊雪。「供養してくれる者が居なくなって寂しいのか、親を恨んでいるのか……」
「よくそんな所を教えてくれましたね」流石に至遠も呆れ顔で父親を見遣った。尤も直ぐに苦笑が浮かんだが。「そんなに、怪しい奴に見えましたか? 私は」
父親は口の中でもごもごと言い訳を呟く。あれを見たら逃げ出すと思ったと言う辺り、やはり怪しい者と思っていたのか。
「本当に申し訳ない」言ったのは楊雪だった。「父から話を聞いてこれはいけないと、慌てて……。お詫びにもしよければ我が家にお越し下さい。生憎の男所帯で大した持成しも出来ませんが。兎も角、此処からは出た方がいいですよ」
至遠は暫し考えた後、頭を振った。お世話になる訳には行かない、と。
「しかし……!」楊雪はいきり立った。「話を信じていないのですか? この寺に夜、泊まるなんて……! 泣き声だけで済むかどうか、解りませんよ?」
「大丈夫です」言って、至遠は微笑した。「それ迄に終わらせます」
「終わらせる? 何を?」親子は怪訝そうな目で、真意を推し測ろうとする様に至遠の顔を見詰めた。
その耳に、無数の赤子の泣き声が、響いた。
「な、何だ? これは!?」慌てふためき、耳を押さえて辺りを見回す二人に涼しい顔で至遠は応じた。
「何って、あの人形達を依り代とした子供達ではないのですか?」耳を塞いでいても、丸で頭に直接語り掛けられているかの様によく通る声だった。
「馬鹿な……」父親が呻く。
「何故否定するのですか? 話をしてくれたのは貴方方でしょう?」
「だが……だが……! 供養はした筈だ! その為に、うちのかかぁは……かかぁは……」
「そうだよ! こんな事ある筈がないんだ。母さんが……子供達を慰める為に此処に……捧げられて……。だから……」
「捧げられた――それは、人柱にされたという事ですか?」至遠は二人を見据え、問い質した。「住職が亡くなり、泣き声を発し始めた子供達を治める為に、その面倒を見る母親代わりを差し出した。そういう事ですか?」
「どうして、それを……」親子は茫然と、最早耳を塞ぐ事も忘れて、立ち尽くした。
「此処を教えたのは本当に只、あの人形を見て私がたじろいで村を出て行くだろうと思っての事だったのでしょう。けれど、想像に反して私は奥の間に迄進んでしまった。あそこには……立ち入って欲しくなかったのですね?」
どこか焦点が合わぬ儘、親子の視線はかつて住職が暮らしていた間へと向かう。
「そう……あそこには、母さんが……母さんが子供達を慰める為に居るんだ。だから……」
「かかぁは、自分から進んで行ったんだ。子供を――楊雪を授かったのはあの子供達の犠牲があっての事だからって……」
至遠は深い溜め息をついた。
楊雪は「居る」と表現したが、あの部屋には生者の息吹はない。澱んでいたのは微かな死臭。恐らくは歪んだ床の下、彼女は居るのだろう。
本来は居もしなかっただろう、子供達の霊を慰める為に。
積もり積もった思念が形を取る、それがこの国だった。居るものだと何人もの人間が思えば、あるいは強い思いがあれば、それは形を成す。
子供達の霊を生み出したのは、供養する者が居なくなって泣いている事だろうという、村人達の想像だったのだ。
そしてその為にまた犠牲を……。
つくづく、業の深い村だ――至遠はしかし、自分からそれを通報する気は無かった。人柱など言語道断ではあるが、村人達は本当に、犠牲となった子供達をいつ迄も忘れずに、その安寧を願っていたのだ。
あの人形達を見れば解る。一つ一つ、思いを込めて造られた人形達を。
只――。
「村の為に犠牲になった子供達が、更に自分達の為に犠牲を望むかどうか、もう一度よく考えて下さい――もう、取り返しはつかないけれど」
糸の切れた人形の様に膝を突く親子を残して、至遠は白陽を伴って村を後にした。
―了―
お久し振りです(^^;)
直接通報しないけど、自分達でやらかした事の重さに気付いて自首しろ、という事で。村の為に犠牲になったんだと思っていれば自分達は少しは気が鎮まるかも知れないけれど、実際にはそれは無駄な殺生だったんだと。
前に怪談番組のセットに日本人形が一杯置いてあって、よくあんな所で怪談語れるな~と思った(^^;)
何か可愛くて観光名所になりそう(笑)