〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
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幼い頃から祖父に言い聞かされてきた事がある。
蔵には近付くな、と。
古い日本建築の母屋の裏手にひっそりと、蔵は建っていた。今夜の様な月の明るい晩には白い壁がぼんやりと光っているかの様に浮かび上がり、周囲に蟠る闇を更に際立たせている。
祖父は死の床に於いてさえ、蔵には近付くなとうわ言の様に呟いていた。
だから、本当ならばあの蔵には一切手を付けるべきではないのだろう。
だが、祖父の死後五年の年月が経ち、母屋も蔵もその分、老いた。壁にも亀裂が目立ち、母屋の床もぎしぎしと鳴る始末。蔵の中はどうなっている事か解らないが、やはり老朽化が懸念された。
この際改築を考えるべきだと、母は主張した。母屋も、蔵も。勿論それには資金が要る。もしかしたらその足しになる物が、蔵に眠ってはいないかとも考えている様だった。
祖父は一時、古美術品に凝っていた時期があった。とは言え、ほんの齧った程度の知識で、まともな目利きが出来る筈もない。またがらくたを買い込んで、と頬を膨らませていたのは母自身だったのだが。
それでももしかしたら、という欲が働いたのだろう。
父も母の言い分を聞き入れ、明日、蔵を開けてみる事となった。
蔵には近付くな、と。
古い日本建築の母屋の裏手にひっそりと、蔵は建っていた。今夜の様な月の明るい晩には白い壁がぼんやりと光っているかの様に浮かび上がり、周囲に蟠る闇を更に際立たせている。
祖父は死の床に於いてさえ、蔵には近付くなとうわ言の様に呟いていた。
だから、本当ならばあの蔵には一切手を付けるべきではないのだろう。
だが、祖父の死後五年の年月が経ち、母屋も蔵もその分、老いた。壁にも亀裂が目立ち、母屋の床もぎしぎしと鳴る始末。蔵の中はどうなっている事か解らないが、やはり老朽化が懸念された。
この際改築を考えるべきだと、母は主張した。母屋も、蔵も。勿論それには資金が要る。もしかしたらその足しになる物が、蔵に眠ってはいないかとも考えている様だった。
祖父は一時、古美術品に凝っていた時期があった。とは言え、ほんの齧った程度の知識で、まともな目利きが出来る筈もない。またがらくたを買い込んで、と頬を膨らませていたのは母自身だったのだが。
それでももしかしたら、という欲が働いたのだろう。
父も母の言い分を聞き入れ、明日、蔵を開けてみる事となった。
「大体、近付くなって言ったって、あれはうちの蔵なんだから……いつ迄もあの儘って訳にも行かないでしょう」
本当に開けるの? という僕の問いに言い訳するかの様に、母は視線を逸らしつつもそう言った。
「ほら、遺品の整理とか……。五年も手付かずだったのよ? いい加減片付けないと。蔵だって傷んで、壁が崩れでもしたら大変でしょ?」
確かに、あの蔵をいつ迄もあの儘放置しておく訳にも行かないだろう。
だが、祖父は何故あんな事を言ったのか……。
「ほら、骨董品とかあるから、あんたが悪戯して壊しやしないか、気が気じゃなかったんじゃないの?」母はそう言って笑うが、子供だった僕は兎も角、その母自身も同様の事を言われていたのを、僕は知っている。近付くな、と。「私も掃除にも入れなかったし……。中はどうなってる事かしら。雨漏りとかしていなければいいけど」
目だけが笑っていない母の笑顔は、某かの不安を覚えていながらも自分自身に対してそれを誤魔化そうとしている様に見えた。
「いいじゃないか、もう五年も経ったんだから」父もやはり、どこか落ち着かない様子で、自分自身への言い訳を口にした。「別に正式な遺言っていう訳でもないし」
何故祖父はあんな事を言ったんだろう?――母にしたのと同じ問いを、僕は父にもぶつけた。
それに対する答えも似たり寄ったり。悪戯を恐れたのだろう、と。
だが、件の蔵は頑丈な閂と南京錠で締め切られている。鍵はいつも祖父が管理していて、近付いた所で僕には中に入る事すら叶わない。悪戯の防止ならばそれだけで充分ではないのか?
「じゃあ、あれだ。お前が子供の頃にはもうかなり古かったから、蒼の近くで遊んでいてもし壁でも崩れたらって、心配だったんだ」
なら、父さんや母さんには何故?――その問いには困惑を含んだ曖昧な笑みしか、返されなかった。
こうして疑問をぶつけてみても、明日、蔵が開けられる予定は変わらなさそうだった。
「何だろう?」白い壁を眺めながら、僕は呟いた。近付いてはいけない、開けてはいけない、そんな気がする。
いっそ今の内に鍵を祖父の部屋から隠してしまおうか。いや、それでも開けようと思えば錠前屋を呼ぶだろう。かと言って、両親を説き伏せられる根拠もない。
それに――開けられる事に不安を覚えるのと同時に、怖いもの見たさと言うのだろうか、わくわくする様な、高揚感を覚えてもいた。
寝付かれぬ儘、僕は朝を迎えた。
* * *
ああ、そうか……。
翌日、重々しい音と共に開かれた蔵を前に、僕は茫然としながらも頭の片隅ではそう納得していた。
中には蟠る闇と、永い年月の間に降り積もった埃、そして澱の様に籠もった臭い。そして、壁際に設えられた棚に並ぶ骨董品が納められているらしい木箱。
更に――最奥に安置された、小さな柩。
母はひっ、と小さな悲鳴を上げ、父は恐る恐るその柩の中を検めに足を踏み出した。
だが、僕には解る。いや、思い出した。
そこに眠るのは僕が幼い頃、この蔵の二階で遊んでいて、躓いた拍子に急な階段へと突き飛ばしてしまい――死なせてしまった、双子の兄だった。事故ではあったけれど、自分の引き起こした事の重大さに怯え、高熱に魘された挙げ句に僕はあろう事か彼の存在を自分の中から消去してしまった。それを知った家族はこれ迄僕に合わせてくれていたのだ。僕は一人っ子だと。
だが、祖父だけはそんな忘れられた兄を、こうして慰めていてくれたのだろう。
無論、本物の遺骨は墓に納められているだろうが……。
「これは……」柩の蓋を開けた父が声を呻いた。だが、背中に僕の視線を感じているのだろう、それ以上の言葉を飲み込んだ。
「大丈夫だよ」ゆっくりとした呼吸を試みながら、僕は言った。「もう、思い出した……から」
何があるの?――その問いに父は柩から数枚の紙を取り出して、泣き笑いの声で答えた。
「写真だよ、処分した筈の……二人が写った」
僕は蔵の中へと歩いて行って窓を開け放ち、その差し込む日差しの中で柩を確認した。
小さな男の子二人が仲良く寄り添い、時にはじゃれ合う、そんなどこにでもある日常の写真。僕が葬った懐かしい日々の写真だった。
「祖父ちゃん、もう大丈夫……。もう事実は事実として、受け止められるから」死の床にあっても僕の為に秘密を守ろうとしていた祖父に、そっと感謝の呟きを洩らし、僕は黙祷した。
―了―
何か長くなる~☆
本当に開けるの? という僕の問いに言い訳するかの様に、母は視線を逸らしつつもそう言った。
「ほら、遺品の整理とか……。五年も手付かずだったのよ? いい加減片付けないと。蔵だって傷んで、壁が崩れでもしたら大変でしょ?」
確かに、あの蔵をいつ迄もあの儘放置しておく訳にも行かないだろう。
だが、祖父は何故あんな事を言ったのか……。
「ほら、骨董品とかあるから、あんたが悪戯して壊しやしないか、気が気じゃなかったんじゃないの?」母はそう言って笑うが、子供だった僕は兎も角、その母自身も同様の事を言われていたのを、僕は知っている。近付くな、と。「私も掃除にも入れなかったし……。中はどうなってる事かしら。雨漏りとかしていなければいいけど」
目だけが笑っていない母の笑顔は、某かの不安を覚えていながらも自分自身に対してそれを誤魔化そうとしている様に見えた。
「いいじゃないか、もう五年も経ったんだから」父もやはり、どこか落ち着かない様子で、自分自身への言い訳を口にした。「別に正式な遺言っていう訳でもないし」
何故祖父はあんな事を言ったんだろう?――母にしたのと同じ問いを、僕は父にもぶつけた。
それに対する答えも似たり寄ったり。悪戯を恐れたのだろう、と。
だが、件の蔵は頑丈な閂と南京錠で締め切られている。鍵はいつも祖父が管理していて、近付いた所で僕には中に入る事すら叶わない。悪戯の防止ならばそれだけで充分ではないのか?
「じゃあ、あれだ。お前が子供の頃にはもうかなり古かったから、蒼の近くで遊んでいてもし壁でも崩れたらって、心配だったんだ」
なら、父さんや母さんには何故?――その問いには困惑を含んだ曖昧な笑みしか、返されなかった。
こうして疑問をぶつけてみても、明日、蔵が開けられる予定は変わらなさそうだった。
「何だろう?」白い壁を眺めながら、僕は呟いた。近付いてはいけない、開けてはいけない、そんな気がする。
いっそ今の内に鍵を祖父の部屋から隠してしまおうか。いや、それでも開けようと思えば錠前屋を呼ぶだろう。かと言って、両親を説き伏せられる根拠もない。
それに――開けられる事に不安を覚えるのと同時に、怖いもの見たさと言うのだろうか、わくわくする様な、高揚感を覚えてもいた。
寝付かれぬ儘、僕は朝を迎えた。
* * *
ああ、そうか……。
翌日、重々しい音と共に開かれた蔵を前に、僕は茫然としながらも頭の片隅ではそう納得していた。
中には蟠る闇と、永い年月の間に降り積もった埃、そして澱の様に籠もった臭い。そして、壁際に設えられた棚に並ぶ骨董品が納められているらしい木箱。
更に――最奥に安置された、小さな柩。
母はひっ、と小さな悲鳴を上げ、父は恐る恐るその柩の中を検めに足を踏み出した。
だが、僕には解る。いや、思い出した。
そこに眠るのは僕が幼い頃、この蔵の二階で遊んでいて、躓いた拍子に急な階段へと突き飛ばしてしまい――死なせてしまった、双子の兄だった。事故ではあったけれど、自分の引き起こした事の重大さに怯え、高熱に魘された挙げ句に僕はあろう事か彼の存在を自分の中から消去してしまった。それを知った家族はこれ迄僕に合わせてくれていたのだ。僕は一人っ子だと。
だが、祖父だけはそんな忘れられた兄を、こうして慰めていてくれたのだろう。
無論、本物の遺骨は墓に納められているだろうが……。
「これは……」柩の蓋を開けた父が声を呻いた。だが、背中に僕の視線を感じているのだろう、それ以上の言葉を飲み込んだ。
「大丈夫だよ」ゆっくりとした呼吸を試みながら、僕は言った。「もう、思い出した……から」
何があるの?――その問いに父は柩から数枚の紙を取り出して、泣き笑いの声で答えた。
「写真だよ、処分した筈の……二人が写った」
僕は蔵の中へと歩いて行って窓を開け放ち、その差し込む日差しの中で柩を確認した。
小さな男の子二人が仲良く寄り添い、時にはじゃれ合う、そんなどこにでもある日常の写真。僕が葬った懐かしい日々の写真だった。
「祖父ちゃん、もう大丈夫……。もう事実は事実として、受け止められるから」死の床にあっても僕の為に秘密を守ろうとしていた祖父に、そっと感謝の呟きを洩らし、僕は黙祷した。
―了―
何か長くなる~☆
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こんばんは(^^)
お祖父ちゃん、心配してくれていたのねえ…
人間ってすごいな、と思うのは
自分で自分の記憶を消す、いというかふたをすることが出来ること。
心の奥底にしまい込んで…
それでも向き合わないといけないこともあるよね。
受け止めて前向きに行きましょう!
人間ってすごいな、と思うのは
自分で自分の記憶を消す、いというかふたをすることが出来ること。
心の奥底にしまい込んで…
それでも向き合わないといけないこともあるよね。
受け止めて前向きに行きましょう!
Re:こんばんは(^^)
幼い頃の彼には余りに負担が大きかったけれど、今なら受け止められる――そんなタイミングだったのかも知れませんね。
心は自身を守る為に、時に記憶を封じ、改竄する……興味深い所ですね。
心は自身を守る為に、時に記憶を封じ、改竄する……興味深い所ですね。
Re:こんばんは
得体の知れない……人形とか?(笑)
何を出そうか悩んだんだけどね~。結局こうなりました。
何を出そうか悩んだんだけどね~。結局こうなりました。
こんにちは♪
いやぁ~私も何かとんでもないものが出てくるのか?とドキドキしてしまいました。
お祖父ちゃんは死の間際まで気にかけてくれて
いたのねぇ~(T_T) ウルウル・・・・
過失とは言え辛いだろうねぇ!
お祖父ちゃんは死の間際まで気にかけてくれて
いたのねぇ~(T_T) ウルウル・・・・
過失とは言え辛いだろうねぇ!
Re:こんにちは♪
もっととんでもないものでもよかったかな(^^;)
過失とは言え人を死なせたという罪悪感は相当なものかと。
過失とは言え人を死なせたという罪悪感は相当なものかと。
無題
封印されていたはずの妖魔が飛び出して、瞬く間に世の中を混乱の渦に。(笑)
そして、少年は勇者として旅立つことを固く誓ったのだった。(笑)
誰かツッこんでや。(笑)
前にも、似たような話があった気が・・・。
>蒼の近くで遊んで
これは、倉かい?
そして、少年は勇者として旅立つことを固く誓ったのだった。(笑)
誰かツッこんでや。(笑)
前にも、似たような話があった気が・・・。
>蒼の近くで遊んで
これは、倉かい?
Re:無題
あお? 何でこんな字に変換されたんだか(^^;)
ツッこんでやと言いつつ、ツッコミを入れる――恐るべし、ツッコミツートップ!(爆)
ところで初期装備は蔵の片隅にあった妖刀でいいかな(爆)
ツッこんでやと言いつつ、ツッコミを入れる――恐るべし、ツッコミツートップ!(爆)
ところで初期装備は蔵の片隅にあった妖刀でいいかな(爆)
Re:こんばんわ
うんうん(゜゜)(。。)
重圧感と暗さの所為かな? 何かが潜んでいそうなわくわく感が♪(←違う)
重圧感と暗さの所為かな? 何かが潜んでいそうなわくわく感が♪(←違う)
Re:無題
鍵だからねぇ(笑)
お祖父さん、どちらも大事だったんですね。
お祖父さん、どちらも大事だったんですね。