[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
だから地方は嫌なのよ――琳璃は憤然と、重々しい息を吐き出した。
北部のやや大きめの地方都市で噂を聞き、訪れたのは小さな寒村。住人はやや歳の行った者が多く、全体的に物静かと言うか、寂しげだった。
子供が居ないからだ、と彼女を村に案内した街の役人は言った。
ここ数箇月、小さな子供達が姿を消している。村の者は神隠しだと言っているが、貧しい山村の事、口減らしの疑いがある、と。
親も子も食うや食わず、その日の暮らしにさえ苦慮する、こんな小さな村では、明日の事よりも先ずは「今」が優先される。今現在は働き手にならぬ小さな子供より、働き、そしていずれまた子を成す事も出来る大人を生かそうとする訳だ。
とは言え、それは許される事ではない。法的にも、人道的にも。だからこそ役人はその証拠を押さえようと、琳璃を伴ってやって来た訳だが……。
「もし子捨てが行われているとしたら、怪しいのは村の外れの沼ですかね」役人は村の北東を指差して言った。「寂しげな場所で、水も綺麗ではなく農作業にも向かないので、普段近付く者は殆どない様ですし」
「深いの?」
「深い……と言いますか、底に泥が溜まっている様で、迂闊に足を踏み込むと、大人でも抜け出すのは困難かと」
「じゃあ、事故の可能性もあるんじゃないの?」
「あんな寂しげな場所に子供だけで行くとは思えませんが……。子供だけで行かないよう、言い付けてもある筈ですし――本来なら。それに、子供達が消え始めたのは、春先の長雨の所為で作物の育ちが悪くなった頃からでした。私はそこに作為的なものを感じてしまいます」
「なるほどね」琳璃は頷いた。「それにしても、この村の事、詳しいのね」
「実はこの村の出身でして……私の幼い頃にも、飢饉の際、近所の子供達が……消えました」
兎も角、子供が消えたという家の様子を見てみようと、二人はその一軒を訪ねた。
貧しげな一軒家に両親と十歳前後の子供が三人。消えたのは四人目の子供で、三つだったと言う。
両親は農作業の手を休めぬ儘、二人の繰り出す質問に答えた。
曰く、子供が消えたのに気付いたのは夕方。家に一人残して皆で畑仕事をし、帰宅した所居なかった。慌てて周囲を探したが、近所の者に訊いても何処を捜しても、一向その姿は見付からなかった。
きっと神隠しに遭ったのだろう、と母親は肩を落とした。その頬がこけているのは心労の所為か、日常の苦労の所為か……?――琳璃は役人の話によって先入観を持ちそうになっている自分に頭を振った。
数軒、話を聞いてみたが、やはり何処も似た様なものだった。幼い子供を家に置いて働きに出て、帰ってみれば居なかった。何処を捜しても見付からない。姿を見た者も居ない。きっと神隠しに遭ったに違いない、と。
「神隠しと言えば説明が付くと思っているのでしょうかね」役人は溜息をついた。「……あの時もそうでした。近所の遊び相手が一人、また一人と居なくなり、尋ねた私に当時の大人達は言いました。神隠しに遭ったのだ、と。私が消されなかったのは、うちがそこ迄は食い詰めていなかったのか、偶々運がよかったのか……。いずれにしても私は十三で、村を出ました」
「本当に神隠しだった可能性は?」琳璃は小首を傾げた。確かに大人達が都合の悪い真実を隠す為に神隠しを騙る可能性もあるだろう。だが、実際、この国では時折、不可思議な事件が起こる。他国では考え難い事らしいが、国民の殆どが、霊が視えるなど、一風変わった国なのだ。
しかし、役人はその言葉にも頭を振った。
「私はそんな言葉では誤魔化されません。皆……皆、神隠しになんて遭わなきゃならない様な、悪い子じゃあなかった。隣の子は私より一つ下だったけれど、よく気の付く優しい子だった。向かいの子だって皆に色んな遊びを教えてくれた。そんな子達が……何で……!」
話す内、感情が昂ぶり、呼吸がせわしくなっていく。
琳璃は眉根を寄せた。
確かに口減らしやそれを神隠しと偽る事は、考えられる事ではある。だが、証拠がある訳ではない。あるのは彼の確信――あるいはそれに似た妄信だけだ。
「落ち着いて。取り敢えず、証拠が無きゃどうにもならないわ。貴方が言う、沼に行ってみましょうか」
肩を上下させて呼吸を整え、役人は頷いた。
丈の高い草に囲まれた沼は、とても子供だけで来る様な所だとは思えなかった。水は澱み、深く暗い藻の色に沈んでいる。
と、近付いたそこに一人の人影を見付けて、琳璃は眉を顰めた。
黒い髪に黒い着物、肩には黒い猫を乗せて、こちらに背を向けている若い男。
何処かで会った事がある様な気がするが、思い出せない。役人を振り返ってみたが、彼も知らないらしく、頭を振った。
ともあれ、誰何してみようと近付くと、草を掻き分ける足音を聞き付けたか相手は僅かに振り向いた。
「何をしているの? この村の人じゃないわね?」
その琳璃の問いには答えず、男は沼近くの草叢を指差した。
釣られる様に見れば、それは小さな祠が蔓草に覆われた様だった。だが、表は最近掻き分けられたかの様に、草が払われている。
一体何が?――質そうと目線を戻せば、そこにはもう男の姿は無かった。
「何者……?」不審気に首を捻りながらも、琳璃は祠に足を運んだ。
と――子供の歌声が聞こえた。
慌てて残った草を取り払い、祠を開けてみれば、そこには数人の、子供達。突然の光に振り返った子供達は皆、不思議そうに小首を傾げた。
「消えた……子供達……?」茫然と呟く琳璃と、それ以上に茫然として言葉も出ない、役人。
その二人の前に、一人の子供が進み出た。だが、それは後ろの子供達とは違う、儚げな姿。生きている者ではないと琳璃は察し、役人は驚きの声を上げた。
「お前は隣の……! な、何で……!? あの頃の……姿を消した頃の儘じゃないか……。お前、やっぱり……口減らしに殺されて……」
微笑を浮かべて、子供は首を横に振った。
……遊びに来て誤って沼に落ちただけ――そんな声が脳裏に響く――その後、向かいの子も自分を捜しに来て、同じ目に遭ってしまった。申し訳ない事をした、と。
「じ、じゃあ、神隠しでも、口減らしでもなかった、と?」
こくり、子供は頷いた。
……だからね、この子達を惑わせないでね?
「お、俺の、所為だと……?」
……村が貧しくなると子供達が減らされる、そんな思い込みはもう捨てて。お兄ちゃんは自分が思った疑いを信じ過ぎちゃったんだよ。
無意識の強い想いが現実化する――それも、この国の不思議の一つだった。基本的に、一般の人間にはそうと知らされる事はないが。
「貴女が子供達の面倒を見ていてくれたの?」琳璃は腰を屈めて、子供に目線を合わせて言った。
……うん。惑わされて、泣いていたから。
……後は、宜しく。
穏やかな笑みを見せて、子供は消えて行った。
「ま、直接手を下した訳じゃないけど……」立ち上がり、琳璃は役人に言った。「思い込みも程々にね」
悄然と項垂れる彼と共に子供達を村に返し、琳璃は村を後にした。
それにしても、あの黒い青年は一体……何故か、顔は覚えていないけれど。
その黒い青年に微苦笑で見送られているとは知らず、琳璃は首を傾げるのだった。
―了―
長くなるー(--;)
そして幼い頃からの思い込みは、根が深い☆
にゃあ☆