〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「術師のおじさんは確かに辰巳の森へと向かったけど、村長さんに頼まれた祓いを確実にするとは約束しなかったよ。やっぱり難しいって事なのかなぁ」
「でも、興味は持ってたみたいでね、村一番の年寄りのじっちゃんの所へ行って相談したかったらしいよ。けど、じっちゃんはこの間から伏せってたから会えなかったんだって」
「でも、昨日辰巳の方角の魔物退治についての説明を、村長と一緒に、先述する筈だったみたいですよ。結局、さっさと行ってしまったんですが」
村の子供達からが口々に述べる、思い思いの報告を、黒髪、黒い目、黒い着物の青年は微苦笑しながら、頭の中で再構成した。
「要するに、この村の辰巳の方角の森に魔物が現れて、その退治を村長さんに頼まれた術師さんは確かにやり遂げるとは約束しなかったし、出発に先駆けて村長と一緒に説明する筈だったのをすっぽかした、と。けど、事件に対しての興味はあったらしい……と」
うんうん、と子供達が頷く。
「問題はそれが昨日の事で、件の術師さんは未だ戻らず、今日の夕方には未だ魔物の声が森に響いていたって事か……。返り討ちに遭ったのでなければいいが……」
また、うんうん、と子供達が頷く。
ぱちぱちと火が爆ぜる、囲炉裏端での夜話。三人もの子供を抱える家に招じ入れられた今宵の宿代代わりと、至遠はそれを聞いていたのだが、どうもそれだけに終わりそうにない、と内心苦笑を滲ませていた。
少し夜の散歩に出て来るから、と言い置いて、彼同様に黒い姿の相方を肩に乗せ、至遠は家を出た。心配する声に振り返り、大丈夫、と声を残して。
「でも、興味は持ってたみたいでね、村一番の年寄りのじっちゃんの所へ行って相談したかったらしいよ。けど、じっちゃんはこの間から伏せってたから会えなかったんだって」
「でも、昨日辰巳の方角の魔物退治についての説明を、村長と一緒に、先述する筈だったみたいですよ。結局、さっさと行ってしまったんですが」
村の子供達からが口々に述べる、思い思いの報告を、黒髪、黒い目、黒い着物の青年は微苦笑しながら、頭の中で再構成した。
「要するに、この村の辰巳の方角の森に魔物が現れて、その退治を村長さんに頼まれた術師さんは確かにやり遂げるとは約束しなかったし、出発に先駆けて村長と一緒に説明する筈だったのをすっぽかした、と。けど、事件に対しての興味はあったらしい……と」
うんうん、と子供達が頷く。
「問題はそれが昨日の事で、件の術師さんは未だ戻らず、今日の夕方には未だ魔物の声が森に響いていたって事か……。返り討ちに遭ったのでなければいいが……」
また、うんうん、と子供達が頷く。
ぱちぱちと火が爆ぜる、囲炉裏端での夜話。三人もの子供を抱える家に招じ入れられた今宵の宿代代わりと、至遠はそれを聞いていたのだが、どうもそれだけに終わりそうにない、と内心苦笑を滲ませていた。
少し夜の散歩に出て来るから、と言い置いて、彼同様に黒い姿の相方を肩に乗せ、至遠は家を出た。心配する声に振り返り、大丈夫、と声を残して。
子供達に散々撫でられていた所為か、肩の白陽は器用に均衡を取りながらも毛繕いに余念がない。
村の家々の戸は当然ながら閉ざされ、中からは不安げな気配が漂ってくる。
風に乗り、時折怪しげな獣の声が届く――それが子供達の言う魔物の声なのだろう。確かに、よく知る獣達の声とは違う様だ。
至遠は真っ直ぐ森へは向かわず、子供達に聞いていた村一番の古老の家を目指した。伏せっていて会えなかったという事だが、術氏が話を聞こうとしたのだから、某かの情報を持っているかも知れない。そしてそれがこの魔物の退治には欠かせないものであったとしたら? 術師はそれを知らずして出陣してしまった事になる。
そして――今の所――戻っては来ていない。
「この魔物、何だと思う?」声を聞き流しながら、至遠は白陽に話し掛けた。無論、黒猫は答えない。声に怯える様子さえ、ない――それがある意味、答えだった。「やはり、危険なものではなさそうだな」
怪鳥の様な、些か耳障りな声。時に唸り、時に声高く吠える。既知の獣ではない。だとしても然して危険な存在でもない様だ。
ならば何故、術師は戻って来ない?――至遠はその答えの一端を求めて、古老の家の戸を叩いた。
術氏が来た時には臥せっていたという古老は、しかしこの夜、家には居なかった。
一人暮らしらしく、火の気の消えてすっかり冷え切った室内には、薄い布団が捲れた儘、置き去られていた。そして蓄えられていた食糧には、ここ数日、手を付けられた様子がなかった。伏せっていたとは言っても、いや、それなら尚更栄養補給は必要だろうに。そしてそんな空腹の儘、何処に出掛けたと言うのだろう?
至遠は星空の下に黒く蟠る森を振り返った。
月明かりと松明の灯を頼りに、至遠と白陽は夜の森を進んだ。怪しい声は相変わらず、聞こえてくる。更に梟や虫の声、下生えの中をかさこそと駆け回る小動物の足音……。
やがて声を頼りに行き着いたのは森の中にぽっかり開けた草原。中央辺りに細い木が一本、生えている。
そしてその傍らに、二つの人影があった。
一人は木に寄り掛かる様にして奇声を上げ続け、今一人はやや離れた草叢に座して、何事か祈祷を行なっている。
「これか……」木に張り付く男の奇声に風の唸り、獣達の声が混ざっていたのかと内心頷きながら、至遠は草原に立ち入った。
祈祷を行なっていた術師らしき男が気付き、祈祷を止めて立ち上がる。
「貴方は?」至遠に向かって問う。
「通りすがりです」平然と、そんな事を言う。肩で白陽がにゃあ、と鳴いた。「ところで……彼が村の古老ですね? 一体何故こんな事を……?」
「解りません。只、私が村長に頼まれて村に来て、何でもいいから変わった事はないかと、少し聞き込みをした所、最近彼の姿を見ないという証言があったもので、気にはなっていたのですが……」
「それで彼の家を訪ねたのですね? ところが結局会えず、家に戻って来る様子もなく――貴方はもしやと思い、この森を目指したのですね?」
術師はこくりと頷く。
「術師の勘と言うか、経験からくるものかも知れませんが、彼が関わっていると、感じたんです。そして、急がなければ彼が危険だと。だから、村長の人気取りの為の会見には付き合ってはおれず、出立しました。それに……」術師は彼等二人の事など気付きもしない様子で相変わらず吠えている古老を振り返った。「出来れば、秘密裏に……。原因が彼だったと解れば、幾ら解決したと言っても村人達との間に某かの齟齬は残るでしょう。それでなくとも、最近見ないと言いながら誰一人、家を訪ねる者もなかったのですよ? だから……彼が何かに憑かれているのであれば、此処で祓い、誰にも知られぬ内に連れ帰る心算でした」
なるほど、と至遠は頷いた。それでずっと、祈祷を続けていたという訳か。
「彼は朝になるとこの草原で眠り、夕暮れを迎えるとまた……。話は一切通じず、食料を勧めても振り返りもしないのです。この儘では……朝には体力が尽き、彼は……」
「そう仰る貴方も余り休まれていないのでしょう」至遠は相手の目を見詰め、言った。「彼の様子は見ています。少し、お休みになって下さい」
「……ああ、そうさせて頂こう」言うなり、術師は草叢に身を横たえた。
「さて」至遠は古老に歩み寄り、その瞳を覗き込んだ。
虚無――松明の灯に照らされてはいるものの、その目に理性の光は無い。そして何の感情も無い。丸でそれらを捨て去ってしまったかの様な姿だ。
流石に白陽が、敬遠する様に肩を降りた。
何かに絶望したのか、何かを拒んでいるのか……。村一番の古老と言われつつも、病を抱えて尚村人達からは振り返りもされず、一人眠る夜を恨んだのか。
ともあれ、この儘では身がもつ筈もない。
至遠はその瞳を見詰め、些か乱暴な手段ではあるが、その意識を揺り起こした。
はっと、その瞳が光を取り戻すと共に、老人は力尽きた様にその場にくずおれた。
結局、森の魔物など居なかったと、術師は報告した。獣の声、風の音、そんなものが入り混じった末に人々の不安を呼び、魔物の噂が流れたのだろうと。
そしてそれよりも、とどうにか一命を取り留めた古老の世話を、自らも率先して行ないながらも村人達に頼んだ。古老は一切の事を、覚えていなかったと言う。
黒い青年は何事も無かった様に、肩の黒猫と共に村を出て行った。
「貴方は一体……?」擦れ違い様、術氏が発した問いに、彼は苦笑して答えた。
「通りすがりです」と。
―了―
長くなった~。
村の家々の戸は当然ながら閉ざされ、中からは不安げな気配が漂ってくる。
風に乗り、時折怪しげな獣の声が届く――それが子供達の言う魔物の声なのだろう。確かに、よく知る獣達の声とは違う様だ。
至遠は真っ直ぐ森へは向かわず、子供達に聞いていた村一番の古老の家を目指した。伏せっていて会えなかったという事だが、術氏が話を聞こうとしたのだから、某かの情報を持っているかも知れない。そしてそれがこの魔物の退治には欠かせないものであったとしたら? 術師はそれを知らずして出陣してしまった事になる。
そして――今の所――戻っては来ていない。
「この魔物、何だと思う?」声を聞き流しながら、至遠は白陽に話し掛けた。無論、黒猫は答えない。声に怯える様子さえ、ない――それがある意味、答えだった。「やはり、危険なものではなさそうだな」
怪鳥の様な、些か耳障りな声。時に唸り、時に声高く吠える。既知の獣ではない。だとしても然して危険な存在でもない様だ。
ならば何故、術師は戻って来ない?――至遠はその答えの一端を求めて、古老の家の戸を叩いた。
術氏が来た時には臥せっていたという古老は、しかしこの夜、家には居なかった。
一人暮らしらしく、火の気の消えてすっかり冷え切った室内には、薄い布団が捲れた儘、置き去られていた。そして蓄えられていた食糧には、ここ数日、手を付けられた様子がなかった。伏せっていたとは言っても、いや、それなら尚更栄養補給は必要だろうに。そしてそんな空腹の儘、何処に出掛けたと言うのだろう?
至遠は星空の下に黒く蟠る森を振り返った。
月明かりと松明の灯を頼りに、至遠と白陽は夜の森を進んだ。怪しい声は相変わらず、聞こえてくる。更に梟や虫の声、下生えの中をかさこそと駆け回る小動物の足音……。
やがて声を頼りに行き着いたのは森の中にぽっかり開けた草原。中央辺りに細い木が一本、生えている。
そしてその傍らに、二つの人影があった。
一人は木に寄り掛かる様にして奇声を上げ続け、今一人はやや離れた草叢に座して、何事か祈祷を行なっている。
「これか……」木に張り付く男の奇声に風の唸り、獣達の声が混ざっていたのかと内心頷きながら、至遠は草原に立ち入った。
祈祷を行なっていた術師らしき男が気付き、祈祷を止めて立ち上がる。
「貴方は?」至遠に向かって問う。
「通りすがりです」平然と、そんな事を言う。肩で白陽がにゃあ、と鳴いた。「ところで……彼が村の古老ですね? 一体何故こんな事を……?」
「解りません。只、私が村長に頼まれて村に来て、何でもいいから変わった事はないかと、少し聞き込みをした所、最近彼の姿を見ないという証言があったもので、気にはなっていたのですが……」
「それで彼の家を訪ねたのですね? ところが結局会えず、家に戻って来る様子もなく――貴方はもしやと思い、この森を目指したのですね?」
術師はこくりと頷く。
「術師の勘と言うか、経験からくるものかも知れませんが、彼が関わっていると、感じたんです。そして、急がなければ彼が危険だと。だから、村長の人気取りの為の会見には付き合ってはおれず、出立しました。それに……」術師は彼等二人の事など気付きもしない様子で相変わらず吠えている古老を振り返った。「出来れば、秘密裏に……。原因が彼だったと解れば、幾ら解決したと言っても村人達との間に某かの齟齬は残るでしょう。それでなくとも、最近見ないと言いながら誰一人、家を訪ねる者もなかったのですよ? だから……彼が何かに憑かれているのであれば、此処で祓い、誰にも知られぬ内に連れ帰る心算でした」
なるほど、と至遠は頷いた。それでずっと、祈祷を続けていたという訳か。
「彼は朝になるとこの草原で眠り、夕暮れを迎えるとまた……。話は一切通じず、食料を勧めても振り返りもしないのです。この儘では……朝には体力が尽き、彼は……」
「そう仰る貴方も余り休まれていないのでしょう」至遠は相手の目を見詰め、言った。「彼の様子は見ています。少し、お休みになって下さい」
「……ああ、そうさせて頂こう」言うなり、術師は草叢に身を横たえた。
「さて」至遠は古老に歩み寄り、その瞳を覗き込んだ。
虚無――松明の灯に照らされてはいるものの、その目に理性の光は無い。そして何の感情も無い。丸でそれらを捨て去ってしまったかの様な姿だ。
流石に白陽が、敬遠する様に肩を降りた。
何かに絶望したのか、何かを拒んでいるのか……。村一番の古老と言われつつも、病を抱えて尚村人達からは振り返りもされず、一人眠る夜を恨んだのか。
ともあれ、この儘では身がもつ筈もない。
至遠はその瞳を見詰め、些か乱暴な手段ではあるが、その意識を揺り起こした。
はっと、その瞳が光を取り戻すと共に、老人は力尽きた様にその場にくずおれた。
結局、森の魔物など居なかったと、術師は報告した。獣の声、風の音、そんなものが入り混じった末に人々の不安を呼び、魔物の噂が流れたのだろうと。
そしてそれよりも、とどうにか一命を取り留めた古老の世話を、自らも率先して行ないながらも村人達に頼んだ。古老は一切の事を、覚えていなかったと言う。
黒い青年は何事も無かった様に、肩の黒猫と共に村を出て行った。
「貴方は一体……?」擦れ違い様、術氏が発した問いに、彼は苦笑して答えた。
「通りすがりです」と。
―了―
長くなった~。
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Re:こんにちは
何を叫んでいたという訳ではなく、奇声を発していたのです(^^;)
言葉にならない憤りとか、そんなものを乗せていたのかも?
言葉にならない憤りとか、そんなものを乗せていたのかも?
Re:きょう夜霧は、出
だから出発っぽい苦笑って何!?
Re:こんにちは♪
憑かれていたという訳でもない様です。
だからいい人だけどごく普通の術師さんの祈祷ではどうにもならず、それでも彼には他の手立てが無く……。
だからいい人だけどごく普通の術師さんの祈祷ではどうにもならず、それでも彼には他の手立てが無く……。
Re:無題
村の為に働いて、歳取って、なのに病気になっても放置されたら……孤独っすよね(:;)
Re:こんばんは(^^)
再発……しないように術師さんがどうにか手を打ってくれるかと☆
まぁ、あの儘死んでたら、それこそ幽鬼になってたかも知れないんで(^^;)
まぁ、あの儘死んでたら、それこそ幽鬼になってたかも知れないんで(^^;)
Re:こんばんは
いつもは頼りなかったり、似非だったり、碌なの居ないからねぇ(笑)