〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
Admin
Link
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
闇中に金色の目が浮かんでいた。
こういう時に黒猫というのは尚妖しいものだな、などと、自らも黒い着物に身を包みながら、黒髪、黒い目の青年は苦笑した。手には小型の提灯。その仄かで頼りない明かりに、足元が危うく浮かび上がる。
「白陽、幾らお前の目でも、これより先は難儀するだろう。少し歩調を緩めないか?」突き出た柱を避けながら、至遠は前を行く黒猫に声を掛けた。
その言葉が解ったかの様に、黒猫白陽は足音もなく戻って来る。とととっ、と身軽に至遠の背を駆け上がり、その肩に陣取る。
冬に拾った子猫はすっかり重くなっていたが、至遠は気にせず、額を擦り付けてじゃれる黒猫を撫でた。
周囲は無明に近い闇。時折何処からか水滴が水溜まりに落ちる音が響き、それが反響しては方向感覚を狂わせる。空気は徐々に冷たく滞る様になり、闇も厚みを増していった。
やはりこんな鍾乳洞に、本当に幽鬼にかどわかされた子供など居る訳がない――流石に至遠がそう思い始めた頃、奥と思われる方角から声が洩れ聞こえてきた。
こういう時に黒猫というのは尚妖しいものだな、などと、自らも黒い着物に身を包みながら、黒髪、黒い目の青年は苦笑した。手には小型の提灯。その仄かで頼りない明かりに、足元が危うく浮かび上がる。
「白陽、幾らお前の目でも、これより先は難儀するだろう。少し歩調を緩めないか?」突き出た柱を避けながら、至遠は前を行く黒猫に声を掛けた。
その言葉が解ったかの様に、黒猫白陽は足音もなく戻って来る。とととっ、と身軽に至遠の背を駆け上がり、その肩に陣取る。
冬に拾った子猫はすっかり重くなっていたが、至遠は気にせず、額を擦り付けてじゃれる黒猫を撫でた。
周囲は無明に近い闇。時折何処からか水滴が水溜まりに落ちる音が響き、それが反響しては方向感覚を狂わせる。空気は徐々に冷たく滞る様になり、闇も厚みを増していった。
やはりこんな鍾乳洞に、本当に幽鬼にかどわかされた子供など居る訳がない――流石に至遠がそう思い始めた頃、奥と思われる方角から声が洩れ聞こえてきた。
僅かな時間滞在した寒村で、幽鬼の噂を耳にしたのは偶然だった。
二日前、野良作業を手伝っていた幼い子供が一人、姿を消し、村人が夜を徹して探したものの発見されず、付近で残るはこの鍾乳洞――幽鬼が潜むと予てから伝えられる鍾乳洞だけだという事になったと。
当然、以前から鍾乳洞付近は立ち入り禁止。子供達にも口を酸っぱくして近付かぬよう、言い含められてきた。村からも離れ、獣道からも外れた暗い穴。
そんな所に子供が一人で行く筈がない、ならば幽鬼にかどわかされたに違いない。そう、村では考えられ――そして幽鬼にかどわかされた以上、最早無事ではあるまいと結論が出された。
術師も居ない小さな村。とても幽鬼の棲む鍾乳洞に――子供一人の為に、死を覚悟して――人を派遣する事も出来ないと結論され、両親らしき二人の号泣と、後ろめたさの滲んだ慰めの言葉が、呪詛の様に村を覆っていた。
* * *
「誰か居るのか?」至遠は闇の奥に声を掛けた。
聞こえた声は未だ幼く、弱々しかった。
本当に子供が?――至遠は首を捻った。真逆居まいと思って、それでも念の為と潜って来たのだが、子供が一人で何故こんな所に入り込んだのだろうか。
幽鬼と呼ばれるものはある意味確かに存在するが、それは人の思いに寄って立つ存在でもある。人の恐れ、思い込みが幽鬼を生み、更に現象を起こす。知らず知らずの内に――それを知るのは僅かの者のみ。
そしてそれを知る一人、至遠はゆっくりと進んで行った。
鍾乳洞の地面は成長途上の石筍や水滴に穿たれた穴ででこぼこだ。薄明かりの中足を取られないようにするのが精一杯。
こんな所に、野良作業の途中で明かりも持たない幼い子供が入れるだろうか?――至遠の疑念は濃くなる。
だが、幽鬼など……。
と、声が返った。
「誰? 父ちゃん? 迎えに来てくれたの?」涙を含んだ幼い声。「灯が消えちゃったよぉ……。麦飯ももう食べちゃった。お腹空いたよぉ」
「……」至遠は我知らず、拳を硬く握り締めていた。
貧しい村だというのは入った途端に解っていた。家々は古び、傾き、通りで遊ぶ子供の姿も無い。それも道理、幼い子供達も野良作業に駆り出され、手にあるのも遊びで付いた泥ではなく、田畑の泥。そして肉刺(まめ)。
それでも、養い切れなかったのか……。
ああ、こんな鍾乳洞の闇に灯も無く一人で残せば、幼い子供一人、外に出る事すら出来ないだろうよ――歩を進めながら、至遠は唇を噛み締める。奥へ進めば進む程、寒さはいや増し、白陽は毛を逆立てて彼の首に熱を求めて巻き付いた。
そうして進む内、やっと茫洋とした明かりの中に、小さな姿が浮かび上がった。
粗末な着物、泥だらけの顔と手足。傍には麦飯を包んでいたと思われる竹の皮が落ちていた。精々握り飯が一、二個入る程度の皮。それが最期の晩餐かと思うと、至遠はやり切れない思いに捉われた。
「誰? 俺、父ちゃんが来るのを待ってるんだけど……。もうどれ位経ったのかな?」足音も無く駆けながら、子供は近付いて来た。
だが――。
ふーっ!――そんな威嚇の声が彼の脚を止めた。至遠の肩で、黒猫が金色の目を爛々と光らせている。赤い口を大きく広げる様は、猛獣の様でさえあった。
「白陽」至遠は黒猫を宥めた。「お前にも解るんだな。けど、この子は被害者だ。脅かしてやるな」
そして小さな子供の頭に手を置いた。
子供が消えたと言われたのは二日前。たった一、二個の握り飯だけで、この暗闇と凍える寒さの中、幼い子供が――生きていられた筈がないのだ。この暗い明かりの中、そして水溜りが点在する鍾乳洞の中、足音も無くすんなりと走れる訳もないのだ。
生きているものならば。
「もう、お腹を空かせる必要は無いんだよ。ほら、よく自分の身体を感じてご覧。未だ、お腹が空いてるかい? 寒いかい?」低い声が、至遠の口から洩れた。
子供は暫し茫然とした後、目を瞠った。
そして、幼いながらも何かを悟った様子で、涙に震えながらも笑顔を浮かべた。
「可笑しいね。頭の上のお兄さんの手以外、何にも感じないよ。僕の身体……もう……。そうか、隣の家の子もいつの間にか居なくなって、もしかしたらって、友達と話してたんだけど……僕の番だったのか」
そうか、きっとあの子も此処に居るんだ――そう呟き続ける子供の頭を、至遠は撫でながら、その行く末を彼が見付ける事を祈った。
この闇で迷い続ければ、そして捨てられた事を恨み続ければ、村人達の罪悪感をも巻き込んで、いずれ本当に幽鬼が生まれるだろう。それが村への報いだとしても、そうさせたくはなかった。
「此処を出よう」落ち着いた声で、彼は言った。「この灯に付いておいで」
頷く子供の先に立ち、至遠はゆっくりと、鍾乳洞の入り口へと向かった。
入ったのは昼過ぎだったが、既に外は星の煌めく夜となっていた。
子供は灯に付き従い、歩いて行く。
夜空へと上り行く灯に――現実の灯を携えた至遠と白陽を残して。
至遠はそれを見届けて、踵を返した。水滴の落ちる音木霊する鍾乳洞の中へと。
翌朝、家の前にそっと置かれた小さな棺の中に眠る様に蹲った子供の姿に、悲しみを新たにすると同時に慄(おのの)く両親の姿があった。
「せめて弔い位ちゃんと出してやりなよ」そんな声が、何処からか聞こえた。
―了―
くーらーいー★
観光地化された鍾乳洞は電気も引かれて明るいけどね。
最近ちょっと思考が暗め?
PR
二日前、野良作業を手伝っていた幼い子供が一人、姿を消し、村人が夜を徹して探したものの発見されず、付近で残るはこの鍾乳洞――幽鬼が潜むと予てから伝えられる鍾乳洞だけだという事になったと。
当然、以前から鍾乳洞付近は立ち入り禁止。子供達にも口を酸っぱくして近付かぬよう、言い含められてきた。村からも離れ、獣道からも外れた暗い穴。
そんな所に子供が一人で行く筈がない、ならば幽鬼にかどわかされたに違いない。そう、村では考えられ――そして幽鬼にかどわかされた以上、最早無事ではあるまいと結論が出された。
術師も居ない小さな村。とても幽鬼の棲む鍾乳洞に――子供一人の為に、死を覚悟して――人を派遣する事も出来ないと結論され、両親らしき二人の号泣と、後ろめたさの滲んだ慰めの言葉が、呪詛の様に村を覆っていた。
* * *
「誰か居るのか?」至遠は闇の奥に声を掛けた。
聞こえた声は未だ幼く、弱々しかった。
本当に子供が?――至遠は首を捻った。真逆居まいと思って、それでも念の為と潜って来たのだが、子供が一人で何故こんな所に入り込んだのだろうか。
幽鬼と呼ばれるものはある意味確かに存在するが、それは人の思いに寄って立つ存在でもある。人の恐れ、思い込みが幽鬼を生み、更に現象を起こす。知らず知らずの内に――それを知るのは僅かの者のみ。
そしてそれを知る一人、至遠はゆっくりと進んで行った。
鍾乳洞の地面は成長途上の石筍や水滴に穿たれた穴ででこぼこだ。薄明かりの中足を取られないようにするのが精一杯。
こんな所に、野良作業の途中で明かりも持たない幼い子供が入れるだろうか?――至遠の疑念は濃くなる。
だが、幽鬼など……。
と、声が返った。
「誰? 父ちゃん? 迎えに来てくれたの?」涙を含んだ幼い声。「灯が消えちゃったよぉ……。麦飯ももう食べちゃった。お腹空いたよぉ」
「……」至遠は我知らず、拳を硬く握り締めていた。
貧しい村だというのは入った途端に解っていた。家々は古び、傾き、通りで遊ぶ子供の姿も無い。それも道理、幼い子供達も野良作業に駆り出され、手にあるのも遊びで付いた泥ではなく、田畑の泥。そして肉刺(まめ)。
それでも、養い切れなかったのか……。
ああ、こんな鍾乳洞の闇に灯も無く一人で残せば、幼い子供一人、外に出る事すら出来ないだろうよ――歩を進めながら、至遠は唇を噛み締める。奥へ進めば進む程、寒さはいや増し、白陽は毛を逆立てて彼の首に熱を求めて巻き付いた。
そうして進む内、やっと茫洋とした明かりの中に、小さな姿が浮かび上がった。
粗末な着物、泥だらけの顔と手足。傍には麦飯を包んでいたと思われる竹の皮が落ちていた。精々握り飯が一、二個入る程度の皮。それが最期の晩餐かと思うと、至遠はやり切れない思いに捉われた。
「誰? 俺、父ちゃんが来るのを待ってるんだけど……。もうどれ位経ったのかな?」足音も無く駆けながら、子供は近付いて来た。
だが――。
ふーっ!――そんな威嚇の声が彼の脚を止めた。至遠の肩で、黒猫が金色の目を爛々と光らせている。赤い口を大きく広げる様は、猛獣の様でさえあった。
「白陽」至遠は黒猫を宥めた。「お前にも解るんだな。けど、この子は被害者だ。脅かしてやるな」
そして小さな子供の頭に手を置いた。
子供が消えたと言われたのは二日前。たった一、二個の握り飯だけで、この暗闇と凍える寒さの中、幼い子供が――生きていられた筈がないのだ。この暗い明かりの中、そして水溜りが点在する鍾乳洞の中、足音も無くすんなりと走れる訳もないのだ。
生きているものならば。
「もう、お腹を空かせる必要は無いんだよ。ほら、よく自分の身体を感じてご覧。未だ、お腹が空いてるかい? 寒いかい?」低い声が、至遠の口から洩れた。
子供は暫し茫然とした後、目を瞠った。
そして、幼いながらも何かを悟った様子で、涙に震えながらも笑顔を浮かべた。
「可笑しいね。頭の上のお兄さんの手以外、何にも感じないよ。僕の身体……もう……。そうか、隣の家の子もいつの間にか居なくなって、もしかしたらって、友達と話してたんだけど……僕の番だったのか」
そうか、きっとあの子も此処に居るんだ――そう呟き続ける子供の頭を、至遠は撫でながら、その行く末を彼が見付ける事を祈った。
この闇で迷い続ければ、そして捨てられた事を恨み続ければ、村人達の罪悪感をも巻き込んで、いずれ本当に幽鬼が生まれるだろう。それが村への報いだとしても、そうさせたくはなかった。
「此処を出よう」落ち着いた声で、彼は言った。「この灯に付いておいで」
頷く子供の先に立ち、至遠はゆっくりと、鍾乳洞の入り口へと向かった。
入ったのは昼過ぎだったが、既に外は星の煌めく夜となっていた。
子供は灯に付き従い、歩いて行く。
夜空へと上り行く灯に――現実の灯を携えた至遠と白陽を残して。
至遠はそれを見届けて、踵を返した。水滴の落ちる音木霊する鍾乳洞の中へと。
翌朝、家の前にそっと置かれた小さな棺の中に眠る様に蹲った子供の姿に、悲しみを新たにすると同時に慄(おのの)く両親の姿があった。
「せめて弔い位ちゃんと出してやりなよ」そんな声が、何処からか聞こえた。
―了―
くーらーいー★
観光地化された鍾乳洞は電気も引かれて明るいけどね。
最近ちょっと思考が暗め?
この記事にコメントする
Re:こんばんは
天気も訳解らないですよー。
かんかん照りかと思えば昼頃いきなり土砂降り! そして今は再び雲一つ無い状態。そして暑いです(--;)
かんかん照りかと思えば昼頃いきなり土砂降り! そして今は再び雲一つ無い状態。そして暑いです(--;)
Re:こんばんは♪
昇天させないとこの子が幽鬼の核になりそうだし、何より不憫過ぎ(--;)
なので至遠さんに案内して貰いました☆
なので至遠さんに案内して貰いました☆
Re:きょうは難儀した
難儀したいのか。
私はいつも難儀させられてるぞ。君と月夜に(--;)
反響迄しなくて宜しい。
私はいつも難儀させられてるぞ。君と月夜に(--;)
反響迄しなくて宜しい。
Re:こんにちは
貧しい国では労働力に育つ前に病気で亡くなってしまう事も少なくないしねぇ。
今働ける人を生かす為に将来の労働力を殺さざるを得ないのは……哀しいですね。
今働ける人を生かす為に将来の労働力を殺さざるを得ないのは……哀しいですね。
Re:こんにちはっ
暑いです! 昼頃一旦雨が降ったんですけど、それも早々に乾いてしまう程、暑いです! 雨降っても全然涼しくなんない……(--。)
Re:確かに
暗ぁいです。
鍾乳洞は涼しくて夏場の観光には良さそうなんだけど……暗闇の洞窟はヤダ。
鍾乳洞は涼しくて夏場の観光には良さそうなんだけど……暗闇の洞窟はヤダ。
Re:親が
うん、貧しい時代、貧しい村だとやっぱり先ず求められるのは即戦力な訳で……。何年も養わなければならない子供より、先ず自分達が生き残れば子供はまた情況が好転した時に……という面もあったみたいです。
今居る、その子供はたった一人しか授からないのに。
哀しい話です。
今居る、その子供はたった一人しか授からないのに。
哀しい話です。
Re:鍾乳洞ね~
夏場は涼しいんだけどね~、鍾乳洞。
時代……と言うか『長い尾』でやってる長編用の設定その儘なので、日本の様で日本じゃないです(^^;)
日本で言うと平安時代位のイメージです。
時代……と言うか『長い尾』でやってる長編用の設定その儘なので、日本の様で日本じゃないです(^^;)
日本で言うと平安時代位のイメージです。