〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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もしこの村で宿を求めるのなら、あの村外れの空き家だけは止めた方がいい――自分の家は手狭でとても他人様など泊められないけれどと言いつつ、男は宣った――あの家は、人を食うのだ、と。
「人を食う?」男に道を尋ねた青年は、軽く眉根を寄せた。黒い目、黒い髪、黒い着物に黒い猫。そんな黒尽くめの青年だった。
「流れ者が偶にあの家に宿を求めて入り込んだりするが……出て来るのを見たもんは居ねぇ」
「それで、家に食われていると?」
こくり、男は頷いた。村の者は皆、そう言っている、と。
「何か、不吉な謂れでも?」
詳しくは知らないが……そう前置きして、男は言葉を継いだ。
「あそこが空き家になったのは、俺が生まれるよりも前――彼此四十年は前の事だからなぁ。実際に何があったのか、知っているもんは居ねぇだろう。只、婆の夜話に聞いた所じゃあ、昔あの家には美しい娘がおったが、旅人を装って入り込んだ夜盗に殺され、世を恨んで化けて出るとか、その娘の許嫁がその所為で気の病になり、あの家でもう来る筈もないだろうに、夜盗を待ち伏せ……誰彼構わず、近付くもんを鉈で切り付けていたとか……。まぁ、あそこに近付けさせない為に怖がらせようと、些か大袈裟に話を作ってたんだとは思うがね」
「では、人が帰らないのはその許嫁の男の所為で?」
「最初はそうだったかも知れねぇが……。言ったろう? 四十年は前の事だって。もし夜話が本当だったとして、当時その男が幾つだったか迄は知らねぇが、それなりの歳だったろうよ。生きていたとしても老人だ。旅慣れた上にあんな所に泊まろうなんて豪胆な流れ者達がそうそう、寝首を掻かれるかい?」
ま、その男が幽鬼にでもなってりゃあ、簡単だろうがな――そう苦笑して、男は畦道を行ってしまった。
黒尽くめの青年――至遠は暫しその場で黙考した後、村外れへと、足を向けた。
「人を食う?」男に道を尋ねた青年は、軽く眉根を寄せた。黒い目、黒い髪、黒い着物に黒い猫。そんな黒尽くめの青年だった。
「流れ者が偶にあの家に宿を求めて入り込んだりするが……出て来るのを見たもんは居ねぇ」
「それで、家に食われていると?」
こくり、男は頷いた。村の者は皆、そう言っている、と。
「何か、不吉な謂れでも?」
詳しくは知らないが……そう前置きして、男は言葉を継いだ。
「あそこが空き家になったのは、俺が生まれるよりも前――彼此四十年は前の事だからなぁ。実際に何があったのか、知っているもんは居ねぇだろう。只、婆の夜話に聞いた所じゃあ、昔あの家には美しい娘がおったが、旅人を装って入り込んだ夜盗に殺され、世を恨んで化けて出るとか、その娘の許嫁がその所為で気の病になり、あの家でもう来る筈もないだろうに、夜盗を待ち伏せ……誰彼構わず、近付くもんを鉈で切り付けていたとか……。まぁ、あそこに近付けさせない為に怖がらせようと、些か大袈裟に話を作ってたんだとは思うがね」
「では、人が帰らないのはその許嫁の男の所為で?」
「最初はそうだったかも知れねぇが……。言ったろう? 四十年は前の事だって。もし夜話が本当だったとして、当時その男が幾つだったか迄は知らねぇが、それなりの歳だったろうよ。生きていたとしても老人だ。旅慣れた上にあんな所に泊まろうなんて豪胆な流れ者達がそうそう、寝首を掻かれるかい?」
ま、その男が幽鬼にでもなってりゃあ、簡単だろうがな――そう苦笑して、男は畦道を行ってしまった。
黒尽くめの青年――至遠は暫しその場で黙考した後、村外れへと、足を向けた。
屋根の瓦はすっかり落ち、代わりに風か鳥が種を運んだものか、ススキが侘しく屋根を覆っている。土壁も所々に穴が開き、柱さえも蝕まれ、今にも崩れそうな佇まい。
これでは長年人が潜む事など不可能だろう。先の男の婆様の夜話は、所詮子供達の為の夜話だったという事か。
そう観察しながらも、至遠は家の裏手へ回ろうと、足を運んだ。
と――。
「!」角を曲がった途端に目の前をよぎった金属質の輝きに、至遠は寸での所で足を止めた。
それは一瞬だった。辺りに人の姿は無い。だが、その一瞬に窺えたのは、鉈を構えた男の気配。
「……浸透してるな」至遠は呟いた。先程の話、どうやらあの男の婆様の口に上っただけではないのかも知れない。あるいはその婆様も昔語りに聞いた口か。
この国では時に、人々の強い想い、あるいは思い込みが姿を取り、実体を持つ。多数の人間が信じていればいる程に、それは強さを増し、この世に迄影響を及ぼす。
死者の魂は時に恐ろしい幽鬼と姿を変え、人を襲う。
その男が幽鬼にでもなっていりゃあ、簡単だろうがな――先の男の言葉が蘇る。
「そうなっていたら厄介だな……」至遠は肩を竦めた。肩の上で黒猫が、にゃあと鳴いた。
件の許嫁が幽鬼になっているかも知れない、そんな可能性を、男も重々承知という事だ。だとすれば同じ様に話を聞いて育った村人達も……。そう信じる者が多ければ多い程、それは真実に近くなる。彼等にとって。
恐れという根強い感情を紛らわすのは、容易な事ではない。
だが、もし夜話が事実だったとして、その許嫁はその後どうしたのだろう? 気の病であろうと、人に切り付けたのなら無罪では済むまい。捕えられ、何処かに幽閉されたか、あるいは処刑されたのだろうか?
それとも――それからずっと此処に?
先の男は至遠が宿を尋ねようとする前に、この空き家の話を始めた。村に入ったばかりの旅人の事、言われなければ村外れの空き家など、知る事もなかっただろう。況してや、人を食う家だなどと……。
そう言われれば、逆に自らの豪胆さを示すが如く、この家に興味を示す者もあったかも知れない。
そしてそれらは戻らなかった……?
至遠は家の屋根を見上げた。
「もしかしたら此処は私達の様な旅人を誘い込み……始末する所なのか?」
旅人を装って入り込んだ夜盗――それらを恐れる気持ちが、許嫁の男という姿を依代に、此処に入り込んだ旅人達を襲う。
村人達が真に恐れたのは、気の病を発した男でも、無念を抱えた娘の霊でもなく、もっと現実的なものだったのだ。
無論、それらは無意識下の事であり、先の話をした男も、人を嵌めるという意識はなかったのだろう。だがそれだけに厄介で、根深かった。
取り敢えずもう少し探索してみるか――至遠が踵を返した時、またも刃物の冷たい光が閃いた。此処に来た旅人は逃さない。それはその様に、村人達の思いを具現化していた。
が――。
「悪いけれど、私にはまやかしは効かないんだ」静かにそう言う至遠の目の前で、鉈を構えた顔の無い男の姿は薄れ、崩れて行った。
翌朝、至遠が村に姿を現した事は、村人達に驚愕と疑問を齎した。
「な、何ともなかったのかい? あんた」昨日の男が恐る恐る、尋ねてきた。
「何にも」至遠は微笑して答えた。実際にはあれから幾度か、気配を感じる事はあったのだが、やはり至遠に対してはそれは只の幻以上のものにはなり得なかった。
あの家に泊まって無事にも戻って来た者が居た――それだけで、あの家に対する恐れは減じる。それは即ち、力を削ぐ事だった。
都からも遠く離れ、夜盗に怯える村人にとってはあの罠の様な家も必要なのかも知れない。実際に効果を及ぼさずとも、それがある事で安堵していた面もあったかも知れない。
だが、実際に人が帰らないとあっては、放置も出来ないと至遠は考え、せめてその力を削ぎ落とす事にしたのだった。
あの家は人を食う。だが、助かった者も居る――その条件の追加が、村人の意識を変え、あの家を変える。
鉈は鈍く、錆付いた。
―了―
超お久し振りです(^^;)
設定覚えてます?(笑)
これでは長年人が潜む事など不可能だろう。先の男の婆様の夜話は、所詮子供達の為の夜話だったという事か。
そう観察しながらも、至遠は家の裏手へ回ろうと、足を運んだ。
と――。
「!」角を曲がった途端に目の前をよぎった金属質の輝きに、至遠は寸での所で足を止めた。
それは一瞬だった。辺りに人の姿は無い。だが、その一瞬に窺えたのは、鉈を構えた男の気配。
「……浸透してるな」至遠は呟いた。先程の話、どうやらあの男の婆様の口に上っただけではないのかも知れない。あるいはその婆様も昔語りに聞いた口か。
この国では時に、人々の強い想い、あるいは思い込みが姿を取り、実体を持つ。多数の人間が信じていればいる程に、それは強さを増し、この世に迄影響を及ぼす。
死者の魂は時に恐ろしい幽鬼と姿を変え、人を襲う。
その男が幽鬼にでもなっていりゃあ、簡単だろうがな――先の男の言葉が蘇る。
「そうなっていたら厄介だな……」至遠は肩を竦めた。肩の上で黒猫が、にゃあと鳴いた。
件の許嫁が幽鬼になっているかも知れない、そんな可能性を、男も重々承知という事だ。だとすれば同じ様に話を聞いて育った村人達も……。そう信じる者が多ければ多い程、それは真実に近くなる。彼等にとって。
恐れという根強い感情を紛らわすのは、容易な事ではない。
だが、もし夜話が事実だったとして、その許嫁はその後どうしたのだろう? 気の病であろうと、人に切り付けたのなら無罪では済むまい。捕えられ、何処かに幽閉されたか、あるいは処刑されたのだろうか?
それとも――それからずっと此処に?
先の男は至遠が宿を尋ねようとする前に、この空き家の話を始めた。村に入ったばかりの旅人の事、言われなければ村外れの空き家など、知る事もなかっただろう。況してや、人を食う家だなどと……。
そう言われれば、逆に自らの豪胆さを示すが如く、この家に興味を示す者もあったかも知れない。
そしてそれらは戻らなかった……?
至遠は家の屋根を見上げた。
「もしかしたら此処は私達の様な旅人を誘い込み……始末する所なのか?」
旅人を装って入り込んだ夜盗――それらを恐れる気持ちが、許嫁の男という姿を依代に、此処に入り込んだ旅人達を襲う。
村人達が真に恐れたのは、気の病を発した男でも、無念を抱えた娘の霊でもなく、もっと現実的なものだったのだ。
無論、それらは無意識下の事であり、先の話をした男も、人を嵌めるという意識はなかったのだろう。だがそれだけに厄介で、根深かった。
取り敢えずもう少し探索してみるか――至遠が踵を返した時、またも刃物の冷たい光が閃いた。此処に来た旅人は逃さない。それはその様に、村人達の思いを具現化していた。
が――。
「悪いけれど、私にはまやかしは効かないんだ」静かにそう言う至遠の目の前で、鉈を構えた顔の無い男の姿は薄れ、崩れて行った。
翌朝、至遠が村に姿を現した事は、村人達に驚愕と疑問を齎した。
「な、何ともなかったのかい? あんた」昨日の男が恐る恐る、尋ねてきた。
「何にも」至遠は微笑して答えた。実際にはあれから幾度か、気配を感じる事はあったのだが、やはり至遠に対してはそれは只の幻以上のものにはなり得なかった。
あの家に泊まって無事にも戻って来た者が居た――それだけで、あの家に対する恐れは減じる。それは即ち、力を削ぐ事だった。
都からも遠く離れ、夜盗に怯える村人にとってはあの罠の様な家も必要なのかも知れない。実際に効果を及ぼさずとも、それがある事で安堵していた面もあったかも知れない。
だが、実際に人が帰らないとあっては、放置も出来ないと至遠は考え、せめてその力を削ぎ落とす事にしたのだった。
あの家は人を食う。だが、助かった者も居る――その条件の追加が、村人の意識を変え、あの家を変える。
鉈は鈍く、錆付いた。
―了―
超お久し振りです(^^;)
設定覚えてます?(笑)
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Re:おはようにゃん♪
眠いですね(笑)
覚えててくれてよかった♪
覚えててくれてよかった♪
Re:無題
名前は白陽、でも黒にゃん♪
死体は……村の人達が「食われた」と思ってますからねぇ……。第一発見者にはなりたくない状態かも……(((・・;)))
死体は……村の人達が「食われた」と思ってますからねぇ……。第一発見者にはなりたくない状態かも……(((・・;)))
Re:こんばんわ~
覚えててくれて有難う~^^
放置された家って何か不気味ですよね。
手入れがされてなくて荒れているとか、そういう事以上に……。
放置された家って何か不気味ですよね。
手入れがされてなくて荒れているとか、そういう事以上に……。