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〈2007年9月16日開設〉 これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。 尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。 絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「不躾な事をお尋ねしますが……誰かに恨まれる覚えでもおありですか?」
 黒髪に黒衣の青年にそう問われて、蓮香れんかははっと、息を飲んだ。
 旅の者らしい彼とはつい先程、知り合ったばかりだった。それでいていきなりこの様な質問を受けるには、当然それなりの理由があった。
 数日来、彼女は物言わぬ影の様なものに脅かされていた。それは気が付けば只じっと、彼女の傍らに佇んでいるだけではあったのだが、真っ黒な影の様でありながら、彼女に対する視線を感じるのだ。それも怒りに満ちた、刺す様な視線を。
 この国では――他国では違う様だが――大概の者は霊を見る事が出来る。だが、それは死霊でもない様だった。そして何より、その姿を見る事が出来るのは蓮香だけだった。
 影に付き纏われるようになって初めて、その気配を捉えた他人が、目の前の黒衣の青年、至遠だった。
 夕暮れの街、軒先をを歩いていて、突然音を立てて落ちて来た屋根瓦に回避する事も出来ずに固まっていた彼女を、通りすがりの彼が安全な所迄引き寄せてくれたのだ。
 そしてせめてものお礼にと立ち寄った茶屋で、先の質問が出たのだが……。
「はい……」彼女はどこか寂しげな微苦笑を浮かべて、そう答えた。

「先日の事なのですが、この街に夜盗が現れましてね。とある商家を襲って行ったんですよ。可哀想に夫婦は殺され、十になるかどうかの息子さん一人が、残されたんですよ」伏し目がちに、蓮香は話した。「今は親族に引き取られていますけれどね」
「それはお気の毒に……」
「ええ……。本当に、気の毒で……。両親の殺された現場を見ていた息子さんは、保護された後も酷く取り乱したかと思えば、それが落ち着くと今度は虚ろな……丸で死人の様な目をしていたり……。本当に、見ていられませんでしたよ」
「十の子供には――子供でなくてもでしょうが――精神的な衝撃が強過ぎたのでしょうね」
「ええ。食事も碌に摂らず……死を待っているかの様でした。私はその姿を見ていられなくて、色々手を尽くしました。けれど、面白い話をしても笑ってはくれず、宥めてもこちらを見もせず、唯一表した感情は……怒り、でした」
「怒り……」
「ちらりと賊の話をした時に浮かんだ怒り。とても十の子供とは思えない程の、力強く、そして暗い目でしたよ。それでも……それでも私は、あの子に生きて欲しかったんです」その時の決心を思い出したか、蓮香はごくりと喉を鳴らした。「あの子が怒りを生きる糧とするなら、それでもいい。死人の目よりはましと、私はあの子にこう言いました――あんたの両親も馬鹿だねぇ、無駄に逆らうから、無駄死にする事になったんだ、と……」
「それはまた随分な……」流石に至遠も絶句する。親の死をその様に言われて、怒らぬ子供も居ないだろう。
 案の定、子供は怒りを彼女にぶつけ、しかしもう、死人の目をする事はなくなったのだと言う。
「ですから、私を恨んでいるとすれば……あの子でしょう」そう言って、蓮香は悟り切った様な笑みを浮かべた。

「それで、いいんですか? 貴女は」
「……いいんです。生きてさえいれば、あの子はまた他の、真っ当な生き甲斐を見付けられるかも知れない。けれど、ここで死んでしまったら終わりですから」
 だからと言ってそこ迄――そんな表情がよぎったものの、至遠はそれ以上この件に関しては何も言わなかった。
 それより、と話を先の事故に戻す。
「あれは、その影みたいなものの所為だと思いますか?」
「解りません。只の事故かも知れませんし……。これ迄、こんな事はなかったんですよ。只じっと、恨みの籠った視線を感じるだけで。あの恨みの念の様なものが凝って力を増したのかも知れませんね」
 自分が危害を被るかも知れないと言うのに、どこかおっとり、蓮香はそう分析した。
 暫し黙考した後、至遠は言った。
「蓮香さん、貴女は役人に届け出た方がいい。これ迄の事を、正直に、包み隠さず申し立てるんです」
「お役人に……」彼女は目を丸くした。「術師でもなくて? あれが私に危害を及ぼすとしても、お役人にどうにか出来るでしょうか?」
 くすくすと、些か皮肉気に笑う彼女に、しかし至遠は笑みも浮かべずに言った。
「貴女が役人に届けるのは、かつての貴女の仲間と、その所業に関してですよ」

 どういう意味だとは、蓮香は訊かなかった。只黙した儘、鋭い視線を至遠に向けただけだった。それはその言葉の意味が、正しく解っている事に他ならなかった。
「貴女はその息子さんの話をしながらも、貴女自身とその子供との関わりは、一切話していなかった。『今は親族に引き取られている』――そう言うからには、貴女はその親族ではない。それでいて、貴女はその子が両親の死の現場を見ていた事を知っていたり、立ち直らせる為に色々と手を尽くしたと言う。態と恨みを買って迄」じっと彼女の顔を見詰め、至遠は続けた。「そこ迄する、どんな関わりがあると言うんですか? 貴女とその子供に」
「それは……余りに見ていられなくて」
「ですから――何処から見ていたのですか? そして何より、どうしてその子供の為にそこ迄出来るのですか?」
「……誤魔化せそうにありませんね」声を低く潜めつつ、蓮香は薄く笑った。「如何にも。私はその夜盗の一味でした。ほんの引き込み役ですけれど……罪は罪。只、あの子を不憫に思ったのも本当の事ですよ。だから私は一味を抜け、目撃者でもあるあの子を隠して……こないだやっと、親族の元に届けたんですよ。この街を離れるよう、言い含めて」
 それでも役人に届けずにいるのは、やはり自らも罪を負った身である事と、一味へのこれ迄の恩義もあるのだろうか。丁度あの子供と同じ、十の頃に親兄弟を亡くし、一味に拾われて生きてきた。その思いが口を噤ませ、それでいて、あの子供を助けたいとも思わせたのか。
「それでも、貴女は届け出るべきです」至遠はきっぱりと言った。「先程、瓦が落ちてきた時――私は屋根の上には人の気配しか感じなかった。あの影の仕業ではないんですよ」
「それは……詰まり……」大きな目を見開いて、蓮香は至遠を見詰めた。そしてふっと、哂う。「ああ、やっぱりね。親兄弟の様に思ってきた仲間だったけれど、自分達の正体を知り、それを売るかも知れない私は邪魔な訳だ。やっぱり……その程度にしか、信じて貰えてなかったんだねぇ」
 でもね、と彼女は言った。
「それでも私は親方達を売る気はないよ。例え始末される事になったとしても。あの影に一生付き纏われようと」
 仕方のない人だ、と至遠は肩を竦めた。
「まぁ、例え貴女が言わなくても、早晩彼等は捕縛されるでしょう。彼が、見ていますから」そう言って至遠が指した場所には件の影。「あれは貴女をずっと見ています。貴女の周りで凶事を起こそうとする者の姿も、ね」
 ひゅっ、と蓮香は息を飲んだ。
 あれは、自分を見張っていたのか、と。
 そしてきっと、彼女が元の仲間に狙われる限り、付いて回るのだろう。一味が全て、捕縛される迄。
 
 それもいい、と薄く笑う彼女を残して、至遠は茶屋を出た。
 一応飲食店を遠慮して屋根の上で待っていた黒猫の白陽がその姿を見て駆け下りて来る。
「どうも、強いんだか何なんだか……」その白陽を抱き上げて、至遠は苦笑した。「自分が居る事で――自分が命を狙われる事で――その子が一味を見付けられる。その為に生き続けられる。そういう事らしいな。元仲間を自分で売り渡す事は出来なくても、あの子が見付ける分には構わない、と」
 彼女は怒りを植え付ける事で子供に生気を取り戻させたが――自分もまた、その子供の為という名目でこれからの生き続ける理由を得た事が解っているのだろうか?

 彼女が素直に届け出るのなら、あの影を祓おうかとも思っていた至遠だったが、どうやら余計な世話かと、この儘街を立ち去る事にした。
 何であれ、他人の生き甲斐を消し去る権利はない、と。

                      ―了―

 至遠さん、お久し振りですが……術、使ってないな(^^;)

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こんばんは
ん~話を聞いてもらうだけでも、彼女にとっては良かったんじゃないかな。
彼女がやっている事を知ってる人が一人いるだけで、彼女は生きていけるんだと思う。
かなり屈折してると思うけどね w

冬猫 2009/10/26(Mon)01:43:10 編集
Re:こんばんは
屈折してますな、彼女(^^;)
うん、聞いて貰うだけで気が楽になる事も、あるかもね~。
巽(たつみ)【2009/10/26 21:20】
こんにちは
成る程ね。
今日は、ちょっと趣向が違うね。
会心の一作かな?(笑)

ところで、バーの探偵兄弟の話は?(笑)
afool 2009/10/26(Mon)12:11:08 編集
Re:こんにちは
>ところで、バーの探偵兄弟の話は?(笑)

どこからその話になるのかなぁ?( ̄▽ ̄;)
ぼちぼち、ネタ捻り中です(と言って置こう・笑)
巽(たつみ)【2009/10/26 21:22】
やべっ
↑の会心→快心ね。

ところで会心って、どういう意味?
afool 2009/10/26(Mon)12:13:19 編集
Re:やべっ
ん? 会心でいいんじゃないの?
満足がいく事、心に叶う事の意、だから。
巽(たつみ)【2009/10/26 21:25】
こんばんは☆
彼女の気持ちもわかるなぁ
優しい人なんだよね。。。。

afoolさん、快心って辞書に載っててない(笑)会心は気に入ること、心に適うことだってさ。
つきみぃ URL 2009/10/26(Mon)20:43:50 編集
Re:こんばんは☆
おおっと! つきみぃさんの会心の一撃がafoolさんにヒットか!?(笑)

彼女の心中は優しさと、罪悪感と、恩義で出来ている……かも。
巽(たつみ)【2009/10/26 21:28】
無題
どもども!
術を使わずに立ち去るなんて…
出来ればカメハメ波のひとつも出してもらいたかったっすねw
猫バカ1番 URL 2009/10/26(Mon)21:45:24 編集
Re:無題
カメハメ波(笑)
取り敢えず、元気を分けて下さい(爆)
巽(たつみ)【2009/10/26 22:31】
へぇ~
そうなん?
私も会心って見たことある字だから、最初は特に気にすることも無かったんだけど、後から「あれ? 違うかな?」って思って書いたんだけどね。

>どこからその話になるのかなぁ?( ̄▽ ̄;)

ん?
「至遠さん、お久し振りですが」の部分からよ。(笑)
「もっと、お久しぶりじゃないか?」って思って。
afool 2009/10/26(Mon)22:25:18 編集
Re:へぇ~
ぐは∑( ̄▽ ̄;)
確かにかなーり、間隔が……(汗)
巽(たつみ)【2009/10/26 22:33】
こんばんは♪
あぁ~ホンマお久しぶりだわぁ~!
至遠さま♪
ん~でも今回は聞き役?
聞いてもらうだけでも救われるって事も
あるよね!話しているうちに気持の整理が
出来たりするものネ!

優しい人なのにねぇ~!
クーピー URL 2009/10/26(Mon)23:03:47 編集
Re:こんばんは♪
蓮香さん、優しい人だけど、育てられた環境が悪かったのか……。ある意味、不運な人かも知れん(--;)
巽(たつみ)【2009/10/26 23:17】
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