〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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誰も静寂を破る者のない森の木漏れ日の中、背中に蝙蝠の様な羽を生やした黒猫が木陰を縫う様に飛んで行きます。言わずと知れた、我が主の屋敷の猫、フリューゲルでございます。
時刻は未だ正午――旦那様やお嬢様、坊ちゃま方はお休みの時間です。
そんな時刻、これ迄は屋敷の中で蝙蝠にちょっかいを出したり、一緒に惰眠を貪ったりしていたフリューゲルなのですが、どうもこの所、屋敷を空ける事が増えた事に、私は気付きました。
何処へ行っているのでしょう、と坊ちゃまに――フリューゲルは元々坊ちゃまの使い魔候補でございますから――お尋ね致しましたら、眉を顰めて怪訝な御様子。そしてこう仰せになられました。
「行き先を突き止めて、もしこの森から出るようなら止めるように」と。
黒猫一匹歩いている分には問題は無いのですが、如何せん、前述の通りフリューゲルは翼を持って飛んでいます。あれを人に見られたら……。
私は頷いて――本日の尾行を取り決めました。何しろこの時間動ける妖は限られておりますから。
不肖、生き人形のカメリア。お役目を務めさせて頂きます。
とは言え、空を飛んでいる小さな猫を、森の下生えに足を取られながら追うのですから、思ったよりも容易な事ではございませんでした。上を見上げていれば地をうねる木の根に躓き、危うい足場では下を見ていて、木の上で休んでいる黒猫の姿を見失いそうになったり……。
休み休みながらも一時間以上も飛び回ったでしょうか。私が肉体的に疲れる事の無い生き人形でなければ、疾うに諦めていたでしょう。
飛ぶ様を見ていれば、何処かしら目的地がある様なのですが、何しろ猫の事、小鳥や小動物に気を取られては暴走を始めます。それでも直に遊びを止める所を見ると、やはり何か目的があるのでしょうか。
それでも、この深く暗い森から出て行く様子のない事に、私はほっとしておりました。
やがて、フリューゲルは徐々にその高度を下げ――やや開けた草原にそそり立つ一本の大樹に近付きました。
暗い色調の森にあって、鮮やかな緑を湛えた大樹。幹はヒトが十人以上手を繋げた程にどっしりと太く、樹幹は空高く聳えています。
フリューゲルがその枝の一本で羽を休めるその大樹に、私は――人に造られた私にそんなものがあるのかどうか?――本能的に畏怖を感じました。
只の木ではない。そう思っていると、案の定、何処からとも知れぬ視線が私に注がれ、何者かの意識を感じました。一瞬身を硬くした私でしたが、その視線は柔らかく、暖かなものでした。
「あの……」意を決して、私は樹上遥かの大樹に話し掛けました。「私は吸血族のお屋敷にお仕えする、カメリアと申します。その猫は坊ちゃまの飼い猫のフリューゲル。失礼ですが、貴方様は……?」
感じられたのは風の囁き。けれどもそれは私の脳裏で言の葉に変じ、会話が可能な相手だと教えてくれました。
「我が名はエント。古よりこの地に住まうもの。そうか、この猫はあの屋敷の……。この身ゆえ、挨拶にも伺えずかたじけない」
「いえ……。フリューゲルは時々こちらへ?」
「ああ、この所ほぼ毎日来ては、羽を休めたり、爪を研いだり……」
「も、申し訳ない事を……!」私は慌てて頭を垂れました。休むのは兎も角爪研ぎなんて……!
「いやいや、我位になると樹皮も厚くてな、痛くも痒くもないよ。寧ろ古い樹皮が剥がれていい位だ」そう仰ったエント様の葉が、丸で笑う様にざわめきます。どうやら本当にそう思っておられる御様子。私はほっと胸を撫で下ろしました。
「それで……態々追って来たという事は、この黒猫君が拙い所へ行かないよう、監視をと命ぜられたのかな? 人形のお嬢さん」
「はい」私は頷いて、坊ちゃまとのやり取りをお聞かせ致しました。
「それで……我の元は、その『拙い所』に入るだろうかね?」
私は微苦笑を浮かべて、頭を振りました。未だ坊ちゃま方には話していないものの、フリューゲルが此処に来るのに問題がある様には思えません。
「一応ご報告は申し上げますが、何ら問題はないかと」
「それはよかった。我もこの小さな友達が気に入ってしまってね」
もうちょっと大きな黒猫も時々来るんだが、そちらはあちこち飛び回っていて本当にいつ来るか解ったものじゃない、とぼやくエント様。それはもしかして……ケットシー様? あの方なら最近は屋敷に逗留されておられますが――とは、言わない事にして置きましょう。
その代わり、とばかりに、私はエント様の長い長い世間話に付き合わされる事となったのでした。
やがて陽も傾き始め、私はフリューゲルを伴って屋敷への帰途に着きました。
肉体的には疲れない――のですが、些か疲れた様な気が致します。
帰り着き、起きて来られたばかりの坊ちゃまとお嬢様にエント様の事をご報告申し上げますと、お二人は共に苦笑を浮かべられました。
「エントか……。まぁ、フリューゲル位が丁度いいんだろうな。長話を仕掛けても半分以上は聞き流していそうだし」肩に黒猫を止めて、坊ちゃまが仰せになられます。「こいつ、話なんか聞いてる振りしながらも、耳は別の方向いてるもんな」
「あれの話につき合わされるのは敵わん」と、お嬢様が肩を竦めます。「長く生きている所為だろうが、矢鱈話が長くてな……。まぁ、それなりに興味深い話だから、暇な時にはいいのだが……。夜明け近くなっても話を止めないのは困ったものだよ」
そう言えばケットシー様は?――私が広間で寛いでおられた大きな黒猫にお尋ね申し上げますと、ぶるり、と身震いをされました。
「あれの話は年輪と同じ位に多層で、その年輪は――壊れた蓄音機の様に同じ事ばかり繰り返すんじゃよ」
あれの持つ知識全てを聞き終えるには、気の遠くなる年月が必要だよ――そう仰って、ケットシー様はまた、丸くなってお休みになられました。
妖でさえも気の遠くなる年月……私はその話だけで気が遠くなりそうでした。
―了―
お久のカメリアさん。
多分、怖くないお人形(笑)
休み休みながらも一時間以上も飛び回ったでしょうか。私が肉体的に疲れる事の無い生き人形でなければ、疾うに諦めていたでしょう。
飛ぶ様を見ていれば、何処かしら目的地がある様なのですが、何しろ猫の事、小鳥や小動物に気を取られては暴走を始めます。それでも直に遊びを止める所を見ると、やはり何か目的があるのでしょうか。
それでも、この深く暗い森から出て行く様子のない事に、私はほっとしておりました。
やがて、フリューゲルは徐々にその高度を下げ――やや開けた草原にそそり立つ一本の大樹に近付きました。
暗い色調の森にあって、鮮やかな緑を湛えた大樹。幹はヒトが十人以上手を繋げた程にどっしりと太く、樹幹は空高く聳えています。
フリューゲルがその枝の一本で羽を休めるその大樹に、私は――人に造られた私にそんなものがあるのかどうか?――本能的に畏怖を感じました。
只の木ではない。そう思っていると、案の定、何処からとも知れぬ視線が私に注がれ、何者かの意識を感じました。一瞬身を硬くした私でしたが、その視線は柔らかく、暖かなものでした。
「あの……」意を決して、私は樹上遥かの大樹に話し掛けました。「私は吸血族のお屋敷にお仕えする、カメリアと申します。その猫は坊ちゃまの飼い猫のフリューゲル。失礼ですが、貴方様は……?」
感じられたのは風の囁き。けれどもそれは私の脳裏で言の葉に変じ、会話が可能な相手だと教えてくれました。
「我が名はエント。古よりこの地に住まうもの。そうか、この猫はあの屋敷の……。この身ゆえ、挨拶にも伺えずかたじけない」
「いえ……。フリューゲルは時々こちらへ?」
「ああ、この所ほぼ毎日来ては、羽を休めたり、爪を研いだり……」
「も、申し訳ない事を……!」私は慌てて頭を垂れました。休むのは兎も角爪研ぎなんて……!
「いやいや、我位になると樹皮も厚くてな、痛くも痒くもないよ。寧ろ古い樹皮が剥がれていい位だ」そう仰ったエント様の葉が、丸で笑う様にざわめきます。どうやら本当にそう思っておられる御様子。私はほっと胸を撫で下ろしました。
「それで……態々追って来たという事は、この黒猫君が拙い所へ行かないよう、監視をと命ぜられたのかな? 人形のお嬢さん」
「はい」私は頷いて、坊ちゃまとのやり取りをお聞かせ致しました。
「それで……我の元は、その『拙い所』に入るだろうかね?」
私は微苦笑を浮かべて、頭を振りました。未だ坊ちゃま方には話していないものの、フリューゲルが此処に来るのに問題がある様には思えません。
「一応ご報告は申し上げますが、何ら問題はないかと」
「それはよかった。我もこの小さな友達が気に入ってしまってね」
もうちょっと大きな黒猫も時々来るんだが、そちらはあちこち飛び回っていて本当にいつ来るか解ったものじゃない、とぼやくエント様。それはもしかして……ケットシー様? あの方なら最近は屋敷に逗留されておられますが――とは、言わない事にして置きましょう。
その代わり、とばかりに、私はエント様の長い長い世間話に付き合わされる事となったのでした。
やがて陽も傾き始め、私はフリューゲルを伴って屋敷への帰途に着きました。
肉体的には疲れない――のですが、些か疲れた様な気が致します。
帰り着き、起きて来られたばかりの坊ちゃまとお嬢様にエント様の事をご報告申し上げますと、お二人は共に苦笑を浮かべられました。
「エントか……。まぁ、フリューゲル位が丁度いいんだろうな。長話を仕掛けても半分以上は聞き流していそうだし」肩に黒猫を止めて、坊ちゃまが仰せになられます。「こいつ、話なんか聞いてる振りしながらも、耳は別の方向いてるもんな」
「あれの話につき合わされるのは敵わん」と、お嬢様が肩を竦めます。「長く生きている所為だろうが、矢鱈話が長くてな……。まぁ、それなりに興味深い話だから、暇な時にはいいのだが……。夜明け近くなっても話を止めないのは困ったものだよ」
そう言えばケットシー様は?――私が広間で寛いでおられた大きな黒猫にお尋ね申し上げますと、ぶるり、と身震いをされました。
「あれの話は年輪と同じ位に多層で、その年輪は――壊れた蓄音機の様に同じ事ばかり繰り返すんじゃよ」
あれの持つ知識全てを聞き終えるには、気の遠くなる年月が必要だよ――そう仰って、ケットシー様はまた、丸くなってお休みになられました。
妖でさえも気の遠くなる年月……私はその話だけで気が遠くなりそうでした。
―了―
お久のカメリアさん。
多分、怖くないお人形(笑)
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Re:無題
それだけ長ーく生きてて、然も暇持て余してますからね(笑)
付き合わされたら大変ですよ!(爆)
付き合わされたら大変ですよ!(爆)
Re:無題
流石に疲れるでしょうね、気分的に(笑)
カメリアさん、何か仕事内容が多岐に亘ってるなぁ(^^;)
カメリアさん、何か仕事内容が多岐に亘ってるなぁ(^^;)
こんにちは
寿命の長さでは、50歩100歩だと思うのだが・・・。(笑)
動けない分、気が長くなるのかな。←おっと、偶然にもダジャレに(爆)
なんとなく、ノームさんとは、気が合いそうだと思うのは、私だけだろうか?(笑)
動けない分、気が長くなるのかな。←おっと、偶然にもダジャレに(爆)
なんとなく、ノームさんとは、気が合いそうだと思うのは、私だけだろうか?(笑)
Re:こんにちは
カメリアさんは妖としては若輩ですから(笑)
そうそう、木がこうぐーっと伸びて……って「き」の字違いかい(一応突っ込む・笑)
ノームさんとエントさんが話し出すと、長ーーーーーくなりますよー?(笑)
そうそう、木がこうぐーっと伸びて……って「き」の字違いかい(一応突っ込む・笑)
ノームさんとエントさんが話し出すと、長ーーーーーくなりますよー?(笑)
こんにちは♪
おぉ!そうだねぇ~!
カメリアさんは怖くないネ♪
それどころか親しみさえ感じてしまいます。
今回は尾行、お疲れ様でした。
いくら疲れないと言ってもねぇ、
空を飛ぶ猫の尾行は大変だったでしょうねぇ、
エントさんかぁ~好きだなぁ♪
カメリアさんは怖くないネ♪
それどころか親しみさえ感じてしまいます。
今回は尾行、お疲れ様でした。
いくら疲れないと言ってもねぇ、
空を飛ぶ猫の尾行は大変だったでしょうねぇ、
エントさんかぁ~好きだなぁ♪
Re:こんにちは♪
親しみを感じられる妖(笑)
や、クーピーさんの場合は取り敢えず害が無いタイプの妖とは、何でも仲良くなれそうかも(^^)
や、クーピーさんの場合は取り敢えず害が無いタイプの妖とは、何でも仲良くなれそうかも(^^)
Re:こんばんは☆
フリューゲルの周辺はある意味ご長寿な方達ばかり!(笑)
にゃんこは子供よりはお年寄りの方が好き?(^^)
にゃんこは子供よりはお年寄りの方が好き?(^^)
Re:こそっ……
あれに歩き回られたら森が~(^^;)
よかった、カメリアさんは大丈夫っすか(笑)
よかった、カメリアさんは大丈夫っすか(笑)