〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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もしも月が無かったなら、私は今頃何処に居る?――そう歌う様な声に釣られて、頭上のテラスを見上げれば、そこには下弦の月を見上げて佇むお客様のお姿。よく通る、どこか寂しげな声です。
ここ一週間程、この館に滞在されているお客様で、一見した所は――この妖の館のお客様としては珍しいかも知れません――ごく普通のヒトの様。やや鼻先の尖った精悍な顔に長めの銀髪、よく引き締まった体型の男性です。
それにしても、月が無かったなら……とは、奇妙な事を仰いますねぇ。
私達妖の大半は月の支配する夜の世界に生きるもの。眠りを知らない私でも、寧ろ月の光には安らぎを覚えさえするのですが……。
と、私が見上げている気配を察したのでしょう、お客様が不意に私を見下ろして、仰いました。
「あ、カメリアさん……でしたっけ。済みませんが紅茶を一杯頂けますか?」私如きに丁寧なお方です。
直ぐにご用意致しますと答え、私は準備に掛かりました。
ここ一週間程、この館に滞在されているお客様で、一見した所は――この妖の館のお客様としては珍しいかも知れません――ごく普通のヒトの様。やや鼻先の尖った精悍な顔に長めの銀髪、よく引き締まった体型の男性です。
それにしても、月が無かったなら……とは、奇妙な事を仰いますねぇ。
私達妖の大半は月の支配する夜の世界に生きるもの。眠りを知らない私でも、寧ろ月の光には安らぎを覚えさえするのですが……。
と、私が見上げている気配を察したのでしょう、お客様が不意に私を見下ろして、仰いました。
「あ、カメリアさん……でしたっけ。済みませんが紅茶を一杯頂けますか?」私如きに丁寧なお方です。
直ぐにご用意致しますと答え、私は準備に掛かりました。
「済みません、他のお仕事をなさっていたのでしょう?」紅茶の湯気の向こうで、お客様が仰いました。
「いえ、急ぎの仕事ではございませんから」実際、食人華の手入れなど、いつでも出来ます。まぁ、夜は活発になるので、私の様な生き人形でないと些か危険かも知れませんが。
「では、少しだけ、話を聞いて頂けませんか?」と、お客様。「少し……気持ちを整理したいんです」
承りました――そう申し上げて、私は彼の勧めに従って向かいの席に着きました。
「カメリアさんは、天の月が無かったなら、どうなったか――そんな事を考えた事はありませんか?」
ありません、と私は正直にお答え申し上げました。
「私の様な生き人形には、朝も夜も関係ございませんから」
「そうですか」お客様は僅かに苦笑を浮かべられました。やや大きめの犬歯が口元から覗きます。「……私は時折考えます。あの月が無かったなら、私は妖としてでなく、ヒトとして生きて行けたのではないかと」
「ヒトとして……でございますか?」私は首を傾げました。確かにこの方、ヒトに混じっていても違和感は無いでしょうし、寧ろ女性にはもてそうです。
けれど、この館には、普段ヒトの中に在りながらもその窮屈さから逃れる為に、羽を伸ばしに来られるお客様も多いのですが……。やはり人外の力を持ちながらその力を存分に振るえないというのは、ストレスが溜まる様ですね。
「その力も月に由来するものだという説もあります」と、お客様。「勿論、多様な妖の事、それはごく一部かも知れませんが。兎も角、もしも月が無かったなら、私は――普通のヒトとして生きて行けたのではないかと思えてならないのです」
「普通のヒトとして、生きる事をお望みなのですか?」
「……はい。少なくともそう望んでいました」頷く、と言うより俯かれるお客様。
望んでいた――過去形という事は、既にその望みは絶たれたのでしょうか。そう確かめる間も無く、お客様の話は続きました。
「私は取り返しのつかない事をしてしまいました。だからもう、ヒトの世界には居られません。こちらの旦那様からは、姿をくらませて別の街へ移住する手配をしようかという有難いお言葉も頂きましたが……そういう事ではないんです……。何らかの手段でこの姿を変え、再びヒトの世界に出る事が出来たとしても、私の気は晴れないでしょう」
言葉を途切れさせ、僅かに紅茶で喉を湿らせると、お客様は話をお続けになられます。
「私が妖という存在である限り、そして夜空にあの満月の昇る限り……私はまた、ヒトを――それも大事な人を――殺してしまうでしょう。この、牙と爪で」
今は人のものと大差ない、両手の爪を見詰めて、お客様は自嘲の笑みを浮かべました。口元からは犬歯――いえ、牙が覗きます。
私は掛ける言葉もなく、只、冷めた紅茶を淹れ替えるだけでした。
「済みません、突然こんなお話をしてしまって……」暫しのぎこちない時間の後、お客様はそう言って微笑なさいました。
「いえ、何の役にも立てませんで……」私は頭を垂れました。
私にはヒトを害した経験も、ヒトに追われた経験もありません。この意識を持ってから直ぐに、この館という安住の地に、お嬢様にお連れ頂いたから……。だから、ヒトの世界への思い入れも、全くと言っていい程、無いのでしょう。
けれどこの方は、ヒトの世界で大事な人が出来る迄に、ヒトに関わり、馴染んでしまわれた。
それでも、妖であるが故に、その習性に従って、ヒトを殺めてしまったのでしょうか。月に誘われ……。
「それなら、何故、月を見上げた?」突然割って入ったのは、お嬢様の凛とした声でした。
振り返れば戸口に佇むお嬢様。些か冷めた視線を、お客様に注いでおられます。
「月――満月に狂わされると解っていながら、何故、大事な人と居るその時に、その月を見上げた?」
「それは……」呟いた切り、お客様の言葉は途切れました。
「普通のヒトは、月を見ても平気だから?」代わりにお嬢様が仰います。「普通のヒトとして生きたかったから? だから敢えて自らの特性に逆らう様に、月を見上げた?――残念だけれど、闇に生まれ付いた者は、その闇からは逃れられない。その血筋が流れる限り……」
がくり、とお客様の肩が落ちました。
けれど唸る様に、こう仰いました。
「見上げたんじゃない……。睨み付けたんですよ――神を呪うヒトの如く」
そうして上げた顔に浮かんだ笑みは、獣にも似て……。ヒトの姿を取ってはいても、やはり、闇のものなのだと物語っている様でした。
「まぁ、暫くはこの館の逗留して、後の身の振り方を考えるんだね。月の所為にしていては、何処にも行けはしないよ」お嬢様はそう仰せになられると、踵を返して行ってしまわれました。
その背を見送って、お客様は呟きました。
「吸血族の様に、更にヒトより離れたものであれば、いっそ……」
「いっそ諦めがつかれましたか?」私は問いました。
「……いえ、それでもきっと、私はヒトを求めたでしょう。誰の所為でも、何の所為でもなく――受け入れられようと、受け入れられまいと、私が私であるが故に」
お時間を取らせて済みませんでした、と頭を下げると、お客様は紅茶を飲み干し、お部屋へと引き取られました。未だ月は頭上高く、その影は濃い時間でしたが、おやすみ、と告げて。
「お休みなさいませ。人狼様」
私はティーセットを片付けると、灯を落としました。
―了―
メジャーなのに未だ出てなかった人狼さん。
「いえ、急ぎの仕事ではございませんから」実際、食人華の手入れなど、いつでも出来ます。まぁ、夜は活発になるので、私の様な生き人形でないと些か危険かも知れませんが。
「では、少しだけ、話を聞いて頂けませんか?」と、お客様。「少し……気持ちを整理したいんです」
承りました――そう申し上げて、私は彼の勧めに従って向かいの席に着きました。
「カメリアさんは、天の月が無かったなら、どうなったか――そんな事を考えた事はありませんか?」
ありません、と私は正直にお答え申し上げました。
「私の様な生き人形には、朝も夜も関係ございませんから」
「そうですか」お客様は僅かに苦笑を浮かべられました。やや大きめの犬歯が口元から覗きます。「……私は時折考えます。あの月が無かったなら、私は妖としてでなく、ヒトとして生きて行けたのではないかと」
「ヒトとして……でございますか?」私は首を傾げました。確かにこの方、ヒトに混じっていても違和感は無いでしょうし、寧ろ女性にはもてそうです。
けれど、この館には、普段ヒトの中に在りながらもその窮屈さから逃れる為に、羽を伸ばしに来られるお客様も多いのですが……。やはり人外の力を持ちながらその力を存分に振るえないというのは、ストレスが溜まる様ですね。
「その力も月に由来するものだという説もあります」と、お客様。「勿論、多様な妖の事、それはごく一部かも知れませんが。兎も角、もしも月が無かったなら、私は――普通のヒトとして生きて行けたのではないかと思えてならないのです」
「普通のヒトとして、生きる事をお望みなのですか?」
「……はい。少なくともそう望んでいました」頷く、と言うより俯かれるお客様。
望んでいた――過去形という事は、既にその望みは絶たれたのでしょうか。そう確かめる間も無く、お客様の話は続きました。
「私は取り返しのつかない事をしてしまいました。だからもう、ヒトの世界には居られません。こちらの旦那様からは、姿をくらませて別の街へ移住する手配をしようかという有難いお言葉も頂きましたが……そういう事ではないんです……。何らかの手段でこの姿を変え、再びヒトの世界に出る事が出来たとしても、私の気は晴れないでしょう」
言葉を途切れさせ、僅かに紅茶で喉を湿らせると、お客様は話をお続けになられます。
「私が妖という存在である限り、そして夜空にあの満月の昇る限り……私はまた、ヒトを――それも大事な人を――殺してしまうでしょう。この、牙と爪で」
今は人のものと大差ない、両手の爪を見詰めて、お客様は自嘲の笑みを浮かべました。口元からは犬歯――いえ、牙が覗きます。
私は掛ける言葉もなく、只、冷めた紅茶を淹れ替えるだけでした。
「済みません、突然こんなお話をしてしまって……」暫しのぎこちない時間の後、お客様はそう言って微笑なさいました。
「いえ、何の役にも立てませんで……」私は頭を垂れました。
私にはヒトを害した経験も、ヒトに追われた経験もありません。この意識を持ってから直ぐに、この館という安住の地に、お嬢様にお連れ頂いたから……。だから、ヒトの世界への思い入れも、全くと言っていい程、無いのでしょう。
けれどこの方は、ヒトの世界で大事な人が出来る迄に、ヒトに関わり、馴染んでしまわれた。
それでも、妖であるが故に、その習性に従って、ヒトを殺めてしまったのでしょうか。月に誘われ……。
「それなら、何故、月を見上げた?」突然割って入ったのは、お嬢様の凛とした声でした。
振り返れば戸口に佇むお嬢様。些か冷めた視線を、お客様に注いでおられます。
「月――満月に狂わされると解っていながら、何故、大事な人と居るその時に、その月を見上げた?」
「それは……」呟いた切り、お客様の言葉は途切れました。
「普通のヒトは、月を見ても平気だから?」代わりにお嬢様が仰います。「普通のヒトとして生きたかったから? だから敢えて自らの特性に逆らう様に、月を見上げた?――残念だけれど、闇に生まれ付いた者は、その闇からは逃れられない。その血筋が流れる限り……」
がくり、とお客様の肩が落ちました。
けれど唸る様に、こう仰いました。
「見上げたんじゃない……。睨み付けたんですよ――神を呪うヒトの如く」
そうして上げた顔に浮かんだ笑みは、獣にも似て……。ヒトの姿を取ってはいても、やはり、闇のものなのだと物語っている様でした。
「まぁ、暫くはこの館の逗留して、後の身の振り方を考えるんだね。月の所為にしていては、何処にも行けはしないよ」お嬢様はそう仰せになられると、踵を返して行ってしまわれました。
その背を見送って、お客様は呟きました。
「吸血族の様に、更にヒトより離れたものであれば、いっそ……」
「いっそ諦めがつかれましたか?」私は問いました。
「……いえ、それでもきっと、私はヒトを求めたでしょう。誰の所為でも、何の所為でもなく――受け入れられようと、受け入れられまいと、私が私であるが故に」
お時間を取らせて済みませんでした、と頭を下げると、お客様は紅茶を飲み干し、お部屋へと引き取られました。未だ月は頭上高く、その影は濃い時間でしたが、おやすみ、と告げて。
「お休みなさいませ。人狼様」
私はティーセットを片付けると、灯を落としました。
―了―
メジャーなのに未だ出てなかった人狼さん。
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Re:無題
お嬢様を口説き落とす!(笑)
それが出来る人(?)なら、世の中何の悩みも無いかも(^^;)
それが出来る人(?)なら、世の中何の悩みも無いかも(^^;)
Re:こんばんは♪
なまじヒトの時もあるからねぇ(^^;)
いっそ年中満月なら……!?(笑)
いっそ年中満月なら……!?(笑)
こんばんは
半分狼で有ることを受け入れてないから、アヤカシとしてはイマイチなんでしょうね~
愛する人といる時に、月を睨んだらいけませんよね
↓館に??
「まぁ、暫くはこの館の逗留して、後の身の振り方を~~」
愛する人といる時に、月を睨んだらいけませんよね
↓館に??
「まぁ、暫くはこの館の逗留して、後の身の振り方を~~」
Re:こんばんは
うおお☆
狼男さん、妖としては半人前ですな。やはりお嬢様とは年季が……あ、いえいえ、歳の話じゃありませんよ?(^^;)
狼男さん、妖としては半人前ですな。やはりお嬢様とは年季が……あ、いえいえ、歳の話じゃありませんよ?(^^;)
Re:こんにちは
なまじ普段はヒトの判断力がありますから……。
大事な人でも殺めてしまう程、理性がぶっ飛ぶのはやはり嫌かと。
と言うか、それなら月を睨むなー!(^^;)
大事な人でも殺めてしまう程、理性がぶっ飛ぶのはやはり嫌かと。
と言うか、それなら月を睨むなー!(^^;)
Re:こんにちはっ
中には妖より怖い人も居ますからねぇ(--;)
狼男と満月……昔から言われてるけど、改めて何でだろう?
月の明るい晩程、人が夜中に外に居る事が多い→狼の遠吠えを耳にする→狼の妖を想像する……かな?
実際、満月や新月の晩には事件、事故が増えるという統計もありますからねぇ。それも関わってるのかも?
狼男と満月……昔から言われてるけど、改めて何でだろう?
月の明るい晩程、人が夜中に外に居る事が多い→狼の遠吠えを耳にする→狼の妖を想像する……かな?
実際、満月や新月の晩には事件、事故が増えるという統計もありますからねぇ。それも関わってるのかも?
Re:おはようございます(^^)
人間じゃないから人間に憧れる……事もある?(^^;)
隣の芝生は青いのよ(笑)
隣の芝生は青いのよ(笑)
Re:無題
会う時は満月の夜以外で!(^^;)