〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「鏡は元より呪具だったと言う。天照大神が天孫に授けたとされる三種の神器の中にも、草薙剣(くさなぎのつるぎ)、八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)と共に八咫鏡(やたのかがみ)が数えられている」
「そんな事をミラーハウスの只中で説明されても、何の参考にもならないし、有難くもないわね」
何人もの矢鱈背の高いロングコートの男に、やはり何人もの、背も髪も、序でにスカート丈も短い少女がツッコミを入れている。
「落ち着きなよ。七歌(ななか)ちゃん」
「ちゃん付けしない! あたしはもう十七なんだから! 幾ら三つ上の幼馴染みだからって、いつ迄もその呼び方は止めてよね! 序でに此処は禁煙!」
「どう呼べと……」タバコをライターごと取り上げられて、男は肩を竦める。
「兎に角、ちゃん付け止めて。止めないと君の事、和ちゃんて呼ぶよ?」
「別に構わないけど。和志(かずし)だし。と言うか、昔はそう呼んでたじゃないか」
けろりとした顔で言われて、七歌は脱力する。もういい。もうそんな事はどうでもいい。兎に角、此処から出られさえすれば!
遊園地のミラーハウスの中、二人は無数の自分達に囲まれて、途方に暮れていた。
「そんな事をミラーハウスの只中で説明されても、何の参考にもならないし、有難くもないわね」
何人もの矢鱈背の高いロングコートの男に、やはり何人もの、背も髪も、序でにスカート丈も短い少女がツッコミを入れている。
「落ち着きなよ。七歌(ななか)ちゃん」
「ちゃん付けしない! あたしはもう十七なんだから! 幾ら三つ上の幼馴染みだからって、いつ迄もその呼び方は止めてよね! 序でに此処は禁煙!」
「どう呼べと……」タバコをライターごと取り上げられて、男は肩を竦める。
「兎に角、ちゃん付け止めて。止めないと君の事、和ちゃんて呼ぶよ?」
「別に構わないけど。和志(かずし)だし。と言うか、昔はそう呼んでたじゃないか」
けろりとした顔で言われて、七歌は脱力する。もういい。もうそんな事はどうでもいい。兎に角、此処から出られさえすれば!
遊園地のミラーハウスの中、二人は無数の自分達に囲まれて、途方に暮れていた。
正直赤字経営のこの遊園地に来るのは、七歌は気が進まなかった。
客離れが進むのもそれなりの理由がある。主要交通機関から遠かったり、アトラクションが老朽化していたり、一向に様変わりしなかったり。細々としたサービスの問題だったり。
小さい頃に何度か連れて来られた七歌は、中学生以降、もう此処に来る事は無いだろうな、と思っていた。いつ来ても同じアトラクション、目新しさも発見も無い。はっきり言うと飽きていたのだ。
ところが、遊園地がいよいよ閉園になろうかという話もちらほらと出始めた頃、幼馴染みの和志が彼女を誘ったのだ。件の遊園地へと。彼とも此処へは双方の家族ぐるみで度々来ている。それを二人きりでと言われて、僅かながらでもロマンティックな展開を考えなかった訳ではない。何と言っても年頃の少女なのだ。
が、和志はと言うと、単なる懐古趣味の様だった――少なくとも七歌にはそうとしか思えない。そう言えば矢鱈古い物が好きだったっけ。
何度も乗った乗り物、何度も入ったアトラクションに――最早驚きもしなくなったお化け屋敷に迄――入って行く。そしてこのミラーハウスにも。
当然、何度も入った筈だった。
なのに何故、迷っているのだろう?――七歌は苛立たしげに鏡の中の自分を睨み付けた。倍以上の視線で睨み返されて、ちょっと怯んだが。
「此処、こんなに広かったっけ?」左手を鏡面に付けて歩きながら、七歌は訝しげに顔を顰めた。こうしていればいつだって、出口迄、迷わずに出られた。これ迄は。なのに今はどれだけ歩いても、出口に辿り着かない。「改装でもしたのかしら?」
「もう閉園するって言うのに、此処だけ?」流石にやや焦りを見せながら、和志が応じる。「確かにおかしいな。入り口にさえ戻れないなんて……」
出られなかったらどうしよう――それを考えるのは未だ早い、と思いながらも七歌は背筋に冷たいものを感じる。小さい頃、未だ馴れ切っていない頃にも感じた恐怖。父や母とはぐれたら、置いて行かれたら……そんな思いから、彼女は和志のロングコートの袖をきゅっと掴む。
だが、あの頃とは違う。いざとなったら携帯電話だってあるし、此処の係員だって居る筈だ。入って来たのを見ている以上、出た人数が合わなかったら、確認するだろう。
尤もそれ迄に――七歌はふらりと、鏡面に凭れ、しゃがみ込んだ。
「七歌ちゃん?」
「大丈夫、ちょっと目が回ったって言うか……気分悪くなってきた」ちゃん付けに文句を言う余裕も無い。
「少し休もう」和志はそう言って七歌の横に凭れ掛かった。
鏡は天井にも、丸で万華鏡の様に張り巡らされている。流石に床迄は鏡になっていないものの――もしそうなっていたら、ミニスカートで入るものか。
左右のみならず、上からも映し出された自分達の姿。それは歩く度に角度を変え、目を惑わし、感覚すらも惑わしていた。
丸でこの鏡の迷路に閉じ込められたみたいだ。
「いっそ、壊しちゃおっか」暫くじっとしていて回復したのか、七歌は冗談交じりに言った。
「鏡の向こうに壁があるだろう?」真面目に返す和志。いつもそうだ。冗談が通じない。
「解ってるわよ」七歌は舌を出した。「でも、この鏡が無くなったら、只の通路じゃない。造りだって単純だった筈だし。それにもう閉園したら此処だって壊すんでしょうし」
言い終えた時だった。
ひやりとした、鋭い痛みが七歌の背を襲った。
「!」一瞬息が詰まり、次の瞬間には背に灼熱感が広がった。前のめりに倒れ込む様に、壁から身を離す。
「七歌ちゃん?」振り向いた和志は、七歌の白いハーフコートの肩口に、赤い血の広がりを見た。「七歌!?」
七歌が凭れ掛かっていた鏡面から――滑らかだった筈のそこから、血に濡れた鋭い硝子の棘が一本、生えていた。
マフラーを利用して傷口を強めに縛り、止血する。幸い、それ程深い傷ではない様だった。それよりも深かったのは、この状況で背後から刺されたというショックの方だった。
「何で……? 確かに何も無い、鏡だったのに、いきなり……」棘の生えた鏡面を見詰めて、信じられないと言う様に幾度も頭を振る。そして何処からか、また同じ物が生じるかも知れないと、周囲の鏡に視線を走らせて怯える。「真逆……あたしが壊しちゃおうなんて言ったから? でも、そんな馬鹿な事……!」
滑らかに光を照り返す鏡。だが、尖った鏡は凶器になる――その気付きが武器に囲まれた幻影を脳に刻み込む。
二人は壁面から離れて、身を寄せ合った。
そうして周囲を窺う二人の顔が、無数の鏡に映る。その見返す瞳に、敵意が見て取れるのは、果たして自分達が浮かべた表情なのか。それとも……?
「兎に角、出て、ちゃんと手当てをしないと……」七歌を支えながら、和志は立ち上がった。右腕で彼女を支え、左手を鏡に付ける。触るのは危険かも知れないが、鏡像に惑わされずに出るにはこれが手っ取り早い、と。可能な限り、七歌を壁から離しつつ、進む。
そうしてどれだけ歩いたろうか。七歌は前方の鏡面に赤い筋を見付け、息を呑む。他にも誰か?――そう思いながらその筋を目で辿ると、それは視界を一旦外れた後、同じ部屋の壁に再び現れ、一周し……。
「和ちゃん!」七歌は悲鳴を上げた。和志が鏡面に付けた掌。そこから後ろに、赤い筋が延びている。それはもう直ぐ、前方に現れた筋と合流し、歪な円を描くと容易に推測された。「手が……!」
慌てて引き剥がした手には、硝子で切れたらしい一文字の傷。そして鏡面には小さめの棘が連続して生えていた。
「馬鹿! 何で……!」肩の痛みも忘れて、ハンカチでぐるぐる巻きにしながら七歌は怒鳴った。「何で壁から離れなかったの!?」
「此処から出るのが最優先事項だ」和志はきっぱりと言った。「しかしこれは……思った以上に只事じゃないな。此処は閉じられてるぞ」
「何でよ!? 誰がこんな事……! 出入り口を閉じて……鏡を……!」
「只出入り口を閉じたって、こんな事にはならないよ。鏡だって……鏡面から棘が飛び出す訳が無い。これは人為的なものじゃないよ」
「じゃ、何? 化け物? 妖怪変化!?」七歌の口調は反駁を含んでいたが、和志はあっさりと頷いた。
「かも知れないな」
馬鹿な事を――そう言う前に、七歌は不意に手を差し出されて言葉を失う。
「ライター、返してくれないか?」和志はそう言った。「タバコは……まぁ、いいや。可燃物は他にもあるし」
どうする気だろう――取り敢えず最期の一服を付ける気ではないと思いながらも、七歌は訝る。それでも取り上げたライターは素直に返却した。
「此処の鏡が呪具ではなく、呪物になっていると仮定して……」一旦コートを脱ぎ、シャツの上に重ね着したトレーナーを脱いでまたコートを羽織る。「呪物には属性というものがある。これには色々あるが、俺が習ったのは陰陽五行――木、火、土、金、水でね。鏡は元々は銅等の金物を磨いて造られていた。詰まり属性は金だ。そして各属性には強弱関係があり、金に克(か)つのは――『火剋金(かこくきん)』――火だ」
化繊のトレーナーが、ライターの火で勢いよく燃え上がった。
和志はそれを鏡面に近付け、振り回す。もう一方の手では、いつでも連れて駆け出せる様に、七歌の手を引きながら。
鏡面の一枚が、ぐにゃりと歪んだ。
和志はそれを見逃さず、その壁に火に包まれたトレーナーを投げ、同時にそれを追う様に駆け出す。
その儘、七歌を庇いつつ、妖しの鏡面に体当たりをした。
鏡が割れる音ではない、甲高い悲鳴の様な音を立てて、その鏡面は砕け散った。
遊園地の従業員達が駆け付けた時、ミラーハウスの小火はもう消え掛かっていた。それよりも彼等は怪我をした男女を助け起こし、その対処に奔走する事となった。病院に移送されながら、もう鏡など見たくない、と思った。
「結局あの鏡は歳経(ふ)り過ぎて、化け物になってたって事?」後日、病室に訪ねて来た和志に、七歌は質した。「壊されたくなかった……っていう事なのかな」
「多分ね」和志は肩を竦めた。左手には切り傷と火傷、他にも所々、七歌を庇った所為だろう、掠り傷を負っていた。「付喪神みたいなものかな?」
古い知識も役に立つだろう?――と、珍しく和志はおどけた。
「見舞いに来た支配人から聞き出したんだけど、何でも、以前にも入った人数と出た人数が合わない事があったらしいんだけど、どれだけ調べても見付からなかったんで、カウントミスと思われていた様だよ。最近では調べもしなくなってたらしい」
「あ、危なかった……! あたし達があの儘居なくなってても、あそこには居ませんよ、で終わりになる所だったの!?」七歌は憤った。「も、絶対ミラーハウスなんか入らない!」
「ああ、あのミラーハウスなら、一旦鎮火した筈の炎が何故か再燃して、全焼したってさ」
「あそこじゃなくても入りたくない!」
でも――と七歌は思った――寝起きの髪が気になるから、彼が訪ねて来る前には手鏡位は見たいかも、と。
―了―
う~ん、妖怪物?(笑)
陰陽五行、人様がどの程度知ってるのか解らない……☆
でも、陰陽師物とか多いし、結構知ってる?
客離れが進むのもそれなりの理由がある。主要交通機関から遠かったり、アトラクションが老朽化していたり、一向に様変わりしなかったり。細々としたサービスの問題だったり。
小さい頃に何度か連れて来られた七歌は、中学生以降、もう此処に来る事は無いだろうな、と思っていた。いつ来ても同じアトラクション、目新しさも発見も無い。はっきり言うと飽きていたのだ。
ところが、遊園地がいよいよ閉園になろうかという話もちらほらと出始めた頃、幼馴染みの和志が彼女を誘ったのだ。件の遊園地へと。彼とも此処へは双方の家族ぐるみで度々来ている。それを二人きりでと言われて、僅かながらでもロマンティックな展開を考えなかった訳ではない。何と言っても年頃の少女なのだ。
が、和志はと言うと、単なる懐古趣味の様だった――少なくとも七歌にはそうとしか思えない。そう言えば矢鱈古い物が好きだったっけ。
何度も乗った乗り物、何度も入ったアトラクションに――最早驚きもしなくなったお化け屋敷に迄――入って行く。そしてこのミラーハウスにも。
当然、何度も入った筈だった。
なのに何故、迷っているのだろう?――七歌は苛立たしげに鏡の中の自分を睨み付けた。倍以上の視線で睨み返されて、ちょっと怯んだが。
「此処、こんなに広かったっけ?」左手を鏡面に付けて歩きながら、七歌は訝しげに顔を顰めた。こうしていればいつだって、出口迄、迷わずに出られた。これ迄は。なのに今はどれだけ歩いても、出口に辿り着かない。「改装でもしたのかしら?」
「もう閉園するって言うのに、此処だけ?」流石にやや焦りを見せながら、和志が応じる。「確かにおかしいな。入り口にさえ戻れないなんて……」
出られなかったらどうしよう――それを考えるのは未だ早い、と思いながらも七歌は背筋に冷たいものを感じる。小さい頃、未だ馴れ切っていない頃にも感じた恐怖。父や母とはぐれたら、置いて行かれたら……そんな思いから、彼女は和志のロングコートの袖をきゅっと掴む。
だが、あの頃とは違う。いざとなったら携帯電話だってあるし、此処の係員だって居る筈だ。入って来たのを見ている以上、出た人数が合わなかったら、確認するだろう。
尤もそれ迄に――七歌はふらりと、鏡面に凭れ、しゃがみ込んだ。
「七歌ちゃん?」
「大丈夫、ちょっと目が回ったって言うか……気分悪くなってきた」ちゃん付けに文句を言う余裕も無い。
「少し休もう」和志はそう言って七歌の横に凭れ掛かった。
鏡は天井にも、丸で万華鏡の様に張り巡らされている。流石に床迄は鏡になっていないものの――もしそうなっていたら、ミニスカートで入るものか。
左右のみならず、上からも映し出された自分達の姿。それは歩く度に角度を変え、目を惑わし、感覚すらも惑わしていた。
丸でこの鏡の迷路に閉じ込められたみたいだ。
「いっそ、壊しちゃおっか」暫くじっとしていて回復したのか、七歌は冗談交じりに言った。
「鏡の向こうに壁があるだろう?」真面目に返す和志。いつもそうだ。冗談が通じない。
「解ってるわよ」七歌は舌を出した。「でも、この鏡が無くなったら、只の通路じゃない。造りだって単純だった筈だし。それにもう閉園したら此処だって壊すんでしょうし」
言い終えた時だった。
ひやりとした、鋭い痛みが七歌の背を襲った。
「!」一瞬息が詰まり、次の瞬間には背に灼熱感が広がった。前のめりに倒れ込む様に、壁から身を離す。
「七歌ちゃん?」振り向いた和志は、七歌の白いハーフコートの肩口に、赤い血の広がりを見た。「七歌!?」
七歌が凭れ掛かっていた鏡面から――滑らかだった筈のそこから、血に濡れた鋭い硝子の棘が一本、生えていた。
マフラーを利用して傷口を強めに縛り、止血する。幸い、それ程深い傷ではない様だった。それよりも深かったのは、この状況で背後から刺されたというショックの方だった。
「何で……? 確かに何も無い、鏡だったのに、いきなり……」棘の生えた鏡面を見詰めて、信じられないと言う様に幾度も頭を振る。そして何処からか、また同じ物が生じるかも知れないと、周囲の鏡に視線を走らせて怯える。「真逆……あたしが壊しちゃおうなんて言ったから? でも、そんな馬鹿な事……!」
滑らかに光を照り返す鏡。だが、尖った鏡は凶器になる――その気付きが武器に囲まれた幻影を脳に刻み込む。
二人は壁面から離れて、身を寄せ合った。
そうして周囲を窺う二人の顔が、無数の鏡に映る。その見返す瞳に、敵意が見て取れるのは、果たして自分達が浮かべた表情なのか。それとも……?
「兎に角、出て、ちゃんと手当てをしないと……」七歌を支えながら、和志は立ち上がった。右腕で彼女を支え、左手を鏡に付ける。触るのは危険かも知れないが、鏡像に惑わされずに出るにはこれが手っ取り早い、と。可能な限り、七歌を壁から離しつつ、進む。
そうしてどれだけ歩いたろうか。七歌は前方の鏡面に赤い筋を見付け、息を呑む。他にも誰か?――そう思いながらその筋を目で辿ると、それは視界を一旦外れた後、同じ部屋の壁に再び現れ、一周し……。
「和ちゃん!」七歌は悲鳴を上げた。和志が鏡面に付けた掌。そこから後ろに、赤い筋が延びている。それはもう直ぐ、前方に現れた筋と合流し、歪な円を描くと容易に推測された。「手が……!」
慌てて引き剥がした手には、硝子で切れたらしい一文字の傷。そして鏡面には小さめの棘が連続して生えていた。
「馬鹿! 何で……!」肩の痛みも忘れて、ハンカチでぐるぐる巻きにしながら七歌は怒鳴った。「何で壁から離れなかったの!?」
「此処から出るのが最優先事項だ」和志はきっぱりと言った。「しかしこれは……思った以上に只事じゃないな。此処は閉じられてるぞ」
「何でよ!? 誰がこんな事……! 出入り口を閉じて……鏡を……!」
「只出入り口を閉じたって、こんな事にはならないよ。鏡だって……鏡面から棘が飛び出す訳が無い。これは人為的なものじゃないよ」
「じゃ、何? 化け物? 妖怪変化!?」七歌の口調は反駁を含んでいたが、和志はあっさりと頷いた。
「かも知れないな」
馬鹿な事を――そう言う前に、七歌は不意に手を差し出されて言葉を失う。
「ライター、返してくれないか?」和志はそう言った。「タバコは……まぁ、いいや。可燃物は他にもあるし」
どうする気だろう――取り敢えず最期の一服を付ける気ではないと思いながらも、七歌は訝る。それでも取り上げたライターは素直に返却した。
「此処の鏡が呪具ではなく、呪物になっていると仮定して……」一旦コートを脱ぎ、シャツの上に重ね着したトレーナーを脱いでまたコートを羽織る。「呪物には属性というものがある。これには色々あるが、俺が習ったのは陰陽五行――木、火、土、金、水でね。鏡は元々は銅等の金物を磨いて造られていた。詰まり属性は金だ。そして各属性には強弱関係があり、金に克(か)つのは――『火剋金(かこくきん)』――火だ」
化繊のトレーナーが、ライターの火で勢いよく燃え上がった。
和志はそれを鏡面に近付け、振り回す。もう一方の手では、いつでも連れて駆け出せる様に、七歌の手を引きながら。
鏡面の一枚が、ぐにゃりと歪んだ。
和志はそれを見逃さず、その壁に火に包まれたトレーナーを投げ、同時にそれを追う様に駆け出す。
その儘、七歌を庇いつつ、妖しの鏡面に体当たりをした。
鏡が割れる音ではない、甲高い悲鳴の様な音を立てて、その鏡面は砕け散った。
遊園地の従業員達が駆け付けた時、ミラーハウスの小火はもう消え掛かっていた。それよりも彼等は怪我をした男女を助け起こし、その対処に奔走する事となった。病院に移送されながら、もう鏡など見たくない、と思った。
「結局あの鏡は歳経(ふ)り過ぎて、化け物になってたって事?」後日、病室に訪ねて来た和志に、七歌は質した。「壊されたくなかった……っていう事なのかな」
「多分ね」和志は肩を竦めた。左手には切り傷と火傷、他にも所々、七歌を庇った所為だろう、掠り傷を負っていた。「付喪神みたいなものかな?」
古い知識も役に立つだろう?――と、珍しく和志はおどけた。
「見舞いに来た支配人から聞き出したんだけど、何でも、以前にも入った人数と出た人数が合わない事があったらしいんだけど、どれだけ調べても見付からなかったんで、カウントミスと思われていた様だよ。最近では調べもしなくなってたらしい」
「あ、危なかった……! あたし達があの儘居なくなってても、あそこには居ませんよ、で終わりになる所だったの!?」七歌は憤った。「も、絶対ミラーハウスなんか入らない!」
「ああ、あのミラーハウスなら、一旦鎮火した筈の炎が何故か再燃して、全焼したってさ」
「あそこじゃなくても入りたくない!」
でも――と七歌は思った――寝起きの髪が気になるから、彼が訪ねて来る前には手鏡位は見たいかも、と。
―了―
う~ん、妖怪物?(笑)
陰陽五行、人様がどの程度知ってるのか解らない……☆
でも、陰陽師物とか多いし、結構知ってる?
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Re:無題
私も一方通行の多い道に放り込まれたら簡単に迷路が味わえます(笑)
本屋周辺だけ、迷わずに行けるんですけど(^^;)
何と無く、今日は東洋風で。
本屋周辺だけ、迷わずに行けるんですけど(^^;)
何と無く、今日は東洋風で。
鏡ってのも怖いネ!
夜中に合わせ鏡をすると未来の旦那様が見える!
なんつう話もあるけど、夜に鏡を覗くと、ちょっと怖いよね!
ミラーハウスの、この状況はホント怖いねぇ!
陰陽五行は陰陽師の本で読んだけど、あまり・・・よく覚えていませんデス。
言われると、そうそう!そんな事が書いてあった!って感じかなぁ?
付喪神の方はマンガで知った!ヾ(´▽`;)ゝ ウヘヘ・・・・・
ポチ♪
なんつう話もあるけど、夜に鏡を覗くと、ちょっと怖いよね!
ミラーハウスの、この状況はホント怖いねぇ!
陰陽五行は陰陽師の本で読んだけど、あまり・・・よく覚えていませんデス。
言われると、そうそう!そんな事が書いてあった!って感じかなぁ?
付喪神の方はマンガで知った!ヾ(´▽`;)ゝ ウヘヘ・・・・・
ポチ♪
Re:鏡ってのも怖いネ!
合わせ鏡は色々話がありますよね。
でも、夜中に鏡は見たくないです~。後ろに何か映りそう……。そう、何か白い影が……はっ! 夜霧!(笑)
でも、夜中に鏡は見たくないです~。後ろに何か映りそう……。そう、何か白い影が……はっ! 夜霧!(笑)
ひえぇ。
陰陽五行は読みました。ただ、それほど熱心に憶えたりしなかったので、読んだそばから忘れたけど…。
結局、和志くんはノスタルジーだけで七歌ちゃんを誘ったのでしょうか?そこらへんの心理状態がイマイチ掴めなかった…またどこか読み落としたのかな私。
ミラーハウスのお話は結構色々ありますが、この鏡は怖いですう。もし、二人のうちどちらかが、お水の入ったペットボトルでも持ってたら助からなかったかも…。ぞぞぞ。
結局、和志くんはノスタルジーだけで七歌ちゃんを誘ったのでしょうか?そこらへんの心理状態がイマイチ掴めなかった…またどこか読み落としたのかな私。
ミラーハウスのお話は結構色々ありますが、この鏡は怖いですう。もし、二人のうちどちらかが、お水の入ったペットボトルでも持ってたら助からなかったかも…。ぞぞぞ。
Re:ひえぇ。
彼は古い物好きなので(笑)
そして私の登場人物には珍しい愛煙家。
禁煙中だったらヤバかった(--;)
そして私の登場人物には珍しい愛煙家。
禁煙中だったらヤバかった(--;)
Re:モノの心?
>昨日の本も付喪神…かなぁ?
ある意味そうかも。続いちゃいましたね☆
鏡はやっぱりね~、必要なんだけど、どっか怖い。
人形にしろ鏡にしろ、人の姿を写し取る物だから? 写真も真ん中に写ると……とか言われるしね~。相似形にはよく似たものが宿る?
ある意味そうかも。続いちゃいましたね☆
鏡はやっぱりね~、必要なんだけど、どっか怖い。
人形にしろ鏡にしろ、人の姿を写し取る物だから? 写真も真ん中に写ると……とか言われるしね~。相似形にはよく似たものが宿る?
おお!
そう来たか!!
陰陽が出てきて鏡退治になるとは思わなかった…。いろんなジャンルにチャレンジ?ですか??
流行りものには手を出さない私も、陰陽はさすがに知ってますから…読み手から見たら、理解しやすいですね
うんうん…でも、やっぱり最後がこそばゆい…てれちゃいます
陰陽が出てきて鏡退治になるとは思わなかった…。いろんなジャンルにチャレンジ?ですか??
流行りものには手を出さない私も、陰陽はさすがに知ってますから…読み手から見たら、理解しやすいですね
うんうん…でも、やっぱり最後がこそばゆい…てれちゃいます
Re:おお!
こそばゆいですか(笑)
一時流行りましたからねー。
チャレンジと言うか、元より好きな方なんですが……。
ああやって流行ると、寧ろ使い難い捻くれ者(笑)
一時流行りましたからねー。
チャレンジと言うか、元より好きな方なんですが……。
ああやって流行ると、寧ろ使い難い捻くれ者(笑)
Re:こんばんわ★
陰陽で途中、シュウちゃん達の一発芸を思い出してみたり(^^)
何と無く、鏡も怪しいなーと(笑)
何と無く、鏡も怪しいなーと(笑)
Re:恐怖が伝わる・・・
閉所恐怖症の方にはきついでしょうね、あの空間☆
出られない! というのはやっぱり怖い。
出られない! というのはやっぱり怖い。
おはようございます
五行説はね、三国志でちょっとだけ知っている。
時の政権は五行に則っていたの。
周王朝は木徳で、武力で統一した秦王朝は相剋の考えを採って水徳。その秦を倒した漢は、周からの相生の考えを採って火徳とか。
それぞれ色や方角とかがあって秦は黒を基調としたとか、漢は青を基調にしたとか。
ミラーハウスの中に閉じ込められたら焦るだろうね。
時の政権は五行に則っていたの。
周王朝は木徳で、武力で統一した秦王朝は相剋の考えを採って水徳。その秦を倒した漢は、周からの相生の考えを採って火徳とか。
それぞれ色や方角とかがあって秦は黒を基調としたとか、漢は青を基調にしたとか。
ミラーハウスの中に閉じ込められたら焦るだろうね。
Re:おはようございます
流石、ahoolさん。物知り!
秦王朝は水徳だったの? 金剋木じゃなくて。でも黒だからやっぱり水か。
漢は色も木生火に倣ったのかな。青は木でしたよね? 火はそこから力を得る形になるから……。
う~ん、歴史関係は弱いよ(笑)
また勉強しに行きます(と記事を催促してみる♪)
秦王朝は水徳だったの? 金剋木じゃなくて。でも黒だからやっぱり水か。
漢は色も木生火に倣ったのかな。青は木でしたよね? 火はそこから力を得る形になるから……。
う~ん、歴史関係は弱いよ(笑)
また勉強しに行きます(と記事を催促してみる♪)
ゴメン(^_^;)
ゴメン、私もよく知らないんよ。
ただ、漢王朝が火徳で青だったのは確かで、漢王朝を倒そうとして大規模な反乱(黄巾賊)が起こったとき、
『青天すでに死せり。黄夫まさに起つべし。年、甲子(きのえね)にあり。天下泰平』ってスローガンが掲げられたのね。
意味は、『火徳の漢王朝の命運は既に尽きた。土徳の我らが起つべきとき。年は甲子(60ある干支の最初の年)であり、新たな政権が起こるには縁起のいい年である』
ちなみに土徳は黄色。(火生土の考え)
そんなわけで、漢は青なのよ。
ただ、漢王朝が火徳で青だったのは確かで、漢王朝を倒そうとして大規模な反乱(黄巾賊)が起こったとき、
『青天すでに死せり。黄夫まさに起つべし。年、甲子(きのえね)にあり。天下泰平』ってスローガンが掲げられたのね。
意味は、『火徳の漢王朝の命運は既に尽きた。土徳の我らが起つべきとき。年は甲子(60ある干支の最初の年)であり、新たな政権が起こるには縁起のいい年である』
ちなみに土徳は黄色。(火生土の考え)
そんなわけで、漢は青なのよ。
Re:ゴメン(^_^;)
なるほど。火の次は土ですね。
歴史ってなかなか覚えられないんだけど、そういう方面から見たら流れが見易いかも(変?)
歴史ってなかなか覚えられないんだけど、そういう方面から見たら流れが見易いかも(変?)
Re:連続でゴメン
態々、有難うございます~m(_ _)m
無題
こ、恐かったw
ミラーハウスで迷うって焦りますよね・・・・。
建物を焼いて、居なくなった人達は出てこれたんでしょうか?
というより、かなり杜撰な管理ですね。ちゃんと調べてあげてー!
陰陽道って殆ど知らないです、流行に乗れなかったので^^;
うーん、勉強したほうがいいかなぁ・・・・。
ミラーハウスで迷うって焦りますよね・・・・。
建物を焼いて、居なくなった人達は出てこれたんでしょうか?
というより、かなり杜撰な管理ですね。ちゃんと調べてあげてー!
陰陽道って殆ど知らないです、流行に乗れなかったので^^;
うーん、勉強したほうがいいかなぁ・・・・。
Re:無題
ミラーハウス、それでなくても目がぐるぐる……(@@;)
陰陽道……どうでしょう? らすねるさん、ファンタジーだから独自の世界観を作り切ってしまえば、別に知らなくても大丈夫かも? 知っていればそれを下敷きにする事も出来るけど。お好みで♪
陰陽道……どうでしょう? らすねるさん、ファンタジーだから独自の世界観を作り切ってしまえば、別に知らなくても大丈夫かも? 知っていればそれを下敷きにする事も出来るけど。お好みで♪
こんばんは♪
やっと追い付いた~!(苦笑)
ちょっと『ぬ~べ~』を思い出すかも。
出てこなかった人達はやはりご〇体に!?と思うと余計にコワイ…
あと、出られた人はズル(っていうとなんだけど…)しようとせず、壁伝いに行かなかったのかな~?とか思ったり。
客商売なんだから!きっちりやって下さいな(>_<)
ちょっと『ぬ~べ~』を思い出すかも。
出てこなかった人達はやはりご〇体に!?と思うと余計にコワイ…
あと、出られた人はズル(っていうとなんだけど…)しようとせず、壁伝いに行かなかったのかな~?とか思ったり。
客商売なんだから!きっちりやって下さいな(>_<)
Re:こんばんは♪
「あれ~? さっき二人入ったけど」
「え? 来ないよ? 中探しても居ないし」
「あれ~? 気の所為だったかな?」
……おいっ!(笑)
消える消えないは付喪神の気分次第? 七歌ちゃんは「壊しちゃおうか」なんて言い出しちゃったからねぇ。棘が……(--;)
「え? 来ないよ? 中探しても居ないし」
「あれ~? 気の所為だったかな?」
……おいっ!(笑)
消える消えないは付喪神の気分次第? 七歌ちゃんは「壊しちゃおうか」なんて言い出しちゃったからねぇ。棘が……(--;)
巽さんはTωT
いつもグッドなタイミングで…。
寝室に置いてある鏡に目隠し布作ろうかな…と
思ってたところなので(涙)
鏡に襲われたら何も出来ないですよね。
怖いなぁ。2人はうまくいって欲しいですが>∀<
寝室に置いてある鏡に目隠し布作ろうかな…と
思ってたところなので(涙)
鏡に襲われたら何も出来ないですよね。
怖いなぁ。2人はうまくいって欲しいですが>∀<
Re:巽さんはTωT
グッドなタイミングですか?(^^;)
鏡って微妙に気になりますよね。やはり元が呪具だから?(脅すな)
あ、ふわりぃさん、あし@の掲示板に書いたの、解りました?
ご存知かなと思ったんだけど、気になったので。
鏡って微妙に気になりますよね。やはり元が呪具だから?(脅すな)
あ、ふわりぃさん、あし@の掲示板に書いたの、解りました?
ご存知かなと思ったんだけど、気になったので。
Re:無題
社保庁のも洒落になりませんな★
あれは「合いませんでした」じゃ済まないよ~。
あれは「合いませんでした」じゃ済まないよ~。
無題
凄い。
ていうか、ミスカウントにするのも凄いww
もしかして、行方不明者がでる遊園地として有名になってきて閉鎖とか???
でも、ミラーハウスって夜とか入ったら怖いかなぁ。入ってみたいなぁ。
あっ、一人じゃ面白くないから誰かと一緒に、この話をして脅かしながら(笑
意地悪シンでした。ふぁぶぃ
ていうか、ミスカウントにするのも凄いww
もしかして、行方不明者がでる遊園地として有名になってきて閉鎖とか???
でも、ミラーハウスって夜とか入ったら怖いかなぁ。入ってみたいなぁ。
あっ、一人じゃ面白くないから誰かと一緒に、この話をして脅かしながら(笑
意地悪シンでした。ふぁぶぃ
Re:無題
夜のミラーハウス! それはまた一段と怖そうだわ(笑)
夜に合わせ鏡をすると……とか、色々あるけど、それだったらミラーハウスなんてえらい事になりそうだにゃ。
夜に合わせ鏡をすると……とか、色々あるけど、それだったらミラーハウスなんてえらい事になりそうだにゃ。
Re:無題
それはもう、焼け跡からごろごろと……ひえ~![](/emoji/D/284.gif)
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