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水面に揺れる小舟を、春香は長い間、見送っていた。
小舟と言っても人が乗る様な物ではない。極めて精巧に作られてはいるが、実物の数百分の一の小さなヨットだ。
脚の骨折で入院した病院で知り合った、自身は一時帰宅さえも叶わず、こんな川縁に迄来る事が出来ないと嘆いていた友人に代わって、この模型を流しに来たのだが……彼女は少し、後悔していた。
風の凪いだ中、静々と進んで行く舟はいつかテレビで見た精霊流しを思い起こさせた。灯篭も乗ってはいなければ未だ未だそんな時期でもない。第一、友人は生きている――此処の所、体調がよくない様だけれど。
なのに、小舟が丸でその魂を運んで行くかの様で、彼女はそれを追い掛け、止めたい衝動に駆られた。
だが、もう届かない。舟は川の中程に流れて行ってしまったし、彼女は片脚が巧く動かせない。追い掛けて川になど入れば、自らが危うい。
それでも、小舟が川面に突き出た岩を回り込んで、もう少しで見えなくなるという所で、彼女は足を踏み出していた。
間に合わないだろう事も解っていた。危険も、水の冷たさも解っていた。
それでも、と踏み出した彼女の腕を、誰かが取った――感触があった。
慌てて振り返った彼女の眼に、一瞬だけ、小舟を彼女に託した友人の姿が映った。
真逆、と思う間にそれは消え失せる。
此処に居る筈がない。来られないからこそ、彼女に預けたのだから。それに一瞬で姿を消すなんて……?
春香の胸を不安がよぎる。
彼の容態が急変したのでは? と。
最早小舟どころではなく、携帯を取り出すと入院していた病院に電話を掛け、彼を呼び出してくれるよう頼んだ。
が――入院中に仲良くなった看護士から返って来た返事に、春香は茫然としたのだった。
「春香ちゃん? よく聞いてね。貴女が今言った子は、もう半年も前に亡くなってるの。病院でじゃなくて、退院後に川で事故に遭ったって……。でも――こんな事言っちゃいけないでしょうけど――おかしいのよね。彼は泳げないからって海や川には近付かないって言ってたのに……。何でも、入院中に友達になった子から舟を流してくれって頼まれたんだって、ご両親には話してたそうなんだけど、でも、そんな子供も調べたけれどその当時のこの病院には居なかったのよ。けど、春香ちゃん、どうして彼の名前を? 今何処から掛けてるの?」
川縁からだとは、怖くて言えなかった。
彼は、自分と同じ様に誰かに頼まれて舟を流しに来たのだろうか?
そして自分と同じ様に、それを追ってしまった? そうして……亡くなった?
だとすれば病院で会った彼は一体何者だったのだろう?――そして、今自分を止めてくれた彼は?
もし、舟を追っていたら、いずれ春香の姿をした何者かが、あの病院でどこかの誰かに、小舟を託していたのかも知れない。
小舟という、罠を……。
―了―
4月10日でヨットの日だそうです。
水辺は集まり易いって言いますよね~☆用心、用心☆
怪しい頼まれ事にはご用心!