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暑いから鍾乳洞に行こうと、友人達と誘い合わせた迄はよかったのだ。
数人ずつ車に乗り合わせて現地集合。そう申し合わせて来てみれば、一足先に着いた友人の車はあれども、姿がない。鍾乳洞前に店を出す喫茶兼お土産屋のおばちゃんに訊いてみれば、それらしき五人組なら、どうやら暑さを避けてか、先に入って行ったと言う。確かに、店内の温い冷房より、洞内の方が涼しそうだった。
「仕方ないなぁ、あいつ等」苦笑しながら、俺達四人は先の車に乗っていた五人の後を追った。
一歩足を踏み入れると、クーラーの冷気とも違う、ひんやりとした空気にすっぽりと包まれる。外の暑さから逃れてほっとすると同時に、何故か、神妙な心持ちになる。鍾乳洞という途轍もない年月を掛けて形作られた、どこか神秘的なものに対して無意識に覚える畏敬の念なのだろうか。
洞内にはちゃんと照明が設置され、木で組まれてはいるものの滑り易い足場を程よく――余り明る過ぎては興醒めだろう――照らしてくれている。
天井から下がった鍾乳石、その下に育ちつつある鐘筍、奥に向かって広がる千枚皿……照明の仄かな明かりの下で煌くそれらの自然の造形美に感嘆しつつ、俺達は五人の後を追う。
「あいつ等、何処迄行ったんだ? 普通、待ち合わせてるんだから入り口で待ってるもんじゃねぇのか?」啓一が呆れ顔で言う。
全くだ。もう大分進んだぞ。
それでもお土産屋で貰ったパンフを見れば、この鍾乳洞は基本、一本道。多少の枝分かれはあるものの、そちらは足場も設置出来ない様な狭さで、実際この両側に欄干のある足場からは行けそうもない。
いつか出会うさ――俺達は涼しさを楽しみながら、のんびりと進んで行った。
だが――。
「あれ? 終点?」何度もパンフと見比べて、啓一が訝しげな声を上げた。
「みたい……だな」俺も横から覗き込みつつ、相槌を打つ。
公開されている鍾乳洞の最深部には見事な鍾乳石のカーテン。ごくごく薄い板状のそれらが幾重にも重なる様に、天井から壁に優雅な襞の波を作っている。本当は固い石なのだと感じさせない程の、繊細で優美な光景だった。
足場も此処で行き止まりで、他に進む道も無い。
ここ迄に擦れ違っていない以上、五人は此処に居なければならないのだが……その姿はない。無論、他の観光客とも、途中で擦れ違いはしたが、その中に彼等の姿はなかった。
「あ、あいつ等の事だから、もしかしたら変装して知らん顔で擦れ違っといて、出て行った俺等を驚かそうとしてるんじゃないか?」友樹がそう言って些か引き攣り気味の笑顔を浮かべる。「ほら、こっちは五人だと思ってるから、バラバラに擦れ違ったりしたら案外気付かないかも……」
確かに、照明はあるとは言っても、帽子を被って俯いていたりしたら、はっきりとは見えないだろう。相手の数に対する先入観も、確かにある。
「仕方ないな。戻ろう」俺は溜息と共に言った。「あいつ等が外で待ってたとしても、引っ掛かったと思われるのも癪だから『お前等なんか捜してねぇよ』って顔で行こうぜ」
その言葉に笑い合い、俺達四人は出入り口を目指した。
いちいち歓声を上げていた往路と違い、何故か皆して寡黙になっている。水の音が、耳に付く。
やがて外の厳しい日差しと熱気、そして蝉の大音声が俺達を出迎え――しかし、そこにも五人の姿は無かった。
「駄目だ、出ない。本当に何処行ったんだ? あいつ等」俺は苛苛と、携帯を閉じた。あいつ等のの携帯にそれぞれ電話していた他の三人も、一様に携帯を切って頭を振る。
「冗談にしてもやり過ぎだな」啓一が眉を顰める。
出て来てみれば、奴等の車も無くなっていた。詰まりは俺達を待たずして、帰ってしまったという事か。
余りの対応に文句の一つも言ってやろうと、温い冷房の喫茶店内に陣取って、こうして皆で電話してみたのだが、未だ誰一人、捕まらない。留守電でもなく、電源が入っていないか圏外か、のメッセージが繰り返し流れるだけだ。
四人が四人に掛けて全敗。俺は溜息をついて、残る一人のナンバーを呼び出した。
すると、此処に来て初めて、相手が出た。
「あっ! おい、由貴也! お前等、何先に帰ってんだよ!」開口一番、俺は怒鳴った。
だが、相手は何を言われているのか解らないといった様子で、それでも慌てて事情を話し出した。
「憲次? 未だ連絡行ってなかったんだな……。俺、朝から具合が悪くて、乗せて貰う筈だった敦也には連絡して、今日は行かない事にしたんだ。そしたら……さっき連絡があって、そこに行く途中の道で事故があって、身元が判明して……」
おい、何言ってるんだ?――震え、嗚咽混じりになっていく声、事故という不吉な言葉に俺は嫌な予感を覚える。
「敦也の……あの四人の乗ってた車だったって……! 全員……助からなかっ」
「もういい!」その言葉を聞きたくなくて、俺は無理矢理に遮っていた。「もういい……。後で……後で行くから」
簡単な労いと見舞いの言葉を残して、俺は電話を切った。
辺りで聞き耳を立てていた三人が、青い顔で俺を見る。
土産屋のおばちゃんは確かに、五人組を見たと言った。車があったのは俺達も見た。
だが、由貴也の言葉が本当なら……。そしてその言葉の裏は、俺達の会話を窺いながらも他の友人に電話した啓一が、しっかり取っていた。本当だ、と。
それでも尚、あいつ等は此処に現れたと言うのだろうか。そんなに、此処に来たかったのか?
哀しい、そして苦い笑みが、俺達の顔に浮かんだ。
それにしても、由貴也が抜けていたと言うのなら、奴等の車に乗って来た五人目は一体、誰……あるいは何だったんだろう?
土産屋のおばちゃんに詳しく訊いてみれば、その見知らぬ誰かが、率先していたらしい。
もしかして、そいつが彼等の手を引いたのだろうか。
あの世へ。
そしてこの神秘的な空間の中に、そこへの道があるのかも知れない。
生者には見えない、道が。
―了―
今日も暑い~(--;)
興味深い所ですな。
幻であれば生じ得るかも。
夏風邪、よくなりました?