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眠いから少し休む、と一言残して、琢也は後ろに倒した運転席に凭れ掛かり、あっという間に眠りの国に旅立ってしまった。
助手席の美砂が文句を言う間もあらばこそだ。
深夜の小さなサービスエリアの駐車場。山間部ながら街灯や自販機の明かりで、真っ暗という事はないが、人影も少なく心細い。
とは言え、午前中に家を出てから目的地迄三時間。夜迄遊んで折り返して、此処迄で二時間。殆どの距離を、琢也が運転して来たのだ。免許は持っているものの、山道や高速には自信がなく、任せっ切りの美砂としては仕方ないと溜息をつく他なかった。後少しの距離とは思うが、ここで居眠り運転でもされては堪らない。
何より、お疲れ様、と彼女は後部座席から取り寄せた膝掛けをそっと琢也の肩に掛けた。
自身も眠かったが、流石にこんな所で二人して眠る訳にも行かない。外の気温からして、車のエアコンを、ひいてはエンジンを切ってしまう訳には行かないし。
少し仮眠したら、琢也にもうちょっとだけ頑張って貰わなければならない。
目覚ましに缶コーヒーでも買って置こうか、と美砂は窓の外に視線を転じた。
と――ふと目に付いたのは街灯の傍に佇む、小さな人影。
子供が居る時間でもないだろうにと、眉を顰めた美砂の視線に気付いたか、それは彼女に向かって気安い様子で片手を上げ――美砂が途惑った一瞬の間に姿を消した。
「え!?」慌てて周囲を見回すが、何処にもそれらしき姿は無い。第一、どこかに駆け出したとか、そんな消え方ではなく、本当に一瞬で消えたのだ。
気味が悪くなり、美砂は今更ながらに車のドアロックを確認した。
大丈夫。全て降りている――自分に言い聞かせる様に、彼女は一つ一つ、確認する――でも、一瞬で消える様な「何か」を相手にこんなロックが役に立つの?
琢也を起こそうかとも思ったが、見間違いだ、転寝していて夢でも見たのだろうと言われればそれ迄だ。実際、自分でも太腿を抓って夢でない事を確認している位なのだから。
しかし、不安の為に高鳴った鼓動は未だ落ち着かず、最早外に出て確かめる事さえ考えられなかった。
早く此処から離れたい――その一心で、琢也が目覚めるのを待つ。
いっそ席を替わって運転しようか。そんな事迄考えたものの、整っているとは言え、深夜の高速道。慣れない彼女が運転するのは、此処に居るのとは別の不安があった。
「早く……早く起きて……!」小声ながら、祈る様に彼女は呟いた。
と、その祈りが通じたのか、琢也はうっそりと頭を上げた。重い瞼が上がり、膝掛けが肩から滑り落ちる。
「琢也! 早く出ましょう!」
縋る様に訴えた美砂の前で、彼は不意に気安い様子で片手を上げた――先の小さな人影がそうした様に。
そして、言った。
「挨拶にはちゃんと挨拶を返そうよ、お姉さん」妙に甲高い、明らかに琢也とは違う声。
悲鳴を上げて車を飛び出そうとした美砂は、しかし先程確認したロックに阻まれ、更にパニック状態になる。それでもどうにかロックを上げてドアを開け放ち、駆け出そうとした時に腕を強く掴まれた。
足止めされ凄まじい悲鳴を上げた彼女の前を、大型のトラックが通り過ぎて行った。
「美砂、何やってんだ! 飛び出したりしたら危ないだろう!」琢也の――いつもの琢也の――怒鳴り声。
彼女の腕を掴んだ手が、少し震えている。
美砂はその手に縋って、一頻り泣き、恐怖を訴えた。
聞けば先程手を上げた事など、琢也自身は全く覚えておらず、彼女の声に眠りを覚まされ、危険な道に飛び出そうとしている彼女の腕を慌てて掴んだ、との事だった。
結局、あれが何だったのかは解らなかったが、此処には居ない方がいいと、彼等は直ぐに車を出した。
以来、美砂は車の運転練習に励んでいる。
深夜の駐車場で、彼が眠ってしまわないようにと。
―了―
眠い……(--)。゜