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夜に積もったばかりの新雪の上を走る。
靴を通して伝わる、さくっとした感触。沈み込む程には深い雪ではない。
それでも、普段見慣れない積雪に、春奈ははしゃいでいた。
雪を蹴散らし、走り回る。
冬休みには山間に住むお祖母ちゃんの家で、雪遊びをするんだと、前々から楽しみにしていた。ところが、来てみれば晴天続きで、以前降った雪が遠くの山頂に張り付いているだけの景色に、春奈は少なからずがっかりしたものだった。
冬休みも残り僅か――そんな時に降った雪だけに、春奈の喜びは一入だった。
朝、起こされて、母の手で開かれたカーテンの向こうに広がる白く輝く光景に、着替えるのももどかしく、家を飛び出した。朝ご飯なんて、後回しだ。
「あんなにはしゃいで……。よかったですねぇ」庭を駆け回る孫を眺めて、老婆は目を細めた。「どうにか、間に合いましたねぇ」
「ああ」短い答えながら、隣に立つ老人の目も、皺に埋もれそうな程に和やかに細められている。
「雪が降らないんだったら、もうお祖母ちゃんトコなんか来ない、なんて言われた時はどうしようかと思いましたけどねぇ」その時の事を思い出したのか、老婆は物思わし気に、首を傾げた。「弾みとは言え、随分と寂しい事を……」
「そうだったな……」
「駄目で元々と、雪女様の祠にお願いして、よかったこと」
「ああ。只……」
「只? 何ですか? あなた」
「いや、何でもない」老人はそう言った切り、口を閉ざした。
可笑しな人、と苦笑する老婆と寄り添い、未だ庭を駆け回っている孫を眺める。
丸で、その姿を目に焼き付けようとするかの様に。
翌日、春奈が名残を惜しみつつも帰らなければならないその日、彼女達を見送ったのは老婆一人だった。
祖父はどうしたのかと問う春奈に、風邪気味みたいだから休ませていると答え、老婆は微笑した。
息子一家三人を見送り、老婆は寝室に取って返した。
「あなた……。雪女様の祠にお願いすれば、雪を降らすも止ますも自由だと、この村に伝わる話を私にした時……既に、覚悟はしていたんですね」
老人の横たわる布団の傍らに正座し、そっと、その頬に触れる。
すっかり、冷たくなった頬に。
「余所から嫁いで来て六十年、色んな話をしてくれたのに、その話だけ、これ迄教えてくれなかったのは……その願いが代償を伴うからですか? 私が――雪女様の存在に半信半疑の私が――此処の豪雪を厭い、考えもなしにお願いに行かないようにと」
それでも、孫が二度とこの家に遊びに来なくなるよりはと、お願いしてくれた――老婆は泣き笑いの表情で、老人を呼び続けた。
「でも、あなたが居なくなっては……私は独りじゃありませんか!」
と――窓も戸も、しっかり閉まっている筈の寝室に、不意に冷たい風が流れた。
不審に思い顔を上げた老婆の前に、蒼白い、女の姿。それは老人を挟んで向こう側に、ひっそりと立っていた。
「なるほど……。雪を止ませてくれという願いはあっても、降らせてくれと言うのは珍しいと思ったが……こういう事か」微かな声でそれは言い、ふと、その冷たい顔を和ませた。
「雪女……様……?」老婆は信じられない思いでそれを見詰める。「本当に……おられた」
「本当におらぬのなら、雪が降って、その願い主が身罷る訳もない」
「では、やはり、貴女が……」冷たくなった老人とそれとを見比べ、老婆は顔を顰めた。「貴女が夫の命を奪ったのですね?」
「それが約定……。自然を意の儘に操るという事はそれだけの重みを伴う事。況してや、只一人の孫の為だけとあっては――と思っていたのだが……どうやら我が儘娘の為だけではないらしい」その目は些か和らいで、老婆を見詰めている。「まぁ、今回は……おまけとしよう」
言葉が終わると同時に、一陣の風が舞った。
思わず伏せた顔を上げると、そこには女の姿は無く、代わりに、頬に赤みの戻った老人が安らかな寝息を立てていた。
以来、二人は小さな祠への供物を欠かさない。
―了―
だから、寒いんだってば(--;)
猫バカさん地方は人間一人じゃ足りないかも……?( ̄ー ̄)