〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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夜になると廊下の窓に張り付くヤモリを見る度に、幼い頃の私は気味悪がって声を上げたものだった。
ヤモリは家守、守り神さんなんだからそんな声を上げちゃ失礼だよ――祖母は苦笑しながらも、優しくそう言い聞かせてくれた。それでも生理的な嫌悪感はなかなか薄らがなかったけれど、見ない振りをする程度の妥協は覚えた。
その祖母も今は冷たい墓石の下に眠り、私は未だ、ヤモリを見ないようにしながら実家で暮らしている。母はこの家の一人娘だった。そして父を婿養子に迎え、成した子供は私一人。両親は気にする事はないと言うけれど、私が嫁ぎでもすればこの家は絶える。
家守さん、本当にこの家を守ってくれてるの?
私は庭の外灯が障子に映し出す影に、皮肉な問いを投げ掛けた。影は当然答える事無く、時折身をくねらせて位置を変えるだけだ。その動きに、私の嫌悪感が弥増す。
両親が言うように、この家を捨てるべきだろうか。
広さはあるものの、古く暗い日本家屋。親子三人となった今では、実質その半分も使用していない。台所と、玄関近くの二、三の和室。それだけで充分な程だ。それ以外の部屋は物置と化しているか、もしもの来客用の寝室となっている。来客など、もう長く、訪れてはいないのだけれど。
そんな事を悩んでいたある日、私はその閉ざされた客間に風を通そうと、障子とその更に外側の硝子戸を開け放った。手入れはしているもののどこか黴臭かった和室に、涼やかな風が流れ込む。夏の日差しは強く、庭を白っぽく照らし出しているものの、張り出した屋根の下は影が落ち、涼しくて心地よかった。
私は暫し畳に脚を伸ばして、涼風を楽しむ事にした。
その内、うとうとと居眠りをしてしまったのだろう、はたと気付けばどれ程時間が経ったのか、薄く橙色を帯びた日差しが畳に伸ばした脚を照らし始めていた。
何故か、それがひやりと冷たい。
夕方近いとしても、夏の陽光が冷たい事などあるのだろうか。私は落ち着かないものを感じて脚を引っ込めた。ひんやりしていて当然の影迄、にじる様にして下がる。
橙の陽光は徐々に部屋を侵食していく――思いの外、速くはないか? 丸で私を追うかの様に、それは腕を伸ばし……。
と、その先にするりと、一匹の大きなヤモリが進み出た。短い悲鳴が私の口から漏れる。
だが、そのヤモリの登場と同時に、陽光の侵食は止まった。いや、それどころか後退している? そんな馬鹿な!
私の目は長く伸びた光の影の先端を追った。間口一杯に広がって伸びていたそれは徐々に細く色濃い光の束に纏まり、更に後退して行く。明らかに、通常の陽光などではなかった。今や燃え立つ様な橙ながら、暖かさを感じない――先程のひやりとした感触が、肌に蘇り、私は身震いした。
やがてそれは縁側の端で止まり――不意に、空気中に解ける様に、橙色は消え去った。
目を丸くしてそれを見送った後、私はまだ太陽が中天にある事に気付いた。
陽光と見えたあれは、開け放たれているのをいい事にこの家に入り込もうとした、何か異質なものだったのか……。もしあれが入っていたら、どうなっていたのだろう? あの冷たい感触は、何かよくないものを予感させる。
ちょろり、視界の隅で動くものを目で追えば、先程のヤモリだった。それは一仕事終えたとばかりに、縁側へと出て行き、縁の下へと潜り込んで行った。
ヤモリは家守、祖母の言った事が少し、解った気がした。彼等は窓や戸に張り付いて、この家に入ろうとするものを追い払ってくれているのだろうか。
あんな得体の知れないものを相手にしているのでは、うちの中の事に迄手が回る筈もない――私は苦笑を浮かべて、先の問いを撤回した。彼等はちゃんと守ってくれている。けれど、中の事は自分達でどうにかするしかない。この家が栄えるのも廃れるのも、自分達次第なのだろう。
今宵も障子には彼等の影が映っている。
生理的に好きにはなれないけれど、私はそっとその影に目礼した。
―了―
昔住んでた家の隣の家の窓によく張り付いてたなぁ。
ヤモリは家守、守り神さんなんだからそんな声を上げちゃ失礼だよ――祖母は苦笑しながらも、優しくそう言い聞かせてくれた。それでも生理的な嫌悪感はなかなか薄らがなかったけれど、見ない振りをする程度の妥協は覚えた。
その祖母も今は冷たい墓石の下に眠り、私は未だ、ヤモリを見ないようにしながら実家で暮らしている。母はこの家の一人娘だった。そして父を婿養子に迎え、成した子供は私一人。両親は気にする事はないと言うけれど、私が嫁ぎでもすればこの家は絶える。
家守さん、本当にこの家を守ってくれてるの?
私は庭の外灯が障子に映し出す影に、皮肉な問いを投げ掛けた。影は当然答える事無く、時折身をくねらせて位置を変えるだけだ。その動きに、私の嫌悪感が弥増す。
両親が言うように、この家を捨てるべきだろうか。
広さはあるものの、古く暗い日本家屋。親子三人となった今では、実質その半分も使用していない。台所と、玄関近くの二、三の和室。それだけで充分な程だ。それ以外の部屋は物置と化しているか、もしもの来客用の寝室となっている。来客など、もう長く、訪れてはいないのだけれど。
そんな事を悩んでいたある日、私はその閉ざされた客間に風を通そうと、障子とその更に外側の硝子戸を開け放った。手入れはしているもののどこか黴臭かった和室に、涼やかな風が流れ込む。夏の日差しは強く、庭を白っぽく照らし出しているものの、張り出した屋根の下は影が落ち、涼しくて心地よかった。
私は暫し畳に脚を伸ばして、涼風を楽しむ事にした。
その内、うとうとと居眠りをしてしまったのだろう、はたと気付けばどれ程時間が経ったのか、薄く橙色を帯びた日差しが畳に伸ばした脚を照らし始めていた。
何故か、それがひやりと冷たい。
夕方近いとしても、夏の陽光が冷たい事などあるのだろうか。私は落ち着かないものを感じて脚を引っ込めた。ひんやりしていて当然の影迄、にじる様にして下がる。
橙の陽光は徐々に部屋を侵食していく――思いの外、速くはないか? 丸で私を追うかの様に、それは腕を伸ばし……。
と、その先にするりと、一匹の大きなヤモリが進み出た。短い悲鳴が私の口から漏れる。
だが、そのヤモリの登場と同時に、陽光の侵食は止まった。いや、それどころか後退している? そんな馬鹿な!
私の目は長く伸びた光の影の先端を追った。間口一杯に広がって伸びていたそれは徐々に細く色濃い光の束に纏まり、更に後退して行く。明らかに、通常の陽光などではなかった。今や燃え立つ様な橙ながら、暖かさを感じない――先程のひやりとした感触が、肌に蘇り、私は身震いした。
やがてそれは縁側の端で止まり――不意に、空気中に解ける様に、橙色は消え去った。
目を丸くしてそれを見送った後、私はまだ太陽が中天にある事に気付いた。
陽光と見えたあれは、開け放たれているのをいい事にこの家に入り込もうとした、何か異質なものだったのか……。もしあれが入っていたら、どうなっていたのだろう? あの冷たい感触は、何かよくないものを予感させる。
ちょろり、視界の隅で動くものを目で追えば、先程のヤモリだった。それは一仕事終えたとばかりに、縁側へと出て行き、縁の下へと潜り込んで行った。
ヤモリは家守、祖母の言った事が少し、解った気がした。彼等は窓や戸に張り付いて、この家に入ろうとするものを追い払ってくれているのだろうか。
あんな得体の知れないものを相手にしているのでは、うちの中の事に迄手が回る筈もない――私は苦笑を浮かべて、先の問いを撤回した。彼等はちゃんと守ってくれている。けれど、中の事は自分達でどうにかするしかない。この家が栄えるのも廃れるのも、自分達次第なのだろう。
今宵も障子には彼等の影が映っている。
生理的に好きにはなれないけれど、私はそっとその影に目礼した。
―了―
昔住んでた家の隣の家の窓によく張り付いてたなぁ。
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Re:こんばんは♪
確かに、つきみぃさんちに侵入するとガブリ! の危険性も……(^^;)
ニャンズにはいい玩具に見えるのかもね~。
ニャンズにはいい玩具に見えるのかもね~。
Re:ヤモリ
ヤモリはトカゲと同じ爬虫類で、主に陸上生活。
イモリは蛙と同じ両生類で、水陸両用。
でも、何か愛嬌がある^^
イモリは蛙と同じ両生類で、水陸両用。
でも、何か愛嬌がある^^
Re:こんにちは
蛇は一、二回位しか見た事ないなぁ(゜゜)
う~ん、白黒毛皮さんは逃げるかも?(^^;)
う~ん、白黒毛皮さんは逃げるかも?(^^;)
こんにちは♪
ヤモリもイモリも実物は見たことないで~す!
形的にはトカゲの親戚みたいな感じでしょう?
どうも後ずさりしたくなります。
でもワニとかイグアナだと怖いと思っても、
ヤモリやトカゲに感じる気持悪さはないのよね、
何でだろう??変かな?
形的にはトカゲの親戚みたいな感じでしょう?
どうも後ずさりしたくなります。
でもワニとかイグアナだと怖いと思っても、
ヤモリやトカゲに感じる気持悪さはないのよね、
何でだろう??変かな?
Re:こんにちは♪
ワニとかイグアナは気持ち悪いと言うよりも『怪獣みたい』な感じ(^^;)
トカゲは……何でしょうね? 動きも素早いからねぇ。何かするするっと忍び寄って来そうな☆
トカゲは……何でしょうね? 動きも素早いからねぇ。何かするするっと忍び寄って来そうな☆
無題
ヤモリは家守・・・
そういう意味があったんですね!
実は今日、彼氏が出先で突然すごい眩暈と吐き気に襲われて、車の運転もできないくらいになっちゃって、私が運転して帰ってきました。しかも、買ったばかりの私のバッグが唐突に壊れました。
家に戻ると、なぜかにゃこたんが尻尾を狸みたいに膨らませて、体をこわばらせて、彼氏のほうをじっと見たまま動かないんです。おやつをあげようとしても見向きもせず(ありえない・・・)尻尾ボンのコチコチで。。。
その後、大学病院の救急外来に出かけ、お薬を出してもらい(過労みたいです)、症状が落ち着いたころに家に戻ったら、いつも通りのぐんにゃりにゃこたんでした。
絶対に今日は、変なものが取り付いていたような気がします。地震が起きたって、冷静なにゃこたんなのに。。。
そういう意味があったんですね!
実は今日、彼氏が出先で突然すごい眩暈と吐き気に襲われて、車の運転もできないくらいになっちゃって、私が運転して帰ってきました。しかも、買ったばかりの私のバッグが唐突に壊れました。
家に戻ると、なぜかにゃこたんが尻尾を狸みたいに膨らませて、体をこわばらせて、彼氏のほうをじっと見たまま動かないんです。おやつをあげようとしても見向きもせず(ありえない・・・)尻尾ボンのコチコチで。。。
その後、大学病院の救急外来に出かけ、お薬を出してもらい(過労みたいです)、症状が落ち着いたころに家に戻ったら、いつも通りのぐんにゃりにゃこたんでした。
絶対に今日は、変なものが取り付いていたような気がします。地震が起きたって、冷静なにゃこたんなのに。。。
Re:無題
それは……彼氏さん、何か後ろに居た……?(・・∥)
でも、症状が落ち着いて、にゃこたんも元に戻ってよかったです。
尻尾ボン! のにゃこたん、ある意味レア?
でも、症状が落ち着いて、にゃこたんも元に戻ってよかったです。
尻尾ボン! のにゃこたん、ある意味レア?
Re:お久しぶりです~
こちらこそご無沙汰です!
ヤモリは守宮、イモリは井守とも書きますね。だからやっぱり井戸に……?^^;
イモリはアカハラとも呼ばれ、背中が黒褐色、腹側が赤の種が多いみたいです。ちょっとぬめっとしてるそうな。
トカゲとヤモリ、まぁ、仲間なので似た様な感じですね(^^;)
ヤモリは守宮、イモリは井守とも書きますね。だからやっぱり井戸に……?^^;
イモリはアカハラとも呼ばれ、背中が黒褐色、腹側が赤の種が多いみたいです。ちょっとぬめっとしてるそうな。
トカゲとヤモリ、まぁ、仲間なので似た様な感じですね(^^;)