〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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参ったな――突然の滝の様な雨に、家を出る時には爽快な迄に晴れていた空に気を許して天気予報も何のその、傘を持たなかった事を後悔しながら、誠也は校舎入り口に佇んでいた。
通常の授業のある日ならば、同じ方向の友人の傘に入れて貰うという手もあるのだが、生憎と今は夏休み。美術部の部活で今日中に仕上げてしまいたい作業の為だけに、誠也は出て来ていた。その部活も出ていたのは結局、作業が遅れがちだった彼を含めた三人。然もその中でも誠也は手間取ってしまい、他の二人は先に帰ってしまったのだ。作品の手直しを手伝ってくれと言う訳には行かないから、居て貰っても気が散るだけと、誠也が帰した様なものなのだが。
きょろきょろと見回してみるが、暗く沈んだ校舎には、目に付く限り人影はない。作業中、煩い程の歓声を上げていた運動部の生徒達も、この雨に早々に撤退し、どこかの教室になりを潜めているのだろう。
夕立の様なものだから、直ぐに止むか――溜め息を一つつくと、誠也はそれ迄時間を潰そうと携帯を取り出し、校舎入り口に並ぶ下駄箱の一つに寄り掛かった。先程迄居た美術室は施錠して、鍵も職員室に返却済みだ。態々雨宿りに教室を使うj事もないだろう。
時折の強風に煽られて玄関先に迄降り込む雨に校舎奥へと追い込まれる様に、彼は徐々に凭れ掛かる位置を変えて行った。
通常の授業のある日ならば、同じ方向の友人の傘に入れて貰うという手もあるのだが、生憎と今は夏休み。美術部の部活で今日中に仕上げてしまいたい作業の為だけに、誠也は出て来ていた。その部活も出ていたのは結局、作業が遅れがちだった彼を含めた三人。然もその中でも誠也は手間取ってしまい、他の二人は先に帰ってしまったのだ。作品の手直しを手伝ってくれと言う訳には行かないから、居て貰っても気が散るだけと、誠也が帰した様なものなのだが。
きょろきょろと見回してみるが、暗く沈んだ校舎には、目に付く限り人影はない。作業中、煩い程の歓声を上げていた運動部の生徒達も、この雨に早々に撤退し、どこかの教室になりを潜めているのだろう。
夕立の様なものだから、直ぐに止むか――溜め息を一つつくと、誠也はそれ迄時間を潰そうと携帯を取り出し、校舎入り口に並ぶ下駄箱の一つに寄り掛かった。先程迄居た美術室は施錠して、鍵も職員室に返却済みだ。態々雨宿りに教室を使うj事もないだろう。
時折の強風に煽られて玄関先に迄降り込む雨に校舎奥へと追い込まれる様に、彼は徐々に凭れ掛かる位置を変えて行った。
「いてっ」背中に鋭い痛みを感じて、彼は下駄箱を振り返った。一見滑らかに見える木製の棚だが、小さなささくれでもあったのかと見遣る。
そして、はっと息を止めた。
「吉沢……」凭れ掛かった真後ろにあったのは、今夏迄彼のクラスメートだった生徒の靴箱。未だネームプレートを外していなかったのか。
ちくりと、今度は胸に小さな痛みを、誠也は覚えた。
吉沢あきらとはこの高校に入ってからの付き合いだった。
吉沢は写真部で、態々作者の目と脳と手を通して表現する絵よりも、ありの儘を写し撮る写真の方が美術的だと、豪語しているのが誠也の耳に入った――それが吉沢を意識した馴れ初めだったろうか。
誠也は反論し、吉沢は更に理論武装し……それが日常の様に、繰り返された。飽く事もなく。あるいは二人共、お互いを認めつつ、軽い口論を楽しんでいたのかも知れない。
吉沢の写真はなるほど、自然の一瞬一瞬を捉えた、活き活きとしたもので、自分ではとても描けないと誠也が思うものもあった。だが同時にそれは、何の装飾もない本当にあるが儘の光景で、人が描いた程の芸術性は認められないと、誠也は頑として譲らなかった。
さりとて同じ風景を描写して比べられるかと言えば、それぞれの長所短所が際立つのは勿論の事、彼等にとって最も顕著な違いは、時間、だった。
一瞬を捉える吉沢に対し、油絵を描く誠也には当然時間が必要だ。その間にも風景は緩やかながらも変化を遂げる。白々とした真昼の陽光は燃える様な赤みを帯び、雨上がりの水溜まりは徐々に小さくなっていく。
勿論、下書きの段階で描きたい風景は頭に入っている。その筆が揺らぐ事はない。只、目の前の新たな一瞬を描きたいと望んだ時、誠也の筆はふと、止まるのだった。
その横で、吉沢のシャッター音が鳴り響いていた。
思えば自分は羨ましかったのかも知れない――雨音が小さくなったのにも気付かず、誠也は吉沢のネームプレートを見詰め続けた。一瞬を捉えられる事が。しかしそれは只カメラを持てばいいというものでもない。吉沢だからこそ撮れる光景、表情、そんなものがあった様に思うのだ。
しかしそれはどうも吉沢も同じで、筆で丹念に描く事の出来る彼を羨んでいる節も見受けられた。
互いが互いを羨みながら、それを素直に表現出来ずにいたのだろうか。只相手を賞賛する事も出来ずに。
そしてそうこうしている内に、今年の夏がやってきた。
吉沢は家の都合でこの高校を、そして日本を去った。外資系の商社に勤める父親の都合らしかった。
誠也の胸と時間に、ぽっかりと穴が開いた。
それでもそんな感傷など関係なく迫られた部の夏の課題に、彼は一枚の写真を元にした絵を描く事に決めた。
吉沢が残して行った、珍しく自身の写ったポートレート。横には誠也が並んでいた。
他に描きたいと思う物も無く、彼はそれを課題と決めたのだが……。
描き始めて数日経って、彼はある事に気付いた。
写真の中の、吉沢の姿が薄れている、と。
そんな馬鹿なと幾度見直しても、それは日を追う毎に薄れていく。これは吉沢が何らかの手段でもって仕掛けた悪戯なのか? それとも不吉な予兆なのか? 焦りつつも、消えてしまう前にと筆を動かす以外に、彼に手段はなかった。いずれ帰って来て驚かすからと、吉沢は連絡先を教えてくれなかったのだ。クールを気取って食い下がらなかった事が悔やまれた。
そして絵が完成に近付いた頃、写真の中の吉沢の姿は完全に消えた。そこには校庭の木の下に佇む誠也の姿があるばかりで、バランスを欠いた構図に、誠也は虚脱感を深くした。
だが、幾日も幾日もそれを見ている内に、丸でそれが元からそうであったかの様に思えて、彼は落ち着かなくなった。
絵は……あの絵はおかしい。この写真とは全く違うじゃないか。俺とした事が……!――そうして、彼は出来上がり掛けた絵に、更に手を加える事となった。絵の具を更に上から乗せ、削り、徐々にそれは写真に近付いていった。
そして今日、それは完成した筈だった。
だが――彼はふと、件の写真を定期入れから取り出した。
そこには間違いなく、吉沢あきらの姿が、彼の横にあった。
「どうなって……んだよ……?」泣いていいのか笑っていいのか解らない、そんな複雑な表情で、彼は呻いた。「どうなってんだよ、吉沢……!」
ネームプレートに叫んでみても、無論、答えはなかった。
雨上がりの澄んだ空気の中、しかし彼は暗く澱んだ思いを抱えて帰宅した。もう、あの絵に向き合う気力もなかった。
ところが、帰宅した彼を迎えたのは一通の伝言だった。
「冬には帰国出来そうだからって」母親はそう言って微笑んだ。「何でも、本当は仕事の都合じゃなくて病気の治療の為だったんだけど、心配掛けたくなかったって。一時は危険な時期もあったそうよ。帰って来たら労わってあげなさいね、あきらちゃんの事」
誠也は踵を返すと、再び学校へと向かった。母親の制止の声は耳の横を素通りした。
絵を描き直さずにはいられなかった。一刻でも早く描き足さなければ。
校庭の木の下、自分の横に気恥ずかしそうに寄り添う、女生徒の姿を。
―了―
怖くならん。不思議な話系になってしまった(^^;)
そして、はっと息を止めた。
「吉沢……」凭れ掛かった真後ろにあったのは、今夏迄彼のクラスメートだった生徒の靴箱。未だネームプレートを外していなかったのか。
ちくりと、今度は胸に小さな痛みを、誠也は覚えた。
吉沢あきらとはこの高校に入ってからの付き合いだった。
吉沢は写真部で、態々作者の目と脳と手を通して表現する絵よりも、ありの儘を写し撮る写真の方が美術的だと、豪語しているのが誠也の耳に入った――それが吉沢を意識した馴れ初めだったろうか。
誠也は反論し、吉沢は更に理論武装し……それが日常の様に、繰り返された。飽く事もなく。あるいは二人共、お互いを認めつつ、軽い口論を楽しんでいたのかも知れない。
吉沢の写真はなるほど、自然の一瞬一瞬を捉えた、活き活きとしたもので、自分ではとても描けないと誠也が思うものもあった。だが同時にそれは、何の装飾もない本当にあるが儘の光景で、人が描いた程の芸術性は認められないと、誠也は頑として譲らなかった。
さりとて同じ風景を描写して比べられるかと言えば、それぞれの長所短所が際立つのは勿論の事、彼等にとって最も顕著な違いは、時間、だった。
一瞬を捉える吉沢に対し、油絵を描く誠也には当然時間が必要だ。その間にも風景は緩やかながらも変化を遂げる。白々とした真昼の陽光は燃える様な赤みを帯び、雨上がりの水溜まりは徐々に小さくなっていく。
勿論、下書きの段階で描きたい風景は頭に入っている。その筆が揺らぐ事はない。只、目の前の新たな一瞬を描きたいと望んだ時、誠也の筆はふと、止まるのだった。
その横で、吉沢のシャッター音が鳴り響いていた。
思えば自分は羨ましかったのかも知れない――雨音が小さくなったのにも気付かず、誠也は吉沢のネームプレートを見詰め続けた。一瞬を捉えられる事が。しかしそれは只カメラを持てばいいというものでもない。吉沢だからこそ撮れる光景、表情、そんなものがあった様に思うのだ。
しかしそれはどうも吉沢も同じで、筆で丹念に描く事の出来る彼を羨んでいる節も見受けられた。
互いが互いを羨みながら、それを素直に表現出来ずにいたのだろうか。只相手を賞賛する事も出来ずに。
そしてそうこうしている内に、今年の夏がやってきた。
吉沢は家の都合でこの高校を、そして日本を去った。外資系の商社に勤める父親の都合らしかった。
誠也の胸と時間に、ぽっかりと穴が開いた。
それでもそんな感傷など関係なく迫られた部の夏の課題に、彼は一枚の写真を元にした絵を描く事に決めた。
吉沢が残して行った、珍しく自身の写ったポートレート。横には誠也が並んでいた。
他に描きたいと思う物も無く、彼はそれを課題と決めたのだが……。
描き始めて数日経って、彼はある事に気付いた。
写真の中の、吉沢の姿が薄れている、と。
そんな馬鹿なと幾度見直しても、それは日を追う毎に薄れていく。これは吉沢が何らかの手段でもって仕掛けた悪戯なのか? それとも不吉な予兆なのか? 焦りつつも、消えてしまう前にと筆を動かす以外に、彼に手段はなかった。いずれ帰って来て驚かすからと、吉沢は連絡先を教えてくれなかったのだ。クールを気取って食い下がらなかった事が悔やまれた。
そして絵が完成に近付いた頃、写真の中の吉沢の姿は完全に消えた。そこには校庭の木の下に佇む誠也の姿があるばかりで、バランスを欠いた構図に、誠也は虚脱感を深くした。
だが、幾日も幾日もそれを見ている内に、丸でそれが元からそうであったかの様に思えて、彼は落ち着かなくなった。
絵は……あの絵はおかしい。この写真とは全く違うじゃないか。俺とした事が……!――そうして、彼は出来上がり掛けた絵に、更に手を加える事となった。絵の具を更に上から乗せ、削り、徐々にそれは写真に近付いていった。
そして今日、それは完成した筈だった。
だが――彼はふと、件の写真を定期入れから取り出した。
そこには間違いなく、吉沢あきらの姿が、彼の横にあった。
「どうなって……んだよ……?」泣いていいのか笑っていいのか解らない、そんな複雑な表情で、彼は呻いた。「どうなってんだよ、吉沢……!」
ネームプレートに叫んでみても、無論、答えはなかった。
雨上がりの澄んだ空気の中、しかし彼は暗く澱んだ思いを抱えて帰宅した。もう、あの絵に向き合う気力もなかった。
ところが、帰宅した彼を迎えたのは一通の伝言だった。
「冬には帰国出来そうだからって」母親はそう言って微笑んだ。「何でも、本当は仕事の都合じゃなくて病気の治療の為だったんだけど、心配掛けたくなかったって。一時は危険な時期もあったそうよ。帰って来たら労わってあげなさいね、あきらちゃんの事」
誠也は踵を返すと、再び学校へと向かった。母親の制止の声は耳の横を素通りした。
絵を描き直さずにはいられなかった。一刻でも早く描き足さなければ。
校庭の木の下、自分の横に気恥ずかしそうに寄り添う、女生徒の姿を。
―了―
怖くならん。不思議な話系になってしまった(^^;)
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Re:怖くないけど
知ってる(笑)
誰? なのか何? なのか……?
誰? なのか何? なのか……?
Re:いやいや
有難う(^^)
口では喧嘩しながらも……というパターンですね♪
口では喧嘩しながらも……というパターンですね♪
Re:こんにちは♪
有難う~(^^)
写真と言えば魂を抜かれる~なんて話もありますからねぇ。迷信だけど。だったら魂の状態も写っていいかも? とか。
写真と言えば魂を抜かれる~なんて話もありますからねぇ。迷信だけど。だったら魂の状態も写っていいかも? とか。
写真
写したモノが物体じゃなくて生命力だった、とか…
本当にあったらちょっと恐いような
でも、ほっとするお話し♪
ラジバンダリって最近見かけないような気がするのは
私が余りテレビを見ないから??冬猫さん?(笑)
本当にあったらちょっと恐いような
でも、ほっとするお話し♪
ラジバンダリって最近見かけないような気がするのは
私が余りテレビを見ないから??冬猫さん?(笑)
Re:写真
ん、生命力、だったのかも。
この儘消えてたら悲劇的結末に……(:;)
若手の芸人さん、出たり、消えたり、ラジバンダリ(笑)
この儘消えてたら悲劇的結末に……(:;)
若手の芸人さん、出たり、消えたり、ラジバンダリ(笑)
無題
どもども!
あっ!見事に引っ掛かりました!!
てっきり男同士の友情だと思ったのに、相手は女生徒だったんだねw
出来れば男同士で愛を深めてもらった方が良かったんだけど…愛の劇場のヒントとして(爆)
あっ!見事に引っ掛かりました!!
てっきり男同士の友情だと思ったのに、相手は女生徒だったんだねw
出来れば男同士で愛を深めてもらった方が良かったんだけど…愛の劇場のヒントとして(爆)
Re:無題
愛の劇場(爆)
でも、権田先生、今若い女の子のお世話に夢中ですからねぇ(笑)
放って置かれた二人が何か企んでたりして(^^;)
でも、権田先生、今若い女の子のお世話に夢中ですからねぇ(笑)
放って置かれた二人が何か企んでたりして(^^;)
こんばんは
>使うj事
へい!まいどあり~ <ツッコミの件(笑)
あきらは最初から女生徒?
一瞬、手術で性転換したのかと思ったよ。
まぁ、騙されたってことか。
写真にも、絵にも、それぞれ長所があるかな?
即効性では写真だが、メッセージ性があるのは絵かな?
実際、モンタージュとかより、似顔絵の方が、捜査の時に役に立つって話もあるしね。
へい!まいどあり~ <ツッコミの件(笑)
あきらは最初から女生徒?
一瞬、手術で性転換したのかと思ったよ。
まぁ、騙されたってことか。
写真にも、絵にも、それぞれ長所があるかな?
即効性では写真だが、メッセージ性があるのは絵かな?
実際、モンタージュとかより、似顔絵の方が、捜査の時に役に立つって話もあるしね。
Re:こんばんは
うおう☆
あきらちゃんは元から女生徒ですよ~。どっちでも使える名前には要注意(笑)
似顔絵って実際の姿から更に色濃くその人の特徴を抽出している様な。
芸術面では何れも本人の腕と感性次第かも。
あきらちゃんは元から女生徒ですよ~。どっちでも使える名前には要注意(笑)
似顔絵って実際の姿から更に色濃くその人の特徴を抽出している様な。
芸術面では何れも本人の腕と感性次第かも。