〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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然程遠くないサイレンの音、そして通り魔が出たと囁き交わす近隣住民の声を聞いた時、私はあの人だと直感した。
この夕暮れの住宅街の外れで、二十歳代の長髪の男性が脇腹を刺されて倒れていたと言う。生死迄は噂話では解らなかったが。せめて助かっていて欲しいと、私は手を握り合わせた。
そして念の為に戸締りにと立った時、その玄関のドアが遽しく、開けられた。
期せずして鉢合わせした私達は、暫くお互いに固まった儘、向き合っていたと思う。が、やがて、やはり遽しくドアが閉められ、鍵が回る音がした。
相手が一言、声を発したと同時に、それに被せる様に私は話し出した。
「ゆたかさん?」私は自分でもぎこちないと解る笑顔を浮かべて言う。「どうしたの? さ、上がって?」
「え……? ああ……」途惑った男の声が応じる。私と同じ、二十歳代。女性としては背の高い私よりもやや上から、声が降ってくる。「少し……邪魔する」
私はリビング・キッチンへと繋がる廊下の電気を点けて、彼を招き入れた。
この夕暮れの住宅街の外れで、二十歳代の長髪の男性が脇腹を刺されて倒れていたと言う。生死迄は噂話では解らなかったが。せめて助かっていて欲しいと、私は手を握り合わせた。
そして念の為に戸締りにと立った時、その玄関のドアが遽しく、開けられた。
期せずして鉢合わせした私達は、暫くお互いに固まった儘、向き合っていたと思う。が、やがて、やはり遽しくドアが閉められ、鍵が回る音がした。
相手が一言、声を発したと同時に、それに被せる様に私は話し出した。
「ゆたかさん?」私は自分でもぎこちないと解る笑顔を浮かべて言う。「どうしたの? さ、上がって?」
「え……? ああ……」途惑った男の声が応じる。私と同じ、二十歳代。女性としては背の高い私よりもやや上から、声が降ってくる。「少し……邪魔する」
私はリビング・キッチンへと繋がる廊下の電気を点けて、彼を招き入れた。
「ちょっと待っていてね。珈琲でも淹れるから。インスタントだけどね」皓々と明かりの点いたリビングで落ち着かなさそうにしている彼に、私はそう言ってカウンターを回り込んでキッチンに立つ。
と、その後を足音を忍ばせて付いて来る気配。私が通報するとでも思っているのだろう。私が何でもない風を装っても、この住宅街の騒ぎから事件を知らない筈が無い、その考えは確かに間違いない事だし。
それともキッチンから刃物を取って来るとでも思ったのだろうか。
だけど、私は勿論、通報なんてしないし、ナイフさえ手にしない。
元々、カウンターのこちら側には電話の子機も無いし、携帯電話はリビング側に置いた儘にしてある。
大体、私がゆたかさんを疑う筈が無いじゃないの?
私は只、二人分の珈琲をゆたかさんの為に淹れ、残っていたクッキーを添えて布巾で拭いたトレーに乗せ、テーブルに運んで行く。香ばしい香りが漂った。
彼もそれを見て落ち着いた様子でソファに戻り、しかし直ぐにはカップにもクッキーにも手を付ける気配は無かった。
サイレンを鳴らして、外をパトカーが幾台も通り過ぎる。その度に息を呑む気配が伝わってきた。
だけど私はそれに眉を顰めながらも、不安を紛らわす様に彼に話し掛けた。
「やけにパトカーが多いわね。何か事件があったみたいだけど、未だ犯人の手掛かりは無いのかしら?」珈琲のカップをソーサーに戻しながら不安げに耳をそばだてる。
「さ、さぁ……」落ち着きの無い声が短く返る。
「でも良かったわ。ゆたかさんが来てくれて。今夜は両親とも深夜迄帰らないし、周りは騒々しいし、不安だったの」
「そうか……」やっぱり短い返事。それでも漸く落ち着いたのか、それとも緊張に喉が渇いたのか、取っ手の向きを変えてカップを手にする音。
私が窓外に気を取られながらもカップに手を伸ばすと、彼は危なっかしそうにその手をカップへと引いてくれた。
「あ、有難う。よく溢しちゃうのよね、私」微苦笑しながらも、一口含む。
その私を注視している気配を感じながらも。
「お夕飯、どうしましょう? 私の分は用意してあるのだけど……」
「いや、いい……」そう言って、クッキーに手を伸ばす。「君は遠慮せずに……」
「そう? じゃ、ごめんなさいね」私はそう言って席を立った。
その直後――珈琲セットの引っ繰り返る音、そして彼が倒れるがした。
早々に通報した為、彼は命を取り留めたらしい。
そして脇腹を刺された彼も――溝口ゆたかさんも助かった。だから、これでよかったのだ。
勿論、彼がゆたかさんでない事なんて最初から解っている。声を聞いて人違いをした様に見せただけ。
彼がこの家に飛び込んで来たのは只の偶然? それとも私に機会をくれたのかしら? 大事な友達を傷付けた人を罰する機会を。
それにしても彼は疑い深かった。私が珈琲に口をつける迄待ち、その安全を確認してから私のカップを手に取った。そして私がカップを取ろうとすると、自分の前にあったカップを私の手を引いて取らせた。
私が人違いという芝居をして彼を刺激しないようにしながらも、毒でも盛らないか、相当疑心暗鬼になっていたみたいね。
だから――やっぱり全ては偶然よね。
濃い消毒剤に漬けていて、水気を拭き取ったばかりのトレーの持ち手から私の手に移った化学物質が、手を引いた彼の手に移り、更にはその手で取って口に運んだクッキーに移ったのだって、只の偶然。
だって私は眼が見えないのだもの。何が出来て?
―了―
やっぱり偶然よね(笑)
と、その後を足音を忍ばせて付いて来る気配。私が通報するとでも思っているのだろう。私が何でもない風を装っても、この住宅街の騒ぎから事件を知らない筈が無い、その考えは確かに間違いない事だし。
それともキッチンから刃物を取って来るとでも思ったのだろうか。
だけど、私は勿論、通報なんてしないし、ナイフさえ手にしない。
元々、カウンターのこちら側には電話の子機も無いし、携帯電話はリビング側に置いた儘にしてある。
大体、私がゆたかさんを疑う筈が無いじゃないの?
私は只、二人分の珈琲をゆたかさんの為に淹れ、残っていたクッキーを添えて布巾で拭いたトレーに乗せ、テーブルに運んで行く。香ばしい香りが漂った。
彼もそれを見て落ち着いた様子でソファに戻り、しかし直ぐにはカップにもクッキーにも手を付ける気配は無かった。
サイレンを鳴らして、外をパトカーが幾台も通り過ぎる。その度に息を呑む気配が伝わってきた。
だけど私はそれに眉を顰めながらも、不安を紛らわす様に彼に話し掛けた。
「やけにパトカーが多いわね。何か事件があったみたいだけど、未だ犯人の手掛かりは無いのかしら?」珈琲のカップをソーサーに戻しながら不安げに耳をそばだてる。
「さ、さぁ……」落ち着きの無い声が短く返る。
「でも良かったわ。ゆたかさんが来てくれて。今夜は両親とも深夜迄帰らないし、周りは騒々しいし、不安だったの」
「そうか……」やっぱり短い返事。それでも漸く落ち着いたのか、それとも緊張に喉が渇いたのか、取っ手の向きを変えてカップを手にする音。
私が窓外に気を取られながらもカップに手を伸ばすと、彼は危なっかしそうにその手をカップへと引いてくれた。
「あ、有難う。よく溢しちゃうのよね、私」微苦笑しながらも、一口含む。
その私を注視している気配を感じながらも。
「お夕飯、どうしましょう? 私の分は用意してあるのだけど……」
「いや、いい……」そう言って、クッキーに手を伸ばす。「君は遠慮せずに……」
「そう? じゃ、ごめんなさいね」私はそう言って席を立った。
その直後――珈琲セットの引っ繰り返る音、そして彼が倒れるがした。
早々に通報した為、彼は命を取り留めたらしい。
そして脇腹を刺された彼も――溝口ゆたかさんも助かった。だから、これでよかったのだ。
勿論、彼がゆたかさんでない事なんて最初から解っている。声を聞いて人違いをした様に見せただけ。
彼がこの家に飛び込んで来たのは只の偶然? それとも私に機会をくれたのかしら? 大事な友達を傷付けた人を罰する機会を。
それにしても彼は疑い深かった。私が珈琲に口をつける迄待ち、その安全を確認してから私のカップを手に取った。そして私がカップを取ろうとすると、自分の前にあったカップを私の手を引いて取らせた。
私が人違いという芝居をして彼を刺激しないようにしながらも、毒でも盛らないか、相当疑心暗鬼になっていたみたいね。
だから――やっぱり全ては偶然よね。
濃い消毒剤に漬けていて、水気を拭き取ったばかりのトレーの持ち手から私の手に移った化学物質が、手を引いた彼の手に移り、更にはその手で取って口に運んだクッキーに移ったのだって、只の偶然。
だって私は眼が見えないのだもの。何が出来て?
―了―
やっぱり偶然よね(笑)
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Re:こんばんは
取り敢えず状況からの判断と、「ゆたかさん?」と問い掛けてみて普通の人なら否定する筈がそれをしないどころか、彼女が見えないと悟って話に乗ってきた――という所で。
勿論、それ以降は偶然な訳もないですが(笑)
勿論、それ以降は偶然な訳もないですが(笑)
冴えてる?
目が見えないだろうってのは途中でわかった☆
ゆたかさんってのも多分どっか違うのかなって思った!今日は冴えてるかもぉ(^^)
長編↓は自分に余裕があるときに伺いますね。。。ゆっくり読みたいからあえて封印m(__)m
ゆたかさんってのも多分どっか違うのかなって思った!今日は冴えてるかもぉ(^^)
長編↓は自分に余裕があるときに伺いますね。。。ゆっくり読みたいからあえて封印m(__)m
Re:冴えてる?
おおう、見抜かれましたか(^^;)
冴えてますね。
もしくは書き方の癖に慣れられてきたかな?
長編は気が向いた時にでもどうぞ~。の~んびり進めますんで。
冴えてますね。
もしくは書き方の癖に慣れられてきたかな?
長編は気が向いた時にでもどうぞ~。の~んびり進めますんで。
おはよう☆
うーん。タイミングよすぎやしない?
まぁ、彼女としては、それを利用したんだろうけどさ。
被害者がゆたかさんじゃなくても、相手は犯人だしねー
でも、いきなり家に来たのに、落ち着き払って仕返し…女は恐いねぇ
冒頭の漢字が読めなかったよ。さほど?
まぁ、彼女としては、それを利用したんだろうけどさ。
被害者がゆたかさんじゃなくても、相手は犯人だしねー
でも、いきなり家に来たのに、落ち着き払って仕返し…女は恐いねぇ
冒頭の漢字が読めなかったよ。さほど?
Re:おはよう☆
うん、さほど。
ふふふ……タイミングが悪かったら、話が始まりません(笑)
まぁ、トレーを消毒剤に漬けてなかったら、偶然あった殺虫剤でも使ったかも?(^^;)
ふふふ……タイミングが悪かったら、話が始まりません(笑)
まぁ、トレーを消毒剤に漬けてなかったら、偶然あった殺虫剤でも使ったかも?(^^;)
おはようこざいます
昨夜は珍しく早くにオチてしもたので、朝からお邪魔します。
こりゃまたミステリど真ん中じゃないですか!
巽さんの叙述ミステリ、久しぶりな気がします。
女だからってナメてるとエライ目に遭うよん♪といいたいけど、生命かかってるよこの女性も★男がおバカな犯人でなくて良かったねえ。
こりゃまたミステリど真ん中じゃないですか!
巽さんの叙述ミステリ、久しぶりな気がします。
女だからってナメてるとエライ目に遭うよん♪といいたいけど、生命かかってるよこの女性も★男がおバカな犯人でなくて良かったねえ。
Re:おはようこざいます
うん、逆に気を回し過ぎて嵌まってる(笑)
最初に彼女がぎこちな~くしてたので、やっぱり疑心暗鬼?
それも偶然♪ と彼女は言い張ったり☆
最初に彼女がぎこちな~くしてたので、やっぱり疑心暗鬼?
それも偶然♪ と彼女は言い張ったり☆
出来すぎた偶然かな?
ほぉ~んとぉ~は、計算されてたんじゃないかなぁ~!だって目の見えない人って凄く感が鋭いとか?耳も良いし!でも・・・やっぱり偶然かなぁ・・・・来るとは限ってないもんねぇ!
来た瞬間に察知して、素早く作戦立てたかな?
来た瞬間に察知して、素早く作戦立てたかな?
Re:出来すぎた偶然かな?
来るとは限らない――此処に隠れようとした犯人は運が悪かったかも?
兎に角偶然の事故ですからねぇ。犯人が毒の付いた手でクッキー食べちゃったのは。尤も、彼女、珈琲は飲んで見せてもクッキーには手を付けてないけど。ぐーぜんですよねー(笑)
偶然の事故だから、毒を飲ませたと彼女を罰する事も……ねぇ(笑)
兎に角偶然の事故ですからねぇ。犯人が毒の付いた手でクッキー食べちゃったのは。尤も、彼女、珈琲は飲んで見せてもクッキーには手を付けてないけど。ぐーぜんですよねー(笑)
偶然の事故だから、毒を飲ませたと彼女を罰する事も……ねぇ(笑)
こんにちは★
女子は冷静にそういうことをするから怖いよね(@_@)
でも、お盆を触った手をとって、その手で(きっと指先だよね?)クッキー食べて倒れちゃうかな?
ハイ○ーとかだと、臭いで気が付かれちゃいそう(>_<)
ところで、犯人は顔見知り?
友達に恨みがあって殺して、その人が目が見えないからって逃げ込んだわけじゃないのかな?
でも、お盆を触った手をとって、その手で(きっと指先だよね?)クッキー食べて倒れちゃうかな?
ハイ○ーとかだと、臭いで気が付かれちゃいそう(>_<)
ところで、犯人は顔見知り?
友達に恨みがあって殺して、その人が目が見えないからって逃げ込んだわけじゃないのかな?
Re:こんにちは★
んにゃ。そこは全くの偶然です。知人だったら彼女が声で「ゆたかさん」と間違えたと思う訳は無いので。
不運な犯人です。
匂いはある程度珈琲の香りで誤魔化してたり(^^;)
彼女が手にしたカップを、見えないからと摩り替えた時にも取っ手から移ってるな、そう言えば(笑)
不運な犯人です。
匂いはある程度珈琲の香りで誤魔化してたり(^^;)
彼女が手にしたカップを、見えないからと摩り替えた時にも取っ手から移ってるな、そう言えば(笑)
Re:こんにちは~。
や~、偶然って怖いですね!(笑)
……偶然を呼び込む体質とか……あるかも知れない(苦笑)
……偶然を呼び込む体質とか……あるかも知れない(苦笑)
Re:おぉ~
有難うございます(^^)
眼が見えない、然も女性だからってなめたらあかんで~という話☆
眼が見えない、然も女性だからってなめたらあかんで~という話☆
無題
こんばんわ(^o^)丿
すごい。。機転の利く女性ですね!
あっぱれです☆
ゆたかさんが助かってよかったです(^^)
ひと刺した後にクッキー食べれるなんて、
私でも無理そう!とんでもない奴っすね!
巽さんの小説読むと、絶対珈琲飲みたくなっちゃう。早速珈琲入れて、松本清張特別企画を見なくては~(*^_^*)
すごい。。機転の利く女性ですね!
あっぱれです☆
ゆたかさんが助かってよかったです(^^)
ひと刺した後にクッキー食べれるなんて、
私でも無理そう!とんでもない奴っすね!
巽さんの小説読むと、絶対珈琲飲みたくなっちゃう。早速珈琲入れて、松本清張特別企画を見なくては~(*^_^*)
Re:無題
珈琲(^^;)
私は昨夜、これ書いた後、クッキー食べた(笑)
太る~(汗)
私は昨夜、これ書いた後、クッキー食べた(笑)
太る~(汗)
Re:こんばんは
盲目だったのよ☆
だから殆ど、声とか音とか匂いの情報ばっかりなのを誤魔化して書いてる(笑)
だから殆ど、声とか音とか匂いの情報ばっかりなのを誤魔化して書いてる(笑)