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突然の雷雨から逃れて駆け込んだ店は、もう初秋だと言うのに、冷房が効いていた。
走った事でやや温まっていた身体が、濡れていた所為もあって一気に冷える。美園はぞくりと身震いした。その鼻腔に、甘ったるい芳香がこれでもかとばかりに押し寄せる。香を焚き込めている様だ。
雷に追われる様に慌てて駆け込んだものの、一体何の店だろう?――彼女は改めて店内を見回し……絶句した。
入り口や窓といった開口部を除いた壁一面を埋めるのは、棚に並べられた数々の人形。ビスクドールというのだろうか、冷たい磁気の肌と、硝子の瞳、フリルやレースのふんだんに使われた古風な衣装……。そのどれもが手の込んだ、美しい物ではあったが、自分を見下ろすその圧倒的な数と雰囲気に、美園は完全に飲まれてしまった。
店の奥の方に、それらの人形に埋まるかの様にしてカウンターがあり、その奥に店主らしき男が居た。ドアに付けられたベルがけたたましく鳴ったのにも構わず、人形の服の襞を繊細な手付きで手直ししている。商売っ気は全くと言っていい程、ない様だった。
これはタオル一枚、出してもくれなさそうだ――そう思っていたら、無造作に、タオルが投げ掛けられた。
慌てて礼を言うと、男はじろりと彼女を見て、周りの人形を濡らされては困る、とぼやく様に言った。
これは万が一にも人形を汚したりすれば、この雷雨の中に叩き出されそうだと、美園は身を縮こまらせて、足元から這い上がる様な寒さに耐えた。
それにしても、アンティーク人形店で、何故こんなに冷房が必要なのだろう――止まぬ雨を恨めしげに見ながら、美園は考えた。食料品専門のスーパーでさえ、こんなに冷えてはいない、と。
そして店主は無愛想。
自分が迷い込んで以降、誰も来ないのも頷ける。
大体、此処の人形はビスクドールとしても大型で、値段もそれなりに張るものだと思われた。そうそう、気軽に人が訪れる様な店ではないのだろう。
美園自身とて、この雷雨に遭わなければ自分が住む街にこんな店がある事さえ、知らない儘だっただろう。
そんな事をつらつらと考えている内に、雨脚は弱まり、雲もその厚さを減じて行った。雷の音も遠ざかっている。
彼女はほっとして、タオルを返し、礼を言って出ようと店の奥へと足を踏み出した。
が、その脚は男の声によって止められた。タオルは玄関のドアノブに掛けて置けばいい、と。
そんなにうっかり人形を汚しそうに見えるのかと、些か憤然としながらも、美園は頭を下げ、言われた通りにタオルをドアノブに掛けて店を出た。
こんな店、二度と来るものか、と。
ところが数日後、彼女はまた、その店に行く羽目となった。
情報提供者の一人として――尤も、彼女は大して情報を持ってはいなかったのだが。
警官に受けた説明では、何でも店主の男は、外人墓地から子供の遺体を盗み出しては、人形の中にそれを仕込み、その数体をこの店に置いていたらしい。決して、売りはしなかったそうだが。
だから異様に冷房を効かせ、更には香を焚き込めていたのか――美園は改めて、ぞっとした。
―了―
取り敢えずこんな店は嫌だ(--;)
痕は残るだろうけど……非売品の人形は自分からは見え易く、客からはよく見えない所に配置してみたり。