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砂漠の「漠」という字は水を表すさんずいに、ないを意味する莫で水が無い事を意味するんだったっけ――そんな現時点ではどうでもいい事を、僕の頭は勝手に思い出していた。意識の方は最早朦朧として、何かを考える気力もないと言うのに。
いや、その意識にも只一つだけ、今の僕の行動力の源とでも言うべきものがあった。
「水……」渇き切った喉から出たのは自分のものとは思えない程に嗄れた声。いや、寧ろ声になったのが不思議な位かも知れない。
それ程に、僕は渇き切っていた。
砂がどこ迄も広がる砂漠ならぬ、とある山中の廃屋の地下に伸びる道を彷徨い歩きながら。
事の起こりは夏の夜の暑さに辟易し、友人に誘われて廃屋探検などと子供じみた事を目論んだ所為だった。
兼ねてから噂には聞いていた山中に打ち捨てられた廃屋。勿論、幽霊が出るなんて話は信じちゃいない。本当に信じてたら行けるもんか。只、空気の澄んだ山中なら排気ガスに覆われた街中よりは涼しいだろうという事と、やはりちょっとした刺激を求めて、僕らはそれを決行してしまったのだ。
元は別荘か何かだったと思われる二階建ての洋館。今では僕等の様な不心得者の仕業だろうか、残された家具も壊され、壁にも落書きが一杯。こんな所に来る馬鹿は自分達だけじゃないんだと、友人と顔を見合わせて苦笑した。
こんな時、何故人は同じ様に名前を刻みたくなるのだろう? 誰も見やしないだろうに、自分も怯える事なく来たぞと主張したいのか、釣られるのか。
傍らのテーブルに、誰かが忘れて行ったものか未だ充分に使えるマジックがあったのも、僕を愚考に走らせた要因かも知れない。
ともあれ僕は友人が見付けた比較的名前を記す余地がありそうな壁の前に立ち、彼の持つ懐中電灯の小さな明かりの中、マジックのキャップを取り――直後に起こったのは足元の床が瓦解する音と、突然の浮遊感、それに続く抗えない落下感。
そして激しい痛みと共に、僕は意識を失った。
僕は肩を落としつつも、身体の痛みの原因を手探りで確かめた。序でに辺りの様子も。
どうやら僕が落ちたのは洋館の地下室、あるいは地下道で、それも崩れた土壁の残骸が堆積した場所らしかった。床そのものは石畳の様だったので、これはラッキーと言えるだろう。お陰で傷む原因は打撲のみ。骨折している様子もない。
只、僕が落ちた衝撃で舞い上がったのだろう、埃や砂が細かい粉塵となって辺りに漂い、僕の目と喉を痛めつける。
咳込みながら、僕は友人の名を呼んだ。あの時彼は少し離れた位置から僕と壁を照らしていたから、落下に巻き込まれたとは考え難い。
とすれば上で僕を心配して狼狽えているか、この地下への道を捜しているか、それとも自分の手には負えないと助けを呼びに行ったか。
そのいずれにせよ、彼の答えは無かった。
二度、三度と呼び掛けながらも、僕は待ってみる。動けない程の傷みではなかったが、彼がこの場所を目当てに捜してくれているとすれば、下手に動かない方がいいだろう。
しかし、どれだけ待っても彼は来ない。救助の人間が来る気配もない。いや、それどころか、彼の気配すら……?
真逆、置き去りにされたのか!?――僕はその想像に戦慄した。
それから、多分一時間位だろうか――実際にはもっと短い時間だったんだろうと思うが――痛みが和らぐのを待ちながら、僕はその場に留まっていた。やはり彼か救助隊が来てくれるかも知れない、その願いが捨て切れなかった。
だが、洋館は相変わらず沈黙した儘だった。救助隊が来れば勿論、例え彼がこの場に来る道を捜しあぐねていたとしても、一度はこの頭上に開いた穴から呼び掛けるだろう。無事か? と。
だがそんな気配は微塵もない。
奴は僕を置き去りにした上に、それを誰にも告げていないのか? 匿名の通報さえしていないのか?
僕が致命的な怪我でも負っていたら、どうする心算なんだ!?
幸いにもそれ程の怪我もない僕の身体は、込み上げる怒りに痛みも忘れた。
兎に角此処から出る。そして奴を捕まえて最低一発はぶん殴ってやる。
その思いを力に、僕は暗闇の中を歩き始めた。
歩き始めて直ぐ、石畳の床に転がっていた円筒形の物を踏んづけて、危うく転びそうになった。何かと探ってみれば、落下の際に手にしていたマジックだった。明かりがあれば地下迷宮を抜ける目印を書き込む位の役には立ったろうにと肩を竦め、僕はそれを土砂の山に突き立てた。
手探りで歩く。壁は意外に乾燥していて、どこ迄も続いている。どうやら地下室ではなく、地下道の様だ。
乾燥しているという事はどこかに風の通る穴があるのだろう。それが外へと通じる出入り口であればいいのだがと、淡い望みを掛けながら、僕は歩き続けた。
だが、唾で湿らせた指に微弱な風を受け、辿り着いたのは突き当たりの壁に穿たれたほんの小さな通風孔らしき穴。どれだけ探ってみてもドアらしきものも階段もない。肩を落としながらも僕はUターンした。
そして、通路の逆の突き当たりにあったのは粗末な木のドア。この先に階段があるのかも知れないと、僕は機器としてそれを開けた。
が、そこに広がるのはこれ迄と同じ様な、いや、床が石畳から土に変わった、通路。
それだけだった。
何でだよ、と呟こうとして喉の渇きと痛みに断念した。埃と土を巻き上げながら歩き回っていた所為だろう、喉はからからに干上がっていた。
これ迄探ってみた所、地下通路には何も無かった。せめて貯蔵用の水でも置いといてくれたらよかったのに――この洋館が捨てられて、もう何十年経つのか知らないけれど。
兎も角、この通路の先に階段なり外への出入り口なりがあるかも知れない。何しろ明かりも無く、先が見通せないのだ。行ってみるしかない。
そうして僕は更なる通路に脚を踏み出し――未だに彷徨っているという訳だ。
出口と、今は何よりも水を求めて。
ところであの場にマジックがあったのは偶然だったのだろうか――僕の頭はやはり今現在どうでもいい事を考え続ける――今思えば、妙に丁寧にテーブルの上に載っていたのではないか? あれだけ荒れた部屋の中で、テーブルが傾く事もなく立っていたのも、おかしくはないか?
丸で、誰かが僕に落書きをさせる為に、あの場にセッティングした様な……。
誰かって、誰が?
あの壁に隙間を見付けて僕に教えた、呼び掛けに応えない友人。僕を置き去りにした友人。
僕はぶるりと頭を振って、思考を打ち払う。
今はどうでもいい事だ。そんな事は此処を抜け出してから……。
「や……つを、ぶち……してから、か……がえれば……い……」最早喉と舌は言葉を紡がない。
けれど、その思考が呼び覚ました怒りと殺意は僕の新たな力となり、先へと進む原動力に加わった。
先へ――奴の元へと。
―了―
くーらーいー。
色んな意味で暗い(--;)
この洋館って一体……?
人の心には疑心暗鬼という鬼が棲む……かも。
afoolさんの専売特許ですが…
突っ込んでもイイかな??
>この先に階段があるのかも知れないと、僕は機器としてそれを開けた。
機器→喜々としてじゃないかい?
これも一つの危機(笑)
まぁ、道なんだからいずれは果てがあるかも。