〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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今日敦美は、一泊しなかった。
例年なら夏休み中に幾度か、我が家に来ては泊まって帰っていたのに。ほんの数時間顔を見せただけの日帰りは初めてで、私と妻は物足りない様な、寂しい様な思いで夕空に彩られたその背を見送った。
子供はいつか離れて行く。
孫だって幼い頃はお祖父ちゃん、お祖母ちゃんと懐いてくれても、自分自身の人間関係が広がるにつれて、いずれはこの田舎屋にも来なくなる――それは解っていた筈だったのに。
高校に上がって、未だ来てくれるのならいい方だよと、友人達は彼等の孫を引き合いに出す。来たとしてもお祝いだとか、お年玉を貰える時だけ、ちらっと顔を見せるんだ、まぁ、独り暮らしの老人の家なんて面白い物も無いからなぁ、と。
私もそう考えて自分を慰める。あの子にだって友達も居れば、何かと用事もあるだろう。高校二年生ともなれば尚更、夏休みと言えども遊んでいられないのかも知れない。その中で時間を作って来てくれたのだと思えば、短時間の滞在でも、あの子の優しさに触れる気がした。
その敦美から、帰宅後に電話が一本入った。
〈お祖父ちゃん、今日はごめんね。何だか急いで帰っちゃって〉
「いやいや、あっちゃんももう高二だし、何かと忙しいんだろう?」
〈まぁ……ね。あ、お祖母ちゃんにね、貰って帰った稲荷寿司、いつも通り美味しかったって伝えて〉
孫が来ると、妻はいつも稲荷寿司を作る。いつもはそれが夕食なのだが、これからおかずの支度を、と腰を上げた矢先に敦美が帰宅を告げたのだ。今日も泊まるものと思っていただけに妻は残念そうな顔をしながらも、作ってあった稲荷を容器に詰めて、彼女に持たせたのだ。
〈それで……ね、また、落ち着いたら行くからね。その時は、私が稲荷寿司作って行って上げる。お祖母ちゃんには敵わないけど……〉
「おお、それは楽しみだ」本心からそう言いながら、私は孫の声に異変を感じていた。
泣いている?――感情を押し殺し、明るい声を作ろうとしている様だが、時折混じるしゃくり上げる様な音が、それを窺わせた。
「何か、あったのか?」もしかしたらそれが、今日の帰宅へと繋がったのかも知れないと、私は訊いてみる事にした。
敦美は一瞬、ひゅっと息を吸う音を残して、呼吸を止めた。
そして、やはり笑い泣きの声で、こう言った。
〈ううん、何でもないよ。また行くからね……お祖父ちゃんが落ち着いた頃に〉
私はいつでも落ち着いている心算だった。
どんな時でも、どんな事があっても。
しかし、受話器を置いて、独りの部屋を見渡し、仏壇の線香の香りに、はっと我に返った。
仏壇の中には妻の遺影――そうだ、彼女は今年の春に死んだのだ。
だのに私はそれを受け入れられず、丸で妻が今でも生きているかの様に、生前の彼女がそうしていた様にご飯の支度をし、掃除をし……たった一人で会話をした。おい、とか、ええ、とか、恐らくは本人同士にしか解らない様な、簡潔でかつ親しみの籠もった会話。彼女としか、成立し得ない会話を。
苦い笑いが込み上げてきた。
今日、孫の前でも私はそうしていたのだ。妻が作っていた見様見真似で稲荷寿司を作り、夕餉の支度をと妻に声を掛け……。敦美は気味悪く思ったのか、それともこの老人を哀れに思ったのか――恐らくは後者であろう。
だからこその泣き笑いだったのだろう。
そして、妻を喪った事を受け入れられずにいた私の顔にも、同じ笑いが今、浮かんでいるのだろう。
頬を伝うものがそれを、教えてくれていた。
―了―
暑い~(--;)
集中力がねぇ~☆
例年なら夏休み中に幾度か、我が家に来ては泊まって帰っていたのに。ほんの数時間顔を見せただけの日帰りは初めてで、私と妻は物足りない様な、寂しい様な思いで夕空に彩られたその背を見送った。
子供はいつか離れて行く。
孫だって幼い頃はお祖父ちゃん、お祖母ちゃんと懐いてくれても、自分自身の人間関係が広がるにつれて、いずれはこの田舎屋にも来なくなる――それは解っていた筈だったのに。
高校に上がって、未だ来てくれるのならいい方だよと、友人達は彼等の孫を引き合いに出す。来たとしてもお祝いだとか、お年玉を貰える時だけ、ちらっと顔を見せるんだ、まぁ、独り暮らしの老人の家なんて面白い物も無いからなぁ、と。
私もそう考えて自分を慰める。あの子にだって友達も居れば、何かと用事もあるだろう。高校二年生ともなれば尚更、夏休みと言えども遊んでいられないのかも知れない。その中で時間を作って来てくれたのだと思えば、短時間の滞在でも、あの子の優しさに触れる気がした。
その敦美から、帰宅後に電話が一本入った。
〈お祖父ちゃん、今日はごめんね。何だか急いで帰っちゃって〉
「いやいや、あっちゃんももう高二だし、何かと忙しいんだろう?」
〈まぁ……ね。あ、お祖母ちゃんにね、貰って帰った稲荷寿司、いつも通り美味しかったって伝えて〉
孫が来ると、妻はいつも稲荷寿司を作る。いつもはそれが夕食なのだが、これからおかずの支度を、と腰を上げた矢先に敦美が帰宅を告げたのだ。今日も泊まるものと思っていただけに妻は残念そうな顔をしながらも、作ってあった稲荷を容器に詰めて、彼女に持たせたのだ。
〈それで……ね、また、落ち着いたら行くからね。その時は、私が稲荷寿司作って行って上げる。お祖母ちゃんには敵わないけど……〉
「おお、それは楽しみだ」本心からそう言いながら、私は孫の声に異変を感じていた。
泣いている?――感情を押し殺し、明るい声を作ろうとしている様だが、時折混じるしゃくり上げる様な音が、それを窺わせた。
「何か、あったのか?」もしかしたらそれが、今日の帰宅へと繋がったのかも知れないと、私は訊いてみる事にした。
敦美は一瞬、ひゅっと息を吸う音を残して、呼吸を止めた。
そして、やはり笑い泣きの声で、こう言った。
〈ううん、何でもないよ。また行くからね……お祖父ちゃんが落ち着いた頃に〉
私はいつでも落ち着いている心算だった。
どんな時でも、どんな事があっても。
しかし、受話器を置いて、独りの部屋を見渡し、仏壇の線香の香りに、はっと我に返った。
仏壇の中には妻の遺影――そうだ、彼女は今年の春に死んだのだ。
だのに私はそれを受け入れられず、丸で妻が今でも生きているかの様に、生前の彼女がそうしていた様にご飯の支度をし、掃除をし……たった一人で会話をした。おい、とか、ええ、とか、恐らくは本人同士にしか解らない様な、簡潔でかつ親しみの籠もった会話。彼女としか、成立し得ない会話を。
苦い笑いが込み上げてきた。
今日、孫の前でも私はそうしていたのだ。妻が作っていた見様見真似で稲荷寿司を作り、夕餉の支度をと妻に声を掛け……。敦美は気味悪く思ったのか、それともこの老人を哀れに思ったのか――恐らくは後者であろう。
だからこその泣き笑いだったのだろう。
そして、妻を喪った事を受け入れられずにいた私の顔にも、同じ笑いが今、浮かんでいるのだろう。
頬を伝うものがそれを、教えてくれていた。
―了―
暑い~(--;)
集中力がねぇ~☆
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Re:こんばんは☆
お祖父ちゃん、気付かなかったらいつ迄もお祖母ちゃんと一緒に居る気分だったかも。
傍から見てるとやっぱり痛々しいですよね。
傍から見てるとやっぱり痛々しいですよね。
Re:おはよう!
気付きましたか( ̄ー ̄)
友人の話と思ってスルーするか、ん? と思うか。
う~む、引っ掛からなくなってきたな(笑)
友人の話と思ってスルーするか、ん? と思うか。
う~む、引っ掛からなくなってきたな(笑)
Re:無題
こらーっ!(^^;)
それより猫嫌いの社長……(以下自粛)
それより猫嫌いの社長……(以下自粛)
こんにちは♪
なかなか死んだという事を受け入れられなくて、
つい今でも生きているように思う・・・・
周りから見ると切ないけどねぇ・・・・
でも、つい名前を呼んでしまうなんて事は
ありますよね、呼んでしまってから、
あぁ~もういないんだと気付く。
これが高じると幻が見えたりするのかね?
つい今でも生きているように思う・・・・
周りから見ると切ないけどねぇ・・・・
でも、つい名前を呼んでしまうなんて事は
ありますよね、呼んでしまってから、
あぁ~もういないんだと気付く。
これが高じると幻が見えたりするのかね?
Re:こんにちは♪
切ないけどね……。
頭では解ってるんだけど、何か居る様な気がするって事、ありますよね(ノ_;)
頭では解ってるんだけど、何か居る様な気がするって事、ありますよね(ノ_;)