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梅雨空が僅かに晴れ間を見せたその日、千佳は傘を買いに出掛けた。
先週借りた時に壊してしまった友人の傘を、買って返そうと。
これ迄雨続きの上に何やら忙しくしているのか、肝心の友人と連絡が取れず、延び延びになってしまっていた。出掛けるには問題の壊れた傘しか無く、また、雨に濡れた路面を見ると、億劫という以上に出たくないという感情が働くのだった。
元々の彼女自身の傘は大学に置きっ放しになっていた。
だからこそ、同行した出先で急な雨に降られた彼女に、自分は家が近いからと友人は傘を貸してくれたのだ。
それなのに、壊してしまった。
――彼女の好きな水色の傘を買って、返そう。大き目の傘が好きだったもんね。壊した傘も大きかったし。
真新しい傘のデザインを思い描きながら、千佳は駅前のデパーへと歩く。
――お詫びの意味も込めて、少し上質な物にしようか? でも、余り仰々しくすると却って気を遣わせちゃうかも……。
本人に選んで貰うのが一番手っ取り早いが、生憎と未だに友人とは連絡がつかない。
――どうしてるんだろう? 携帯もずっと留守電だし。心配だなぁ。
千佳はふと、立ち止まり、携帯を取り出した。友人のアドレスを呼び出し、通話ボタンを押す。
数回のコールの後、応えたのは機械的な留守番サービスの声。溜息をついて電話を切ろうとしたものの、ふと思い直して彼女はメッセージを吹き込んだ。
「もしもーし、千佳だよー。サトちゃん、元気にしてる? ごめん、この間借りた傘ね、壊しちゃったんだ。本当、ごめんね。これから買って返しに行くからね。時間、大丈夫かな? また電話するね」
兎に角、また雨が降り出さない内に、さっさと買い物を済ませて彼女に会いに行こう。千佳は再び、歩き出した。
デパートの入り口に辿り着いた時、彼女の携帯が鳴った。慣れ親しんだメロディー。友人用に設定した着メロだった。千佳は慌てて携帯を取り出す。
「もしもし」久し振りの会話に、声が弾む。
が、返って来たのは懐疑に満ちた、友人の詰問の声だった。
〈貴女、誰? どうして千佳の携帯番号で、それも千佳の声であんなメッセージが残せるの?〉
暫し、言われた意味が解らず、千佳は狼狽えた。
「あ、あの、サトちゃん? どうしてって……私、千佳だし、これ、私の携帯だし……。何? 何で怒ってるの?」
〈何でって……。怒るわよ! 傘の事迄持ち出して……。こんな冗談、最低よ!〉
「じ、冗談? 何の事? 傘の事はごめん! 壊しちゃって。本当にうっかり……うっかり……?」詫びながら、どうして傘が壊れたのか思い出せない事に気付き、千佳は愕然とした。「あれ……? 何でだろ? 傘、何で壊しちゃったんだっけ……?」
〈何でですって? 白々しい。どうせ全て知ってるんでしょ? あの日……千佳に貸した傘は……あの大きさで視界を塞がれた千佳は、交差点を左折して来る車に気付かずに……。その時、傘も、千佳の携帯も壊れたのよ! だから、この番号で掛けてこられる筈がないの! なのに、何度も着信があって……。況してや……何で? 何でそんな……千佳そっくりの、ううん、本人としか思えない声なの……? 千佳、もう……居ないのに……!〉
いつしか嗚咽交じりの涙声となった友人に、千佳は暫し、返す言葉もなく立ち尽くした。
――じゃあ、私は……そうだ……思い出した……思い出しちゃった。
「……サトちゃん、ごめんね。あれは傘の所為じゃないから。凄い雨と風の音で、車の音にも気付かなかった私の不注意だよ。だから、サトちゃんの所為じゃあない。私、本当にうっかり屋で……自分が死んだ事迄、今迄気付かなかったなんてね」千佳の苦笑にも、涙が混じる。「ごめん、やっぱり傘、返せないわ。私、あの世とやらに行かなきゃならないみたいだし」
〈……千佳……あんた、本当に、千佳なの?――ううん、千佳なのね。本当にどうしようもないうっかり屋さんなんだから……!〉
「ごめんね」頬を伝う涙を拭いもせずに、千佳はもう一度、詫びた。どうせこの姿も、他人の目には映っていないのだろう。「じゃ、行くね」
〈千佳!〉
愛惜と後悔、様々な思いと涙の籠った友人の声に、千佳は最期に一言残して、通話を切った。
「サトちゃん、きっとね、あの世への道はずっと雨なんだよ。残された人の涙雨。でもほら、私、壊れた傘しか持ってないから……あんまり降らせないで? ね?」
もう、泣かないで、と千佳は空を見上げた。
―了―
最近幽霊物が多いな(--;)
そしてやっぱり怖くならねー(笑)
でも、PCで見るとやっぱりない……。
なーぜー?(?_?)