〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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満員電車を乗り継いで、一年振りに帰り着いた実家は、どこか様変わりしている様に感じられた。
何だろう? と首を傾げる。
道路との境を示すブロック塀も、コンクリート製の門柱も、その奥に建つ築四十年にもなる木造の二階家も、この一年で汚れや傷みはあるだろうが、然程変わった点は見受けられない。
では一体……?
私は鉄製の門扉を開いて、庭に踏み込んだ。そして、あっと声を上げた。
我が家の庭は大した広さはないが、今でも母が手入れを続けている、小さな植物園だった。春には春の花、夏には夏野菜、秋には秋の彩り、冬には薄い雪化粧の中草花が芽吹くのを待っている。そんな四季を通じて、門扉近くに緑を添えていた柊が無くなっていた。私が物心ついた頃からそこにあって、すっかり我が家の景色の一部だったのに。今はぽっかりと、土が覗いている。
枯れたのだろうか。去年の帰省の時には全くそんな兆候は無かったけれど、
時が経てば色々と変わる事もある――解ってはいながらも何かしら寂しい思いを抱え、私は我が家のドアを開けた。
「庭の柊? ああ、それがね、おかしいのよ。今年の冬頃から急に枯れ始めて……。肥料を上げたり色々してみたんだけどねぇ。寿命だったのかしらねぇ」私の問いに、母は首を捻ってそう答えた。母の事だ。本当に色々と手を尽くしてはみたのだろう。それでもどうにもならない様な病気だったのか、寿命だったのか。
「もう植えないの?」
「それがね、これもおかしいんだけど、あの柊のあった場所、何を植えても根が着かなくて……。雑草さえ生えてなかったでしょ。別に除草もしてないのに。変よねぇ」
私は土の覗いた地面を思い出した。確かに、小さな雑草の芽さえ、そこにはなかった。
「何かしらね?」首を傾げる私に母は更に言い募る。
「それからね、柊が枯れてしまった頃からかしらねぇ、何だかこの家、寒くなった様な気がしてねぇ。夏だって言うのに長袖の服が仕舞えないのよ」そう言う母は、確かにこの夏の盛りだと言うのに、薄いながらも長袖を着ていた。
そう言えば私も、帰宅早々母が出してくれた冷たい麦茶を未だ半分程飲み残している。途中で干からびるんじゃないかと思う程かいていた汗も、早々に引いていた。
「柊が枯れた頃……今年の冬頃って、何か変わった事はなかった?」私は尋ねた。
「今言った以外には特に……。ああ、そう言えばお隣のお爺ちゃんが亡くなったわね。うちとは土地の境界線の事で散々な付き合いだったけど、ご近所さんが亡くなるとやっぱり寂しいものだわねぇ」
そうかしら?――私は内心で肩を竦めていた。あんな強欲爺、居なくなったって……。
土地の境界に関しては疾うに解決済みだった。だのにいつ迄もぐちぐち言っていたのはその爺さんだけ。顔を合わせる度に子供だった私に迄嫌味を言っていた爺さんの顔を思い出すと、寂しいとはとても思えなかった。
その夜、一年振りの両親と一緒の夕食を終え、二階の自室に引き取った私は何気無く、窓から庭を見下ろした。私の部屋の窓は隣家の方角へと開いている。
初盆だからだろう、隣家の一階の部屋にはぼんやりとした明かりが絶えず灯されていた。回り灯籠だろうか。淡い赤や青の色が障子に映ってはその姿を変えてを繰り返している。
ふと、その明かりに照らされて人影が立った。
その骨張ったシルエットに、私は慄然とした。去年の夏、家を発つ間際に見て、係わり合いにならない内にとそそくさと立ち去った記憶が蘇る。
「死んだんじゃあ……?」私は目を逸らせず、死んだ筈の隣の爺さんと思しきシルエットを見詰め続ける。
それは徐々に障子に近付き、それを開ける事もなく擦り抜け出たのは――蒼白い人魂だった。
人魂は丸で私が見ている事を知っていてそれを嘲笑っているかの様に、ゆらゆらと揺れながらも一直線に、こちらを目差して飛んで来た。
よくよく見れば――見たくはなかったがやはり目を逸らせなかったのだ――人魂の表面には件の老人の顔が浮かび、しかもそれは嫌味ったらしい笑みを浮かべていて……私は切れた。
「いい加減にしなさいよ! 死んで迄土地が欲しいの? うちの土地に入って来るんじゃない!」
怒鳴った途端、見えない境界に弾き飛ばされる様に、それは跳ね返り、そして霧散した。
後には隣家の回り灯籠が静かに色を投じ続けるだけ。
「どこ迄……強欲なのよ……!」どくどくと脈打つ鼓動を鎮めながら、私はそう吐き出した。
後に調べた所によると、柊などの常緑樹は一種の魔除けでもあったらしい。冬でも瑞々しい緑を保ち続けるその生命力が、魔を退けると考えられたのだろうか。
門という土地の入り口に柊が植わっていた我が家は知らず知らずの内にそのお陰に預かっていたらしい。只、私達家族には意識もされていなかった為に、孤軍奮闘という状態になっていた様だ。
その柊を枯らしてしまう程に、隣の爺さんの残した念は強かったのか……。
門はお祓いをした後に、再び柊を植える事となった。
今度は私達も守るから大丈夫――未だ若い柊は濃い緑の葉で、夏の日差しを力強く反射した。
―了―
暑い~。
何だろう? と首を傾げる。
道路との境を示すブロック塀も、コンクリート製の門柱も、その奥に建つ築四十年にもなる木造の二階家も、この一年で汚れや傷みはあるだろうが、然程変わった点は見受けられない。
では一体……?
私は鉄製の門扉を開いて、庭に踏み込んだ。そして、あっと声を上げた。
我が家の庭は大した広さはないが、今でも母が手入れを続けている、小さな植物園だった。春には春の花、夏には夏野菜、秋には秋の彩り、冬には薄い雪化粧の中草花が芽吹くのを待っている。そんな四季を通じて、門扉近くに緑を添えていた柊が無くなっていた。私が物心ついた頃からそこにあって、すっかり我が家の景色の一部だったのに。今はぽっかりと、土が覗いている。
枯れたのだろうか。去年の帰省の時には全くそんな兆候は無かったけれど、
時が経てば色々と変わる事もある――解ってはいながらも何かしら寂しい思いを抱え、私は我が家のドアを開けた。
「庭の柊? ああ、それがね、おかしいのよ。今年の冬頃から急に枯れ始めて……。肥料を上げたり色々してみたんだけどねぇ。寿命だったのかしらねぇ」私の問いに、母は首を捻ってそう答えた。母の事だ。本当に色々と手を尽くしてはみたのだろう。それでもどうにもならない様な病気だったのか、寿命だったのか。
「もう植えないの?」
「それがね、これもおかしいんだけど、あの柊のあった場所、何を植えても根が着かなくて……。雑草さえ生えてなかったでしょ。別に除草もしてないのに。変よねぇ」
私は土の覗いた地面を思い出した。確かに、小さな雑草の芽さえ、そこにはなかった。
「何かしらね?」首を傾げる私に母は更に言い募る。
「それからね、柊が枯れてしまった頃からかしらねぇ、何だかこの家、寒くなった様な気がしてねぇ。夏だって言うのに長袖の服が仕舞えないのよ」そう言う母は、確かにこの夏の盛りだと言うのに、薄いながらも長袖を着ていた。
そう言えば私も、帰宅早々母が出してくれた冷たい麦茶を未だ半分程飲み残している。途中で干からびるんじゃないかと思う程かいていた汗も、早々に引いていた。
「柊が枯れた頃……今年の冬頃って、何か変わった事はなかった?」私は尋ねた。
「今言った以外には特に……。ああ、そう言えばお隣のお爺ちゃんが亡くなったわね。うちとは土地の境界線の事で散々な付き合いだったけど、ご近所さんが亡くなるとやっぱり寂しいものだわねぇ」
そうかしら?――私は内心で肩を竦めていた。あんな強欲爺、居なくなったって……。
土地の境界に関しては疾うに解決済みだった。だのにいつ迄もぐちぐち言っていたのはその爺さんだけ。顔を合わせる度に子供だった私に迄嫌味を言っていた爺さんの顔を思い出すと、寂しいとはとても思えなかった。
その夜、一年振りの両親と一緒の夕食を終え、二階の自室に引き取った私は何気無く、窓から庭を見下ろした。私の部屋の窓は隣家の方角へと開いている。
初盆だからだろう、隣家の一階の部屋にはぼんやりとした明かりが絶えず灯されていた。回り灯籠だろうか。淡い赤や青の色が障子に映ってはその姿を変えてを繰り返している。
ふと、その明かりに照らされて人影が立った。
その骨張ったシルエットに、私は慄然とした。去年の夏、家を発つ間際に見て、係わり合いにならない内にとそそくさと立ち去った記憶が蘇る。
「死んだんじゃあ……?」私は目を逸らせず、死んだ筈の隣の爺さんと思しきシルエットを見詰め続ける。
それは徐々に障子に近付き、それを開ける事もなく擦り抜け出たのは――蒼白い人魂だった。
人魂は丸で私が見ている事を知っていてそれを嘲笑っているかの様に、ゆらゆらと揺れながらも一直線に、こちらを目差して飛んで来た。
よくよく見れば――見たくはなかったがやはり目を逸らせなかったのだ――人魂の表面には件の老人の顔が浮かび、しかもそれは嫌味ったらしい笑みを浮かべていて……私は切れた。
「いい加減にしなさいよ! 死んで迄土地が欲しいの? うちの土地に入って来るんじゃない!」
怒鳴った途端、見えない境界に弾き飛ばされる様に、それは跳ね返り、そして霧散した。
後には隣家の回り灯籠が静かに色を投じ続けるだけ。
「どこ迄……強欲なのよ……!」どくどくと脈打つ鼓動を鎮めながら、私はそう吐き出した。
後に調べた所によると、柊などの常緑樹は一種の魔除けでもあったらしい。冬でも瑞々しい緑を保ち続けるその生命力が、魔を退けると考えられたのだろうか。
門という土地の入り口に柊が植わっていた我が家は知らず知らずの内にそのお陰に預かっていたらしい。只、私達家族には意識もされていなかった為に、孤軍奮闘という状態になっていた様だ。
その柊を枯らしてしまう程に、隣の爺さんの残した念は強かったのか……。
門はお祓いをした後に、再び柊を植える事となった。
今度は私達も守るから大丈夫――未だ若い柊は濃い緑の葉で、夏の日差しを力強く反射した。
―了―
暑い~。
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おはよう~
柊にそんな意味が有るなんて知りませんでした~
うちの父方の祖父母の家に有ったのは銀杏でしたが…柊植えてたら、魔よけに良かったのかも知れませんね。
ま。身内自体が強欲なのばかりなんで、効き目は期待出来ないかも~(-.-;)
化けて出たら、私も一喝してやります(笑)
うちの父方の祖父母の家に有ったのは銀杏でしたが…柊植えてたら、魔よけに良かったのかも知れませんね。
ま。身内自体が強欲なのばかりなんで、効き目は期待出来ないかも~(-.-;)
化けて出たら、私も一喝してやります(笑)
Re:おはよう~
節分に柊に鰯の頭を差して飾るのも、やはり魔除け(鬼除け)だしね~。
しつこい奴には一喝してやって下さい(^^;)
しつこい奴には一喝してやって下さい(^^;)
Re:こんにちは
暑いっす~(汗)
せめて扇風機は必要っす!( ̄ー ̄)
せめて扇風機は必要っす!( ̄ー ̄)
こんにちは♪
おぉ!そう言えば柊って魔除になるそうですね!
子供の頃に済んでいた家にもありました。
しかし!この爺さん!とんでもない業突く張り
なんだねぇ~!
地獄から出れないようにしちゃうぞ!
なぁ~んてネ!(笑)
子供の頃に済んでいた家にもありました。
しかし!この爺さん!とんでもない業突く張り
なんだねぇ~!
地獄から出れないようにしちゃうぞ!
なぁ~んてネ!(笑)
Re:こんにちは♪
どうにか言い包めて隣の家の生垣を全部柊にさせるとか(笑)
そう言えば子供の頃、家にもあったな、柊。
そう言えば子供の頃、家にもあったな、柊。
おはよう☆☆
柊って、鰯の頭と一緒に節分!って感じ(^_^;)
常緑樹なんかの緑色って癒されますよね(^^)
夏は木陰が涼しいし!
死んでまで土地が欲しいって出てくるヤツは
死後の世界もろくなところに行かないだろうな〜w
常緑樹なんかの緑色って癒されますよね(^^)
夏は木陰が涼しいし!
死んでまで土地が欲しいって出てくるヤツは
死後の世界もろくなところに行かないだろうな〜w
Re:おはよう☆☆
そそ、柊と言えば節分のイメージがありますね。
死んで迄土地に執着する爺さん(然も他人様の土地)……うん、碌な所には行けんでしょう(^^;)
死んで迄土地に執着する爺さん(然も他人様の土地)……うん、碌な所には行けんでしょう(^^;)