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また、間に合わなかった――舞香は溜息をつきながら、片方だけ編み上がった手袋と残ってしまった毛糸をクローゼットの奥にしまい込んだ。
窓の外では桜が満開を迎えている。朝晩の肌寒さはあるものの、もう毛糸の手袋をプレゼントして素直に喜ばれる時期ではない。
今年もまた、渡せない儘に春になってしまった。彼女のクローゼットの奥には、色取り取りの片方だけの手袋と、同色の毛糸が詰め込まれている。手袋は年々、少しずつ、大きくなっている。それだけ贈りたい相手も、彼女自身も成長している筈だった。
なのに、やっぱり今年も贈れない儘、春――。
どうしよう、と彼女はまた、溜息を零した。
「舞香って、本当、不器用だよね」バーガーショップで昼食を摂りつつ、話を聞いた友人は言った。その口元からも、溜息が漏れる。「マフラーとかじゃ駄目なの? セーター……はまた難しいか、袖があるし」
「不器用だって、自分でも思うよ。さやか」サラダをつつきながら、舞香は言った。「でも、約束したの。手袋、私が編んで返すって」
「小さい頃にお祖母ちゃんの所で、雪道で迷って、寒くて心細くて泣いてた所を助けてくれたんだっけ?」これ迄何度も聞かされた話を、さやかは思い出す。「ちょっとそこ迄の心算で手袋もせずに出てったあんたに、手袋を貸してくれて、お祖母ちゃんの家迄送り届けてくれた――で、その彼に惚れたんだよね?」
「惚れたなんて……」頬を朱に染めて、舞香は口籠る。「只、優しいお兄ちゃんだったし、後で聞いたらお祖母ちゃんちの近所だったし、でもその後会う機会がなくって、だからちょっと気になって……。手袋もちゃんと返せなかったし……」
「それで、今度会う時には自分が編んだ手袋を返すからって、お祖母ちゃんに言付けて来たんだよね。相手からも『待ってるよ』ってお手紙貰ったんだっけ?」
「うん。やっぱりとっても優しい手紙で……。でも、だから余計に……渡せなくなっちゃった」
俯く彼女のポケットの中にはお守りの様に、小さな青い右手だけの手袋が収められていた。
事故で片手を失った人に、片方は不要だからと片方だけの手袋を贈るのと、使われる事がないと解っている両手とも揃った手袋を贈るのと、どちらがその心を傷付けずに済むだろう?――秋を迎え、手袋を編み始める頃になると、舞香が悩む事だった。
そして結局、右手だけを編んで、渡しに行けずに春を迎えてしまう。
あの時、何で何も考えずに手袋を編んで返すなんて言っちゃったんだろう、と舞香はまた、溜息。彼に片手が無いのは幼い彼女にも見れば解る事だったし、祖母にもその理由を聞いた。
マフラーや帽子ならこんなに悩まなくて済む。せめてベストなら袖も要らない――サイズを計測しなければならないが。
それでも、彼女は約束に拘った。
そんな不器用さが、時折自分でも、嫌になる。
だが――。
「いつ迄も待っててくれるとは限らないよ?」さやかの言葉に、遂に彼女は踏ん切りをつけた。
* * *
数日後、舞香は編み上がった手袋を持って、祖母の家を訪ねた。
近くの小学校から風に運ばれて来るのだろう、桜吹雪はあの日の風花を思わせた。
そんな中、彼女は数年振りに会った彼に、紺色の手袋を渡した。
右手だけを。
「季節外れになっちゃって、その……ごめんなさい」俯く彼女に、しかし彼は優しい声で礼を言った。
「とっても、暖かいよ」と彼は笑った。
舞香が長年遊びに来ない事を心配した祖母が母に事情を聞き、それを彼にも話していたのだとは、舞香は後で知った。
両手と片手、彼女がどちらを選んだとしても、彼を想って悩んだ結果。暖かくない筈がない、と彼は頷いた。
長年の胸のつかえが取れた様に微笑む舞香のポケットには、紺色の手袋――この数日で編み上げた、対となる左手の手袋が、彼女の新たなお守りとなった。
―了―
偶にはミステリーでもホラーでもない話も……(^^;)
ちょっと痒い(笑)
全く悪意はないけど、嫌味に取られないだろうか、とか。
でも、傷付けたくないって気持ちは変わらないんで、OKかと。