[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
実家は古い田舎家で、暗くて寒くて、広さだけが取り得の様な家だった。
お陰で小さな頃から独り部屋を貰えたけれど、中庭に面したその部屋に独りで居るのが心許なくて、幼い頃の私は殆ど、自室に居付かなかった。贅沢な話だとは思うけれど、未だ両親に甘えたい盛りの子供には、一人になれる環境なんて猫に小判だったのだろう。
その部屋の、中庭を挟んだ向かい側に、広間があった。この広間は、普段は立ち入る事の許されない部屋でもあった。特にこの家の女達は。
母も、二人の姉も、勿論私も、この広間に入る事が許されるのは一年の内のたった二週間だけ。二月の月末から、三月四日の深夜迄。
それが、私達の雛祭りの期間だった。
「お雛様飾って準備して……仕舞う迄の間しか使わないの? その広間」大学の友人、真千子が目を丸くした。「勿体なくない? てか、変わってるね。沙和んち」
何となくお互いの出身地や実家の話をしていて、件の広間の話になったのだった。
「確かに十八畳程ある部屋を普段全く使わないっていうのも、勿体ない話だとは思うけど……」私は首を捻った。「昔からそれだったから、変わってるとは思わなかったわ。小さい頃は何処でもそうなのかと思ってた」
「そんな部屋に余裕がある訳ないじゃん」真千子は大袈裟に肩を竦めた。「お雛様だって、マンションサイズ。豪華七段飾りをお祖母ちゃんが奮発したら、邪魔になる! って嫁に怒られたって話もあるんだからね。沙和んち、贅沢だよ」
「贅沢はしてないんだけどね。昔の家だから矢鱈広いだけで」私は苦笑する他ない。「お母さんなんていつも家計簿睨んで唸ってたよ」
「さぞかし盛大にやるんでしょうね。雛祭り」
「盛大でもないけど……見に来る? 私も帰省する心算だから」
真千子は頷いた。
私達が実家に着いたのは三月の二日だった。もう飾り付けもすっかり済み、やはり帰省していた姉に遅いと冗談半分に睨まれた。
挨拶を済ませて部屋に荷物を置くと、私は早速真千子を広間に案内した。
「うわわ!」というのが、襖を開け放った直後に真千子の口から漏れた言葉、と言うより音だった。
十八畳の和室の両際に所狭しと並べられた雛壇、雛壇、雛壇……さながら雛壇形作られた通路の様だ。勿論、それぞれはきちんと飾り付けがなされ、雛あられなども供えられている。正面奥には一際古い雛飾りが、鎮座している。
「沙和……これって……」何処となく怯えた様子で、真千子は尋ねた。「何でこんなにあるの?」
「我が家の代々の雛人形をね、一度に飾る事になってるのよ。かなり古いのもあるから、扱いには気を遣うのよ」
「これは……十八畳の和室も勿体なくないかも……。てか、十八畳でも狭く見えるわ」
「でしょう?」
「てか、これ、三月四日の夜迄に仕舞えるの? 準備は日数あるみたいだけど」
「正直、難しい所なのよね。でも、やってしまわないと……」
「嫁に行き遅れる?」広間の雰囲気に飲まれていた真千子の顔に、やっと笑みが戻る。頬が引き攣ってはいるけれど。
「そうね。行けなくなるわね」私は頷いた。「この中の幾つか……古い物には、色々と話があってね、ちゃんと礼をもって扱わないと祟られるとか……。特に、一番奥のお雛様は、一番強くて……三月四日の深夜迄にこの部屋のお雛様全てをきちんと仕舞い切れないと、この家の女の子の魂が人形に取られてしまうんだって。だから、結局は行けない事になるわよね」
真千子はまた顔を引き攣らせて、部屋中の雛人形を――特に一番奥のそれを――恐ろしげに眺め渡している。足は一歩も、敷居を越えようともしない。
「そんな訳だから、助けると思って明後日の片付け、手伝ってくれる?」
真千子はこくこくと頷いた。何なら今からでもさっさと片付けてしまいたい、そんな風情だったけれど。
そうして彼女の手も借りて、四日の夜、我が家の雛祭りは無事に終了した。
「お疲れ様。真千子、新しいのばっかり片付けてたでしょう」部屋に戻り、二人だけで白酒を楽しみながら、私は茶化した。
「だって、古いのは怖くて……。てか、本当に祟られたらどうしてくれるのよ」
「大丈夫よ。あれ、冗談だから」
「……信じらんない!」お酒の所為でなく顔を真っ赤にして怒鳴ると、真千子はさっさと布団に潜り込んで不貞寝を決め込んでしまった。本気でビビったんだからね、とか呟きが漏れてくる。
ごめんね。真千子。怒るだろうとは思ったけど、私も人手が欲しかったの。
だって、一番奥の雛人形の話だけは、本当だったから。
それに――と、私は中庭を、そしてその先の広間の障子をそっと窺った――今夜は早く布団に潜ってしまった方がいい。
誰も居ない筈の広間の障子には、ほんのりとした雪洞の明かりに浮かぶ、小さな影が舞っている。それは丁度、片付けられた筈のお雛様達と同じ位の大きさ、形で、実に自由に、楽しそうに舞い踊っている。
これからが、彼女達の祭だと言う様に。
だから、私はこの部屋に独り、居たくない。
―了―
お片付け、済みましたか~?
ちょっと怖い話だね~
災いを引き受けてくれる筈のひな人形が、災いを与えるだなんて嫌だね。
たくさんの人形…ああ怖い((゚Д゚ll))
場所も取るし。
いたらギャ!ですねぇ、私もその大広間には入れ
ないなぁ~!
私が独身時代は、母は3日の夜中にはサッサと雛人形を片付けていましたが、ここ数年は結構長い間出しっぱなしにしています。
1年に一度しか箱から出られないのだからとか言って3月中頃くらいまで飾っていますよぉ~!
ゲンキンだよねぇ!(笑)
やっぱり幾つも並んでると、不気味さが増しますよね~(^^;)
やっぱり人形は表情が命、ですかねぇ。