〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
Admin
Link
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
しゅんしゅん……。
最早年代物となったストーブの上で、やかんが威勢よく蒸気を上げている。
外は絶え間無い雪と凍える風が場を占拠していたが、二重硝子の内のここには影響を及ぼせない。
暖かい部屋の中で、皐月は白い湯気だけを、ぼうっと見詰めていた。
風の音に時折混じるのは、自分を呼ぶ声だろうか?――弛緩した儘、彼女の脳は考える――いいえ、そんな筈は無い。外には誰も居ない。だから誰も私を呼ばない。
しゅんしゅん……。
そう、聞こえるのは残酷な風の音と、柔らかく部屋を包む蒸気の音。
あの人の声なんかじゃない――この登山に私を誘ったあの人なんかじゃ……。
大学の卒業前に、どうしても見せたい絶景があるからと誘われたのはつい先週の事だったろうか? どうにかスケジュールを詰めて、初心者向けだと言われたこの山に入った。
ところが事前の調べが不充分だったのか、天候の変化を甘く見たのか、突然の吹雪に二人は互いを見失ってしまった。
それでもどうにか皐月はこの山小屋に辿り着き、暖を取る事が出来た。元々日帰りの心算だったから食料は少ないし、携帯の電波も届かないが、周囲の人間に予定は伝えてある。自分達が戻らなかったら、捜索の手が伸びるだろう。
私に関しては大丈夫だ――皐月は残っていたチョコを少しずつ齧りながら、思った。
だが、あの人はどうしたろう? 一人暮らしで、お弁当は皐月任せ。もしもの時の器材位は持っていたかも知れないけれど、この吹雪の中では……もう生きてはいないのでは?
皐月の視線が窓に移ろった。
白い闇。
やや水分の覆い雪は窓に張り付き、視界を奪っていく。払うには外に出なければならない。
しゅんしゅん……。
それはお止めと言う様に、やかんが鳴く。ここに居れば暖かい。
それに、あの人に殺されずに済む、と。
あの人が見せたがっていた絶景は、この山の尾根からの眺望だった。
確かに遠方の平野迄が一望出来る素晴らしい眺めではあったが、生憎の天気がそれを損なっていた。
それでも写真撮影を、と位置を決めている時に、皐月は察してしまった。あの人が、自分を事故に見せ掛けて殺そうとしていると。
後一歩、足を下げれば尾根を転がり落ちていく――そんな所で彼女はそれを回避し、あの人にその位置を譲った。しかし、それは相手にも彼女の意図を悟らせてしまい――二人は暫し睨み合った。
だが、そのどちらもそれぞれの立場を決し得ない儘、天候の急変に巻き込まれ、離れ離れとなってしまった。
只、そろりと逃げ出した彼女の後ろで、悲鳴を聞いた様な、そんな気がした。
だから、あの人の声なんかじゃない。風に紛れて聞こえて来るのも。
窓を叩くのも風に乗った雪の仕業。
積雪や風雨に耐えられる様に頑丈によろわれた山小屋は、何者の侵入も許さない。
そして、最早不信に彩られた彼女の心にも、何者も侵入する事は無かった。
聞こえるのは只、柔らかい音だけ……。
だから、窓の外、白い闇の向こうに冷え切った顔で、凍え切った手で窓を叩くあの人の姿が幻影の様に現れても、ぽつり、呟いただけだった。
「この世から卒業おめでとうございます、先生」
先生――最早特別な意味で口にする事が無いであろう言葉を、彼女は口にした。そう、先生が自分という学生との交際に悩んでいた事位、知っていた。それでも、その清算をこんな形で行おうとするなんて……。
だから……と皐月は耳と心を塞いだ。
いつしか窓を叩く音は途絶え、やかんの音だけが暗い夜に染みていく。
しゅんしゅん……しゅんしゅん……。
―了―
寒い夜の暗い話……。
ところが事前の調べが不充分だったのか、天候の変化を甘く見たのか、突然の吹雪に二人は互いを見失ってしまった。
それでもどうにか皐月はこの山小屋に辿り着き、暖を取る事が出来た。元々日帰りの心算だったから食料は少ないし、携帯の電波も届かないが、周囲の人間に予定は伝えてある。自分達が戻らなかったら、捜索の手が伸びるだろう。
私に関しては大丈夫だ――皐月は残っていたチョコを少しずつ齧りながら、思った。
だが、あの人はどうしたろう? 一人暮らしで、お弁当は皐月任せ。もしもの時の器材位は持っていたかも知れないけれど、この吹雪の中では……もう生きてはいないのでは?
皐月の視線が窓に移ろった。
白い闇。
やや水分の覆い雪は窓に張り付き、視界を奪っていく。払うには外に出なければならない。
しゅんしゅん……。
それはお止めと言う様に、やかんが鳴く。ここに居れば暖かい。
それに、あの人に殺されずに済む、と。
あの人が見せたがっていた絶景は、この山の尾根からの眺望だった。
確かに遠方の平野迄が一望出来る素晴らしい眺めではあったが、生憎の天気がそれを損なっていた。
それでも写真撮影を、と位置を決めている時に、皐月は察してしまった。あの人が、自分を事故に見せ掛けて殺そうとしていると。
後一歩、足を下げれば尾根を転がり落ちていく――そんな所で彼女はそれを回避し、あの人にその位置を譲った。しかし、それは相手にも彼女の意図を悟らせてしまい――二人は暫し睨み合った。
だが、そのどちらもそれぞれの立場を決し得ない儘、天候の急変に巻き込まれ、離れ離れとなってしまった。
只、そろりと逃げ出した彼女の後ろで、悲鳴を聞いた様な、そんな気がした。
だから、あの人の声なんかじゃない。風に紛れて聞こえて来るのも。
窓を叩くのも風に乗った雪の仕業。
積雪や風雨に耐えられる様に頑丈によろわれた山小屋は、何者の侵入も許さない。
そして、最早不信に彩られた彼女の心にも、何者も侵入する事は無かった。
聞こえるのは只、柔らかい音だけ……。
だから、窓の外、白い闇の向こうに冷え切った顔で、凍え切った手で窓を叩くあの人の姿が幻影の様に現れても、ぽつり、呟いただけだった。
「この世から卒業おめでとうございます、先生」
先生――最早特別な意味で口にする事が無いであろう言葉を、彼女は口にした。そう、先生が自分という学生との交際に悩んでいた事位、知っていた。それでも、その清算をこんな形で行おうとするなんて……。
だから……と皐月は耳と心を塞いだ。
いつしか窓を叩く音は途絶え、やかんの音だけが暗い夜に染みていく。
しゅんしゅん……しゅんしゅん……。
―了―
寒い夜の暗い話……。
PR
この記事にコメントする
Re:ガシャンと
熱湯の入ったやかんを投げるんでしょうね、やっぱり(^^;)
無題
皐月さん、強し!
私なんて、山小屋の中にひとりでいるだけでも、
ひざががくがくしちゃいそうです(>_<)
山道を運転する時でさえ、絶対にバックミラーは見ない!!
昔のストーブ、懐かしいですね。
うちの小学校もこのタイプでした。
給食のみかんを、焼きミカンにしたりして(^^♪
私なんて、山小屋の中にひとりでいるだけでも、
ひざががくがくしちゃいそうです(>_<)
山道を運転する時でさえ、絶対にバックミラーは見ない!!
昔のストーブ、懐かしいですね。
うちの小学校もこのタイプでした。
給食のみかんを、焼きミカンにしたりして(^^♪
Re:無題
山道運転は怖いですよね~。狭いし……☆
対向車が来ない事を祈りながら運転してたり(^^;)
焼きミカン! 初耳ですが、ファンヒーターやエアコンでは出来ない楽しみですねー
対向車が来ない事を祈りながら運転してたり(^^;)
焼きミカン! 初耳ですが、ファンヒーターやエアコンでは出来ない楽しみですねー

外の
寒さと、中のの暖かさ、この対比がまた乙でげすね。そこで起こっている葛藤がまた、極限の寒さ。
我が身を守るために、女を殺そうとする男の心とか、色々考えてしまうよね。
殺されないように気をつけなくっちゃとかさ。
我が身を守るために、女を殺そうとする男の心とか、色々考えてしまうよね。
殺されないように気をつけなくっちゃとかさ。
Re:外の
>殺されないように気をつけなくっちゃとかさ。
何か思い当たる節でも!? というのは冗談として、内外の対比がどれだけ出せるか、実験的な面もあり☆
湯気って温かそうだよねー。端の方は逆に冷たいけど。
何か思い当たる節でも!? というのは冗談として、内外の対比がどれだけ出せるか、実験的な面もあり☆
湯気って温かそうだよねー。端の方は逆に冷たいけど。
これは
倒叙もの?サスペンス風でしょうか。
吹雪の中にさらされているのが生命、というのはさすがにありませんが、似たような心持になる瞬間ってありますよね。実行するかしないかだけで。一線を越えるって難しいのか簡単なのか…?
吹雪の中にさらされているのが生命、というのはさすがにありませんが、似たような心持になる瞬間ってありますよね。実行するかしないかだけで。一線を越えるって難しいのか簡単なのか…?
Re:これは
最近読んだ某お医者さんみたいに何かの拍子であっさり越えちゃったら……怖いよー(T_T)
Re:無題
海に行こう、でも怪しいかも(笑)
怪しい人とは出掛けないのが一番!?
怪しい人とは出掛けないのが一番!?
無題
んー。
がけおちしよう!
女性が嬉しがる。崖落ちなのに。
さて、ダジャレをいってしまった。
殺そうとしたのを見つかっちゃダメだよね。
ゴルゴに頼むとかしないと……。
この結末が、女の人はそのまま寝て、ストーブ消えて凍死。
男の人は下山成功だったらまた面白い。
いぁ、全く面白くないな(汗
なんかいつものごとくよくわからんコメwww
がけおちしよう!
女性が嬉しがる。崖落ちなのに。
さて、ダジャレをいってしまった。
殺そうとしたのを見つかっちゃダメだよね。
ゴルゴに頼むとかしないと……。
この結末が、女の人はそのまま寝て、ストーブ消えて凍死。
男の人は下山成功だったらまた面白い。
いぁ、全く面白くないな(汗
なんかいつものごとくよくわからんコメwww
Re:無題
二人でがけおちなら未だ彼女も納得したかも!?(^^;)
男は、どうなったんだろうなぁ。
そう……きっとあれは風の音……。
男は、どうなったんだろうなぁ。
そう……きっとあれは風の音……。