『指輪』

　昨日、これを摩り替える事で白黒を逆転したかった。
　私は掌の上の指輪を見詰めた。飾り気のない、至極シンプルな銀の指輪。特徴と言えば、内側に誕生石がそっと埋め込まれている事と、イニシャルが彫ってある事位だろうか。態々見えない所に石を填めたこの指輪、飾りと言うよりお守りとして、二十歳の誕生日の深夜、両親が贈ってくれた物だ。
　私達、双子の姉妹に。
　
　瓜二つという言葉がまさに当て嵌まる、そっくりな顔、体型。髪の長さは私が肩先迄、妹がやや長い。けれど、髪型次第では誤魔化せる程度の差だ。服の趣味もどこか似ていて、互いに貸し借りする事もある。
　そんな二人だから、遠目に見た他人が見分ける事は、ほぼ困難だ。
　だからこのイニシャル付きの指輪さえ摩り替えてしまえば、私を妹と、妹を私と、誤認させる事が出来ると思ったのだ。
　例え昨日、あの現場から立ち去る姿を、偶々通り掛かった数人の小学生に見られていたとしても。忘れた指輪が発見される前に、見付けて摩り替えてしまいさえすれば……。
　回収するだけにせず、摩り替えようと思ったのは、やはりあの事が私の心に影を落としていたのだろう。

　私と妹は昔から好みもよく似ていた。服の趣味、好きな作家、好きな絵……好きな人。
　私達姉妹の見分けもなかなかつかない人だったのに、私達は揃って、彼に惹かれた。その結果、それぞれに抜け駆けする様に会った彼との辻褄の合わない会話に互いの姿を見て、衝突した。
　土曜日に行ったレストラン？　私はその日は風邪で寝込んでいたわ！――お互いにそんな不信と不満を抱え、それを彼ではなく、互いにぶつけ合った。幾度も、幾度も。
　本当に酷い事も言った。互いに、頭が冷えてから悔やむ事が解っているのに……。
　けれど、昨日、遂にその矛先は彼へと転じた。

　昨日の夜、ワンルームの室内で仰臥し、その胸を朱に染める彼の姿を、私は暫く茫然と見下ろした。凶器の果物ナイフは突き立った儘で、カーペットの上には血溜りが出来ていた。死ぬ迄に間があったのか、伸ばした手が仲良く並んでいた筈の赤と緑の犬を模したオブジェを倒し、赤の犬をぐっと握り締めていた。
　本当にやってしまったんだ――解っていても、頭が混乱してしまう。叫び出さないようにするのがやっとだ。
　それでもどうにか思考を現実に引き戻し、私は足元や衣服に注意を払いながらも、念の為にとナイフの柄をハンカチで拭く。勿論、この部屋には何度か来た事があるのだから、この部屋にあった物に触った事もあるだろう。指紋が検出されてもその時のものだと言い逃れる事も出来るだろうけれど。
　そして室内を捜索し、洗面所に忘れられていた指輪を見付け、摩り替えようとして――ある事に気付いた。
　そして、指輪をその儘に、部屋を出た。

　彼が手にしていた赤い犬のオブジェ。それが握らされたものなのか、それとも、彼は最期迄私達の見分けがつかなかったのか……せめて彼が死ぬ迄鈍い人だったのだと思いたい。
　だって、夕方帰って来るなり、彼を殺してしまった、帰宅途中の小学生に見られたかも知れないと泣き付いた妹をどうにか落ち着かせ、未だ事件が発覚していないのを幸いと、かつて妹を傷付け、ここ迄追い込んでしまった自分の指輪とを摩り替えようとした私にとって、あれが妹によって握らされたものだったとしたら、余りに……馬鹿みたいじゃない！
　私達は双子だ。
　けれど、誕生日、そして誕生月は違っていた。
　私は七月の三十一日、そして妹が日付を越えて八月一日。
　だから指輪に隠された誕生石も違っていた。
　七月のルビー色の犬を握った彼の部屋には、八月の鮮やかな緑のペリドットが嵌まった指輪が、今もそっと、発見されるのを待っている。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―了―

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　ねーむーいーo（＞＜）o