〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
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ちょうちょが居る、と幼い真紀は言った。
客間に布団を並べて敷いて、居間の方から聞こえる父達の声に耳を塞いで、そろそろ寝ようとしていた矢先の事だった。保育園児の真紀には兎も角、今年中学に上がった時子には早い時間だったが、親戚宅にはテレビは居間にしかなく、大人達の中に入ってチャンネル権を主張するのは躊躇われた。
仕方なく、お姉ちゃんの役割を果たす事にしたのだ。
「こんな夜中に? 蛾じゃないの?」だったら嫌だなと思いながらも、時子は従妹が指差す方を見遣る。「何処に? 居ないじゃない」
小さな手が指し示すのはこの部屋と廊下を隔てる襖。白地で、時子の膝の辺りから下だけが青灰色の、ごくシンプルなものだ。蝶と見紛う様な模様も汚れも無い。
しかし真紀は居ると言い張って、薄い夏蒲団を跳ね飛ばして襖へと駆け寄る。そうして「此処!」と指差す場所を見ても、時子の目には只の白い襖しかありはしなかった。
「んー、おかしいなぁ」時子も傍迄立って行き、目を眇めつつ覗き込む。真紀の目を。「ゴミが入ってる様子もないし。真紀ちゃん、どんな蝶が居るの?」
「えっとね、大きなちょうちょ。真っ黒なの」真紀は両手で十五センチ程の大きさを示した。「この位の。図鑑で見たアゲハチョウっていうのに、形が似てる」
「真っ黒なアゲハチョウねぇ」そんな種類も居るのかも知れないが――時子は再び襖に目を転じる――少なくとも、今此処には居ない。「逃げないの? 私達がこんなに近付いてるのに」
「同じ所に留まって、羽だけちょっと動かしてるよ」見えないと言う時子を不思議そうに見上げ、真紀は答えた。「でもね、何だか……薄くなってきた」
「薄くなった?」時子は目を瞬かせる。
「うん。何かね、色が薄くて……時々襖が透けて見えるの」それは丁度白と青灰色の境目に居るらしく、その模様が羽を透かして見えるのだと言う。
「真紀ちゃん、お姉ちゃんをからかってる? そんな蝶が居る訳ないじゃない」流石に訝しんで、時子は質した。「それとも、もう寝惚けちゃったのかなぁ?」冗談めかしてそう付け加えたのは、幼い従妹に対して口調がきつくなってしまったかと危惧した所為か。
しかし真紀は勢いよく頭を振って、からかってもいないし寝惚けてもいないと、口を尖らせた。
そんな事を襖近くで話していた所為だろう。様子を見に来たらしい祖母の声が襖の向こうから聞こえた。
「時ちゃん、真紀ちゃん、どうかしたのかい?」
幼い従妹がどうかしてしまったのではないかと考え始めていた時子は、その声にほっとし――その一瞬の後に凍り付いた。
今日はその祖母の葬儀の為に、本家であるこの家に集まり、泊まる事になった筈なのに!
横で笑顔で答え掛けた真紀も同じ事に気付いたのか、顔を強張らせている。
「どうかしたのかい?」祖母の声は生前と全く変わりなく、あくまで優しい。
答えなければ――時子は思った。答えなければ祖母はこの襖を開けて入って来る。そんな気がした。と同時に、これがほんの少し前だったら歓迎すべき事だったのに、と悲しくなる。祖母が死者だから、この部屋への侵入を恐れてしまう――それは、祖母の死を自分が受け入れてしまった事を意味していた。大好きなお祖母ちゃんだったのに……。
「あ、あのね、お祖母ちゃん……。虫が、居るの」渇いた舌をどうにか動かして、時子は答えた。「真っ黒な蝶が居るって……真紀ちゃんが……」
「夜中に蝶? それはよくないねぇ」どこか困った様な口調の祖母。「私に寄って来てしまったのかねぇ」
ああ、きっと今頃生前と同じ様に、左手を頬に当てているのだろう。そんな姿さえ、容易に目に浮かぶというのに。時子は昼間、棺の中の祖母の顔を見た時の涙が蘇ってくるのを感じた。
「解ったよ。それは私が連れて行く」二人を安堵させる様に、祖母の声は笑みを含んでいた。
そしてポン、と一つ、手を打つ音が聞こえ――それ以来、声は聞こえなくなった。
同時に件の蝶も姿を消したと真紀は言い、目を白黒させていた。
あれは祖母が言う様に、何かよくないものだったのだろうか。
祖母に――死者に寄って来る、黒い蝶。それは彼岸からの迎えだったのか、それとも死者の魂にたかるものだったのか。
連れて行ってくれた祖母にちゃんとした別れが言えなかった事をちょっと悔やみながらも、時子は真紀を抱き締めた。
―了―
やっぱりねーむーいー☆
客間に布団を並べて敷いて、居間の方から聞こえる父達の声に耳を塞いで、そろそろ寝ようとしていた矢先の事だった。保育園児の真紀には兎も角、今年中学に上がった時子には早い時間だったが、親戚宅にはテレビは居間にしかなく、大人達の中に入ってチャンネル権を主張するのは躊躇われた。
仕方なく、お姉ちゃんの役割を果たす事にしたのだ。
「こんな夜中に? 蛾じゃないの?」だったら嫌だなと思いながらも、時子は従妹が指差す方を見遣る。「何処に? 居ないじゃない」
小さな手が指し示すのはこの部屋と廊下を隔てる襖。白地で、時子の膝の辺りから下だけが青灰色の、ごくシンプルなものだ。蝶と見紛う様な模様も汚れも無い。
しかし真紀は居ると言い張って、薄い夏蒲団を跳ね飛ばして襖へと駆け寄る。そうして「此処!」と指差す場所を見ても、時子の目には只の白い襖しかありはしなかった。
「んー、おかしいなぁ」時子も傍迄立って行き、目を眇めつつ覗き込む。真紀の目を。「ゴミが入ってる様子もないし。真紀ちゃん、どんな蝶が居るの?」
「えっとね、大きなちょうちょ。真っ黒なの」真紀は両手で十五センチ程の大きさを示した。「この位の。図鑑で見たアゲハチョウっていうのに、形が似てる」
「真っ黒なアゲハチョウねぇ」そんな種類も居るのかも知れないが――時子は再び襖に目を転じる――少なくとも、今此処には居ない。「逃げないの? 私達がこんなに近付いてるのに」
「同じ所に留まって、羽だけちょっと動かしてるよ」見えないと言う時子を不思議そうに見上げ、真紀は答えた。「でもね、何だか……薄くなってきた」
「薄くなった?」時子は目を瞬かせる。
「うん。何かね、色が薄くて……時々襖が透けて見えるの」それは丁度白と青灰色の境目に居るらしく、その模様が羽を透かして見えるのだと言う。
「真紀ちゃん、お姉ちゃんをからかってる? そんな蝶が居る訳ないじゃない」流石に訝しんで、時子は質した。「それとも、もう寝惚けちゃったのかなぁ?」冗談めかしてそう付け加えたのは、幼い従妹に対して口調がきつくなってしまったかと危惧した所為か。
しかし真紀は勢いよく頭を振って、からかってもいないし寝惚けてもいないと、口を尖らせた。
そんな事を襖近くで話していた所為だろう。様子を見に来たらしい祖母の声が襖の向こうから聞こえた。
「時ちゃん、真紀ちゃん、どうかしたのかい?」
幼い従妹がどうかしてしまったのではないかと考え始めていた時子は、その声にほっとし――その一瞬の後に凍り付いた。
今日はその祖母の葬儀の為に、本家であるこの家に集まり、泊まる事になった筈なのに!
横で笑顔で答え掛けた真紀も同じ事に気付いたのか、顔を強張らせている。
「どうかしたのかい?」祖母の声は生前と全く変わりなく、あくまで優しい。
答えなければ――時子は思った。答えなければ祖母はこの襖を開けて入って来る。そんな気がした。と同時に、これがほんの少し前だったら歓迎すべき事だったのに、と悲しくなる。祖母が死者だから、この部屋への侵入を恐れてしまう――それは、祖母の死を自分が受け入れてしまった事を意味していた。大好きなお祖母ちゃんだったのに……。
「あ、あのね、お祖母ちゃん……。虫が、居るの」渇いた舌をどうにか動かして、時子は答えた。「真っ黒な蝶が居るって……真紀ちゃんが……」
「夜中に蝶? それはよくないねぇ」どこか困った様な口調の祖母。「私に寄って来てしまったのかねぇ」
ああ、きっと今頃生前と同じ様に、左手を頬に当てているのだろう。そんな姿さえ、容易に目に浮かぶというのに。時子は昼間、棺の中の祖母の顔を見た時の涙が蘇ってくるのを感じた。
「解ったよ。それは私が連れて行く」二人を安堵させる様に、祖母の声は笑みを含んでいた。
そしてポン、と一つ、手を打つ音が聞こえ――それ以来、声は聞こえなくなった。
同時に件の蝶も姿を消したと真紀は言い、目を白黒させていた。
あれは祖母が言う様に、何かよくないものだったのだろうか。
祖母に――死者に寄って来る、黒い蝶。それは彼岸からの迎えだったのか、それとも死者の魂にたかるものだったのか。
連れて行ってくれた祖母にちゃんとした別れが言えなかった事をちょっと悔やみながらも、時子は真紀を抱き締めた。
―了―
やっぱりねーむーいー☆
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Re:黒い蝶
蝶の伝承をちょこっと調べると、特に夜の蝶はやはり死者の魂と言われたり、不吉でないにしても妖しい……。
逆に白い蝶っていう話も有りましたよ。
逆に白い蝶っていう話も有りましたよ。
Re:こんばんは
夜に飛ぶ蝶は死者の魂だとか……。
お祖母ちゃんみたいにいいものならいいけれど……?
お祖母ちゃんみたいにいいものならいいけれど……?
こんにちは
昨日はゴメンね。
ちょっと言い過ぎたかも。
考えてみたら、働きながら、短い時間で創作するんだから、多少辻褄が合わないことがあってもしょうがないよね。(^_^;)
で、結局その黒い蝶はなんだったの?
おばあちゃんが現れなかったら、なんか不吉なことでも・・・?
ちょっと言い過ぎたかも。
考えてみたら、働きながら、短い時間で創作するんだから、多少辻褄が合わないことがあってもしょうがないよね。(^_^;)
で、結局その黒い蝶はなんだったの?
おばあちゃんが現れなかったら、なんか不吉なことでも・・・?
Re:こんにちは
いえいえ、私も最近ちょっと言い訳っぽくなってるな(--;)
黒い蝶……よくないものだった様ですよ?
やはり弔い事とかしていると、色々寄って参りますから……。
黒い蝶……よくないものだった様ですよ?
やはり弔い事とかしていると、色々寄って参りますから……。
こんにちは♪
やぁ~蝶って何か魂を運ぶとか?
そんな話を聞いてから薄気味悪いと
思うようになってしまいました。
今ではすっかり苦手!(笑)
それにしてもその蝶は何か禍禍しいもの
だったのかなぁ?
お祖母ちゃまが連れて行ってくれたんですねぇ、
(T_T) ウルウル
そんな話を聞いてから薄気味悪いと
思うようになってしまいました。
今ではすっかり苦手!(笑)
それにしてもその蝶は何か禍禍しいもの
だったのかなぁ?
お祖母ちゃまが連れて行ってくれたんですねぇ、
(T_T) ウルウル
Re:こんにちは♪
蝶、特に夜に飛ぶ蝶は死者の魂だとか、言われてますからねぇ。
夜に蛾が飛んでるのとは、違う意味での気味悪さはあるかも(笑)
お弔いの席って、自分も供養を求めて色々寄って来るとか……。
夜に蛾が飛んでるのとは、違う意味での気味悪さはあるかも(笑)
お弔いの席って、自分も供養を求めて色々寄って来るとか……。
黒い蝶
この文章にあるような黒い蝶を朝方見かけました。私の家の近くにあるお地蔵さまの近くで。
初めて見るグレイの蝶でした。6月6日に兄がなくなって今週土曜が49日でこの蝶に何か意味があるのかな?とおもいました。今朝お墓参りに行こうと思っていたのと偶然でしょうか?この世の中には偶然はない必然だと思いますが この蝶に何か意味があるような気がします。
初めて見るグレイの蝶でした。6月6日に兄がなくなって今週土曜が49日でこの蝶に何か意味があるのかな?とおもいました。今朝お墓参りに行こうと思っていたのと偶然でしょうか?この世の中には偶然はない必然だと思いますが この蝶に何か意味があるような気がします。
Re:黒い蝶
ご訪問&コメント有難うございます(^-^)
偶然の様な必然、あるのではないかと思います。
お地蔵様の近くというのも何やら意味深ですね。
偶然の様な必然、あるのではないかと思います。
お地蔵様の近くというのも何やら意味深ですね。