〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「どうしたね? 香奈」老人は車を路肩に寄せてブレーキをそっと踏み込むと、助手席に声を掛けた。「気分でも悪いのかい?」
答えは無かった。
老人は完全に車を停め、窮屈に腹を締め付けるシートベルトを外すと、助手席を覗き込んだ。
「ちょっと空気を入れ替えようか? もう長い時間、締め切った儘、運転していたからね」顔色を窺いつつ、手を伸ばして助手席側の窓を開ける。続いて運転席側も。街の喧騒が、心地いい風と共に、車内に侵入した。
それでも助手席からは何の反応も無い。老人は更に相手の顔を見詰めた。
「ああ、その顔はお腹が空いてるんだね? もうちょっとお待ち。この先のキャンプ場迄出たら、お昼にしよう」目を細め、そう告げるとフロントガラスに向き直り、嫌々ながらベルトを締め直す。「今度はゆっくり出来るといいんだがね……」
その呟きには長年の疲労が滲み出ていた。
もう何年、このおんぼろ車での旅を続けているのだろう。同居していた息子の家を出たのは何年前の事だった? 幸いな事に蓄えはあったから、ガソリン代その他の費用に困る事は無かった。問題なのは寧ろ金銭よりも、彼等を受け入れてくれる土地が無い事だった。だからこうして旅を続けているのだ。
息子の家へ帰るという選択肢は、最早老人には無かった。息子は孫娘の「香奈」を取り上げようとしている。もう二度と会えないように。その癖、こうして連れ歩いていても、香奈の捜索願いや保護願いが出ている様子はない。息子ながら薄情な、と老人は疾うに彼を勘当していた――見限られたのは自分かも知れない、そう思いながらも。
答えは無かった。
老人は完全に車を停め、窮屈に腹を締め付けるシートベルトを外すと、助手席を覗き込んだ。
「ちょっと空気を入れ替えようか? もう長い時間、締め切った儘、運転していたからね」顔色を窺いつつ、手を伸ばして助手席側の窓を開ける。続いて運転席側も。街の喧騒が、心地いい風と共に、車内に侵入した。
それでも助手席からは何の反応も無い。老人は更に相手の顔を見詰めた。
「ああ、その顔はお腹が空いてるんだね? もうちょっとお待ち。この先のキャンプ場迄出たら、お昼にしよう」目を細め、そう告げるとフロントガラスに向き直り、嫌々ながらベルトを締め直す。「今度はゆっくり出来るといいんだがね……」
その呟きには長年の疲労が滲み出ていた。
もう何年、このおんぼろ車での旅を続けているのだろう。同居していた息子の家を出たのは何年前の事だった? 幸いな事に蓄えはあったから、ガソリン代その他の費用に困る事は無かった。問題なのは寧ろ金銭よりも、彼等を受け入れてくれる土地が無い事だった。だからこうして旅を続けているのだ。
息子の家へ帰るという選択肢は、最早老人には無かった。息子は孫娘の「香奈」を取り上げようとしている。もう二度と会えないように。その癖、こうして連れ歩いていても、香奈の捜索願いや保護願いが出ている様子はない。息子ながら薄情な、と老人は疾うに彼を勘当していた――見限られたのは自分かも知れない、そう思いながらも。
キャンプ場には初夏の陽気に誘われてだろうか、家族連れが数組、居た。川岸に開けた場所で、涼やかな音を立てて流れる川と、白い丸石の河原、緑に覆われた木々が心和ませてくれる。
車の乗り入れが可能で尚且つ目立たない場所に、老人は駐車した。降りはしない。深い緑の上に光の粒を散らした様な川面や、若葉が揺れる木々を只眺め、時折助手席を振り返っては目を細めつつ話し掛ける。それだけだ。老人はそれだけで満足だったし、香奈の顔にも不満の色を見る事はなかった。
しかし、こんな場所で車に残った儘、一向にテントの準備もしないその姿に好奇心を刺激されたのだろうか、男の子が一人、車に近付いていた。老人は気付いていない。いや、寧ろ、景色と助手席に座る姿以外の何ものも、その意識から除外している様でさえあった。
が、男の子の上げた声に、はっと彼の表情が凍った。
「お母さん! このお爺ちゃん、ずっとお人形に話し掛けてるよ!」
慌てて子供を連れに来た母親がさも面倒な人には関わりたくない様子でそそくさと去って行くのも気に留めず、老人は男の子の言葉を反芻した。
――ずっと人形に話し掛けてるよ!
人形? 何が? いや、誰が?
老人の目は助手席に吸い寄せられた。ああ、まただ。また此処でも……。
「ごめんよ、香奈。全く、碌でもない子供だね。香奈が大人しいからって、人形だなんて……。気にしなくていいんだよ」目尻に皺を作り、彼は宥める。もう慣れた事だ。そう、この何年間、ああいった言葉をぶつけられ、その度に彼等はそこを後にして来たのだ。此処もまた直ぐに……。
しかし、車を出すにはもう日が傾き始めていたし、彼も疲れていた。
「一晩だけ、我慢しておくれ……」シートを倒すと、彼はゆっくりと目を瞑った。
翌朝早く、彼等はキャンプ場を後にしていた。
「香奈じゃない、香奈じゃない……」朝靄の中、必死にハンドルを操る老人の口からは、そんな言葉が呪文の様に紡ぎ出されていた。「香奈じゃないんだ……!」
キャンプ場では昨日の子供が泣き喚いていた。その首に、紐で締められた様な痕が痛々しく残っている。
明け方、首を絞められて苦しくて目覚めたのだと彼は語った。幸い、彼が騒ぐと、犯人は直ぐ様立ち去った。
犯人を見たかという大人達の問いに、彼はこう答えた。
「人形だった――あのお爺ちゃんの車に乗ってた……」
突然向けられた殺意に驚き、混乱しているのだろう、と大人達は考えた。そして当然ながら、その人形の持ち主である怪しい老人が疑われた。が、その頃にはもう老人の車は姿を消しており、彼等は臍を噛んだのだった。
「香奈……わしは信じないよ。お前が悪口を言った子供達に危害を加えたなんて事も。お前がわしから離れて、一人でこの車を降りた事も。息子が言う様にお前が――死んだ事も」
四歳で亡くなった孫娘と同じ位の大きさの人形の髪を愛しげに撫でながら、老人は今日も旅を続ける。
―了―
うちの車は殺風景(゜゜)♪
車の乗り入れが可能で尚且つ目立たない場所に、老人は駐車した。降りはしない。深い緑の上に光の粒を散らした様な川面や、若葉が揺れる木々を只眺め、時折助手席を振り返っては目を細めつつ話し掛ける。それだけだ。老人はそれだけで満足だったし、香奈の顔にも不満の色を見る事はなかった。
しかし、こんな場所で車に残った儘、一向にテントの準備もしないその姿に好奇心を刺激されたのだろうか、男の子が一人、車に近付いていた。老人は気付いていない。いや、寧ろ、景色と助手席に座る姿以外の何ものも、その意識から除外している様でさえあった。
が、男の子の上げた声に、はっと彼の表情が凍った。
「お母さん! このお爺ちゃん、ずっとお人形に話し掛けてるよ!」
慌てて子供を連れに来た母親がさも面倒な人には関わりたくない様子でそそくさと去って行くのも気に留めず、老人は男の子の言葉を反芻した。
――ずっと人形に話し掛けてるよ!
人形? 何が? いや、誰が?
老人の目は助手席に吸い寄せられた。ああ、まただ。また此処でも……。
「ごめんよ、香奈。全く、碌でもない子供だね。香奈が大人しいからって、人形だなんて……。気にしなくていいんだよ」目尻に皺を作り、彼は宥める。もう慣れた事だ。そう、この何年間、ああいった言葉をぶつけられ、その度に彼等はそこを後にして来たのだ。此処もまた直ぐに……。
しかし、車を出すにはもう日が傾き始めていたし、彼も疲れていた。
「一晩だけ、我慢しておくれ……」シートを倒すと、彼はゆっくりと目を瞑った。
翌朝早く、彼等はキャンプ場を後にしていた。
「香奈じゃない、香奈じゃない……」朝靄の中、必死にハンドルを操る老人の口からは、そんな言葉が呪文の様に紡ぎ出されていた。「香奈じゃないんだ……!」
キャンプ場では昨日の子供が泣き喚いていた。その首に、紐で締められた様な痕が痛々しく残っている。
明け方、首を絞められて苦しくて目覚めたのだと彼は語った。幸い、彼が騒ぐと、犯人は直ぐ様立ち去った。
犯人を見たかという大人達の問いに、彼はこう答えた。
「人形だった――あのお爺ちゃんの車に乗ってた……」
突然向けられた殺意に驚き、混乱しているのだろう、と大人達は考えた。そして当然ながら、その人形の持ち主である怪しい老人が疑われた。が、その頃にはもう老人の車は姿を消しており、彼等は臍を噛んだのだった。
「香奈……わしは信じないよ。お前が悪口を言った子供達に危害を加えたなんて事も。お前がわしから離れて、一人でこの車を降りた事も。息子が言う様にお前が――死んだ事も」
四歳で亡くなった孫娘と同じ位の大きさの人形の髪を愛しげに撫でながら、老人は今日も旅を続ける。
―了―
うちの車は殺風景(゜゜)♪
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Re:無題
カメリアさん、ここ迄凶悪な事しませんよー(^^;)
と言うか、妖に洗礼って(笑)
と言うか、妖に洗礼って(笑)
Re:だから…
どんだけ人形苦手ですか、姐さん(^^;)
Re:こんばんは♪
ある意味生き人形と言うよりも、お爺ちゃんの執念で生きてる様な……。
お爺ちゃん、そろそろ現実を見ようよ(^^;)
お爺ちゃん、そろそろ現実を見ようよ(^^;)
Re:(゜ロ)ギョェ
人形の様なヒトガタをした物には魂が入り易いと言いますからねぇ( ̄ー ̄)
こんにちは
てっきり、可愛がっていた孫娘の死が受け入れられずに、死体を連れ歩いているのかと思った。
老人が狂気なのか?
人形が狂気にさせたのか?
狂気に魂が宿ったのか?
この先どうするんだろう?
老人の死後が心配だったりする。(笑)
人形は勝手に行動を始めるのだろうか?
老人が狂気なのか?
人形が狂気にさせたのか?
狂気に魂が宿ったのか?
この先どうするんだろう?
老人の死後が心配だったりする。(笑)
人形は勝手に行動を始めるのだろうか?
Re:こんにちは
孫娘の死体……それも考えたんですけどね(^^;)
車の中だし、何年も流離う迄もなく、覗かれたらアウトかな~と。
老人の死後、愛車のシートに横たわった彼の傍からは、彼が愛した人形の姿は消えていた……とか言ったらどうしましょう!?(←おい)
車の中だし、何年も流離う迄もなく、覗かれたらアウトかな~と。
老人の死後、愛車のシートに横たわった彼の傍からは、彼が愛した人形の姿は消えていた……とか言ったらどうしましょう!?(←おい)
Re:人形…
人形には色んなモノが入り込み易いと申しますから……くっくっく(誰)
生き人形でもカメリアさんは……怖くならないっすね(^^;)
生き人形でもカメリアさんは……怖くならないっすね(^^;)