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本に埋もれて死ねたら本望――そう言っていた祖父が、まさに本を満載した本棚の下敷きになって亡くなっているのが発見されたのは、昨日の夜の事だった。気儘な独り暮らしの、それが最期だった。
元々、本棚の周りにさえも本が積み上げられて足の踏み場もない状態で、それらがいつ崩れてもおかしくないと思っていた、とは周囲の人の言。
だが、地震も起こらなかったと言うのに、重い本棚が倒れた事には、皆一様に首を傾げるのだった。
「お祖父さんは一体何をしていて……?」救助に入った人達によって更に掻き回された部屋で、僕は脇に除けられた本棚を見詰めて、首を傾げた。
ハードカバー、新書、文庫、様々な種類の本が所狭しと、床を埋めている。倒れた時に本棚から放り出された本も、混ざっている筈だった。最早誰にも、元は何処にあったものやら判別は付かないけれど。
足元に注意しながら、僕は本棚に歩み寄る。
よくある一部が二重になった、高さ二メートル近い本棚だ。手前のスライド部分と、大判の本を納める為だろう端の奥行きのある部分の扉にあった硝子は割れ、殆ど空になった本棚は、大きな抜け殻の様で、酷く寂しい光景だった。
今は横になっているが、足元はどっしりとしていて簡単に倒れるような物ではない。地震に備えて固定していた様な跡も無いが――月に一度、様子を見に訪ねる度に、父が固定を勧めていたらしいのだが、祖父は大丈夫だと言って聞き入れなかった。家を、そして本棚を傷付けたくなかったのではないかと、僕は思っている。
その祖父が一体何をしていて、本棚を倒す羽目になったのか……?
本棚には倒れた時に付いたのだろう、傷跡。だが、祖父は直接本棚にぶつかるより前に、そこから吐き出された本によって動きを奪われ、窒息死したそうだ。本棚はその重石の役目と言うか、止めだったのだろうか。
本棚の天板には長年の埃の積もった跡。上層の軽い埃は倒れた際に飛び散ってしまった様だが、丸で地層が積み重なる様に下に圧縮された埃は意外にもしつこく、こびり付いていた。途中の段にさえ、白く積もっている。所々、拭き取られていると言うより手を突いた様な跡があるにはあるが。
と、その埃の層にぽっかりと空いた穴が、僕の目に止まった。三センチ四方だろうか、くっきりとした正方形の、穴。何かが長年、そこにあった証拠だ。
だが、こんな所に一体何を? 本棚に限らず、箪笥の上などに、しまい切れない物を置く事はあるだろうが、こんな小さな物を置くだろうか? 然も位置的には殆ど壁際。本棚に正対しても先ず、殆どの人には見えないだろう。
一体何が……?
好奇心を刺激された僕は、現場を荒らさないようにしながらも、本棚が倒れていたという位置から鑑みて、そこにあった何か小さな物が飛ばされたであろう場所を探った。
未だ残っている硝子の欠片を避け、本を掻き分けながら漸く見付けたのは、本当に小さな、箱だった。
中には白い粉の入った、小さな硝子瓶が丁寧に収められていた。やや大きめの粒も入った象牙色の粉――後に、僕は父にそれは祖母の遺灰を分骨したものだろうと聞いた。
若い頃の事だそうだが、祖父は祖母にかなり、苦労を掛けたらしい。後先構わずに本を買い漁る癖もさる事ながら、酒癖も相当悪かったそうだ。
僕は祖父が酒を飲む所を見た事は無い。正月に親戚が集まった席でも、決してお猪口一杯にさえも、祖父は手を付けなかった。飲めないのだろうと、僕は勝手に思っていたけれど、あれは自らに酒を禁じていたのか。
三十代半ばで身体を壊して先立った祖母への、祖父流の侘びだったのだろう。
きっと、この骨灰も。
自分からは決して見えない、しかし恐らくはあの家で一番高い場所。それがあの本棚の上だった。
合わせる顔がない、しかし見ていて欲しい――そんな相反した思いが、小箱をあの場所に安置した理由だったのかも知れない。
そして……父から聞いた話では、祖父はもう長くないと、医師に宣告されていたのだそうだ。病院でチューブに繋がれているよりはと、自宅療養を選択したのだと。
昨日の夜、祖父はいよいよ死期が近いと悟り、祖母の骨灰を手元に置こうとしたのかも知れない。
埃積もる本棚に手を掛け、その跡を残し……。しかし、足を掛けた時、流石に本棚はバランスを崩した。後は、避ける事もならず……。
祖父は、祖母の元へ行けたのだろうか。
高い場所から、改められた祖父の暮らしを見詰めていた祖母は、祖父を赦すのだろうか。
葬儀の日、僕はそっと、小さな瓶を、祖父の棺に納めた。
―了―
本棚の上……今の所何も置いてません(^^;)
届かんもん☆
うちで一番高い所も多分、本棚の上。勿論、届きませんとも。
家具なんかの固定器具、どの程度の強度があるのか……? でも、無いよりは絶対マシですよね。
よし、ベッドに平積みにしてその上で寝ることにしよう。若干の地滑りはあるかもしれないが、一応安全だ(笑)
ベッドに平積み(笑)
その一番下にあるのを読み返したいんですが!(爆)