〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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宵の白い月を窓辺に張り出した枝の隙間から見上げて、そっと溜め息をつく。
もう十数年、春になる度に彼女が続けてきた事だ。勿論、続ける気など無いのだが。
張り出した樹は桜。
未だ春の装いには早く、樹皮は紅をその下に隠しながらも枯れ木を装っている。それでも冬の色合いとは違う、それが彼女にははっきりと解っていた。
赤、紅、真紅……人の肌の下を通う血の如く、それは密やかに、しかし確かに桜を彩る時を待っていた。
あるいは――と彼女は思う――本当にこの樹には血が通っているのではないだろうかと。
もう十数年、春になる度に彼女が続けてきた事だ。勿論、続ける気など無いのだが。
張り出した樹は桜。
未だ春の装いには早く、樹皮は紅をその下に隠しながらも枯れ木を装っている。それでも冬の色合いとは違う、それが彼女にははっきりと解っていた。
赤、紅、真紅……人の肌の下を通う血の如く、それは密やかに、しかし確かに桜を彩る時を待っていた。
あるいは――と彼女は思う――本当にこの樹には血が通っているのではないだろうかと。
彼女が七歳の頃だったろうか、従兄だと言う少年が館を訪ねて来た。彼女より三つ、四つ年上に見えたが、内気な彼女に比べても、とてもしっかりした少年だった。
父方の伯父が居るとは聞いていた彼女だったが、そちらの家族とは疎遠になっており、会うのは初めてだった。そして結局、伯父、伯母とも会う事は無かった。永遠に。
突然の事故で両親を亡くした彼には、咄嗟に頼るべき親類は彼女の両親達しかなかったのだ。
一人っ子の彼女は突然現れた従兄に途惑いながらも、兄が出来た様な、親近感を感じていた。彼の方も年下の従妹に、媚びる様子はないものの優しかった。
だが、彼女の両親は違った。
利発で活発、年長者に対しての態度も礼儀正しく、それでいて決して出過ぎた所のない少年だった。叔父、叔母に対しても引き取ってくれた恩義を忘れる様な少年ではなかった。
なのに何故疎んじるのか、自分とも会わせないようにするのか、彼女には解らなかった。彼女の方から遊びを持ち掛けても、両親のどちらかに見付かると自分だけが何かと用事を言い付けられて、祖父の所へ行かされた。祖父の長くて難しくて退屈な話より、七歳の彼女には従兄の語る冒険譚めいた話の方が余程興味深かったのに。
そしてある日、従兄が姿を消した。
母方の親類が見付かって家を出て行ったのだと父は言った。急な事だったのだと。
だが、僅かとは言え一緒に過ごした彼女に、何の挨拶も無く出て行くとは、彼女には思えなかった。
さよならの一言さえ無く――自分から出て行ったとは。
そしてそれ以来、彼女は庭の桜の樹が色付くのを、溜め息で迎える様になった。彼が出て行ったと言う日、その根元に掘り返された土の跡を見付けてから。
しかし自らの危険な想像を確かめる事も出来ず、五年前に身罷った祖父の遺産を遺言により一人継ぎながらも、両親の言うが儘、彼女はこの館に留まっていた。年々膨らむ一方の、両親への疑念と共に。
そう。祖父は孫のたった一人にだけ、遺産を遺すと以前から公言していた事を、彼女は後に知った。只、それが彼女だと決定されてはいなかったという事も。両親はそれを心配したのではないだろうか。共に住み、度々顔を見せてはいたものの、内気で気の利かない孫娘よりも、元々長男の息子であり、利発な彼を選ぶのではないかと。
だから――彼を亡き者にしたのではないかと、彼女は恐れていた。
そして今年も樹が色付き始めた。確かめる勇気も無い儘、両親を信じる事も出来ぬ儘。
いつしか夜色の濃くなった空からふと視線を下ろし、あの日掘り返された跡を見付けた樹の根を見て、彼女ははっと息を呑んだ。もう闇に沈み始めた木陰に、人の影が蟠っている。
身体付きから言って若い男だろうか? たった一人、樹の根元を見下ろして立っている。
真逆――幽霊? いえ、それなら成長している筈はない。ならば……。
彼女は思わず階下へと、庭へと駆け出していた。
駆け寄り、対面した相手には見覚えのある従兄の面影があり、そして穏やかな笑顔があった。
「無事……だったのね」思わず彼女の口からはそんな言葉が漏れた。
「僕が叔父さん達にどうにかされたとでも思ってたの?」従兄は目を丸くした。「ごめん、君に挨拶して行けなかったのは気に掛かってたんだ。でも、余りに突然で……此処に埋めるの時間がやっとだった」
そう言って彼がかつて掘られた跡のあった地面を掘り起こすと、木箱が現れた。十センチ四方の立方体。
「これが向こうの親類に知られると取り上げられると思ってね。隠させて貰ったよ」そう言って開けた箱の中には色とりどりの宝石の加工前のルース。「母のコレクション。グレードの低い石ばかりで、この家では大した価値も無いだろうけれど、向こうでは……実際、両親が事故に遭ったのは、母がこれを向こうの叔母に見せた直後だった。事故が作為的だったという証拠は、今ではもう見付からないけれどね」
だから向こうへ行くのを避けようとして父方を頼ったのだが、引き渡されてしまったと彼は苦笑した。
「私……私……」貴方が此処に埋まってるかと気を揉んで――そんな事が言える筈もなく、彼女はこう言い換えた。「私か家の者が掘り返してたらどうする心算だったの? 幾らグレードが低いって言ったって……父様達だって欲深いんだから……」
「君になら見付かってもいいかと思ってたんだけど……君は相変わらず引っ込み思案みたいだね」そう言って従兄は笑い、箱を彼女の手に乗せた。
箱の中の紅玉の様な紅色は、今夜は彼女の頬に上った。
―了―
桜の樹の下には……定番な話?
もう誰も死体が埋まってると素直に思ってくれないだろうなぁ(^^;)
父方の伯父が居るとは聞いていた彼女だったが、そちらの家族とは疎遠になっており、会うのは初めてだった。そして結局、伯父、伯母とも会う事は無かった。永遠に。
突然の事故で両親を亡くした彼には、咄嗟に頼るべき親類は彼女の両親達しかなかったのだ。
一人っ子の彼女は突然現れた従兄に途惑いながらも、兄が出来た様な、親近感を感じていた。彼の方も年下の従妹に、媚びる様子はないものの優しかった。
だが、彼女の両親は違った。
利発で活発、年長者に対しての態度も礼儀正しく、それでいて決して出過ぎた所のない少年だった。叔父、叔母に対しても引き取ってくれた恩義を忘れる様な少年ではなかった。
なのに何故疎んじるのか、自分とも会わせないようにするのか、彼女には解らなかった。彼女の方から遊びを持ち掛けても、両親のどちらかに見付かると自分だけが何かと用事を言い付けられて、祖父の所へ行かされた。祖父の長くて難しくて退屈な話より、七歳の彼女には従兄の語る冒険譚めいた話の方が余程興味深かったのに。
そしてある日、従兄が姿を消した。
母方の親類が見付かって家を出て行ったのだと父は言った。急な事だったのだと。
だが、僅かとは言え一緒に過ごした彼女に、何の挨拶も無く出て行くとは、彼女には思えなかった。
さよならの一言さえ無く――自分から出て行ったとは。
そしてそれ以来、彼女は庭の桜の樹が色付くのを、溜め息で迎える様になった。彼が出て行ったと言う日、その根元に掘り返された土の跡を見付けてから。
しかし自らの危険な想像を確かめる事も出来ず、五年前に身罷った祖父の遺産を遺言により一人継ぎながらも、両親の言うが儘、彼女はこの館に留まっていた。年々膨らむ一方の、両親への疑念と共に。
そう。祖父は孫のたった一人にだけ、遺産を遺すと以前から公言していた事を、彼女は後に知った。只、それが彼女だと決定されてはいなかったという事も。両親はそれを心配したのではないだろうか。共に住み、度々顔を見せてはいたものの、内気で気の利かない孫娘よりも、元々長男の息子であり、利発な彼を選ぶのではないかと。
だから――彼を亡き者にしたのではないかと、彼女は恐れていた。
そして今年も樹が色付き始めた。確かめる勇気も無い儘、両親を信じる事も出来ぬ儘。
いつしか夜色の濃くなった空からふと視線を下ろし、あの日掘り返された跡を見付けた樹の根を見て、彼女ははっと息を呑んだ。もう闇に沈み始めた木陰に、人の影が蟠っている。
身体付きから言って若い男だろうか? たった一人、樹の根元を見下ろして立っている。
真逆――幽霊? いえ、それなら成長している筈はない。ならば……。
彼女は思わず階下へと、庭へと駆け出していた。
駆け寄り、対面した相手には見覚えのある従兄の面影があり、そして穏やかな笑顔があった。
「無事……だったのね」思わず彼女の口からはそんな言葉が漏れた。
「僕が叔父さん達にどうにかされたとでも思ってたの?」従兄は目を丸くした。「ごめん、君に挨拶して行けなかったのは気に掛かってたんだ。でも、余りに突然で……此処に埋めるの時間がやっとだった」
そう言って彼がかつて掘られた跡のあった地面を掘り起こすと、木箱が現れた。十センチ四方の立方体。
「これが向こうの親類に知られると取り上げられると思ってね。隠させて貰ったよ」そう言って開けた箱の中には色とりどりの宝石の加工前のルース。「母のコレクション。グレードの低い石ばかりで、この家では大した価値も無いだろうけれど、向こうでは……実際、両親が事故に遭ったのは、母がこれを向こうの叔母に見せた直後だった。事故が作為的だったという証拠は、今ではもう見付からないけれどね」
だから向こうへ行くのを避けようとして父方を頼ったのだが、引き渡されてしまったと彼は苦笑した。
「私……私……」貴方が此処に埋まってるかと気を揉んで――そんな事が言える筈もなく、彼女はこう言い換えた。「私か家の者が掘り返してたらどうする心算だったの? 幾らグレードが低いって言ったって……父様達だって欲深いんだから……」
「君になら見付かってもいいかと思ってたんだけど……君は相変わらず引っ込み思案みたいだね」そう言って従兄は笑い、箱を彼女の手に乗せた。
箱の中の紅玉の様な紅色は、今夜は彼女の頬に上った。
―了―
桜の樹の下には……定番な話?
もう誰も死体が埋まってると素直に思ってくれないだろうなぁ(^^;)
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桜~~
そうですね。死体は埋めにくいかもね。引っ込み思案の両親よりも、祖父の方がひどいなぁ…金は綺麗に分配しなきゃねー
遺産がマイナスだったら別な意味で大変だけなんだけどね。
ああ、中途半端が1番悪いかな?ただ今それで、相続放棄の事務手続きの、やりかけ中だよ…
そうそう。携帯から絵が見える!!素敵だね~
遺産がマイナスだったら別な意味で大変だけなんだけどね。
ああ、中途半端が1番悪いかな?ただ今それで、相続放棄の事務手続きの、やりかけ中だよ…
そうそう。携帯から絵が見える!!素敵だね~
Re:桜~~
はい。携帯テンプレにも絵を入れてみました(^^)
な、何か大変そうですね。親戚って放っても置けないしな~☆
な、何か大変そうですね。親戚って放っても置けないしな~☆
無題
うーむ、大人って欲深い。子供の純粋さが欲しいです。
そういえば「花の下にて春死なむ」買ったまま読んでないなぁ、
なんてことを思い出しました^^;関係ないか。すいません。
テンプレート変えたんですね。春だなぁー
そういえば「花の下にて春死なむ」買ったまま読んでないなぁ、
なんてことを思い出しました^^;関係ないか。すいません。
テンプレート変えたんですね。春だなぁー
Re:無題
お。北森鴻先生のですか?^^
オススメなので読むべし。但し空腹時・ダイエット中は避ける事(笑)
強欲は犯罪の元――逆に言うとこれが無いとミステリーが書き難い(苦笑)
オススメなので読むべし。但し空腹時・ダイエット中は避ける事(笑)
強欲は犯罪の元――逆に言うとこれが無いとミステリーが書き難い(苦笑)
Re:無題
春っぽくしてみました~♪
両親は要するに彼女だけを祖父に近付けたかったので……結果的に彼とは離れる様になってしまいました。お祖父ちゃんが彼の方に遺産を継がせるとか言ったら困るから、極力会わせないようにしてたし☆
要するにケチ(笑)
両親は要するに彼女だけを祖父に近付けたかったので……結果的に彼とは離れる様になってしまいました。お祖父ちゃんが彼の方に遺産を継がせるとか言ったら困るから、極力会わせないようにしてたし☆
要するにケチ(笑)
おはよ(ρ_-)ノ
素直に死体が埋まってると思いました、はい
相変わらず単純なあたし
読みやすいお話でした
でも娘にずっと疑いの目を向けられていた両親が少し不憫に思いました
ま、それだけの要素が揃ってしまったんでしょうけどね
昔テレビで紫陽花の下に死体が埋まってるのを紫陽花の花の色の変化で見抜いたというサスペンスを思い出したなぁ
![](/emoji/D/229.gif)
![](/emoji/D/227.gif)
読みやすいお話でした
![](/emoji/D/712.gif)
![](/emoji/D/766.gif)
![](/emoji/D/229.gif)
昔テレビで紫陽花の下に死体が埋まってるのを紫陽花の花の色の変化で見抜いたというサスペンスを思い出したなぁ
![](/emoji/D/439.gif)
Re:おはよ(ρ_-)ノ
有難うございます(^^)
確かにずっと疑われてた両親……どんだけ娘からの信頼無いんやろ(^^;)
あ~、ありましたね。紫陽花の色! 土壌が酸性かアルカリ性かで色味が変わるって奴ですね。実際には特定の金属イオンも関係するらしいけど。
確かにずっと疑われてた両親……どんだけ娘からの信頼無いんやろ(^^;)
あ~、ありましたね。紫陽花の色! 土壌が酸性かアルカリ性かで色味が変わるって奴ですね。実際には特定の金属イオンも関係するらしいけど。
Re:良いね~♪
有難うございます(^^)
お花見のシーズンも来ますね~♪
場所取りしてるシートの下に何か埋まってたらやだろーなー(ぼそっ)
お花見のシーズンも来ますね~♪
場所取りしてるシートの下に何か埋まってたらやだろーなー(ぼそっ)
Re:無題
有難うございます(^^)
確かに樹の根元は埋め辛い!(笑)
桜は感染症にも弱いから迂闊に根っ子なんて傷付けられないしねー。
確かに樹の根元は埋め辛い!(笑)
桜は感染症にも弱いから迂闊に根っ子なんて傷付けられないしねー。
こんばんは
またテンプレ変わった~。
春やね~。でもメインカラーがピンクだよ。(笑)
あんまり考えずに読んでいた。
なので、半分は死体埋まっているとも思ったし、半分は埋まってないと思ったし。
このあと、二人はどうするのかね。
金には困らないだろうし、二人で逃避行?
春やね~。でもメインカラーがピンクだよ。(笑)
あんまり考えずに読んでいた。
なので、半分は死体埋まっているとも思ったし、半分は埋まってないと思ったし。
このあと、二人はどうするのかね。
金には困らないだろうし、二人で逃避行?
Re:こんばんは
最近テンプレいじりに凝っている(笑)
ピンク……春位はいいかな~、花の所だけだし~、と(^^;)
二人はもう成人してるし、遺産は彼女が継いだ後だし、両親ももう歳だろうし、何気に追い出した形になった負い目もあるし、逃避行しなくてもいいかも?
ピンク……春位はいいかな~、花の所だけだし~、と(^^;)
二人はもう成人してるし、遺産は彼女が継いだ後だし、両親ももう歳だろうし、何気に追い出した形になった負い目もあるし、逃避行しなくてもいいかも?
私、素直です!
死体が埋まっていて、そのせいで桜が見事に咲くのかと思ってしまいました!
あぁ~なんて単純で素直なんだろう!
と変な事で自画自賛!(=^_^=) ヘヘヘ
従兄弟が良い青年になったようですなぁ~♪
ウッヒ♪
あぁ~なんて単純で素直なんだろう!
と変な事で自画自賛!(=^_^=) ヘヘヘ
従兄弟が良い青年になったようですなぁ~♪
ウッヒ♪
Re:私、素直です!
桜……冬の間は枯れ木にしか見えないのに、あれだけの花を咲かせるエネルギーは何処にあるんだろう? 何かある様な気になるよね^^
従兄さんは苦労もしてきてるだけに、ちょっと引っ込み思案の彼女には丁度いいかも? へへ^^
従兄さんは苦労もしてきてるだけに、ちょっと引っ込み思案の彼女には丁度いいかも? へへ^^
Re:無題
定番は不滅ですか!(笑)
やっぱり桜ってどこかミステリアスで妖しいものなのかも知れませんね^^
やっぱり桜ってどこかミステリアスで妖しいものなのかも知れませんね^^
Re:装いってなに?
この間秘密日記でおぼえたって書いてなかった?( ̄ー ̄;)
Re:こんにちはっ
掘り返しますか(笑)
タイムカプセルも昔の夢が詰まっているならいいけれど、ある意味ブラック・ボックス……。
タイムカプセルも昔の夢が詰まっているならいいけれど、ある意味ブラック・ボックス……。