〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「此処では歌わないで」穏やかな口調ながらも緊張を孕んだその声に、美耶子は口ずさんでいた歌を止めた。何気無い流行歌だったのだが、気に障ったのだろうかと、慌てて相手の顔色を窺う。
が、相手はそんな彼女の様子に、逆に済まなそうな顔をした。
「ごめんなさいね。只、此処ではソロでは歌わないのが約束事になってるの。理由は……後でゆっくり話してあげるわ」
此処、というのは美耶子が転入して来た女子高の講堂だった。広い上に内装も重厚感があり、音響設備もいい。さぞかし文化祭など、活用される場面も多かろうと思われた。歌を歌う事が好きな美耶子は、それで気をよくして、思わず口ずさんでしまったのだが……。
ソロで歌っては駄目、というのはどういう事なのだろう?――美耶子は首を傾げながらも、校内を案内してくれる級友に付いて、講堂を後にした。
一通りの案内が終わり、学食のテーブルの一つに陣取って、二人は一息ついていた。
「新しい所為か、設備がいいんですね。この学校」
「割とね。あ、同級生なんだから、丁寧語は要らないわよ?」気さくな委員長でよかった、と美耶子は肩の力を抜く。「何か解らない事は無い?」
「ええと……さっきの事なんだけど……」
「講堂の事? そうね。話す約束だったわね。さっきも言ったけれど、あの講堂では、ソロで歌を歌ってはいけないの」
「どうして? あそこの音響設備なら、音楽系の部活には最適って感じだけど。それにソロは駄目って、合唱はいいの?」
合唱は構わない、と委員長は頷いた。
「けれど、あそこでソロで歌うと……呪われるって……」
気さくながらも真面目そうな委員長の言葉に、美耶子は目を丸くした。
が、相手はそんな彼女の様子に、逆に済まなそうな顔をした。
「ごめんなさいね。只、此処ではソロでは歌わないのが約束事になってるの。理由は……後でゆっくり話してあげるわ」
此処、というのは美耶子が転入して来た女子高の講堂だった。広い上に内装も重厚感があり、音響設備もいい。さぞかし文化祭など、活用される場面も多かろうと思われた。歌を歌う事が好きな美耶子は、それで気をよくして、思わず口ずさんでしまったのだが……。
ソロで歌っては駄目、というのはどういう事なのだろう?――美耶子は首を傾げながらも、校内を案内してくれる級友に付いて、講堂を後にした。
一通りの案内が終わり、学食のテーブルの一つに陣取って、二人は一息ついていた。
「新しい所為か、設備がいいんですね。この学校」
「割とね。あ、同級生なんだから、丁寧語は要らないわよ?」気さくな委員長でよかった、と美耶子は肩の力を抜く。「何か解らない事は無い?」
「ええと……さっきの事なんだけど……」
「講堂の事? そうね。話す約束だったわね。さっきも言ったけれど、あの講堂では、ソロで歌を歌ってはいけないの」
「どうして? あそこの音響設備なら、音楽系の部活には最適って感じだけど。それにソロは駄目って、合唱はいいの?」
合唱は構わない、と委員長は頷いた。
「けれど、あそこでソロで歌うと……呪われるって……」
気さくながらも真面目そうな委員長の言葉に、美耶子は目を丸くした。
「事の起こりはね、あの講堂が建てられた三年前の話だそうよ。だから私も聞いた話になるけれど……」そう前置きして彼女が語った話はこうだった。
当時、合唱部にとても歌の巧い生徒が居た。合唱部にあってソロパートを任せられる程、彼女の声量、音感は際立っていた。そして何より、歌が好きだった。
そんな彼女は、新しい講堂の完成を、その舞台で歌える日を心待ちにしていた。文化面の育成に力を入れたいと言う理事長の意向で、学校の講堂として以上の完成度になるだろうと、以前から噂されていたのだ。
そしてその噂は確かで、出来上がった講堂は小規模な音楽堂の様だった。
二学期からは使用可能だろうという話に、彼女は傍目にも判る程、浮かれていた。二学期と言えば文化祭。きっとその舞台でソロを歌うのは自分だ、と。
ところがその二学期を目前にした夏休み終盤、彼女は家族旅行中に事故に遭い、命には別状無かったものの、大事な喉を傷めてしまった。衝突事故を起こし、炎上する車から逃れる際、相手のトラックから出た化学薬品混じりの煙を吸い込んでしまったのだと言う。
彼女は必死に治療を求め、医師も出来うる限りそれに応えたが、完全に元の声を取り戻す事は出来なかったと嘆いた。但し、それは失われた声への理想化された想いであったかも知れない。少なくとも友人達は、よくぞここ迄治ったものだと、祝福したらしいのだが。
彼女は歌う事を止め、合唱部も辞めた。慰留されたものの、こんな声で舞台には立てない、と。
そしてその後、彼女は転校して行き――件の講堂には、彼女が残して行った念が、ソロで歌う者を妬み、恨むと言う噂が立ち、今では誰も一人では歌わなくなった。
「それって……本当に何かあったの?」流石に胡散臭げに、美耶子は眉を顰めた。「それは彼女は悔しかったでしょうけど……」
「三年前、彼女の代わりにソロパートを歌う予定だった先輩が、文化祭の舞台当日に喉を傷めたというのが噂の切っ掛けみたいね。その先輩も連日、講堂で声の反響具合をチェックしたり、一生懸命だったのに……」
それ以降もソロで歌う度に気分が悪くなったなどの話はあったらしい。
「まぁ、噂に影響されての精神的なものもあったかも知れないけれどね。それでなくても舞台前なんて緊張するものだし」委員長は苦笑する。
「……もう一度、講堂、いい?」美耶子は席を立った。
再度訪れた講堂で、美耶子は舞台に上がり――歌った。
慌てて止めようとした委員長に、彼女はこう言った。
「代わりに歌った先輩は、連日此処で歌ってたのよね? 新築で、未だ塗料の臭いも残っている講堂で連日喉を酷使すれば、傷んでも不思議ではないんじゃないかしら? 後の人達はその先輩の話や噂に影響されたのと、緊張感の所為だと思うわ」
委員長はそれを否定出来ず、只、伸びのある彼女の声に耳を傾けていた。
何事も無く、美耶子は三曲もの歌を歌い終えた。
満足気に舞台を下りた彼女に、委員長は首を傾げた。
「理屈としてはそうだと私も思うけれど……よく歌えたわね。何もそう迄して証明しなくても……」
「だって……彼女はきっと、此処で歌う事を楽しみにしていたのよね? 確かに心残りはあったかも知れないけれど、それが妬みとか、恨みとか、そんなマイナスのものばかりじゃなかったんじゃないかと思うの。確かに悲運だけど……それを他人が勝手に恨んでるんだろうとか、妬んでるんだろうとか言うの、おかしいと思ったの」言って、美耶子は微笑する。「此処で歌えたら――そんなわくわくした気持ちも、残ってるんじゃないかって。だから、私独りで歌った心算じゃないよ」
じゃあ、問題ないわね、と委員長も頬を緩めた。
以来、此処では恙無く、独唱会も開かれる事となった。
―了―
ねーむーいー☆
当時、合唱部にとても歌の巧い生徒が居た。合唱部にあってソロパートを任せられる程、彼女の声量、音感は際立っていた。そして何より、歌が好きだった。
そんな彼女は、新しい講堂の完成を、その舞台で歌える日を心待ちにしていた。文化面の育成に力を入れたいと言う理事長の意向で、学校の講堂として以上の完成度になるだろうと、以前から噂されていたのだ。
そしてその噂は確かで、出来上がった講堂は小規模な音楽堂の様だった。
二学期からは使用可能だろうという話に、彼女は傍目にも判る程、浮かれていた。二学期と言えば文化祭。きっとその舞台でソロを歌うのは自分だ、と。
ところがその二学期を目前にした夏休み終盤、彼女は家族旅行中に事故に遭い、命には別状無かったものの、大事な喉を傷めてしまった。衝突事故を起こし、炎上する車から逃れる際、相手のトラックから出た化学薬品混じりの煙を吸い込んでしまったのだと言う。
彼女は必死に治療を求め、医師も出来うる限りそれに応えたが、完全に元の声を取り戻す事は出来なかったと嘆いた。但し、それは失われた声への理想化された想いであったかも知れない。少なくとも友人達は、よくぞここ迄治ったものだと、祝福したらしいのだが。
彼女は歌う事を止め、合唱部も辞めた。慰留されたものの、こんな声で舞台には立てない、と。
そしてその後、彼女は転校して行き――件の講堂には、彼女が残して行った念が、ソロで歌う者を妬み、恨むと言う噂が立ち、今では誰も一人では歌わなくなった。
「それって……本当に何かあったの?」流石に胡散臭げに、美耶子は眉を顰めた。「それは彼女は悔しかったでしょうけど……」
「三年前、彼女の代わりにソロパートを歌う予定だった先輩が、文化祭の舞台当日に喉を傷めたというのが噂の切っ掛けみたいね。その先輩も連日、講堂で声の反響具合をチェックしたり、一生懸命だったのに……」
それ以降もソロで歌う度に気分が悪くなったなどの話はあったらしい。
「まぁ、噂に影響されての精神的なものもあったかも知れないけれどね。それでなくても舞台前なんて緊張するものだし」委員長は苦笑する。
「……もう一度、講堂、いい?」美耶子は席を立った。
再度訪れた講堂で、美耶子は舞台に上がり――歌った。
慌てて止めようとした委員長に、彼女はこう言った。
「代わりに歌った先輩は、連日此処で歌ってたのよね? 新築で、未だ塗料の臭いも残っている講堂で連日喉を酷使すれば、傷んでも不思議ではないんじゃないかしら? 後の人達はその先輩の話や噂に影響されたのと、緊張感の所為だと思うわ」
委員長はそれを否定出来ず、只、伸びのある彼女の声に耳を傾けていた。
何事も無く、美耶子は三曲もの歌を歌い終えた。
満足気に舞台を下りた彼女に、委員長は首を傾げた。
「理屈としてはそうだと私も思うけれど……よく歌えたわね。何もそう迄して証明しなくても……」
「だって……彼女はきっと、此処で歌う事を楽しみにしていたのよね? 確かに心残りはあったかも知れないけれど、それが妬みとか、恨みとか、そんなマイナスのものばかりじゃなかったんじゃないかと思うの。確かに悲運だけど……それを他人が勝手に恨んでるんだろうとか、妬んでるんだろうとか言うの、おかしいと思ったの」言って、美耶子は微笑する。「此処で歌えたら――そんなわくわくした気持ちも、残ってるんじゃないかって。だから、私独りで歌った心算じゃないよ」
じゃあ、問題ないわね、と委員長も頬を緩めた。
以来、此処では恙無く、独唱会も開かれる事となった。
―了―
ねーむーいー☆
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無題
どもども!
念の強さって事なら恨みの方が強そうだけど、確かに喜びの念とかも残ってるでしょうね!!
ただ、そんな噂が蔓延してる舞台だと…その子以外の念も折り重なってて大変な呪縛になってそうっすよね。
念の強さって事なら恨みの方が強そうだけど、確かに喜びの念とかも残ってるでしょうね!!
ただ、そんな噂が蔓延してる舞台だと…その子以外の念も折り重なってて大変な呪縛になってそうっすよね。
Re:無題
これが『奇譚』シリーズだとかなりヤバイ場所になってるかも知れない(笑)
確かに恨みつらみといったマイナスの念はプラスの念に比べて強そうっすね☆
確かに恨みつらみといったマイナスの念はプラスの念に比べて強そうっすね☆
おはよう!
↑人の思い込みが現実になる世界ってか?(笑)
まぁ、その先輩が死んでいたらまだしも、生きてる人が呪うって言うのもなぁ、黒魔術とかもあるとは言うものの。
まぁ何にしろ、折角お金かけて作った講堂が台無しにならなくて良かったね。
まぁ、その先輩が死んでいたらまだしも、生きてる人が呪うって言うのもなぁ、黒魔術とかもあるとは言うものの。
まぁ何にしろ、折角お金かけて作った講堂が台無しにならなくて良かったね。
Re:おはよう!
死んだ人の場合、そこで思考が止まるから(?)念が他に移って行かない気がしますな。生きてる人の場合は、幾ら思い入れがあっても、興味の対象が他に移りそうだし(^^;)
Re:吹っ切れて良かったネ!
ある意味転校生という立場だから出来たのかも。ずっとそれが当たり前だと思ってたら、なかなかねぇ。
Re:思念
そうですね~。本人にその心算が無くても、思念が残ったりする場合も……?
Re:こんばんわっ
怖いですよね~。
思い込みとか推測とか、勝手な想像とか、色んなものを巻き込んで膨れ上がりますから。
本人さえ知らない所で(^^;)
思い込みとか推測とか、勝手な想像とか、色んなものを巻き込んで膨れ上がりますから。
本人さえ知らない所で(^^;)