〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「ねえ、何でそんなに鍵、持ってるの?」小学校一年生位だろうか、小さな男の子の問いに、年嵩の少女は腰のベルトに付けた鍵束をじゃら付かせて、答えた。
ちょっとした趣味、と。それが真実かどうかは解らないが。
茶色い髪に青いリボン、青い服のよく似合う、その少女はありすと名乗った。
「鍵を集めるのが趣味なの?」と、男の子は更に問う。「僕もね、集めてる物あるんだよ。シールとか、カードとか。でも……もう小学生なんだから、遊んでばかりいちゃ駄目だって、ママに取り上げられちゃったんだ。お姉ちゃんのママはそんな事言わないの?」
少女は只、頭を振った。
「いいな……。あ、そうだ、この鍵もお姉ちゃんに上げるよ」言って、首から下げていた鍵を外して差し出す。
「駄目よ。それ、お家の鍵でしょ?」
「いいんだ」口を尖らせて、男の子は言った。「ママは直ぐ怒るんだもん。もう帰らなくていいよ」
「随分と小さい家出志願者だこと」少女は肩を竦めた。「でも、駄目よ。その鍵は未だ私の所に来るのは早過ぎる……」
「何で?」男の子は心底不思議そうに首を傾げる。実際、少女の言う意味が解らなかった。いや、家出を反対される事は、幼い彼にも理解は出来た。悪い事だからだ。しかし、鍵が早過ぎるとは……?
「要するに、その鍵には興味が湧かないの」そう言って、少女は笑った。
「でも、僕、もう要らないんだ。これ」男の子は強情に、鍵を差し出した。
仕方ないなぁ――そんな苦笑を浮かべると、少女はそれを一旦受け取った。そして代わりに、と一本の鍵を差し出した。
「家に帰らないのなら、取り敢えず寝る所は必要でしょ? 小学校の隣の空き地に建ってるプレハブ、解る?」
頷いて、男の子は鍵を受け取った。
ちょっとした趣味、と。それが真実かどうかは解らないが。
茶色い髪に青いリボン、青い服のよく似合う、その少女はありすと名乗った。
「鍵を集めるのが趣味なの?」と、男の子は更に問う。「僕もね、集めてる物あるんだよ。シールとか、カードとか。でも……もう小学生なんだから、遊んでばかりいちゃ駄目だって、ママに取り上げられちゃったんだ。お姉ちゃんのママはそんな事言わないの?」
少女は只、頭を振った。
「いいな……。あ、そうだ、この鍵もお姉ちゃんに上げるよ」言って、首から下げていた鍵を外して差し出す。
「駄目よ。それ、お家の鍵でしょ?」
「いいんだ」口を尖らせて、男の子は言った。「ママは直ぐ怒るんだもん。もう帰らなくていいよ」
「随分と小さい家出志願者だこと」少女は肩を竦めた。「でも、駄目よ。その鍵は未だ私の所に来るのは早過ぎる……」
「何で?」男の子は心底不思議そうに首を傾げる。実際、少女の言う意味が解らなかった。いや、家出を反対される事は、幼い彼にも理解は出来た。悪い事だからだ。しかし、鍵が早過ぎるとは……?
「要するに、その鍵には興味が湧かないの」そう言って、少女は笑った。
「でも、僕、もう要らないんだ。これ」男の子は強情に、鍵を差し出した。
仕方ないなぁ――そんな苦笑を浮かべると、少女はそれを一旦受け取った。そして代わりに、と一本の鍵を差し出した。
「家に帰らないのなら、取り敢えず寝る所は必要でしょ? 小学校の隣の空き地に建ってるプレハブ、解る?」
頷いて、男の子は鍵を受け取った。
空き地の入り口には錆びたチェーンが張られていたが、身体の小さな男の子は、苦も無くそれを摺り抜けた。
草茫々の空き地には一軒の古びたプレハブが放置される儘になっていた。それでも意外な程に外見上は荒れた様子もなく、男の子は臆する事無く近付いて行った。周りを一巡りして検めてみるが、窓硝子の割れた所もない。これならば充分に、雨露や寒さは凌げそうだと、男の子は満足気に頷いた。
少女から貰った鍵を、迷う事なくドアの錠に差し込む。やはり意外に軽い音がして、鍵は開かれた。
既に時刻は夕暮れ。
ドアを開けて覗いた室内は暗く、流石に男の子は臆した。夜中、やっと一人で用を足しに行けるようになったばかりなのだ。物陰に怪しい姿を想像するのも、無理もないだろう。
それでも、家の鍵は少女に渡してしまった。今、彼の手にあるのはこのプレハブの鍵だけなのだ。
男の子は自分を鼓舞する様に、その鍵を握り締めて覚えたばかりのヒーロー物のテレビの主題歌を大声で歌いながら、足を踏み入れた。
元は何かの事務所だったのだろうか。家具類は撤去されていたものの、段ボール箱や紙の束が、未だ無造作に放置されている。男の子は電気のスイッチを見付け――周囲から見られて不法侵入がばれる事など考えもせず――スイッチを入れてみたものの、やはりと言うか灯は点かなかった。見れば電灯は全て持ち去られていた。
灯の無い夜に慣れなければいけないんだと、男の子は身を竦めた。歌はいつしか小声になり、止んでいた。
当然、テレビもゲームも無い。
そして何より、温かいご飯も無い。今晩のおかずは何だと言ってたっけ?――急に空腹を感じ、壁際に寄り添う様に腰を落とすと、男の子は持って来たお菓子の箱を開けた。おやつの前は手を洗う、という母の言い付けを思い出したが、ここでは水もありはしない。仕方なく服の裾で手を拭う。
他にする事も無く、只ぽりぽりとクッキーを齧る音だけが、空虚な室内に響いた。思わずそれに集中してしまったのは、この先の事を考えるのを、無意識に拒否していたのか――はっと気付いた時には唯一の食料は残り少なくなっていた。
やがて赤味を残した夕陽は去り、室内は闇に閉ざされた。プレハブを囲む空き地が周囲の住宅との間の壁となり、生活音は聞こえてこない。学校の傍は、夜には人が居ないものなのだと、彼は初めて知った。
灯も無い、食べ物も無い、水さえ無い。テレビも無い、ゲームも無い、着替えも無い。
無い無い尽くしだ。
何より、口煩くも温かい、母の姿が無い。いつも帰りが遅いけれど、時には母には解らない話に乗ってくれる父の姿も無い。
そして、そこへ帰る為の鍵は、今、彼の手には無い。
両親は夕方を過ぎても帰らない自分を、心配してくれているだろうか。声を限りに、捜してくれているのだろうか?
じわり――涙が滲んだ。
家出など自分には早過ぎるのだと、やっと幼い彼は悟った。
「でも……」もう家の鍵は無い――そう思って握っていた手を開いて、新たな鍵を見詰めて、彼は目を疑った。
慌てて立ち上がり、窓から入る、僅かな外の明かりに照らして、ためつ眇めつ、鍵に見入る。
間違いなく、それは元々の、彼の鍵だった。
「何で……?」此処の鍵を開けて、入る事が出来たのだから、少なくともあの時点で、鍵はこのプレハブのものだった筈だ。鍵が同じだった? そんな事があるのか? いや、それでは鍵の意味を成さない事位、幼い彼にだって解る。
あの少女の仕業だろうか? しかし、いつ、どうやって?――解らない事だらけだった。
只、何も考える必要もなく解る事が一つ。
帰ろう――自分に必要な鍵をぎゅっと握り締め、男の子はプレハブを後にした。
その後、両親の涙交じりの叱責を受けるのだが、それは不思議と、快かった。
「ご苦労様」プレハブの鍵を手にして、少女は囁く様に言った。
鍵を鍵束に戻し、やれやれ、と肩を竦める。
「あんな若い鍵を貰ってもね」苦笑を浮かべる。「人が必要とする鍵はその人の手に……。未だ当分、私の元に来るべき鍵じゃないわ」
それにしても――趣味、ねぇ?
くすくすと笑いながら、少女は夜の闇に姿を消した。
―了―
何かこの頃、子供相手が多い?
草茫々の空き地には一軒の古びたプレハブが放置される儘になっていた。それでも意外な程に外見上は荒れた様子もなく、男の子は臆する事無く近付いて行った。周りを一巡りして検めてみるが、窓硝子の割れた所もない。これならば充分に、雨露や寒さは凌げそうだと、男の子は満足気に頷いた。
少女から貰った鍵を、迷う事なくドアの錠に差し込む。やはり意外に軽い音がして、鍵は開かれた。
既に時刻は夕暮れ。
ドアを開けて覗いた室内は暗く、流石に男の子は臆した。夜中、やっと一人で用を足しに行けるようになったばかりなのだ。物陰に怪しい姿を想像するのも、無理もないだろう。
それでも、家の鍵は少女に渡してしまった。今、彼の手にあるのはこのプレハブの鍵だけなのだ。
男の子は自分を鼓舞する様に、その鍵を握り締めて覚えたばかりのヒーロー物のテレビの主題歌を大声で歌いながら、足を踏み入れた。
元は何かの事務所だったのだろうか。家具類は撤去されていたものの、段ボール箱や紙の束が、未だ無造作に放置されている。男の子は電気のスイッチを見付け――周囲から見られて不法侵入がばれる事など考えもせず――スイッチを入れてみたものの、やはりと言うか灯は点かなかった。見れば電灯は全て持ち去られていた。
灯の無い夜に慣れなければいけないんだと、男の子は身を竦めた。歌はいつしか小声になり、止んでいた。
当然、テレビもゲームも無い。
そして何より、温かいご飯も無い。今晩のおかずは何だと言ってたっけ?――急に空腹を感じ、壁際に寄り添う様に腰を落とすと、男の子は持って来たお菓子の箱を開けた。おやつの前は手を洗う、という母の言い付けを思い出したが、ここでは水もありはしない。仕方なく服の裾で手を拭う。
他にする事も無く、只ぽりぽりとクッキーを齧る音だけが、空虚な室内に響いた。思わずそれに集中してしまったのは、この先の事を考えるのを、無意識に拒否していたのか――はっと気付いた時には唯一の食料は残り少なくなっていた。
やがて赤味を残した夕陽は去り、室内は闇に閉ざされた。プレハブを囲む空き地が周囲の住宅との間の壁となり、生活音は聞こえてこない。学校の傍は、夜には人が居ないものなのだと、彼は初めて知った。
灯も無い、食べ物も無い、水さえ無い。テレビも無い、ゲームも無い、着替えも無い。
無い無い尽くしだ。
何より、口煩くも温かい、母の姿が無い。いつも帰りが遅いけれど、時には母には解らない話に乗ってくれる父の姿も無い。
そして、そこへ帰る為の鍵は、今、彼の手には無い。
両親は夕方を過ぎても帰らない自分を、心配してくれているだろうか。声を限りに、捜してくれているのだろうか?
じわり――涙が滲んだ。
家出など自分には早過ぎるのだと、やっと幼い彼は悟った。
「でも……」もう家の鍵は無い――そう思って握っていた手を開いて、新たな鍵を見詰めて、彼は目を疑った。
慌てて立ち上がり、窓から入る、僅かな外の明かりに照らして、ためつ眇めつ、鍵に見入る。
間違いなく、それは元々の、彼の鍵だった。
「何で……?」此処の鍵を開けて、入る事が出来たのだから、少なくともあの時点で、鍵はこのプレハブのものだった筈だ。鍵が同じだった? そんな事があるのか? いや、それでは鍵の意味を成さない事位、幼い彼にだって解る。
あの少女の仕業だろうか? しかし、いつ、どうやって?――解らない事だらけだった。
只、何も考える必要もなく解る事が一つ。
帰ろう――自分に必要な鍵をぎゅっと握り締め、男の子はプレハブを後にした。
その後、両親の涙交じりの叱責を受けるのだが、それは不思議と、快かった。
「ご苦労様」プレハブの鍵を手にして、少女は囁く様に言った。
鍵を鍵束に戻し、やれやれ、と肩を竦める。
「あんな若い鍵を貰ってもね」苦笑を浮かべる。「人が必要とする鍵はその人の手に……。未だ当分、私の元に来るべき鍵じゃないわ」
それにしても――趣味、ねぇ?
くすくすと笑いながら、少女は夜の闇に姿を消した。
―了―
何かこの頃、子供相手が多い?
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Re:こんばんは(^^)
鍵を知らないお姉ちゃんに上げちゃった、なんて言ったら怒られる……というのもあるかも(^^;)
ありすの仕事(?)多岐に亘っております(笑)
ありすの仕事(?)多岐に亘っております(笑)
Re:きょう巽と、ベル
私は君の投稿の意味を理解したいなぁ。
無理だけど。
無理だけど。
Re:こんばんは
中学生の家出……痛い目に遭わん内に帰れよ~(--メ)
携帯持ってたって、いざとなったらどうにもならない気がするけど……そんな親だから、子供も家出したくなるのかな?
携帯持ってたって、いざとなったらどうにもならない気がするけど……そんな親だから、子供も家出したくなるのかな?
Re:こんばんは
若い子供の頃って(笑)
若い鍵、というのは未だ未だこれから使われるべき鍵の彼女なりの言い回しですな。未だ彼女の手元に来るには早過ぎる鍵っす。
若い鍵、というのは未だ未だこれから使われるべき鍵の彼女なりの言い回しですな。未だ彼女の手元に来るには早過ぎる鍵っす。
こんにちは♪
これはまた可愛い家出だねぇ~!
でも大事に至らず無事に家に戻れて良かったネ♪
もしも途中で変な人に捕まったら大変な事に
なってたものねぇ、
あ、でもそういう事態になったらアリスさんが
助けてくれたかな?
でも大事に至らず無事に家に戻れて良かったネ♪
もしも途中で変な人に捕まったら大変な事に
なってたものねぇ、
あ、でもそういう事態になったらアリスさんが
助けてくれたかな?
Re:こんにちは♪
どうだろう? ありすとしては積極的に介入する対象ではないけれど……無視もしないだろうなぁ。プレハブの鍵、預けてるし。
Re:無題
∑( ̄□ ̄;)!!
ふわりぃさん、家出経験者ですか!?
ありすが興味ないと言ったのは、未だ彼女の所に来るべき鍵じゃないから。
ふわりぃさん、家出経験者ですか!?
ありすが興味ないと言ったのは、未だ彼女の所に来るべき鍵じゃないから。