〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「本当ね? 本当に彼を殺せば、私を助けてくれるのね?」ヒステリックに上擦った声で、女は叫んだ。
その彼女の目に映るのは容赦なく照り付ける太陽と、それを更に反射してギラギラと輝く広大な海原。自分達が乗ったオレンジ色の小さな救命ボート。そして、彼女の伸ばした腕の先で、他ならぬ彼女自身の手でボートの縁から落とされようとしている、恋人。
本来なら到底彼女の細腕でどうにか出来る相手ではなかった。背が高く、力強い所に、彼女は惹かれたのだから。
だが、死に物狂いと言うか火事場の馬鹿力と言うか、彼女の手は万力の様に彼の首を捉えていた。
それと言うのも……。
「嘘は申しませんとも。一人を助けるには一人の命――それが代償です」揺れるボートの上にありながらそれに翻弄される事なく超然と佇む男が一人。泣いているのか笑っているのか解らない、道化の様な表情をした男だった。「私共、悪魔との契約の……」
確約を聞いて女の手に更に力が込められる。
「お願いよ、あなた。私、もううんざりなのよ。この照り付ける太陽も潮の匂いも、この小さなボートも、いつ抜け出せるとも解らない飢えと渇きも……!」最早縁からお互いの身を乗り出す様な状態になりながら、女は叫ぶ。「この悪魔が私一人なら助けてくれるって言うの。だから……私を助けて?」
ふっ……と抵抗がなくなった。
悲鳴と、最期迄彼女の凶行が信じられないという表情を残して、彼は遠ざかって行った。
波飛沫を受けながら、彼女はゆっくりと半身を起こした。顔に、ゆっくりと、狂気じみた笑みが広がっていく。
「これでいいのよね? これで、助けてくれるんでしょ?」悪魔を振り返り、念を押す。
「勿論ですとも。これで貴女は今夜以降、ベッドにも食べ物にも困る事はないでしょう」にたぁり、道化の口元にも笑みが広がる。「申しましたでしょう? 私共悪魔は嘘は申しません。只……」
女の胸に不安がざわめきを作る。
「只、何?」
「人を惑わします」泣き笑いの道化顔が更に気味悪く歪む。「この様に……」
男が手を一振りすると、景色が変わった。
そこは最早海原ではなく、何の変哲もないアパートの一室――彼女が恋人と共に住んでいた部屋だった。絶え間なく聞こえていた波音は、街のざわめきに変わる。いつもは煩く感じるそれが、甲高いサイレンの音でさえも懐かしく感じられた。
戻って来た! 助かった!――そう驚喜したのはほんの一瞬。徐々に意識が醒め、彼女は全てを思い出した。
自分達は元々海になど出てはいなかったのだと。
元より、フリーターで毎日の生活に追われていた二人には、そんな金銭的な余裕もなかった。行けたらいいね、そんな願望を口にした事はあったが、当分実現の予定もない事は互いに解っていた。
そう、いつか二人で行けたら……。
なのに何て事を……!?
手に残る感触に嫌な胸騒ぎを感じて、彼女は自分の背後に位置する窓辺を振り返った。恐る恐る、四階から下を覗き込む。
そこには人集りと赤色灯。男の墜落死体。そしてこのアパートに向かって来る数人の警官の姿。
よろり、と女は窓辺から身を退いた。
海も太陽も全ては幻。
只、彼女が自分一人が助かりたい一心で、その手で恋人を死に追いやった事だけは事実だった。
この儘では殺人犯として逮捕、拘束される――悔恨と激怒でぐちゃぐちゃになった頭に、悪魔の声が静かに響いた。
「申しましたでしょう? ベッドにも食べ物にも困る事はありませんよ。自由はありませんが」
泣き笑いの道化の姿は最早その場にはなかった。
* * *
「私の囁きに乗るか突っ撥ねるか――それが彼女に与えられた最大の選択の自由だったのに……。ともあれ、これを以って契約は完了致しました。詐欺紛い? いえいえ、彼女は二人での暮らしの中、確かに飢えと渇きを感じていたのですよ。私はそれを解り易く見せて差し上げたに過ぎません。決して嘘は申しませんとも」
―了―
囁きには要注意……☆
その彼女の目に映るのは容赦なく照り付ける太陽と、それを更に反射してギラギラと輝く広大な海原。自分達が乗ったオレンジ色の小さな救命ボート。そして、彼女の伸ばした腕の先で、他ならぬ彼女自身の手でボートの縁から落とされようとしている、恋人。
本来なら到底彼女の細腕でどうにか出来る相手ではなかった。背が高く、力強い所に、彼女は惹かれたのだから。
だが、死に物狂いと言うか火事場の馬鹿力と言うか、彼女の手は万力の様に彼の首を捉えていた。
それと言うのも……。
「嘘は申しませんとも。一人を助けるには一人の命――それが代償です」揺れるボートの上にありながらそれに翻弄される事なく超然と佇む男が一人。泣いているのか笑っているのか解らない、道化の様な表情をした男だった。「私共、悪魔との契約の……」
確約を聞いて女の手に更に力が込められる。
「お願いよ、あなた。私、もううんざりなのよ。この照り付ける太陽も潮の匂いも、この小さなボートも、いつ抜け出せるとも解らない飢えと渇きも……!」最早縁からお互いの身を乗り出す様な状態になりながら、女は叫ぶ。「この悪魔が私一人なら助けてくれるって言うの。だから……私を助けて?」
ふっ……と抵抗がなくなった。
悲鳴と、最期迄彼女の凶行が信じられないという表情を残して、彼は遠ざかって行った。
波飛沫を受けながら、彼女はゆっくりと半身を起こした。顔に、ゆっくりと、狂気じみた笑みが広がっていく。
「これでいいのよね? これで、助けてくれるんでしょ?」悪魔を振り返り、念を押す。
「勿論ですとも。これで貴女は今夜以降、ベッドにも食べ物にも困る事はないでしょう」にたぁり、道化の口元にも笑みが広がる。「申しましたでしょう? 私共悪魔は嘘は申しません。只……」
女の胸に不安がざわめきを作る。
「只、何?」
「人を惑わします」泣き笑いの道化顔が更に気味悪く歪む。「この様に……」
男が手を一振りすると、景色が変わった。
そこは最早海原ではなく、何の変哲もないアパートの一室――彼女が恋人と共に住んでいた部屋だった。絶え間なく聞こえていた波音は、街のざわめきに変わる。いつもは煩く感じるそれが、甲高いサイレンの音でさえも懐かしく感じられた。
戻って来た! 助かった!――そう驚喜したのはほんの一瞬。徐々に意識が醒め、彼女は全てを思い出した。
自分達は元々海になど出てはいなかったのだと。
元より、フリーターで毎日の生活に追われていた二人には、そんな金銭的な余裕もなかった。行けたらいいね、そんな願望を口にした事はあったが、当分実現の予定もない事は互いに解っていた。
そう、いつか二人で行けたら……。
なのに何て事を……!?
手に残る感触に嫌な胸騒ぎを感じて、彼女は自分の背後に位置する窓辺を振り返った。恐る恐る、四階から下を覗き込む。
そこには人集りと赤色灯。男の墜落死体。そしてこのアパートに向かって来る数人の警官の姿。
よろり、と女は窓辺から身を退いた。
海も太陽も全ては幻。
只、彼女が自分一人が助かりたい一心で、その手で恋人を死に追いやった事だけは事実だった。
この儘では殺人犯として逮捕、拘束される――悔恨と激怒でぐちゃぐちゃになった頭に、悪魔の声が静かに響いた。
「申しましたでしょう? ベッドにも食べ物にも困る事はありませんよ。自由はありませんが」
泣き笑いの道化の姿は最早その場にはなかった。
* * *
「私の囁きに乗るか突っ撥ねるか――それが彼女に与えられた最大の選択の自由だったのに……。ともあれ、これを以って契約は完了致しました。詐欺紛い? いえいえ、彼女は二人での暮らしの中、確かに飢えと渇きを感じていたのですよ。私はそれを解り易く見せて差し上げたに過ぎません。決して嘘は申しませんとも」
―了―
囁きには要注意……☆
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Re:悪魔
こんな囁きに乗ってしまったら……破滅ですな(--;)
誰の心の中にも……天使も居るのだろうか?
誰の心の中にも……天使も居るのだろうか?
Re:嫌だ~
や、悪魔は嫌なものかと(^^;)
い○い……了解!
い○い……了解!
Re:こんにちは
悪魔ですから(^^;)
惑わしてなんぼです(笑)
惑わしてなんぼです(笑)
こんにちは♪
相手が悪魔じゃ、そうそうスンナリはいかないと
思ったけど・・・・悪魔メ詐欺罪じゃ!
この場合、自分が犠牲になろうとしたとしても、
相手が悪魔じゃ、ニンマリで終わりなのかな?
悪魔の囁きには耳をかさないことだねぇ~!
思ったけど・・・・悪魔メ詐欺罪じゃ!
この場合、自分が犠牲になろうとしたとしても、
相手が悪魔じゃ、ニンマリで終わりなのかな?
悪魔の囁きには耳をかさないことだねぇ~!
Re:こんにちは♪
恋人を殺すを選ばなかったら、多少は変わったかも知れないけど……。
付け込まれる隙を見せないのが一番だけど、難しいよねぇ。
付け込まれる隙を見せないのが一番だけど、難しいよねぇ。
Re:無題
悪魔に死神ちゃんの鎌は効くのか?(^^;)
取り敢えず、さくっとな♪
取り敢えず、さくっとな♪