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帰りの電車の中、余りの眠さについ、うとうとしてしまった。
残業の疲れと、心地よい揺れの所為だったのだろうか。丸で沼に引き摺り込まれる様に、意識が沈んで行ったのだ。
だが、大きな揺れにはっと目を覚ました時の、バツの悪い事と言ったらない。隣の人に寄り掛かって迷惑を掛けていなかっただろうか、間抜けな寝顔を周囲の人に笑われていなかっただろうか、そんな想像に顔が熱くなる。
が、恐る恐る窺った周囲には、私を睨んで顔を顰める隣人も、こっそり忍び笑いする者も、居なかった。
誰も、居なかったのだ。
深夜の事、満員には程遠いものの、それなりに人の居る光景の中眠りに落ちてしまった私は、この落差に途惑わずにいられなかった。
皆降りてしまったのだろうか? いや、居ない以上、そうなのだろう。だが、皆が皆?
そもそも此処はどの辺りなのだろう? 自宅の最寄り駅迄は七つ。腕時計を見れば、疾うに着いている時間だった。この分では寝過ごしてしまったのだろう。電車は動き続けていて、未だアナウンスは無い。線路際の景色は夜の闇に沈んでいて、見当が付かない。
誰かに訊こうにも、誰も居ない。
落ち付かない気持ちの儘、私はそわそわと席を立つ。何、他の車両には未だ人が居るに違いない。
私は前の車両へと足を踏み入れ――茫然と立ち尽くした。
此処にも、誰も居ない。
真逆、実はこの電車はもう今日の業務を終え、車庫に戻される所なのでは? いやいや、それなら乗務員が最終の見回りはするだろう。そして私を見付けて、起こしてくれた筈だ。
では、これは一体……?
私は足早に、前の車両を目指した。次の車両にはきっと、誰かが居る筈――そう、自分に言い聞かせて。
だが、揺れる車内を幾ら歩いても、人の姿は見付からなかった。
一両目に辿り着いても……。
区切られた乗務員室のドアを、私は睨み付けた。
厚い硝子の嵌ったその向こうには、子供の頃に憧れた事もある運転台が見えていた。
詰まりその前に人の姿は無く――更に前の、電車の窓に迫った一本杉の脇の急なカーブに、私は思わずドアの硝子に両掌を叩き付けた。この儘では曲がれるスピードでも、角度でもない。
狂った様な声を、私は上げたに違いない。
いきなり私の肩を揺さ振った誰かの声は、酷く慌てていたから。
「橋本さん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……済まない。眠ってしまっていたのか……」
「もう少しですから、頑張りましょう。後はテスト走行を繰り返して不都合が無ければ、この巨大鉄道ジオラマの完成です。やっと家に帰ってゆっくり眠れますよ」
「ああ、そうだね」
私は仮眠を取っていた椅子から立ち上がり、広い室内の大半を埋める緑豊かなジオラマを見渡した。
なだらかな山々、その所々に密集する人家、それらの間を、一本の線路が繋いでいる。
テスト走行中の小さな無人電車が、私達の前を通過した。
「なぁ、此処……少しカーブきつかったかな?」
一本杉の横で、電車が大きく揺れた。
―了―
眠いですzzz