〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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「この店、何の店だっけ?」通りすがり、ふと気になっていた事を、私は横を歩く奈緒に訊いた。
さあ?――そんな気の無い返事が返ってきた。
実際、その店は女子高生の気を引く様な装いでもなく、強化硝子製の自動ドアや壁全てが白いカーテンで中から覆われていた。
三階建てのマンションの一階部分。確か二年程前にはコンビニの店舗があったという記憶はあるのだけれど、そこが潰れた後、剥き出しの儘のショーケースが暗い店内に並ぶ様を、最後に見たのはいつだったか……。
いつの間にか看板も白く塗り替えられ、自動ドアのカラフルな線も無くなり、白いカーテンに閉ざされていたのだ。
その看板には店名さえ、無い。
そして店が開かれる様子も、全く無かった。
「居酒屋みたいに夜だけ開いてるんじゃないの?」と、奈緒。
「私、部活で時々遅くなるけど、それでも開いてるの見た事無いもの」
それに幾ら深夜営業だとしても店である以上、人の出入りはある筈。ところが此処にはその気配も無い。カーテンの襞も一ミリたりとも、動いていない――気になって見るようになってからは、少なくともそう思えた。
「じゃ、何もテナント入ってないんじゃないの?」面倒臭そうに、奈緒が言う。
「でも、外装迄変えて、多分中もいじってるのに……何で放りっぱなしなのかな?」私は首を捻った。
「そんなの知らないって」奈緒はひらひらと手を振った。「何でそんなに気にするの?」
「……そこが入ってるマンションの上の階でね、昔、殺人事件があったんだよ」
被害者は一人暮らしの老人だった。最上階の部屋に住んでいた、元オーナーだったと言う。
胸を刺されて玄関に倒れているのを、元々付き合いのあったコンビニの店主に発見された時にはもう事切れていた。凶器は胸に残されていたけれど、量販店で入手可能な物でその出所は絞り切れなかったと聞く。
結局、犯人は捕まらない儘、今に至っている。
コンビにもそれ以来ケチでも付いたのか、傾き始め、遂には閉店。店主も何処かへ去ったと言う。
因みに現在のオーナーは被害者の息子だそうだ。一時、郷里を離れていたのを、たった一人の父の死に際して戻って来たと言う。
「その店主が犯人って事は無いの?」さっきよりはちょっとだけ興味を示した様子で、奈緒は訊いた。
「それならとっくに逮捕されてるんじゃないの?」私は首を傾げた。「刺されたと推定される時刻には店に居たって店員が証言したそうよ」
「じゃ、息子は? 財産目当てとか。小さいマンションだけど、一応はオーナーなんだし。家賃収入とかあるでしょ」
「家賃収入はかなり動機になり得るかもね。地価に比べても高めだって話だもの。でも、事件当時は彼は此処を離れていて、然もその日は会社で残業していたって証言があったんだって。ま、その日に限らず残業の毎日だったそうだけど」
「やけに詳しいわね? それ、本当の事なの?」怪訝そうに、奈緒は私を見た。
「本当よ。だって、本人達から聞いたんだもの。特にオーナーの息子――私に遺伝子を半分くれた、ママの元夫からは色々とね」
「え……それって、あんたのパパの話だったの?」奈緒は目を丸くした。
パパだなんて思った事は無かったけれど、私は頷いた。
単身赴任が続いたからだろうか。自立する道を覚え、選んだ母はいつ同居出来るとも知れない父を待つ暮らしよりも、帰って来なくて当然の生活を望んだ。待つ位なら、始めから私と二人がいい、と。それはそれで、父を好きだったんじゃないかと――だからこそ寂しかったんじゃないかと――思うけど、私は帰って来なくて当然の生活に既に慣れ切っていて……離婚という言葉を何の苦も無く受け入れてしまった。母を寂しがらせる父は嫌いだった。
奈緒は「そっかぁ、それで気になるんだぁ」って、妙に納得してるけど。
父の事なんて、私は気に懸けていない。
私が気懸かりなのは――。
「事件があったのは離婚が決定する直前でね、その晩……珍しく、母は外出していたの」
「……」呆けた奈緒の顔を、私は見詰めた。やがて奈緒の顔に引き攣った様な笑が広がっていく。「何、言ってんの……。それじゃ丸であんたのママが……そんな事してどうするのよ?」
「前の会社で働かなくてよくなれば、彼は帰って来る――そう思ったんじゃない? 元々、被害者……祖父は結婚に反対していた人でもあるそうだし。祖父が居なくなって、彼が帰ってくれば……ってね」
「じゃ、じゃあ、何で別れたのよ? 思う通りに行ったんじゃないの? パパは戻って来てあのマンションに居るんでしょ?」
「ママは、あのマンションに入れないの。罪の意識か、精神的なものなんだろうけれど、あの晩以来あそこには近付けない。葬儀の仕度でも行けなかったんだ。でも、パパはそれがどうしてか解らない――精々、反対されていた祖父の後に入るのが嫌なだけの我が儘なんだろうって解釈みたい。だから、結局……私達の家に帰って来ない事に変わりはなかった訳」
「それ……本当なの?」恐る恐る、といった体で奈緒が質す。「時効、未だなんでしょ? もし――そんな事、勿論しないけど――私が誰かに話したらどうする心算?」
「……どうもしない」我ながら無表情な声で、私は言った。「もう、悩むの疲れたし……。聞いて貰いたかっただけ」
戸惑い顔の儘、立ち止まってしまった奈緒を置いて、私は家路を辿る。私と母との家への。
けれどそうして話して落ち着いたのが功を奏したのだろうか。
あの、白い一階が、祖父の葬儀の時に一度だけ見た、白い祭壇に見えた。
彼は未だ、祖父を弔い続けているのかも知れない。
カーテンに閉ざされた、白い部屋で。
それだけに、母はあそこに近付けない。例え未だに彼を待っていても。
それは母への罰。
そして母の涙は幼さから「お祖父ちゃんが居なくなれば皆であそこに住めるね」と言ってしまった私自身への、痛い棘。
―了―
短文にしようと思いつつ、長くなったー☆
思い付きで書くからや(--;)
「私、部活で時々遅くなるけど、それでも開いてるの見た事無いもの」
それに幾ら深夜営業だとしても店である以上、人の出入りはある筈。ところが此処にはその気配も無い。カーテンの襞も一ミリたりとも、動いていない――気になって見るようになってからは、少なくともそう思えた。
「じゃ、何もテナント入ってないんじゃないの?」面倒臭そうに、奈緒が言う。
「でも、外装迄変えて、多分中もいじってるのに……何で放りっぱなしなのかな?」私は首を捻った。
「そんなの知らないって」奈緒はひらひらと手を振った。「何でそんなに気にするの?」
「……そこが入ってるマンションの上の階でね、昔、殺人事件があったんだよ」
被害者は一人暮らしの老人だった。最上階の部屋に住んでいた、元オーナーだったと言う。
胸を刺されて玄関に倒れているのを、元々付き合いのあったコンビニの店主に発見された時にはもう事切れていた。凶器は胸に残されていたけれど、量販店で入手可能な物でその出所は絞り切れなかったと聞く。
結局、犯人は捕まらない儘、今に至っている。
コンビにもそれ以来ケチでも付いたのか、傾き始め、遂には閉店。店主も何処かへ去ったと言う。
因みに現在のオーナーは被害者の息子だそうだ。一時、郷里を離れていたのを、たった一人の父の死に際して戻って来たと言う。
「その店主が犯人って事は無いの?」さっきよりはちょっとだけ興味を示した様子で、奈緒は訊いた。
「それならとっくに逮捕されてるんじゃないの?」私は首を傾げた。「刺されたと推定される時刻には店に居たって店員が証言したそうよ」
「じゃ、息子は? 財産目当てとか。小さいマンションだけど、一応はオーナーなんだし。家賃収入とかあるでしょ」
「家賃収入はかなり動機になり得るかもね。地価に比べても高めだって話だもの。でも、事件当時は彼は此処を離れていて、然もその日は会社で残業していたって証言があったんだって。ま、その日に限らず残業の毎日だったそうだけど」
「やけに詳しいわね? それ、本当の事なの?」怪訝そうに、奈緒は私を見た。
「本当よ。だって、本人達から聞いたんだもの。特にオーナーの息子――私に遺伝子を半分くれた、ママの元夫からは色々とね」
「え……それって、あんたのパパの話だったの?」奈緒は目を丸くした。
パパだなんて思った事は無かったけれど、私は頷いた。
単身赴任が続いたからだろうか。自立する道を覚え、選んだ母はいつ同居出来るとも知れない父を待つ暮らしよりも、帰って来なくて当然の生活を望んだ。待つ位なら、始めから私と二人がいい、と。それはそれで、父を好きだったんじゃないかと――だからこそ寂しかったんじゃないかと――思うけど、私は帰って来なくて当然の生活に既に慣れ切っていて……離婚という言葉を何の苦も無く受け入れてしまった。母を寂しがらせる父は嫌いだった。
奈緒は「そっかぁ、それで気になるんだぁ」って、妙に納得してるけど。
父の事なんて、私は気に懸けていない。
私が気懸かりなのは――。
「事件があったのは離婚が決定する直前でね、その晩……珍しく、母は外出していたの」
「……」呆けた奈緒の顔を、私は見詰めた。やがて奈緒の顔に引き攣った様な笑が広がっていく。「何、言ってんの……。それじゃ丸であんたのママが……そんな事してどうするのよ?」
「前の会社で働かなくてよくなれば、彼は帰って来る――そう思ったんじゃない? 元々、被害者……祖父は結婚に反対していた人でもあるそうだし。祖父が居なくなって、彼が帰ってくれば……ってね」
「じゃ、じゃあ、何で別れたのよ? 思う通りに行ったんじゃないの? パパは戻って来てあのマンションに居るんでしょ?」
「ママは、あのマンションに入れないの。罪の意識か、精神的なものなんだろうけれど、あの晩以来あそこには近付けない。葬儀の仕度でも行けなかったんだ。でも、パパはそれがどうしてか解らない――精々、反対されていた祖父の後に入るのが嫌なだけの我が儘なんだろうって解釈みたい。だから、結局……私達の家に帰って来ない事に変わりはなかった訳」
「それ……本当なの?」恐る恐る、といった体で奈緒が質す。「時効、未だなんでしょ? もし――そんな事、勿論しないけど――私が誰かに話したらどうする心算?」
「……どうもしない」我ながら無表情な声で、私は言った。「もう、悩むの疲れたし……。聞いて貰いたかっただけ」
戸惑い顔の儘、立ち止まってしまった奈緒を置いて、私は家路を辿る。私と母との家への。
けれどそうして話して落ち着いたのが功を奏したのだろうか。
あの、白い一階が、祖父の葬儀の時に一度だけ見た、白い祭壇に見えた。
彼は未だ、祖父を弔い続けているのかも知れない。
カーテンに閉ざされた、白い部屋で。
それだけに、母はあそこに近付けない。例え未だに彼を待っていても。
それは母への罰。
そして母の涙は幼さから「お祖父ちゃんが居なくなれば皆であそこに住めるね」と言ってしまった私自身への、痛い棘。
―了―
短文にしようと思いつつ、長くなったー☆
思い付きで書くからや(--;)
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Re:こんばんは♪
や、この頃パターンが被るな~って感じのが多くなっちゃって(^^;)
色々模索中(笑)
色々模索中(笑)
こんばんは
ただいま配色に迷い中です~
それはさておき、思いつきにしては良いですね。祭壇の為にテナント料金を高く取れる一階を!!!なんて、せちがらい事を考えてしまったよ(笑)
飛び降りにするなら何で刺し傷を作っちゃうかな~?とにかく、お母さんは自白して罪を償わなきゃ駄目よね
それはさておき、思いつきにしては良いですね。祭壇の為にテナント料金を高く取れる一階を!!!なんて、せちがらい事を考えてしまったよ(笑)
飛び降りにするなら何で刺し傷を作っちゃうかな~?とにかく、お母さんは自白して罪を償わなきゃ駄目よね
Re:こんばんは
配色? ああ、あっちの……(^^)
文字色とか、カーソル乗った時の色とか、結構迷うでしょ。どうしたら見易いかなーって。
お母さん、多分、今は「私」を待ってるんだろうなー。離れる事が出来なさそうな人★
文字色とか、カーソル乗った時の色とか、結構迷うでしょ。どうしたら見易いかなーって。
お母さん、多分、今は「私」を待ってるんだろうなー。離れる事が出来なさそうな人★
Re:おはようございます♪
現実の事件の動機の方が、想像も付かないものだったりするのは如何なものか(--;)
ああいうのはフィクションだけに留めて欲しいですね!
ああいうのはフィクションだけに留めて欲しいですね!
こんにちは。
お邪魔するのはしばらくですね。読ませてもらってはいたんですけれど。
んー、この語り手の女の子とママって、共依存に近いのでしょうか。ママがパパを好きで離れているのが淋しかった感情に娘も共鳴したっていうか…。間違った母娘関係の母性愛だと思いますが。で、ママと娘が2人で1人みたいな関係のところに、無理解なパパが存在だけは確かに感じる程度?
なんてカサカサしてるんでしょね(苦笑)
んー、この語り手の女の子とママって、共依存に近いのでしょうか。ママがパパを好きで離れているのが淋しかった感情に娘も共鳴したっていうか…。間違った母娘関係の母性愛だと思いますが。で、ママと娘が2人で1人みたいな関係のところに、無理解なパパが存在だけは確かに感じる程度?
なんてカサカサしてるんでしょね(苦笑)
Re:こんにちは。
カサカサですねー。潤いと言うかゆとりが足りないんですねー(苦笑)
パパは好きなんだけど、浮いちゃってる。単身赴任のお父さん方、ご注意を★(父の日も近いのに……^^;)
そうそう、教えてくれたB型の続編(?)の「AB型自分の説明書」ありましたよ^^
中の一つ、「本屋に入ったら長―――――い。同じ所をウロウロ。ずっといる」大当たり☆
パパは好きなんだけど、浮いちゃってる。単身赴任のお父さん方、ご注意を★(父の日も近いのに……^^;)
そうそう、教えてくれたB型の続編(?)の「AB型自分の説明書」ありましたよ^^
中の一つ、「本屋に入ったら長―――――い。同じ所をウロウロ。ずっといる」大当たり☆
Re:こんばんは
う~ん、もう帰って来ないものと悟ってしまったんでしょうかね(^^;)
動機……やっぱり第三者に語らせると薄くなるなぁ。
動機……やっぱり第三者に語らせると薄くなるなぁ。
Re:こんばんわっ
一説には身内内の事件は半数以上とか?
やはり全く関係の無い人間には恨みとか怒りとか殺意とか、普通は湧きませんものね。
やはり全く関係の無い人間には恨みとか怒りとか殺意とか、普通は湧きませんものね。
Re:無題
お母さんは孤独を嫌う人なので、余程彼女が真実を突き付けて追い詰めでもしないと、彼女には手は出さないでしょうな。
あ~、でも殺して永遠に所有するという手も……?(怖)
あ~、でも殺して永遠に所有するという手も……?(怖)
Re:無題
それは怖っ!
事件が起こる度、テレビではコメンテーターやら何やらが色々分析してるけど……結局の所は本人にしか、あるいは本人にすら解らないんじゃないかと思われます。
事件が起こる度、テレビではコメンテーターやら何やらが色々分析してるけど……結局の所は本人にしか、あるいは本人にすら解らないんじゃないかと思われます。