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一瞬、雪が降り始めたのかと思った。
けれど、今日は晴天。このグラウンドから見渡す限り、風花を運びそうな雲も、見当たらない。
そして何より、頬に触れたそれは溶ける事もなく、滑り落ちた。
手に取って見ればそれは只の白い紙切れで、六角形ではなく三角形をしていた。辺りに振って来た物を見ても、やはり揃えた様に綺麗な三角形。
丸で演劇の降雪の場面に使われる様な……。
そう気付いて思わず見上げたのはグラウンドに隣接するクラブ棟。その名の通り、各クラブの部室が入っている。勿論、演劇部の部室も。
案の定と言うべきか、紙の雪は演劇部の部室の窓から、降り注いでいた。
誰かの手が一掴みずつ、ばら撒いているのだ。
一体誰?――私は眉根を寄せた。既に放課後。試験も近い事から、活動を自粛しているクラブも多い。演劇部所属のクラスメイトも私よりも先に帰って行ったから、きっと演劇部も。
何より、折角作ったのだろう「雪」を、何故グラウンドなんかにばら撒いているのだ? それも次から次へと……一体どれだけ作ったと言うの?
好奇心に負けて、私はクラブ棟へと取って返した。
演劇部のプレートの付けられた扉は、半開きになっていた。
そっと覗き込んだ私は、思わず声を上げてしまった。
部室に広がっていたのは、一面の雪――いや、雪を模した紙だった。机や椅子を埋める様に、積もっている。
そして尚も窓から紙の雪を降らせる少女が一人。
私の声に気付いたのだろう、振り返った顔は余りにも白く、演劇の衣装なのだろうか、真っ白な着物を身に着けていた。
丸で雪女の様……。
そう思った時だった、不意の一陣の風が、彼女の小柄な身体を攫った。
あっ! と手を差し伸べる間もなく、彼女は窓の外へと運ばれ――掻き消えた。
慌てて窓に駆け寄りながらも、私は解っていた。落ちたのではない、と。丸で空気に溶ける様に、消えてしまったのだと。
案の定、窓の下には只彼女の降らせた白い紙が降り積もるばかり。他に足場も何も無かった。
後日、演劇部の友人に聞いた所によると、雪女の役にのめり込み過ぎ、丸でその役に取り憑かれた様になった先輩が居たと言う。
「雪を降らせなきゃって、終いにはそればっかりで、いつの間にか転校して行ったそうだけど……。まぁ、病院、でしょうね。行き先は」部員総掛かりで後始末をさせられた事もあってか、口を尖らせて彼女は言った。「でも、真逆学校に戻って来るなんてね。まぁ、危ない人だったとしたら、あんたに何もなくてよかったわ。逃げられたのは悔しいけど」
彼女が消えた事は、言っていない。きっと誰も信じないから。只逃げられた、とだけ報告した。
それにしても、彼女は本当に雪女に取り憑かれてしまったのだろうか。あんな消え方をするのだから、きっともう人ではないモノなのだろう。
でも、どうせならもっと修行して本物の雪の降らせ方も身に付けてから来てくれればいいのに。
温暖化の影響で、もう何年も雪なんて見ていないのだから。
―了―
雪、今年は降るかな~。