『花一匁』

　かぁってうれしい花一匁

　田舎での休日。朝食後に新聞を読み終え、散歩にと林の中の小道を歩いていると、何処からか、幼い子供達の歌声が聞こえて来た。

　まけぇてくやしい花一匁。

　対面して列をなし、交互に前進後退する様が懐かしく脳裏に浮かび、彼は思わず口元をほころばせた。そう言えば自分はじゃんけんが弱かった所為か、矢鱈呼ばれたものだ。雅人君が欲しい、と。

　たんすながもち　どのこがほしい

　あのこがほしい
　
　あのこじゃわからん

　そうだんしましょ

　そうしましょ

　その内に、奇妙な事に気付く。余程遊戯が一方的に進んでいたのか、交互に歌い上げる声が、一対多数に聞こえるのだ。
　これじゃ「相談しましょ」も何も片方は決まってるな、と彼は微苦笑する。そして彼女――どう聞いても女の子の声だった――がじゃんけんに負ければ遊戯も終わる。
　ややあって、声が続いた。

　けんちゃんがほしい――と、孤軍奮闘中の女の子。

　りょうたくんがほしい――と、複数の声が揃った。

　え？　彼は我が耳を疑った。女の子の声と聞こえて、実は幼い男の子だったのだろうか？　それとも一人ではなかった？

　彼の困惑を余所に、じゃんけんほい、の声に次いで多数の歓声。どうやらりょうた君は負けた様だ。
　これで一人残っていた子がりょうたという男の子なら、これでお終い――そう思っていると。

　かぁってうれしい花一匁

　歌は再び始まった。そしてやはり先の女の子の声が応えて歌う。

　まけぇてくやしい花一匁

　奇妙な不安を覚えて、彼は声の元を探した。林の中の何処か。ざわざわと木の葉が風に鳴る音を通して聞こえるのだ。然程遠くではない。

　次の対戦者が指名される直前に、彼は子供達の一団を見付けた。
　妙に古びた着物を着た子供や、現代風の子供。彼に気付いて振り向いたそれらの違和感に、奇妙な不安と眩暈を感じた。只、服装が違うだけではない。その身に纏う雰囲気そのものが、彼等の生きた年代の差を感じさせた。
　これは一体……？
　混乱している間にも、子供達は笑顔で指名していた。
　全員が一斉に。

　まさとくんがほしい

　何故僕の名前を？　そんな脳裏の疑問と同時に、彼は節に合わせて歌を返していた。

　まりんちゃんがほしい

　やがて彼と、一人の女の子が対面した。ごくごく現代風の女の子。じゃんけんほい、の声で、彼女が先程から孤軍奮闘していた子だと解った。
　彼はじゃんけんが弱かった――しかし、ここは負ける訳に行かない、と感じていた。
　彼はパーを出し、グーを出した彼女に勝った。
　そして途端にその握った小さな拳を掴み、走り出していた。ここに居てはいけない、その思いだけで。

「君、沢中真鈴ちゃんだろう？　行方不明で，新聞に載っていた」追い縋る子供達を振り切り、元の林に戻って一息ついた彼は質した。「あ、新聞は見てないか」
　しかし彼女は頷いて、昨日からあの中に入って遊んでいたら帰れなくなったのだと言った。
「昨日なの？　あそこじゃずっと昼間なのよ。だから遅くなるから帰るって言っても大丈夫って止められて……」
「君と一緒に居た子は？　りょうた君とか……」
「亮太は弟よ。あそこには居ないわ。ずっとああして私一人。呼ばれるのは死んだ曾お祖父ちゃんの名前だったり、曾お祖母ちゃんだったり……。段々近付いてくるの。お祖母ちゃん、お祖父ちゃん、弟……その度に段々、何かが薄れていく様で……怖かった。でも止めるのも怖かったの」言って、真鈴は泣き出した。
「もう大丈夫だから」彼は町に連れ帰り、彼女を探していた両親からの惜しみない感謝の言葉に埋もれた。

　あそこで負けていたら、自分もいつ迄もああして歌っていたのだろうか――今朝見た新聞の記事を眺めながら、雅人は林を遥かに見渡した。
　『神隠しか!?　少女消える!!』
　在り来たりなタイトルの記事。そこには真鈴という少女の失踪が告げられていた。
　そして、この地域では度々原因不明の消失事件が起こり、神隠しと呼ばれている――そんな一言が添えられていた。

　かぁってうれしい花一匁――彼は一言、そう呟いて、林から視線を切った。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―了―

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　童謡シリーズ……という訳ではないけれど（＾＾；）