〈2007年9月16日開設〉
これ迄の小説等、纏めてみたいかと思います。主にミステリー系です。
尚、文責・著作権は、巽にあります。無断転載等はお断り致します(する程のものも無いですが)。
絵師様が描いて下さった絵に関しましても、著作権はそれぞれの絵師様に帰属します。無断転載は禁止です。
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背負った罪と、彼女から投げ付けられた言葉を一時も忘れられずにいる心労を、今は少しでも癒したかった。
「綺麗な夕陽だ……」ベランダのデッキチェアに深く腰掛け、私は溜め息を漏らした。
マンションの高層階の我が家からは朱色に染まった街並みが一望出来る。無機質な灰色のビルも、古くからある民家も、アスファルトも、全てが平等に染められている。いつも眺めているのに、丸で異国の街並みの様な錯覚を起こす。
穏やかな夕刻だった。
二人の子供達は既に私達の手を離れ、それぞれに海外で家庭を持っている。そうだ、彼等が住むのはこんな街かも知れない。紅い街――どこか乾燥した空気を、私も嗅いだ気がした。
その思い付きを、紅茶のセットを持って来た妻に話した。
「まあ……」長年連れ添った妻は、盆をテーブルに置くと、ゆったりとした足取りでベランダの端に行き、高い手摺り越しに下界を眺める。「本当、綺麗な街ね」
「紅いのはきっと砂なんだ」目を閉じて、私は言う。「紅い砂の大地に、その砂から作ったんだろうな、紅い瓦屋根を載せて、白い土壁の家々が並んでいるんだ。土壁に紅が映えて――!」
燃え立つ様に美しく――そう続け掛けて、私は言葉を途切れさせた。
「い、いや……あの子達が住むのは、こんな紅い街じゃないかも知れないな」
「あら……そうなの? あの子達ったら、一度も絵葉書を送ってくれないのだもの。いつも貴方のパソコンにメールを送ってくるだけ。それも文字だけなんだもの。どんな所に住んでいるのか、どんな暮らしをしているのか、知りたいのが親心なのにねぇ」彼女は一つ、吐息を漏らす。「写真も送ってくれないし……」
「そうだな」私は同意の溜め息をついて見せた。
「それにいつ日本に戻って来るのかも解らないし……。突然出て行った切り!」彼女の愚痴は続いた。「もう何年、顔を見てないのかしら? 孫達もさぞかし大きくなったでしょうに」
「そうだな……。今度、メールしておくよ」
「お願いしますね」屈託なく、彼女は微笑む。「私機械って全く駄目で……。パソコンなんて触るのも怖いんですもの。精密機械って繊細なんでしょう? 私、うっかり壊してしまいそうで」
「ああ、解ってるよ」私は深く頷いて見せた。彼女のその、幼い子供の様な微笑みを、まともに見ていられなくて。
彼女が機械に極端に弱いのは、私にとっては好都合だった。
私が偽造したメールを見せても、気付く事無く彼女は嬉々としてそれを読んでいる。しかし、確かに文字だけのメールでは、限界だろうか。せめて風景写真だけでもどこかから拾ってきて、添付するか……。
しかし、紅い街は駄目だ――燃え立つ様な紅い色……それは彼女に、彼女自身が封じた記憶を呼び覚ます切っ掛けになるかも知れない。
それは――嫌だ。
もう、子供達や孫の姿を見る事も無いと、帰って来る事など無いのだと、彼女に思い出させるのは。
そして何より、全てを思い出した彼女に、再びあの言葉で詰られるのは。
私は卑怯だ――それは自覚している。弱い人間なのだと。
だからこそ忘れ去る事も出来ず……ああ、記憶の中の彼女の言葉が、またも胸に突き刺さる。
『人殺し! 子供達が久し振りに集まってくれたって言うのに……そんな夜に火事を起こすなんて……! 何故よ!? 何故私達だけが残らなきゃならないの? あの子達が……居ないのに……!』
そう言って泣き崩れた彼女は、精神的なショックの所為だろう、数日間高熱に浮かされ、それが下がった時には……あの夜からの記憶を失くしていた。それは辛い現実からの逃避だったのだろう。
そして私は、卑怯にもその記憶の喪失を利用した。
突然の転居、子供達家族の転勤、出国……彼女に対して誤魔化さねばならない事は山程あった。それでいて現実の火災と息子達の死にも、社会的に対処しなければならない。それに忙殺され、あるいは知恵を巡らせる事で、私も現実から逃避していたのかも知れない。
何よりも、彼女の言葉からの逃避――しかし、一度私に刻まれたそれは、もう消える事は無かった。
彼女の微笑さえも、棘の様に私を苛む。
彼女を騙す私の言葉が、私の頸を絞める。
彼女の言葉が……私を殺す。じわり、じわりと。
だから、今だけはこの美しい街の景色に癒されていたい。直、暗闇に閉ざされるとしても。
―了―
夜霧サン、私を癒して下さい(無理)
「綺麗な夕陽だ……」ベランダのデッキチェアに深く腰掛け、私は溜め息を漏らした。
マンションの高層階の我が家からは朱色に染まった街並みが一望出来る。無機質な灰色のビルも、古くからある民家も、アスファルトも、全てが平等に染められている。いつも眺めているのに、丸で異国の街並みの様な錯覚を起こす。
穏やかな夕刻だった。
二人の子供達は既に私達の手を離れ、それぞれに海外で家庭を持っている。そうだ、彼等が住むのはこんな街かも知れない。紅い街――どこか乾燥した空気を、私も嗅いだ気がした。
その思い付きを、紅茶のセットを持って来た妻に話した。
「まあ……」長年連れ添った妻は、盆をテーブルに置くと、ゆったりとした足取りでベランダの端に行き、高い手摺り越しに下界を眺める。「本当、綺麗な街ね」
「紅いのはきっと砂なんだ」目を閉じて、私は言う。「紅い砂の大地に、その砂から作ったんだろうな、紅い瓦屋根を載せて、白い土壁の家々が並んでいるんだ。土壁に紅が映えて――!」
燃え立つ様に美しく――そう続け掛けて、私は言葉を途切れさせた。
「い、いや……あの子達が住むのは、こんな紅い街じゃないかも知れないな」
「あら……そうなの? あの子達ったら、一度も絵葉書を送ってくれないのだもの。いつも貴方のパソコンにメールを送ってくるだけ。それも文字だけなんだもの。どんな所に住んでいるのか、どんな暮らしをしているのか、知りたいのが親心なのにねぇ」彼女は一つ、吐息を漏らす。「写真も送ってくれないし……」
「そうだな」私は同意の溜め息をついて見せた。
「それにいつ日本に戻って来るのかも解らないし……。突然出て行った切り!」彼女の愚痴は続いた。「もう何年、顔を見てないのかしら? 孫達もさぞかし大きくなったでしょうに」
「そうだな……。今度、メールしておくよ」
「お願いしますね」屈託なく、彼女は微笑む。「私機械って全く駄目で……。パソコンなんて触るのも怖いんですもの。精密機械って繊細なんでしょう? 私、うっかり壊してしまいそうで」
「ああ、解ってるよ」私は深く頷いて見せた。彼女のその、幼い子供の様な微笑みを、まともに見ていられなくて。
彼女が機械に極端に弱いのは、私にとっては好都合だった。
私が偽造したメールを見せても、気付く事無く彼女は嬉々としてそれを読んでいる。しかし、確かに文字だけのメールでは、限界だろうか。せめて風景写真だけでもどこかから拾ってきて、添付するか……。
しかし、紅い街は駄目だ――燃え立つ様な紅い色……それは彼女に、彼女自身が封じた記憶を呼び覚ます切っ掛けになるかも知れない。
それは――嫌だ。
もう、子供達や孫の姿を見る事も無いと、帰って来る事など無いのだと、彼女に思い出させるのは。
そして何より、全てを思い出した彼女に、再びあの言葉で詰られるのは。
私は卑怯だ――それは自覚している。弱い人間なのだと。
だからこそ忘れ去る事も出来ず……ああ、記憶の中の彼女の言葉が、またも胸に突き刺さる。
『人殺し! 子供達が久し振りに集まってくれたって言うのに……そんな夜に火事を起こすなんて……! 何故よ!? 何故私達だけが残らなきゃならないの? あの子達が……居ないのに……!』
そう言って泣き崩れた彼女は、精神的なショックの所為だろう、数日間高熱に浮かされ、それが下がった時には……あの夜からの記憶を失くしていた。それは辛い現実からの逃避だったのだろう。
そして私は、卑怯にもその記憶の喪失を利用した。
突然の転居、子供達家族の転勤、出国……彼女に対して誤魔化さねばならない事は山程あった。それでいて現実の火災と息子達の死にも、社会的に対処しなければならない。それに忙殺され、あるいは知恵を巡らせる事で、私も現実から逃避していたのかも知れない。
何よりも、彼女の言葉からの逃避――しかし、一度私に刻まれたそれは、もう消える事は無かった。
彼女の微笑さえも、棘の様に私を苛む。
彼女を騙す私の言葉が、私の頸を絞める。
彼女の言葉が……私を殺す。じわり、じわりと。
だから、今だけはこの美しい街の景色に癒されていたい。直、暗闇に閉ざされるとしても。
―了―
夜霧サン、私を癒して下さい(無理)
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こんばんは
なんと言ったら良いのか解らないけど、悲しいねー
朱い夕日って、某小説じゃないけど朱過ぎて怖い時が有るよ。なんとも言えない感じ、明日全てが終わる感じかな。
それで、もう少し生きたいなぁ…と思うの。
あーとりあえず頑張ります。←何を誓っている(笑)
朱い夕日って、某小説じゃないけど朱過ぎて怖い時が有るよ。なんとも言えない感じ、明日全てが終わる感じかな。
それで、もう少し生きたいなぁ…と思うの。
あーとりあえず頑張ります。←何を誓っている(笑)
Re:こんばんは
頑張って下さい(←何を?^^;)
紅く染まる街……綺麗なんだけど、どこか危うい美しさみたいな感じですよね。時が過ぎれば必ず闇に閉ざされる幻の街。
朝焼けとはまた違うんだよねぇ。
紅く染まる街……綺麗なんだけど、どこか危うい美しさみたいな感じですよね。時が過ぎれば必ず闇に閉ざされる幻の街。
朝焼けとはまた違うんだよねぇ。
Re:こんにちは
よ~ぎ~り~め~★
何と無く暗いのも夜霧の所為です、はい(←責任転嫁)
何と無く暗いのも夜霧の所為です、はい(←責任転嫁)
やっと入れた!
こんばんは♪
何か今日は、ここ凄いアクセスが集中してたみたいですね、「只今混みあっています~」なんて表示が出て入れなかったっす!
火事は事故だったんでしょう?
まぁ~それでも助けられなかったという事が負い目になっちゃうのかぁ・・・・・
確か、高橋克彦さんも夕焼けが怖ろしいとか
仰ってましたね、あまりにも鮮やかな夕焼け
ってのは禍禍しい感じを受けるかな?
何やら終末を予感させるような感じするネ!
私も夕方ってあまり好きじゃないなぁ、
何か寂しくなってくるんだぁ・・・・
何か今日は、ここ凄いアクセスが集中してたみたいですね、「只今混みあっています~」なんて表示が出て入れなかったっす!
火事は事故だったんでしょう?
まぁ~それでも助けられなかったという事が負い目になっちゃうのかぁ・・・・・
確か、高橋克彦さんも夕焼けが怖ろしいとか
仰ってましたね、あまりにも鮮やかな夕焼け
ってのは禍禍しい感じを受けるかな?
何やら終末を予感させるような感じするネ!
私も夕方ってあまり好きじゃないなぁ、
何か寂しくなってくるんだぁ・・・・
Re:やっと入れた!
何か忍者ツールの機器の故障だった様です(汗)
夕焼け、綺麗なんだけど……余りに綺麗な光景って却って怖くなりません?(^^;)
夕焼け、綺麗なんだけど……余りに綺麗な光景って却って怖くなりません?(^^;)
Re:いつか
や、全く(^^;)
いつかは彼女の記憶が戻るか、疑惑の追及に屈すると思うのだけれど……それでも心休まる日は来ないんだろうなぁ。
いつかは彼女の記憶が戻るか、疑惑の追及に屈すると思うのだけれど……それでも心休まる日は来ないんだろうなぁ。
Re:無題
忘れた儘が幸せなのか、思い出して向き合い、乗り越えた方が幸せなのか……難しい所ですね(--;)