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どこかの子供がうっかり手を放してしまったものか、冬の寒空を昇って行く風船が一つ。
雪でも降り出しそうな鈍色の空に、ぽつんと、鮮やかな赤い色――してみると、これの持ち主は女の子だったのかな? 新しい風船を貰えているといいね。
埒もなくそんな事を考えながら、冬商戦真っ只中の駅前通りを歩いていた僕の目の前に、横合いから白い手袋をした握り拳が差し出された。
ぎょっとして脚を止めて見遣ると、そこには恐らくどこかの店の宣伝と思われるピエロの姿。真っ白い顔、十字に塗り潰された目、赤い口で満面の笑みを作っている。
そして彼が差し出した拳をよく見れば、上に立ち上る糸が一本。それに視線を這わせて上を見ると、案の定、風に揺れる赤い風船があった。
どうぞ、という事なのかも知れないが……。
こんなのは子供――色からすれば女の子――に配る物だろう。大学生の男である僕には、非常に不似合いだ。
僕は曖昧な笑みを返し、手を振って要らないと示して、立ち去ろうとした。
が、それを回り込む様にして、風船は更に突き出された。ピエロはもう一方の手に未だ幾つもカラフルな風船を持っているが、色を変えてくれる気もないらしい。
「いや、うちは小さい子供も居ないんで……」今度ははっきりと不要を告げたのだが……。
三度突き出された風船に、僕は溜息をついてそれを受け取ってしまった。
ピエロは満足そうに頷くと足取り軽く、行ってしまう。おいおい、欲しそうにしている小さな子供が傍に居るぞ?
何処の店の宣伝だか知らないが、えらくいい加減な仕事振りだ。兎に角規定数、配ってしまえばいいと思っているのだろうか。確かに子供はきゃあきゃあ煩いし、中には働くピエロに蹴りを入れてくる様な悪ガキも居るが、親を店に引き摺って来るにはいい鴨だ。子供を可愛がられて怒る親は居ない。巧くすれば本人をおだてるより簡単で効果がある。
そこが解ってないんだろうなぁ。
僕は苦笑しながら傍に居た子供に風船を渡し、道を歩き続けた。
暫く行くと、また握り拳が突き出された。
真逆、と思いつつ見遣れば、やはりピエロ。服装、背格好からは先程と同じ人物に見えるが、生憎同じ仮装をされたら余程の体格差がない限り、複数居ても見分けは付かないだろう。
糸の先はまた、赤い風船。
「子供に配りなよ」流石に気分を害して、僕は言った。「どうせ配るんなら、喜んでくれる子供達の方がいいだろう?」
だが、ピエロは笑顔で、やはり同じ風船を差し出し続ける。
化粧の奥の目を見れば、それも笑っていて――僕はふと、首を傾げた。
見た事がある様な……?
僕ははっとして――白昼夢から醒めた。
「ほら、そこのバイト君、ぼけっとしてないで風船配る!」威勢のいい若い女性の声と、カラフルなゴムボールが飛んで来て頭にぶつかった。「バイト代、差っ引くよー」
ボールは頭を直撃したものの、もじゃもじゃの鬘に守られた僕の頭には何程の事もない。
そうだった。ピエロは僕。風船を配っていたのも僕。
友人――先の女性――に頼まれたとは言え、年末の寒空に何でガキにじゃれ付かれながらピエロなんてやってなきゃならないんだと、内心で愚痴っていた、僕。
さっさと配るだけ配って切り上げよう、そんな事を考えていた、僕。
だから、それを外から眺める様な、あんな幻覚を見てしまったのだろうか。夢の中では自分で「解ってないんだろう」なんて苦笑していた癖に。
そうだ。これも仕事。
第一……子供達は喜んでくれてるじゃないか。
取り敢えず、一人部屋で過ごすよりは、温かい冬の一日だった。
―了―
う~む。イマイチ、落ちが無い(--;)