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列車が通り過ぎた後を、僕はぼんやりと眺めていた。
辺りに広がる菜の花畑が、二両編成の列車が起こした強風に未だ揺らぎ、丸で手を振っている様だった。
去り行くものに向かって。
好天に恵まれた休日、僕は使い古したカメラを持って、とある駅を訪れた。
狭い山道を辿って、無人の駅舎を前にした時、懐かしい様な物寂しい様な感傷に囚われた。駅名を刻まれた看板はすっかり文字が掠れ、隅には蜘蛛の巣が張られている。長年風雨に洗われて黒ずんだ板壁、所々罅の入った冷たいコンクリートの床。駅員詰め所の窓口には薄いカーテンが下げられていたが、詰め所そのものには鍵も掛けられていない。
ガランとした待合室には、固定された椅子と灰皿だけが並んでいる。壁には通学途上の学生達か、何処かの不心得者の仕業か、雑多な落書きが記されていた。
窓からの日差しに、埃が踊る。
僕は改札を通って、ホームに上がった。
屋根が一部しか無い、ささやかなホーム。一応、小さな待合室が備えられてはいた。やはり窓の桟には埃が積もり、戸の建て付けも怪しくなっている。手を掛けてはみたが、ガタガタと音ばかりで一向に敷居の上を滑らない。僕は諦めて、外からの撮影で我慢する事にした。
明るい陽光を頼りに撮影を続ける。
ホームの直ぐ傍に迄迫った草叢、菜の花の群落。それらが風にそよぎ、色を添えてくれる。
僕は線路に降り、その片隅に咲いた白い花を撮影した。
と――遠く、汽笛が聞こえてきた。
真逆、と僕はそちらを振り向いた。だが、確かにそれは二度、三度と聞こえ、更には足元から振動が伝わってくる。
間違いない、線路上を列車が近付いて来る! 然も急速に。
僕は慌ててホームに這い上がった。
立ち上がって振り向いた僕の前を、黒い車体が轟音を立てて走り過ぎた。黒い煙が流れ、鼻と喉を刺激する。流石にシャッターを切る事も忘れて、僕はその車体に見入った。
やっとカメラを持ち上げたのはそれがホームを通過してしまってからで――ファインダーを通して見たそこには、何物の姿も無く、只花々が風に煽られているだけだった。
慌ててカメラを下ろし、僕はもう遠くなってしまった煙棚引かせる車体を呆然と見送った。
その後どれだけ調べても、その日、この廃線となった線路を機関車は愚か如何なる車両も通る予定も、またその事実も無かった。
廃線の駅巡りをしていてあんな物を見たのは初めてだったが……写真には収められないらしいのが、些か、惜しい。
―了―
列車の幽霊ってあるんかいな?(・・?
器物の霊、あるいは幻視が見られる時、それはその器物の魂なのだろうか、それともそこに在ったという事を知っている人の心の投影なのだろうか……?