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「早く! 階上に上がるんだ! 急いで!」私は階段で心配そうに振り向く娘を叱咤し、先を促した。「急ぐんだ! 階段の下迄来てる!」
娘は蒼い顔をして、階段を駆け上り、自分の部屋に飛び込んだ。
これで娘に関しては一安心だ、と私は大きく息をついた。
だが――私は階段の下に視線を転じた――妻が未だ、一階の部屋に居た筈だ。彼女を助け出さなければ。
私は意を決して、転進した。
それは突然、思いも寄らない所からやって来た。
一階の店舗――我が家はパン屋を営んでいるのだ――は既に閉店し、店頭のシャッターもしっかりと下ろした午後十時。そんな侵入者への備えも万全と思われていた我が家に、危難が訪れたのだ。
ごぽり……。
最初聞こえたのはそんな音だった。何やら重い、水を含んだ様な音。
あるいはもっと前から怪しげな音はしていたのかも知れないが、表の激しい雨音に掻き消され、妻の不安げな囁きさえ、聞き取れない程だったのだ。そんな状態だから、音源を捜すにはかなりの注意力を要求された。
どうやらそれは一階の工房から聞こえる様だと気付いたのは妻だった。不安がる彼女を居間に残し、私は工房に向かった。
ドアを開くと、何やら異質な臭いがした。嗅いだだけで食欲を減退させる、パン工房にあるまじき臭気。
そして、私は見た。
コンクリートの床に穿たれた排水路から、ごぼごぼと不気味な音を立てながら侵入する、それを。
直に足元に迄忍び寄って来たそれを、私は茫然と見下ろした。
何故そんな所から? 何故、何故!?――そんな疑問符ばかりが頭を占め、咄嗟に動く事も儘ならない。
その状態を打破してくれたのは、娘の悲鳴だった。激しい雨音に不安になり、私達の姿を求めて階下に降りて来た様だ。
私は急ぎ、娘を階上へと逃した――。
「大丈夫か!?」硝子戸をどうにか開けて駆け込んだ居間では、少しでも侵入して来るそれから逃れようと、妻が座卓に上っていた。行儀が悪いなどと言っている場合ではない。だが、此処では直に追い付かれてしまう。
私は足を取られながらも前進し、妻の手を取り、言った。階上へ逃げるんだ、と。
それには既に侵入者の所為で不安定になった床を、異臭に耐えながら進むしかない。私はしっかりと妻の手を握り、階段へと導いた。
流石に此処迄は来ないだろう――そう安堵して振り向いたのは最上段だった。
実際、それは階段下に蟠り、急速に嵩を増してはいたが、その勢いにも陰りが見え始めた。
それにしても何故……?
「お父さん、お母さん!」私達の気配に気付いたのだろう、娘が自室から顔を出し、安堵の声を上げた。そして私達を部屋へと引き入れ、テレビを見るように言う。
テレビでは臨時ニュースが流れていた。
「○○市一帯では急激に発達した低気圧の影響で、激しい雨となり、一部では下水道が排水機能の限界を超え、マンホールや排水溝から雨水が逆流、噴出する、内水被害を引き起こしている模様です。該当地域にお住まいの方はくれぐれも、ご注意下さい。繰り返します……」
私は恨めしげに、階下で渦を撒く濁り水を見下ろした。
雨戸もシャッターもきっちり閉めていると言うのに、そんな所から上がって来るなんて……反則じゃないのか?
―了―
や、防災記念日なので!
実際、近年は増えているそうなので、ご注意を!
洪水って思い掛けない速さで水嵩が増してきますよね~(・・;)
前に気が付いたら窓の外(当時は一階でした)でゴミ箱がプーカプカ、という事が……★
車が水没した場合、水が室内に満ちた瞬間にドアを押すと水圧が内外ほぼ等しいのでそれまでと違い開きやすいと聞きましたが、冷静に直前で息を吸って瞬間に行動するのは現実は至難の技か。
やはり無難に窓割りトンカチ用意?
しかし、その瞬間を冷静に見極めるのは、やはり困難かと(^^;)
理論的にはアリだけど、現実的には「無理じゃね?」って奴ですね☆
後片付けも大変だろうし。